前世の世界へ帰ってきた 6
折り返し地点突破ー。
チカンダメ絶対。
「クオンさん、収納の魔法使えるなんて、きっとあちこちのパーティーから勧誘来ますよ」
「そうかな? ま、とりあえずはソロでやるつもりだ。俺にはこいつもいるし」
「その子、ずいぶんおとなしい魔獣みたいですが、戦えるんですか?」
「もしかしたら俺より強いかもしれないなー」
「そうなんですね、見た目は可愛らしいのに」
「トゥエルくんも可愛らしいのに、名の売れた冒険者なんだろ?」
「俺を可愛いとか言うの、クオンさんぐらいだけですよ?」
「へぇ、じゃあ、二つ名とかあるのか?」
道中そんな会話をしながら、トゥエルくんと連れ立って冒険者ギルドを目指して歩いていく。
今日は俺は登録のみだし、トゥエルくんはもともとお休みするつもりだったらしいので、のんびりと歩いている。
おかげでトゥエルくんとはかなり仲良くなれたと思う。
トゥエルくんの一人称が、よそ行きの『私』から、素の『俺』になる程度には。
同じ冒険者になるんだから口調もタメ口でとお願いしたが、年上なんですから、とやんわりながら、断固として拒否された。
ちなみにトゥエルくんは四つ年下の十四歳で、姉であるミュオさんは俺より一つ上だそうだ。
この世界は十二歳になれば冒険者登録が出来るので、十四歳ぐらいの冒険者は結構いる。
まぁ、そもそも地球には冒険者なんて職業ない……いや冒険家とかいたけど、あれはまた違うものか。
モンスターなんてゲームの世界でしか見ないし、魔法も使えない。
「モンスターなんか出たら、パニックか」
(向こうにもなんかいたよー? 緑色しててー、頭になんかお皿乗ってるのとかー)
「そうですね。そうなると、冒険者にはランクに応じて緊急依頼が出されます」
思わず洩らした俺の呟きを良い方へ勘違いしてくれたトゥエルくんは、真剣な表情で答えてくれている。
ディアベルのとんでも発言は、聞こえなかった事にしよう。
(あとはー、なんか変なカタチしてて跳ねる蛇とかー、ほそながーい男の人とか、山の奥にもっふもふの人みたいなのとかー)
うん、よく見つからないものだね、そのイキモノ達は。
これからも頑張って生きてて欲しいものだ。
冒険者ギルドの建物が見えてくると何となく緊張してきたのは、前世のせいではなく今世のラノベ知識のせいだろう。
緊張が顔に出てしまっていたのか、トゥエルくんから心配そうな視線がチラチラと飛んできているのには気付いていた。
「大丈夫ですよ、クオンさん。緊急依頼が出されるのはCランクからです」
両手を体の脇でグッと握ったトゥエルくんから励まされ、俺は否定せず苦笑いで返しておく。
そんなこんなで俺達は辿り着いた冒険者ギルドのドアを開け、中へと足を踏み入れる。
まだ俺が緊張していると思ってるのか、テンプレの荒くれ者はいない代わりに、トゥエルくんからの見守るような視線が痛い。
「……Fランクが一番下で合ってるか?」
「はい。Fランクからスタートして、規定のポイントを稼いで、ランクアップの試験に合格すればランクは上がっていきます」
緊張してないアピールに笑顔で質問すれば、トゥエルくんも笑顔で答えてくれる。
(美人の受付嬢から説明受けないのー?)
「そういうテンプレはいらないから」
小声でディアベルへ突っ込みを入れ、俺は目の前で人懐こい笑顔を浮かべているトゥエルくんへ視線を移す。
俺の勘違いでなければ、トゥエルくんは──。
「トゥエルくんはラン「おい、鮮血の狂犬に話しかけてる馬鹿がいるぜ!」ク……」
俺の質問は酒焼けした男のだみ声で遮られてしまい、トゥエルくんの眉間には皺が寄る。
美人の受付嬢のフラグは立たなかったが、絡まれるフラグは立ちそうだったので、思い切り聞こえないフリをして、トゥエルくんへ問いかける。
「トゥエルくんは、二つ名があるのか?」
「……はい」
聞こえた二つ名は痛すぎると思ったが、本人も気に入ってないらしく、かなり嫌そうな表情で頷かれる。
ところで話は変わるが、強者には強者がわかるという話を何処かで聞いた覚えがある。
実際、久しぶりに会ったヒューバートの強さは俺にも肌で感じられるぐらいだったし。
俺つえーとかまでは言わないが、俺はこの世界ではそこそこ強い部類には入る筈だ。
で、何が言いたいかと言うと、俺の見立てだと、この人懐こい大型犬みたいなトゥエルくんは──。
そんなズレた現実逃避な思考をしてたのは時間にして数秒だが、スルーしただみ声の主は無視されたようで許せなかったらしく、トゥエルくんではなく俺へと詰め寄ってくる。
「おい、聞こえねぇのか!」
酒臭い息が顔にかかり、濁ったような男の目が俺を見つめ、お、と見張られて前世では何度も見た色を帯びる。
「なかなかそそる顔してるじゃねぇか。そんな不吉な二つ名のガキより、俺の方がいい思いさせてやるぜ?」
ラノベなテンプレ主人公だと殴られたり、胸ぐら掴まれるところなんだろうが、残念ながら俺には荷が重かったらしい。
「……はぁ。タダでやらせる趣味はないんで」
胸ぐらを掴まず、尻を揉んでくる相手へため息混じりに拒否を告げ、やんわりとその手を退けようとしていた俺だったが、
「…………汚い手で触らないでくれますか?」
不意に丁寧な口調ながらドスの利いた声が聞こえて、思わず肩にいるはずのディアベルを見る。
「ディア?」
(僕じゃないよー。ねー、僕もぷち殺していいー?)
ディアベルじゃないのか、ぷち殺すってなんだ、僕もって他に誰がいる、とか色んな疑問が脳裏を過ぎる中、尻を揉んでいた男が目の前から消える。
「……っ!」
俺はなんとか反応して目で追ったが、遠巻きにしていた冒険者達は見えていなかったらしく、え? え? ときょろきょろして、顔面から壁とこんにちはしている男を見つけて驚いている。
俺はというと、さらなる追撃をしようとしていた犯人──トゥエルくんの腕を掴んで止める。
服にかけた魔法で隠しているらしい尻尾が、興奮のあまりまた出て来ないかも心配だ。
「トゥエルくん、俺なら大丈夫だ。ケツ触られたぐらい、一発引っ叩けば気が済むから」
「でも、こいつクオンさんに……」
「生娘じゃあるまいし、ケツ触られたぐらいはそこまで気にしない」
(気にはなるんだー?)
「俺はちょっと気持ち悪いぐらいだが、男でも傷ついたりするヤツもいるし、女の子ならもっと嫌だろうし抵抗出来ないだろ? だから、そういう被害を出さないように、思いっきり痛い目に遭わせるんだが……」
ディアベルのゆるい茶々に肩を竦めて説明しながらも、トゥエルくんの腕は離さない。というか、離せない。
「十分痛い目見たよな、これは」
(骨何本かいってるー)
鑑定出来るディアベルからの太鼓判がなくても、壁とこんにちはしている男は腕と足がどう見ても可動域から外れている。
逃げるが勝ち、といきたいところだが、目撃者は多数いる上にトゥエルくんはここではかなりの有名人らしいので無理だろう。
壁とこんにちはしている男の仲間が言いがかりをつけて来ないのが、せめてもの幸いだが、室内のざわつきは収まる気配はない。
「何の騒ぎだ、これは」
その一声でざわざわとしていた室内が、ピタリと静まり返る。
ヒューバートを思わせる存在感のある静かな一喝に、俺は聞き覚えがあった。
「エストレア……」
思わず口から洩れたのは、ヒューバートほどではなかったが、かなり交流のあったかつてのクラスメートの名前だ。
近くにいたトゥエルくんには俺の呟きが聞こえてしまったらしく、しぱしぱと瞬きをして俺を見つめてくる。
落ち着かせる事が出来たようなので、ちょうど良かったと思うことにしよう。
「……何があったか、簡潔に説明出来る者は?」
視線を向けた先では、真面目を絵に描いたような鋭く硬質な美貌の青年が、鋭い眼差しで室内を見渡して再び問う。
答える者は誰もおらず、何故か全員の視線は俺とトゥエルくんに集中する。
何故かなんて、まぁ、騒ぎの原因だから仕方無いが。
一縷の望みを持って受付の中で事態を見守っていた受付嬢へ視線を向けるが、困った表情で首を振られてしまった。
俺好みのゆるふわ系美人の受付嬢だったので残念だ。
「お前達が騒ぎの犯人か?」
元クラスメート──エストレアの鋭い視線に射られ、トゥエルくんが身を固くする。
「そ、そうだ! その『狂犬』がいきなり俺の仲間を殴ったんだよ!」
トゥエルくんが何も言わないのをいい事に、壁とこんにちは男の仲間が、今さらしゃしゃり出てくる。
エストレアのただでさえ鋭い眼差しが、さらに鋭さを増してトゥエルくんを射る。
傍から見れば怒っているようにしか見えないが、これは相手をきちんと見て、真実を見極めようとしているだけなのを俺は知っていた。
「確かに反撃としてはやり過ぎたかもしれないが、もともとはそちらの男性が、無断で俺のケツを揉んできたからだ」
「そ、それだと無断じゃなければ良いみたいに聞こえます……」
「相手にもよるが、無断じゃなければケツぐらい揉ませてやるよ」
慌てるトゥエルくんの頭を撫でてから、ふん、とわざとらしく鼻を鳴らして悪戯っぽくギャラリーへ向けて笑って見せると、そこここから、
「いくらだー?」
「おねえさんとイイコトしない?」
「俺も俺もー!」
などなど、ノリのいい返事も飛び出してくる。
俺達の方が加害者だと喚いてしゃしゃり出て来ていた男は、あちこち声が上がる度に小さくなっていく。
この空気の中、被害者面はしづらくなったのかも知れない。
あとは、主に女性陣からの絶対零度な視線のせいか。
痴漢絶対ダメ。
ワイワイ騒がしくなった外野が煩わしかったのか、俺達は受付嬢から案内をされて、冒険者ギルドの二階へ移動する。
被害者か加害者か微妙な立ち位置となった壁とこんにちは男は、怪我の治療のため搬送されていった。
案内されたのは、初心者講習などを受けるための部屋で、俺達はそこでエストレアと向かい合って座らされる。
かなり変わった三者面談状態だ。
「つまりは、その男は許可を得ずにお前へ触ったため、鉄拳制裁を受けた訳だな」
「そういう事になりますね。トゥエルくんが強すぎたのか、お相手が少し弱かったのかはわかりませんが、派手に吹き飛ばされてしまい、あんな事になりました」
エストレアの丁寧な確認に、サラッと『あいつ弱くね?』的な嫌味を混ぜて返しておく。
すると、記憶の中より大人びて精悍さを増した美貌が、真偽を確かめるようにジッと俺を見てくるので、視線を反らさず笑っておいた。
顔面偏差値的にはヒューバートの方が上だし、ヒューバートの方が好みなので、特に照れたり見惚れたりはしない。
ただクラスメートに丁寧な言葉遣いなんてした事がなかったので、それだけは違和感があって背筋がゾワゾワした。
違和感に身を震わせていると、俺がケツを触られた恐怖を思い出してると思われたらしく、トゥエルくんの瞳からスンッと光が消える。
「クオンさん、やっぱり怖かったんですか? もう少し殴って来ますか?」
「違うから。これ以上追撃したら、あの男の人、お亡くなりになるからねー?」
二つ名の片鱗が見えるトゥエルくんを撫でて落ち着かせてると、俺達から離れた所で受付嬢と話していたエストレアからチラチラと探るような視線を向けられている事に気づく。
「トゥエルくんのせいか」
「え!? あ、そうですよね、俺のせいで絡まれ……」
「いや、そうじゃなくて、向こうからの視線が気になってさ。ケツ揉まれたのはトゥエルくんのせいじゃないから」
トゥエルくんがあまりにも気にするので、俺の尻が魅力的なせいだな、と思い切りネタに走ったナルシストな独り言を呟いておく。
前世では魅力的な尻だと言われる事が多かったが、さすがに転生後で言われた事は……まだないな、たぶん。
「はい! 確かに、クオンさんのお尻、いい形されてると思います!」
大型犬トゥエルくんから思いがけず独り言に返事が来て、俺は数秒固まった後、ありがとう、とだけ返しておいた。
(クオンのお尻は、いいお尻ー)
からかうようなディアベルの歌は、聞こえないフリをしておく。
そこへエストレアが近づいて来て、
「時間を取らせて悪かった。シュシュ──受付嬢からの報告とも差異は無かった。お前達には否はない。……少しやり過ぎだが、あの男にはいい薬となった」
と、苦笑混じりで言われる。
俺はトゥエルくんと顔を見合わせて笑うと、エストレアと受付嬢さんへ向けて揃って頭を下げる。
「ありがとうございます、エストレアさん、受付嬢さん。ご迷惑おかけしました」
「ありがとうございます! お騒がせしてすみません」
(あ)
俺は感謝の言葉を口にしながら、一瞬何か間違えた気がし、ん? と内心首を捻る。
ディアベルも気付いたのか、短く(あ)とか洩らしたので、俺が間違えたのは間違いないと思う。
苦笑して聞いてくれていたエストレアからも、ギュンッと探るような視線の圧が増す。
俺は──、
「あの俺、冒険者登録来たんですが、これからでも可能ですか?」
鈍感主人公っぽく、気付いてないことにした。
ぽく、って言うか、実際わからないんだから、気付いてないと同義だと思うことにして欲しい。
主人公はビッチではありません。
目が小銭になったりもしません。
あと、ヒューバートに頼んだらいくらでもお金出てくると思います。