前世の世界へ帰ってきた 3
思いついた時に、ガーッと書いて、間があってからの、またガーッと書いてを繰り返してたので、矛盾とかあるかもしれませんが、相当な矛盾じゃない限りお目溢しいただくか、やんわりと教えていただけますと幸いですm(_ _)m
誤字脱字報告も助かります。
今度は夢も見なかった。
朝チュン的な展開は起こる訳もなく、俺は前世より寝心地の良くなったベッドで目を覚ます。
やけに胸元が重いと思ったら、そこには丸くなって眠るディアベル(羽根猫)の姿があった。
「ディア、なんでそっちの姿で寝てるんだ?」
(なんかクオンが寒そうだったからー?)
本物の猫のように伸びるディアベルを撫でながら、俺はゆっくりと体を起こして、ヒューバートが用意してくれた服へと着替える。
前世で俺が着ていたような服を選んでくれるあたり、ヒューバートは本当に出来た男だ。
ちなみに俺は無個性と言われようが、地球でいうシンプルなワイシャツタイプのシャツに、細身のパンツみたいな動きやすい格好が好きだった。
で、足元はだいたいショートブーツだったが、今は向こうで履いていたスニーカーだ。
かなり早起きしたので、まだヒューバートが起きている気配はない。
「朝ご飯、フレンチトーストなら食べられるだろ?」
(うん、食べたいー)
確かヒューバートも甘いものは嫌いじゃなかったはずだから、ここは昨日の口直しも兼ねて甘いフレンチトーストにさせてもらおう。
勝手知ったる洗面所で顔を洗ってサッパリした俺は、くてりとした猫姿のディアベルを肩に乗せてキッチンへ向かう。
「ま、作る人の特権発動だな」
昨日確かめさせてもらったら、冷蔵庫の中には食材がやたらと入ってた。
しかも、どれも新しいようで腐ったり萎れたりしている物は一つもなかった。
「やたらとヒューがドヤ顔してたな」
(お腹空いたー)
「はいはい。とりあえず、ディアの分を焼くから」
冷蔵庫の中身を見て喜ぶ俺を見て、ドヤ顔していたヒューバートを思い出しながら、冷蔵庫から卵と牛乳を取り出す。
今さらだが、冷蔵庫と呼んでる地球のと同じような見た目のコレは、全く電気などは使ってない。
「魔力って、便利だよな」
俺が思わず声に出すと、肩に乗せていたディアベルからくんくんと匂いを嗅がれる。
(クオンの魔力は、甘くてお日様の味がするのー)
「いや、魔力の味とか語られてもな……」
たぶん前世でまるっと食べられた時の話だろうし。
食われては困るので、俺は手を高速で動かし、なんだったら魔法まで使って時短をしてフレンチトーストを最速で作り上げる。
(なんか魔法の使い方間違ってないー?)
「便利だし、勘を取り戻すにはちょうどいいさ」
正しく『時短』を魔法で済ませたフレンチトーストを、たっぷりのバターが溶けるフライパンへと滑らせる。
ジュッという音が鳴り、ふわりと甘い香りが広がっていく。
火の温度が一定になる魔法陣が組み込まれた魔法具のコンロは、安アパートの火が点きにくいコンロより断然使いやすい。
「やば、皿忘れてた。ディア、皿を……」
「……これでいいか?」
寝起きの掠れた声と共に皿を差し出して来たのは、水も滴るいい男なヒューバートだ。水が滴ってるのは髪だけで、服はきちんと着てるが。
「あ、あぁ、ありがとう。シャワー浴びてきたのか?」
気配に全く気付けなかった俺は、若干吃りながら皿を受け取り、焼き立てのフレンチトーストをそこへ乗せてディアベルへの前へ差し出す。
「ほら、熱いから気をつけろよ?」
(はぁい、いただきますー)
すると、フレンチトーストを乗せたままの皿がふわりと空中へと浮かび、ついでに嬉しそうなディアベルもふわふわと飛んでいく。
「……まぁ、スッキリしたくてな」
「どうした? 夢見でも悪かったか?」
暗い顔でポツリと呟いたヒューバートに、俺は次のフレンチトーストを焼きながら横目でチラチラと様子を窺う。
このタイミングで夢見が悪かったとしたら、俺が原因なのは自意識過剰ではないだろう。
「まぁ、な」
濁したような返事と共に、肩にかかる重みと湿り気……うん、ジメッとしてくるな。
「髪ぐらい乾かして来い。風邪引くぞ?」
「──夢かと思ったんだ」
絞り出すような声音に、俺は何かを返そうと口を開き、結局何の言葉も返せず焼けていくフレンチトーストを見つめる。
「今まで何度もあった。冗談だ、そう言いながら、笑顔の貴様が現れるんだ。そして、私が駆け寄って抱き締めようとした瞬間、いつも消えてしまう……」
「……そっか」
俺はそれだけ返し、濡れているヒューバートの髪に触れて、そっと魔法で乾かしていく。イメージはマイナスイオンたっぷりなドライヤーだ。
この世界の魔法は、笑えるくらいテンプレというか想像力に左右される。異世界召喚された人間が魔法に秀でたり、とんでもない回復魔法が使えるのは、地球の技術力の賜物もあるのだろう。
アニメや映画のCG、はたまた漫画などでしっかりと映像となった現象を見たり、生物の授業やレントゲンである程度の人体の構造(中身)を把握している事が、魔法に影響しているのではないかと俺は考察する。
しっかりとした文献に残せば、無意味な異世界召喚が減る可能性も──。
「……オン、クオン? おい、どうした? 焦げるんじゃないか?」
「え? あ、あぁ、ごめん!」
ヒューバートの声で、思い切り横道に逸れてしまっていた思考を目の前のフライパンへと引き戻し、少し焼け過げぐらいで済んだ。
興味を惹かれてしまうとすぐ没頭してしまう俺の悪癖は相変わらずらしい。
「クオンは生まれ変わっても、変わらないな」
ヒューバートもそう思ったのか、俺の内心と同じような事を呟くが、その声はやたらと甘く感じられくすぐったい。
「褒め言葉だと思っておくよ」
くすぐったさに首をすくめた俺は、焼き上がったフレンチトーストを皿へと乗せてヒューバートを見やる。
「あとは、ヨーグルトとサラダぐらいで足りるか?」
「……これが、もう少し欲しいな」
ん、と顎で指し示されたのは、フレンチトーストだ。
さすがにヒューバートとディアベルが同じ量ってのは無かったか。
(おかわりー)
「お前もか、ディアベル」
その小さな体のどこに、と突っ込みかけて、相手が超常な存在だということを思い出した俺は、笑いながら追加のフレンチトーストを焼き始めるのだった。
──結果、かなりあったパンの在庫が無くなった。
●
ドタバタとした朝ご飯を終え、俺は仕事へ行くというヒューバートを玄関で見送っていた。
昨日すっかり聞くのを忘れていたが、今のヒューバートは魔法言語の教師として、俺達が通っていたあの『学園』に勤めているらしい。
「へぇ、ヒューの授業かぁ。聞いてみたかったなー」
ヒューバートの身支度を手伝いながら、俺は思わずそんな台詞を洩らしていた。
からかうつもりではなく、本当にそう思ったため無意識で声に出してしまっていたようだ。
「クオン……」
ヒューバートから名前を呼ばれ、俺は考えていた事が口から出ていた事に気付いて、誤魔化すようにへらりと笑っておく。
「……そうか、クオンの今の年齢なら生徒か。そうなると、『ヒューバート先生』と呼ばれる訳だな」
何を言ってるかわからないが、ヒューバートは小声で何事か呟いて、俺をジッと見つめてくる。
色合い的には冷たそうな薄い青の瞳が、熱を帯びて俺だけを映している。
「ヒュー?」
「……なんでもない」
少し照れ臭くなってヒューバートの名前を呼ぶと、伸びてきた大きな手に頬を撫でられる。
(空気読むー?)
「うん? いきなりどうした?」
おとなしく撫でられていると、肩に乗せていたディアベルから唐突にそんな事を言われる。
「……今はいい」
(わかったー)
重々しくヒューバートが答え、ディアベルが呑気な相槌を打っている。
なんか仲良くなったようで良かった。
「では行って来る。誰が来てもドアは開けるなよ?」
「大丈夫だって。ここに来るような物好きなんかいないだろ」
(いい加減にしないと、遅刻するよー)
さあ出かけるぞという段になって、過保護を発動したヒューバートをなんとか玄関の外へ押し出し、
『夕飯はヒューバートの好きな物作るし、なんだったら明日は弁当も作る』
そう約束してなんとか出勤させた。
●
ヒューバートが出かけたので、早速地下室へ向かおうとした俺は、地下へ続く階段を前に苦笑いをしていた。
(おー、ものものしいー)
感心したように言いながら、ふわふわと浮かんだ美幼児姿のディアベルが触れているのは、階段の入口を塞いでいる厳重な鎖だ。
「破れなくもないが、今はとりあえずいいか」
ここまでして塞ぎたいほど、ヒューバートを傷つけたと思うと心苦しくもあり、ほんの少し喜ぶ自分もいる。
「ずっと俺を忘れないでいてくれたんだな、ヒュー」
(らぶらぶー?)
「ふふ、ヒューは違うだろ」
鎖から離れてじゃれついてきたディアベルに笑って返し、俺は地下室の入口へ背を向ける。
「記憶を辿るついでに、掃除でもするか」
汚くはないがどこか埃っぽく薄暗い空気の漂う屋内を見渡し、俺は当初の予定を変更することにした。
(クリーン魔法使わないのー?)
魔法を使わず掃除をしている俺を見て、ディアベルは不思議そうに訊ねてくる。
「魔法使ったら一瞬で終わるだろ。それに、掃除は嫌いじゃないんだ」
ディアベルのいうクリーン魔法は、言葉通り『掃除』をする魔法だ。
部屋でも物でも生き物でも一瞬で綺麗にしてしまう便利な魔法。
魔法を使える者なら誰でも使えるような魔法なので、記憶を取り戻した俺ももちろん使える。
あまりにも皆が使えるので、掃除用の魔法具はほとんど発明されていないぐらいだ。
「ま、これは魔法の方がいいだろ。ディア、こっちへ来てくれ」
一通り掃除を終えた屋内を見渡して呟いた俺は、ふわふわしていたディアベルを呼び寄せて抱えると、ふわりと空気を払うように空いていた右手を動かす。
「空気清浄機〜、なんてな」
かなりゆるい呪文を唱えて、扇風機の弱程度の風を起こし、開いた窓へと向けて吹かせる。
この世界の魔法には決まった呪文はなく、前世の俺には中二病的な素養は無かったので、俺の使う呪文はシンプルなものだ。
ラノベでよく見る『俺つえー』をしたいタイプなら、なんか格好いい呪文唱えそうだが、残念なことに……別に残念でもないが俺にはそういう引き出しはない。
(クオンはー、吹き抜けろ疾風! とかやらないのー?)
「前世の俺なら似合ったかもな」
今の俺が唱えたら、まさに中二病真っ最中な少年にしか見えない筈だ。似合ったとしても、唱える気はないが。
(ふーん。あっちの子は、好きそうだったねー)
頬に手をあてて、可愛らしく小首を傾げながら、そういえば、とばかりにディアベルから出てきた言葉である事を思い出し、俺はかなりの衝撃を受ける。
「あっちの子って、もしかして本来の目的のために召喚された女の子か? あー、自分のことで手一杯で忘れてたよ……。酷い扱いはされてないよな? 言葉は通じるんだよな?」
一瞬頭を抱えそうになったが、すぐ気を取り直してディアベルを赤ん坊のように抱きかかえ、矢継ぎ早に質問をしていく。
(クオン、興味ないのかと思ってたー)
「正直本人に興味はないが、一応同郷だからな。安否は気になるさ。あの小説みたいな展開なら……って、あれ? 今って小説の後の時間軸になるのか?」
考え込むあまり、俺は抱えていたディアベルの頬を無意識にむにむにと揉んでいたようだ。
(くーおーんー?)
「あぁ、悪い悪い。今が小説の後だろうが関係ないな。で、話は戻るが、今の彼女の様子とかわかるのか?」
(わかるよー)
教えてくれ、と言いかけた俺は、あーん、と口を開けて待つディアベルの口に、朝作っておいた生キャラメルを放り込む。
(これ美味しー。クオン、収納魔法も使えたんだー)
「あー、前は使えなかったんだけどな、もしかしたらと思って試したら使えたよ。呆れるぐらいゆるいよな」
収納魔法を使おうと思って脳裏に浮かんだのは、向こうで大人気の青い猫型ロボットさんだ。あちらのポケットの構造とか全くわからないが、何故か使えた。
たぶん重要だったのは、『出来る』という想像力なんだろう。
今回は忘れたが、次回からは『生キャラメル〜』とか言いながら出すべきか、とかどうでもいい事をついでに考えていた俺は、
(ここのカミサマ、ちょーゆるゆるだもーん)
そんなディアベルの台詞を聞いていなかった。
●
(もう一個、ちょーだいー)
「ほら。気に入ったなら良かった」
似てない物真似はやめて、俺は普通に取り出した生キャラメルをディアベルの口へと放り込む。
クッキングペーパー的な紙に包んだ物も用意してあるが、作業途中、このまま収納出来るんじゃ? と気付いて裸で収納した分なので、紙を取る手間がなくて楽でいい。
(えっとー、召喚された子の話だよねー。名前は、なんとかモミジだって。言葉は通じてるから不自由はないと思うよー。今の王サマが、王家の人気なくなってきたから民の心が欲しくて聖女として召喚させたらしいよー)
「あー、相変わらずだな。この国も」
(でも、クオンのせいもあるんだよー?)
「俺のせい? 俺は何もしてないぞ? そもそも死んでるんだが?」
(だからー、クオンの『お願い』のせいで、『アレ』の一族が短命じゃなくなったからー?)
会話の合間合間にあーん、と広げられるディアベルの口に生キャラメルを放り込みながら、俺は言われた内容に首を捻る。
「幼馴染みの一族が短命じゃなくなったのが、どうして……って、そうか、あの一族はやたらと優秀で周囲から慕われてたな」
前世の幼馴染みと、その血縁者を思い出した俺は、ディアベルの言葉の意味を理解してため息を吐く。
今までならどんなに優秀で人気があろうが、『お前は短命だから』と要職や管理するような立場にはつけなかったが、俺の『お願い』によりそれは覆ってしまった。
そうなれば、あの一族はあちこちから引っ張りだこだっただろう。
俺が死んだ時期は、幼馴染みの父親が亡くなった後で、誰が後を継ぐかって時に第一候補だった長男が死にかけてた時だ。
情報源は俺を可愛がってくれていた売れっ子娼婦だから、確かな情報だ。
「色々バランス崩れたんだな。あの一族は短命だからって、王家から輿入れもほとんどなかったみたいだしな」
情報通だった彼女達は元気だろうか。
仲良くしてくれていた同僚ともいえる強かで愛らしく優しかった娼婦達の顔を思い出し、俺は窓の外へ視線を向ける。
(モミジ、魔法は得意みたいー。でも、なんか一人になると、たまにブツブツ文句言ってるよー?)
「へぇ、そこまで『見られる』んだな、さすがディアだ」
懐かしさから遠くへ行きかけた思考は、ディアベルの言葉と触れてきた小さな手のふくふくした感触で戻され、俺は腕の中のディアベルへ視線を向ける。
(えへへー)
「で、モミジさんは、どんな文句を言ってるんだ? スマホが無いとか? 女の子だからメイク道具か? あ、それより友人や家族と会えなくなったことか、普通は」
指折り候補を上げていく俺に、ディアベルはきょとんとした可愛らしい顔で瞬きをしている。
(ううん、そんな感じじゃないよー? なんか、こんな顔してたしー)
そう言ってディアベルが真似して見せた顔は、何だろう……醜悪とでも言えばいいのか、とりあえず悲しんだりしている表情では無さそうだ。
「そ、そうか。もしかしたら、それが悲しんでる顔かもしれないからな、決めつけるのは良くないな」
うんうんと一人で頷いていると、ディアベルの顔はいつもの愛らしい顔へと戻り、何かを考えるようにぷくぷくな頬へ指をあてる。
すると、ディアベルの瞳がキラリと魔力の輝きを帯び、その口からは少し甲高い少女の声が飛び出してくる。
(『年上は嫌いじゃないけど私の好みじゃないのよ!』『なんで料理チート出来ないの? 普通は私の作った画期的料理を、さすが聖女様です! とか言って誉め称える流れよね?』『アレは何処にいるの? というか、何で救われた後なのよ!? 私達の愛の奇跡はどうなるの?』)
「上手いな、声真似……」
(えへへへ、元気そうでしょー、モミジ)
素の声に戻ったディアベルは自慢げに笑うと、ふわりと空中へと浮き上がる。
「……そうだな、元気そうで何よりだ」
ひとまず悲しんだり、なんで召喚したんだよ的な感じにはなってないようなので、良かった。
──良いのか、これ。
会ったら絶対絡まれそうだし、俺は彼女には会いたくない。
「ディアベル、俺は彼女と関わりたくないけど、たまに様子は見てやってくれるか。何か事件とか辛い目に遭いそうな時は教えてくれ」
でもまあ、同郷のよしみでこれぐらいは気にかけておこう。
(りょーかいー。お昼、なにー?)
「そうだな。美味しそうなトマトがあったから、トマトソースのスパゲティでもいいか?」
(いーよー)
ディアベルのゆるい返事を聞きながら、俺よりヒューバートの方が巻き込まれそうだな、と抱いた今さらな感想は、昼ご飯のレシピに追いやられて頭の隅へと消えていった。
私は主人公愛され主義なので、どう転がろうが主人公は愛されます。
主人公愛されてなんぼや、な精神で書いてますので、よろしくお願いしますm(_ _)m
お読みいただきまして、ありがとうございます!