前世の世界へ帰ってきた 2
シリアスもどき程度のシリアスありますが、基本は二人をラブラブさせたくてしかたない私が書いてます。
まだ先ですが、後半に入るとR指定大丈夫かな、と今からちょっと心配中……。
眠りに落ちた俺の前に広がっていた景色は、ここ最近ずっと見ていた日本の風景では無く、思い出したばかりの前世で通っていた学園の風景だ。
夢だとわかる夢の中の教室。俺の目の前に人影が現れる。
それは、再会したばかりの『悪友』ではなく──。
『──クオ、俺の役に立ってくれよ』
ニカッと快活に笑う、何処か暗い目をした幼馴染みで『親友』のアイツだった。
(……ン、オン、クオン! 起きてー。なんかくさいのー!)
「っ! な、なんだ、どうした、ディアベル」
一気に夢の世界から引き摺り出された俺は、パッと目を開けて声の主であるディアベルを見た。
(なんかくさいー)
「くさい?」
本来の姿である美幼児姿になり、鼻を摘んで訴えるディアベルに、俺は体を起こしながら首を傾げる。
チラリと窓を見ると、眠る前には明るかった窓の外は闇に包まれている。
ここは街から離れているので街灯も無く、余計闇は深く感じられる。
(なんかもくもくー?)
「は!?」
闇を見つめて軽く郷愁に耽りかけていた俺は、ディアベルの不思議そうな声を聞いて、慌てて思考を戻す。
ほらー、とディアベルが指差す先を見ると、扉の下から薄っすらと煙らしきものが流れ込んできている。確かに焦げ臭くもある。
「まさか火事か! ……って、ヒューが火事?」
火が少々出たぐらいなら、ヒューバートの魔法で一瞬で凍りつかせれば消火出来るはずだ。
多少燃え広がろうが、屋敷ごと凍らせるぐらい可能……俺がいるから凍らせられない? いや、俺を抱えて逃げながら消すぐらいしそうだよな、ヒューバートなら。
(火事、逃げるー?)
「……もしかしたら」
ふと思い出したのは、前世の学生時代の思い出だ。
珍しく風邪をひいてしまった俺は、何日か学園を休んだのだが、心配してくれたヒューバートが見舞いに来た。
で、何も食べてないと俺が言ったら、『栄養のあるものでも作ってやる』と、張り切ったヒューバートが料理をしてくれて……。
「ここのキッチンが吹っ飛んだ。出来上がってたのは、謎物体」
(……なんで、お料理して、キッチン吹っ飛ぶのー? 謎物体ってなにー?)
そんな俺の思い出話を聞いたディアベルは、心底不思議そうな表情をして、可愛らしく小首を傾げている。
「俺が聞きたいよ。またキッチン吹っ飛ばされる前に様子を見に行くぞ?」
(はーい)
いい子な返事をしたディアベルは、飛ばずに俺の肩へしがみついて移動する気らしい。
特に重さは感じないので、俺はそのまま早足で匂いと煙の発生源へと向かう。
「やっぱりキッチンみたいだな」
何年経とうが、ヒューバートは相変わらず優しく──料理の腕は壊滅的らしい。
「起きたか。もうすぐ出来るぞ」
笑顔のヒューバートが混ぜているのは、絵本で見た魔女の大鍋のような黒い鉄鍋で、そこからはもくもくと煙とも湯気ともつかないナニカが出てきている。
ちなみにグツグツと沸いている鉄鍋の中身は、青汁も真っ青な濃い緑色だ。
「ああ、ありがとう……」
大丈夫、死なないのは経験済みだ。
思わず自分に言い聞かせるように内心で呟いていた。
入ってるのは、ポーションに使われるような薬草類なので安全性は確実だ。
転生からの再会で、その日に手料理で死亡なんて事にはならない……はずだ。
「温かいうちに食べよう」
「……そうだな」
ディアベルが「食べるの!?」と言わんばかりの顔をして俺を見てきたが、俺はただ無言で頷いておいた。
●
まだ体調は万全じゃないだろうと、居間ではなく、落ち着ける俺の部屋での食事となり、二人掛けにちょうどいいテーブルでヒューバートと向かい合う。
テーブルの真ん中には、小鍋に移されてなおグツグツしている緑色の液体があり、それは俺の目の前のスープ皿の中にも注がれている。
もちろん同じ物はヒューバートの前にも用意されている。
「……いただきます」
胃腸の強さには自信があるし、最悪の場合、解毒魔法も思い出せたから問題ない。
たぶん、ぶっつけ本番でも使えるだろう。
スープへスプーンを突っ込む瞬間、スプーンが溶けるんじゃないか、とか失礼な事を思ったりもしたが、さすがにそれはなかった。
当たり前だが普通にすくえたので、そのままスープをゆっくり口へと運んでいく。
ふわりと鼻をくすぐるのは、前世で嗅ぎ慣れたポーションの材料になる薬草の香りだ。
「っ……」
漏れそうになった声を気合で抑えて、どろりとした熱いスープを喉の奥へと流し込む。
「……苦いな」
顔面に力を入れて、歪みそうになるのを堪えていたが、作った本人がポツリと呟いて渋面になってしまっている。
「体には良さそうだぞ?」
フォローになるか微妙な発言をし、俺はスープを淡々と口へと運んでいく。
「無理しなくていい。やはり、私には料理の才能はないらしい。少しは出来るようになったかと思ったのだが……」
止めようとしてくるヒューバートにニッと笑ってみせ、俺はさらに二口三口とスープを口元へと運んでいく。
「クオン、無理に食べるな。また具合が悪くなったらどうする」
「ヒューが俺のために作ってくれたんだ。具合悪くなんてならないさ」
これは苦いだけで腐ってるわけではない、変な薬が入ってたりもしてないから、お腹を壊すこともない。
前世で体験した味を思い出しかけるが、スープの苦さと険しい顔でこちらを見ているヒューバートのおかげで、すぐにそれは記憶の片隅へ押しやられる。
「……少し手を加えれば、もう少し食べやすくなるかな。あとは、いっそのことポーションに作り変えてもいい」
「これを、か?」
俺の言葉を聞いて怪訝そうな顔をしたヒューバートは、首を傾げながら緑色をしたスープをスプーンでかき混ぜている。
「ああ。残ってるスープもらっていいか?」
「構わない。私の部屋の物以外は、好きにしてくれていい。ここは、もともとは貴様の家だ」
ヒューバートらしい生真面目な言葉に、俺は苦笑して肩を竦めて見せる。
「今はヒューの家だろ? まぁ、キッチンと実験室と書斎、それと地下室は色々使わせてもらう予定……どうした?」
使わせてもらうであろう部屋をあげていくと、ヒューバートからおもむろに鋭い視線が向けられる。
「地下室は、入れない」
「え?」
「地下室は……貴様がいなくなってから、封鎖してある」
痛みを堪えるような表情でそう告げてきたヒューバートに、俺は自分の無神経さに思い至る。
「そっか、あそこはひどい有り様だったよな……」
俺はすぐ意識を失ったのでよく覚えてはいないが、地下室は血とか色々で大変だったのだろう。
(えー? 僕、あんまり汚さないようにしたよー?)
「え?」
地下室の光景を想像していると、犯人(?)からの報告があり、俺は思わずヒューバートを見やる。
「……汚れていなかろうが、貴様の死に様を思い出してしまうからな」
「そうだよな、ごめん、無神経だった」
少し考え……なくてもわかるか。友人がバラバラ死体になった部屋とか、普通に超事故物件でしかない。
汚れとか幽霊が出る出ないなんて問題じゃない、死ぬ場面を見せられたら、そうなるのが当たり前だ。
地下室はヒューバートがいない時にこっそり使えばいい。
そう内心で呟いた俺は、テーブル越しに手を伸ばし、項垂れてしまったヒューバートの頭をポンポンと叩く。
(このパン甘くないー)
そんなこんなで重くなってしまった俺達の空気をかき消すように、拗ねた感じの可愛らしい声が室内を弾むように転がっていく。
そちらを見ると、テーブルに用意されていたパンを、ディアベルが悲しそうな顔でかじっているところだった。
「それは普通のバケットで、別に菓子パンとかじゃないからな」
よく噛めば小麦の甘味が、とかはディアベルには通じないので、慰めようと俺はとりあえずデザートのフルーツをディアベルへ差し出す。
(ふーん? クオン、僕、菓子パンっての食べたいー)
差し出されたフルーツの匂いをふんふんと嗅いだディアベルは、気に入らなかったのか、ふいっと顔を背けて甘えるように俺の胸元へ飛び込んでおねだりをしてくる。
スープの改造もしたいし、明日は菓子でも作ろうかと考えながら、見た目だけは愛らしい悪魔の頭を撫でる。
「いいぞ? その代わりじゃないが、俺が洗脳されてたって事に関して、何か気付いた事があったら教えてくれ」
「それは私も気になる。聞かせてくれ」
思いつきで口にした俺の言葉に、復活したヒューバートも乗っかり、揃ってディアベルを見つめて答えを待つ。
(そんなこと言われても、僕が喚ばれた時には、もう洗脳されてたからー。あ、でも、クオンの願い事を叶えたあとにそこの人が『アレ』って呼んでる人のとこ行ったけど、なんか少し変だったかもー?)
こてんと愛らしい仕草で悩む姿は本物の幼気な子供のようだが、中身は高位の悪魔なのであまり人に興味を持っていない可能性も高かったので期待していなかったが、何か思い出してくれたらしい。
「ヒューがアレって呼んでる? もしかして、アレハ……いや、俺の幼馴染みのことであってるか?」
ディアベルの言葉に想像した相手の名前を口にしかけた瞬間、ヒューバートから絶対零度な視線が飛んできたので、俺は苦笑いして呼びかけた名前を飲み込んで言い直す。
(そいつー。僕が、寿命短くなることはなくなるからーって伝えたら『クオは?』ってー)
「それはディアベルが、俺が願った、って言ったからだろ?」
「いや、それはない筈だ。悪魔は決して契約を破らない。あの時、貴様は私以外に自分が成した事を伝えるな、と悪魔に言っていた」
(そーそー。クオンは忘れちゃったみたいだけど、契約する時にクオンがそう言ってたから僕はきちんと誤魔化して、この世界のカミサマのせいにしたよー?)
「ヒューに伝えたように、俺がアレハ……幼馴染みに伝えたとか?」
ただでさえ朧気な召喚前後の記憶を辿るが、そこに幼馴染みの姿はほとんどなく、あったのはテーブル越しに心配そうな視線を向けてくる『悪友』の姿だ。
「ありえないな、ほとんどヒューとのしか思い出がない。……そういえば、俺とアイツは幼馴染みって以外は、趣味とか嗜好合わなかったからなぁ」
なんで一緒にいたんだろ、と思いかけたが、無言になったヒューバートに気付き、記憶を辿っていた視線をヒューバートへ向ける。
「……それは、どんな感情の顔だ?」
ヒューバートを見て、思わずそう問うた俺は間違ってない筈だ。
手の色が変わる程に強くテーブルを掴んだヒューバートの顔は、喜色と憤怒が混じったような複雑な表情で、幼い子供が見たらギャン泣きしそうな迫力があった。
「普通の顔だ!」
「そ、そっか」
その顔のまま怒鳴り返され、俺はどもりながら頷いておいた。本人がそう言うなら、そういう事なんだろう。
(変な顔ー)
「こら、ディア。普通の顔って本人が言ってるんだから、そういう事にしとくもんだぞ?」
俺達の失礼なやり取りは聞こえなかったのか、やっとテーブルから手を離したヒューバートは、冷めたスープを皿を掴んでガッと一気飲みをしてニヤリと笑って俺を見てくる。
「つまり、だ。つまり、貴様は特に『アレ』に特別な感情があった訳ではないんだな?」
「……いや、あった筈なんだが、たぶん、その辺りも洗脳によって歪められたのか、よくわからないってのが本音だな。まあ、生きてるなら良かったなー、ぐらいの気持ちだ」
自分の中から言葉を探すように首を捻りながら答えると、それにつれてヒューバートの表情はさらに緩んでいく。
「そうか」
それだけを緩みきった表情で呟いたヒューバートは、テーブル越しに手を伸ばして来て俺の口元へ触れる。
「ん? なんかついてたか?」
「……あぁ、スープが、な」
首を傾げて見やると、無駄に色気のある笑顔のヒューバートから、そんな言葉を頂いた。
口元が緑色は目立つよな、と同じスープを飲んだはずのヒューバートを見るが、ペロリと指を舐めているヒューバートの口元は綺麗なままだ。
「残念。ヒューは食べ方綺麗だから、付いてないか。付いてたら、お返しに……って、おい、何してんだ?」
自分の唇に指をあてながらブツブツと呟いていた俺は、皿へ僅かに残っていたスープをパンで拭って食べ始めたヒューバートに驚いて声を上げる。
ここには俺とヒューバートしかいないし、パンでスープ拭うのはマナー違反ではないよな、というか、それは地球のマナーだっけ? そもそもさっき皿から飲んでたな、など、数秒の間に色々脳裏を駆け巡るが、ヒューバートの口元にわざとらしく付いた緑色で、ヒューバートの意図に気付く。
「……ヒューは、ずいぶんお茶目な性格になったな」
くく、と思わず笑い声を洩らしながら、俺は先程のヒューバートがしてくれたように手を伸ばし、ヒューバートの薄い唇の端に付いた緑色を指先で拭う。
「ん、同じ味だ」
指先についた緑色をペロリと舐めると、思わず当たり前過ぎる感想が口から飛び出す。
「ぶ……っ」
「ぶ? どうした、ヒュー」
僅かに残っていたスープをヒューバートに倣って皿を持ち上げて飲み干してると、前方から妙な音が聞こえて視線をそちらへ向ける。
「ヒュー? ヒューバート?」
「……なんでもない」
自分がするのは平気でも、されたら照れるのはおかしいというか可愛らしく見え、俺は赤くなった顔を隠すように横を向いたヒューバートを見て笑みを深くする。
ふと、こういう場面でからかってきそうなディアベルが静かな事に気づいて視線を落とすと、膝の上で丸くなって寝息を立てていた。
「眠る姿は天使だな」
柔らかな頬を軽く撫でてやり、俺はディアベルを優しく抱えて立ち上がる。
「……気を許すな」
「大丈夫だから、ヒュー」
すっかり心配性になった悪友へ苦笑いで返し、俺はディアベルを抱えて奥にあるベッドへと向かう。
「…………で、なんで寝たフリしてるんだ、ディアは」
(えー、ちちくりあうのかと思って、せっかく空気読んだのにー)
「はいはい、ありがとな」
ベッドへ寝かせた途端、パチリと目を開けてむぅと唇を尖らせるディアベルの姿は可愛らしいの一言だが、発言は色々残念だ。
俺の背後で片付けをしていたヒューバートがずっこける程度には。
「な、な、いや、まだ……」
美丈夫が慌てる姿はなかなか可愛らしいが、このままだとテーブルをひっくり返されそうなので俺はディアベルに布団を掛けてやってからヒューバートの元へ向かう。
「ヒュー、お前の方がディアに騙されるなよ?」
奇跡的に割れていなかった皿を拾いながらヒューバートへ笑いかけると、
「次からは空気を読むなら完全に姿を消せ」
ヒューバートは立ち上がりながら、そんな言葉をディアベルへ向けて投げかけていた。
(はぁーい、わかったよー)
布団の塊と化したディアベルから、そんな返事が飛んでくると、ヒューバートは満足そうに笑っていた。
これはR15じゃ駄目だろう、という表現とかありましたら、教えていただけますと幸いです。
そもそも読んでくださってる方がいない可能性もありますか(*´ω`*)