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だいぶ思いが重い話

少しややこしい話の裏側というか、悪友側からの話です。


やけに長くなりました。


悪友の執念かも知れません。


本当はただのキューピッド役で終わるはすだったのに、気付いたら取って代わってました。


悪友側だと、少し学園の感じが雰囲気程度にあります。


タイトル思いつかず、タイトル詐欺に……。


萌えで、書きたいとこだけ書いたので、色々設定とかツッコミどころ満載ですが、広いお心でスルーしていただけると幸いですm(_ _)m

 私には人生で後悔している事が一つある。

 あの時、恥も外聞もなく、形振りなんて構わず、泣いてでも縋っていれば、唯一の友は今も隣にいたのではないか、と。

 優しい温もりが残る頭を抱え、泣き叫んだ日を今でも夢に見る──。





 自信過剰な変わり者の友と出会ったのは、中等部へ入ってすぐだった。

 自分で言うのもなんだが、私は見た目も整い過ぎて近寄り難く、さらに性格もキツく捻くれていて、その上家柄のせいもあって話しかけてくる奴など皆無だった。

 その日の放課後までは──。



 いつも通り、遠巻きに見てくるクラスメイトを無視し、一人静かに帰宅の準備をしていた私は、不意に名前を呼ばれて顔を上げる。

「ヒューバートって、あんただよな?」

 滅多にされない馴れ馴れしい呼びかけに驚いたが、呼びかけの主のにぱっという謎の効果音が聞こえる呑気な笑顔が見えて毒気が抜かれる。

 その笑顔には、私へ取り入ろうとするような色も、畏怖するような色も、害するような色も全くなく、ただただ人懐こい子猫のようだった。

「そうだ」

 だから、思わず答えていたが、慣れないことをしたせいか思い切りぶっきらぼうになってしまう。

 こんな答え方をされたら、私ならイラッとして去りそうだが、目の前で笑う少年は気にしなかったらしい。

「悪い、失礼だったな! つい、あんたと話したくて先走った。俺はクオンタム。クオンでも、クオでもタムでも好きに呼んでくれ」

 私の隣の席へどかっと座り、にこにこと人懐こく笑いかけてくる子猫……ではなく、クオンタムと名乗った少年のことは、私ですら知っていた。

「隣のクラスの……」

「知っててもらえたとは光栄だなー」

 私が思わず洩らした呟きに、クオンタムの表情がパッと明るくなるが、続けた一言で一気にしゅんとなる。

「アレの付属品、だと」

「そっちかよ……」

 ムッと唇を尖らせる姿は幼く見え、さらにクオンタムの子猫っぽさが増して見えた。

 私は返し方を間違えたな、と机に視線を落とす。



『面白くないヤツ』



 たまに話しかけてきた相手から言われる一言を何となくクオンタムからは聞きたくなくて、私はさっさと帰ろうと教科書を鞄にしまっていく。

「変なやつだな、ヒューバートは! まさか、正面切って言われるとは思わなかったなー」

 予想外に聞こえてきたのは楽しげな笑い声で。

 思わず顔を上げると、クオンタムは気にした様子もなく笑って私を見ていた。

「……あとは、頭はいいが馬鹿なやつ、とかは聞いたことがあるな」

 何となく、本当に何となくだが、どこまで許されるのだろう、という気持ちが湧いてしまい、私はいつか聞いていたクオンタムの噂を口にしてしまっていた。

「ちょ! おい、こら誰だー、ヒューバートに俺の悪口吹き込んだやつはー!」

 目を見張ってきょとんとしたクオンタムは、すぐにわざとらしく怒りながら、こちらをちらちら窺っていたクラスメイト達を睨みつける。

「本当の事だろー!」

「そうそう!」

「スケコマシもつけくわえとくぞー!」

 クオンタムが私へ話しかけた時から微妙に緊張していた教室の空気が一気に変わり、男女入り混じった笑い声がドッと上がる。

「すまない、誰かが話してるのを聞いただけだ」

「逆に、知っててもらえて嬉しいさ。で、ヒューバート、少し話せるか?」

 反射的に言い訳じみた謝罪を口にしたが、クオンタムは気にした様子はなく人懐こい笑顔を浮かべて首を傾げている。

「……ここでは駄目なのか?」

「俺は構わないぞ? ほら、ヒューバートがこの間提出した『魔法文字の有用性』っていうレポートの──」

 クオンタムから出て来たのは思いがけない話題で、すぐに周囲の目も気にならなくなり、前のめりで話し込んでいた。



 気付いた時には教室は夕闇に染まっていて、他のクラスメイトは皆帰ったのか二人きりで話し込んでしまっていた。

 少し前から、通信用の魔具に連絡が来ているのも気づいていたが、クオンタムとの会話が楽しくて気づかないフリをしていた。

 クオンタムは頭がいいという噂は聞いていたが、見かける姿は誰かと馬鹿騒ぎするものばかりだったので、あまり信じていなかった。

 しかし、実際目の前で、興奮に頬を染めて私の話に的確な相づちを打ち、ここはこうなんじゃ、と魔法陣を描き直す姿は、確かな知識と経験に裏打ちされている。

 何より、魔法陣や魔法文字について話す姿が楽しそうなのだ。

 もっと彼と話してみたい、私がそんな願いを抱きかけた時だった。

「おい、クオ」

と、開け放たれたままだった教室の入口から、快活な声が目の前のクオンタムの愛称を呼ぶ。

 親しげな呼びかけに、話に夢中になっていたクオンタムは、ハッとした表情になって教室の時計を見る。

「やっば! 悪かったな、ヒューバート、楽しくてつい夢中になってた」

 へにゃと眉尻を下げて謝る姿は心底申し訳無さそうで、気づけば私はゆっくりと首を振っていた。

「いや、私も楽しくて時間を失念していた。……また話せるか、クオン」

「あ、あぁ、もちろん! なあ、俺もヒューって呼んでいいか?」

「構わない。……では、またな、クオン」

 二人で色々描いていた紙を、さり気なくそっと鞄にしまい、私は人懐こい笑みを浮かべたクオンタムと……こちらを睨んでいる少年へ軽く会釈をして立ち去る。



「何話してたんだ?」


「ほら、この間提出したレポートの! ヒューのレポート、先生から見せてもらってから、ずっと話してみたかったんだー」



 遠ざかる教室からは、そんな楽しげなクオンタムの声が追いかけてきて、私は気付けば笑っていた。



 立場もしがらみもなく対等に笑い合える、そんな存在を私は欲しかったらしい。

 自分でも知らなかった感情だったが、『また』と簡単に交わされた次の約束が胸を騒がせる。

 ただ少し気になったのは、クオンタムが『アレの付属品』と陰口を叩かれる原因の幼馴染みの少年の視線だ。

「誰にでも優しい人気者か、あれが」

 私を睨む視線に、そんな雰囲気は欠片も感じなかったが。

「……どうでもいいか」

 私には『アレ』と仲良くなる未来は、どう考えても思いつかなかった。





 ──出会ってから数年経ち、共に高等部へ進んだ私達は、すっかり周囲から『悪友』と認識されるようになった。

 私も少しは悪いと思うが、主な原因は天才肌としか言いようのないクオンタムのせいだ。

 まあ私も気になったら試したくなる質なので、二人で色々しでかして、教師から呼び出しを食らった事は数え切れない。

 クオンタムは『アレの付属品』と呼ばれる事は少なくなり、天性の人たらしを発揮して、あちこちに交友関係を広げているようだ。

 最近クオンタムは何かを探しているのか、たまに思い詰めたような表情をしている事がある。

 理由は何となく知っている。

 私の家は、かなり権力のある家なため、聞きたくなくとも情報は入ってくる。

 親切ごかして、耳打ちをしてくるような相手も多い。



『あんな平民上がりとは付き合うべきではない』

『卑しい孤児があなた様のおこぼれをもらいたがっているだけ』

『体を売って学費を稼いでいる薄汚い野良猫』



 私はそれを全て笑顔で聞き流し、話してすっきりしたらしい相手は、皆帰り道不慮の事故に襲われたそうだ。

 聞く価値のないような耳打ちばかりだが、ごくごく稀に貴重な情報が得られる場合もある。

 それが、最近のクオンタムの思い詰めた表情の原因と思しき事案の情報だ。

「……強過ぎる能力ゆえの短命な一族、か」

 クオンタム本人の話ではない。

 クオンタムは間違ってもそんな儚い一族ではないのは知っている。

「アレも殺しても死ななそうだが……」

 誰も聞いてないので、遠慮なく思った事を呟いておく。

 第一印象というものは侮れず、私は未だに『アレ』と仲良くなれる気配すらない。

 向こうも私と仲良くなる気はないらしく、二人きりになったとしても会話もなく、視線すら合わない。

 その『アレ』が問題の儚い一族なのだ。

 すでに症状は出て来ているらしく、朗らかな皆の人気者だった『アレ』は、死の恐怖を忘れようとしてか、女をとっかえひっかえしているそうだ。

 それでも人気は衰えていないようだが、どうでもいい。

 私が気にするのは、ただ一人ともいえる友の事だ。

 『アレ』は一族の中でも類稀なる能力の高さゆえ、症状の進行が早いようだ。

 クオンタムの表情もそれに伴い曇っていく。

 そんなある日、目の下にクマを作ったクオンタムから呼び止められる。

「ヒュー。今日の夜、隠れ家に来れるか?」

「ああ、大丈夫だ。……クオン、眠れてないのか? 何か、私に出来る事はあるか?」

「それを話したいから、今日の夜会えるか聞いたんだよ」

「わかった。では、夜に」

 頷いた私に、クオンタムは久しぶりににぱっという見慣れた笑顔を残して去っていった。

 この時、私は気付くべきだった。気付かなければいけなかった。

 何故、クオンタムがあんな顔で笑っていたかを。




 私達が隠れ家にしているのは、魔法の研究者だという偏屈な貴族が住んでいた街外れの屋敷だ。

 クオンタムは何処で知り合ったかは知らないが、その貴族と仲良くなり、貴族が別の土地へ移る際に破格の値段で譲ってもらったそうだ。

 しかも、家具や研究資料も自由に使ってくれ、と残されたままなのだ。

 地下には魔法や魔法陣を試すための専用地下室まで完備され、いたれりつくせりな隠れ家だ。

 どうやってそんな貴族と知り合ったか聞いたこともあるが、はぐらかされたというか、『え? 普通に話して仲良くなった』と心底不思議そうに返されたので諦めた。

「……一体、何を思いついたんだか」

 きっと奴の事だからこんな魔法陣を思いついたとかキラキラした目で言うんだろうな、と隠れ家への道すがら、私はそんなことを呑気に考えていた。

 クオンタムにこうやって呼び出され、魔法や魔法陣の検証をするのはいつもの事だ。

 隠れ家でなら、多少爆発しても、発光しても通報はされない。

 怪我でもしたら、私特製ポーションを飲ませてやろう、と思いながら、勝手知ったる屋敷内を地下室へ向かう。

 諸々を防ぐ為、地下室の両開きの扉は、屋敷内の何処よりも分厚く重い。中にクオンタムがいるかは、開けるまではわからない。

 私は「入るぞ」と言いながら両開きの扉を開く。

 少しだけ埃臭い空気がぶわっと吹き出し、魔具の明かりで照らされた石造りの室内が視界に入ると、その中心にクオンタムがいるのが確認できた。

 その足元には赤黒いインクで描かれた魔法陣があった。

 やはり魔法陣を試そうとしていたのだな、と私は一歩前へ踏み出そうとする。

 その瞬間、



「ヒューバート! そこから動かないでくれ……」



 そう切羽詰まったようなクオンタムの声が響く。

「どうした? 失敗したのか? そもそも、何故貴様が魔法陣の中にいる?」

「……ごめんな、ヒュー。そこから動くと危ないんだ。一応、今は入れなくはしてあるが」

 私の問いかけに答えることなく、クオンタムは泣き笑いのような顔をして、頭を横に振っている。

 クオンタムの言葉の意味も、行動の理由もわからず、私は再び一歩前へ踏み出そうとし──阻まれた。

 地下室に入ってすぐの所に見えない空気の層のようなものがあり、それ以上前へ進めない。

 固くはない。だが、進めない。空気の塊に押し戻されるような感じだ。

 試しに殴りかかるが、受け止められて押し戻される。

「おい、ふざけてるのか? それとも、これが試そうとしていたものか?」

 気が長い方ではない私は、苛立ちを隠さずクオンタムを睨みつける。

 早くクオンタムの側へ行かないと、何故かそんな嫌な予感がして、余計に苛立ちが増していく。

「……本当にごめん。俺は失敗しないさ。けれど万が一の時のため、ヒューには『最後』まで見守って欲しいんだ。こんな事、ヒューにしか頼めない」

「最後、まで……? それはどういう……っ」

 不安を煽る単語に、クオンタムを問い詰めようとするが、不意に喉が塞がれたように声が出なくなる。

 足元を確認すると、そこにはクオンタムと悪戯用に開発した、声が出なくなる魔法陣が描かれており、発動した事を示す光を発していた。

 これは短時間だが、魔法でもポーションでも治せないため、作ったはいいが悪辣過ぎると発表していない魔法陣だ。

 つまり描けるのは、私かクオンタムのみ。

「ほんの少し、静かにしていて欲しいんだ。『交渉』の邪魔をされたら困るから」

 よく寝たのかクマは消えていたが、何処か遠くを見るような表情でそう言ったクオンタムは、そっと魔法陣へ手を伸ばしている。

 この距離では、魔法陣を構成する文字までは読み取れない。

 私が唇を噛んで見守る中、クオンタムの足元の魔法陣から、ざわりと冷たい空気が流れ出す。

「成功だな」

 そう言って笑った顔は、いつものクオンタムそのものだったが、魔法陣からゆらりと姿を表した存在に、私は声を出せないのも忘れて叫ぶ。

「(クオンタム! 馬鹿なことはよせ! それは『悪魔』だ!)」

 もちろんまだ魔法陣の効果はあり、はくはくと虚しく唇が開閉し、出てくるのは空気の漏れる音だけ。

 ならば、と隔てている壁へ何度も魔法を撃ち込むが、こちらも対策されてるらしく、すぐかき消えてしまう。

 魔法陣から現れた『悪魔』は、見た目は幼気な幼児だが、肌に感じる空気からかなりの高位だと知れる。

 そんな存在を前に、クオンタムは怖気づく様子もなく、友人へ向けるように笑って言う。



「俺の願いを聞いて欲しい」



 その後の事は、正直なところ、あまり覚えていない。

 ずっと声が出せないのも構わず、叫んでいた気がする。

 気付いた時には私は、物言わぬ塊となったクオンタムの頭を抱えて、泣き叫んでいた。




 何時間経った頃だろう。

 泣き疲れた私は、魔法陣の近くにある封筒に気付いた。

 震える手で開いた手紙には、悪いけど後処理頼むなー、といつも通り過ぎるクオンタムからのメッセージ。

 それともう一枚、こちらの内容は私が墓まで持っていく。

 これは、私がクオンタムから託された願いだ。

 誰にも渡すものか。




 震える足に力を込めて立ち上がり、冷たくなってしまったクオンタムの頭に、腐らないよう保存の為の魔法をかける。

 自分が死んだ事をしっかりと証明させるため、悪魔にわざと喰い残すよう頼むなど、何処まで残酷なんだ、貴様は。

 眠っているかのような穏やかな死に顔をしたクオンタムへ心の中で毒づき、脱いだ上着でクオンタムの頭をくるむ。

 その後、ナニかと戦ったような痕跡を作り、私は通信用魔具で緊急事態を知らせるため、学園へと繋げる。




『クオンタムは、魔法陣の実験でナニかを喚び出してしまい、力及ばず殺されてしまった』



と、震える声で告げると、繋がった先では悲鳴や、嘘だ、と叫ぶ声が聞こえる。



 私が疑われようが構わない。

 クオンタムが成し遂げた事を他の誰かに悟られなければ、どうでもいい。

 それに何もしなくとも、どうせ父が口を挟み、私が罪に問われることはないだろう。

 しばらく腫れ物扱いだろうが、初めから私に話しかけてくるのはクオンタムぐらいだった。そう思い出し、また涙が頬を伝った。



「そうか、もう貴様の声は聞けないんだな……」



『ヒュー! ヒューバート!』



 記憶の中でも人懐こく笑って何度も呼びかけてくる声を、いつか忘れてしまうのだろうか。








 しばらく後、学園と私の家から派遣された人員により後処理がされ、私は謹慎処分となった。


 その間、一度だけ『アレ』が来た。



 暗い目で手負いの獣のような空気を纏い。



「なあ、クオは何処だ? お前が隠したんだろ?」



「クオンタムは死んだ」



「嘘だ! クオは強いんだ、簡単に殺されたりはしない!」



「貴様がどう思おうが、クオンタムは死んだ」



「嘘だ、嘘だ、嘘だ……」



 壊れたように繰り返し、『アレ』は何処かへ去っていった。

 そのまま、学園を休学したらしい。

 クオンタムを通じて付き合いのあったクラスメイトが教えてくれた。

 多分だが、もうすぐ自分も死ぬ筈だからクオンタムの後を追えるとでも思ったのではないか、と私は推察する。

 答えは本人しかわからないが、別に聞きたくもない。

 私の方こそ、お前のせいでクオンタムは死を選んだ! と大声で責め立てたかった。




 謹慎が終わって学園へ戻った私は、ただ淡々と日々をこなし、何事もなく卒業を迎えた。

 どうでもいいが『アレ』も学園へ戻ってきて、卒業するようだ。

 お互い視界にすら入れなかったため、噂話で聞いただけだが。

 私はクオンタムとしていた研究を続けながら、家を継いだ兄の補佐をする事になった。

 おかげで、ある程度の我儘も自由もきくようになった。






 あれから幾年月重ねたか、淡々と過ごしていた私には、季節の移り変わりも気にはならない。

 今日は王城からの依頼で城へとやって来ていた。

 美しい筈の王城の中庭も、私には色褪せて見える。

 時々、記憶の中にいるあの時のままのクオンタムが、私の名前を呼んで、鮮やかな景色の中を笑い声を上げながら駆け回る。



『ほら、ヒュー! 見ろ、真っ白だぞ!』



 今では私がこの国で一番の魔法文字の研究者だぞ? 今なら貴様より上手く正確に書けるさ、と記憶の中を駆け回る相手へ呟く。

 ツンと鼻の奥が痛むが、もう涙は枯れ果ててしまった。

 僅かに滲んだ視界に映るのは、自分でも完璧に描けたと自画自賛したくなる魔法陣だ。

 これは貴様でも見たことないだろう? そう心の中で自慢をするが、答える声はもちろん聞こえない。



「出来たのか」



「……はい。問題なく使えます」



 私は感傷を深呼吸一つで追い払い、目上に当たる相手に完了を畏まった口調で伝えて、部屋を後にする。

 案内するという騎士を断り、長い廊下を中庭へと向かって歩いていく。




「異世界から召喚、か。まあ、私には関係のない話だ」




 私が描いた魔法陣が喚ぶのは、何処かの世界の魔力が強い少女だ。

 依頼は国からで、それをどう使うかは、私の知ったことでは無い。

 しかし、結果だけは気になる。

 これはクオンタムが死んだ後、私が一人で進めていた研究だ。

 いつか、あの『悪魔』を召喚して、この手でぶち殺すのが目標だ。

 あの時の魔法陣は、クオンタムが破壊してしまったため、再現は出来なかった。

 つけあがるので本人には言えなかったが、やはりクオンタムは天才だったんだろう。



 召喚の儀式の終わりを待つ間、私は中庭でぼんやりと空を見上げていた。

 しばらくして、バタバタと多くの人間が駆け回る音がし始め、見慣れない格好をした少女が連れて行かれるのを遠目で確認する。

 どうやら、私の描いた魔法陣はキッチリ発動したらしい。

 発動させるには、何十人分もの魔力を必要とするような陣だったが、どうやって魔力を用意したのかは知らないし、興味はない。

 どうせあの魔法陣はもう使えない。

 一応、念の為確認をしようと、私は先ほど通った道を逆へ辿っていく。

 全員召喚された少女の方へ行ったのか、儀式の行われた部屋は全く人気がない。

 私は部屋の中心にある魔法陣へ近づこうとし、そこで初めて魔法陣の上にある人影を見止め、驚愕で目を見張る。

 見慣れない服装から、それが先ほどの少女と同じように召喚された人物だとすぐに悟る。

 人影は魔法陣が珍しいのか、楽しそうな様子でしゃがみ込んでペタペタ触っていた。

 その仕草は、はるか遠い記憶となったクオンタムを思い出させ、私はしばらく微笑ましく見守ることにした。



 少年が呟いた言葉を聞くまでは──。



「しかし、相変わらずここのはね方特徴的過ぎるだろ」



 からかうように呟かれたのは、私のクセ字に対する感想だ。

 確かに私は指摘された文字を、クセ字というかはね方を間違えている。

 魔法陣に影響はないので、ある理由からあえてクセ字を直してない。

 そのある理由はこの際どうでもいいとして、何故異世界から召喚された人物が私のクセ字に気付いた? しかも『相変わらず』とは?


「……それは貴様が最初にわざと間違えて教えたから、だ」


 私の口から思わず出たのは、ここにいる相手へではなく今はもういない相手へ向けた文句で。

 もちろん返ってくるのは驚愕か不審げな視線だというのは理解していたが、口に出さずにはいられなかった。

 そんな筈はないとわかっていても、だ。

 きっとこちらへ転移する際に、魔法陣の影響で言葉が通じるようになり、文字も理解出来るようになっただけ。

 そう脳内で理論的な仮説を立てる私の耳に届いたのは、まるで昔に戻ったような、軽やかな笑い声混じりの……彼が言いそうな台詞。

 そして、最後の一言が、私を確信させる。

「いやいや、そりゃ最初にわざと間違った字を教えたのは悪かったが、俺はその後何回も矯正しようとしただろ? って、あれ? そういえば、直ってたよな……?」

 そうなのだ。クオンタムが原因だったクセ字は、クオンタムから矯正されて直っていた。



 ──それは彼の亡くなる二日前のこと。



 その事実を知ってるのは、私自身とクオンタムだけの筈だ。

「ああ、一回は確かに直った。だが、またこうやって書くようにした。……貴様が、生きていて共に過ごしていた、確かな思い出だったからな」

 え? という表情で振り返ろうとする相手の動きより早く、私は言い逃れが出来ないよう言葉を続けながら、縮んでしまった気のする友を背後から抱き締める。

「帰って、来たんだな」

「いや、あの、人違いデスヨ?」

 耳元で囁くと返ってくるのは、わざとらしい片言な否定だ。

 私はふとポケットに入れてあったある物を思い出し、取り出して少年の耳元で揺らしてみる。

「……私特製ポーションを用意してあるぞ?」

 脅すように低い声音で告げながら、さらにちゃぷちゃぷとポーションのビンを揺らす。

 その反応は顕著で。

「いらん!」

 見事なまでに全力の拒絶だ。

 私から逃れようとするジタバタする姿を眺めていると、

「お前は、こいつのポーションのおそろしさを知らないから、そんな事を……あ」

 迂闊過ぎるだろう。もうクオンタム確定だ、これは。慌ててバッと口元を手で覆っているが、色々手遅れだ。

 さすが『頭はいいが馬鹿なやつ』と噂されていただけはある。

「貴様は、一体誰と話している? それに、どうやって生き返ったんだ? 貴様はあの時──」

 逃げられないようしっかりとクオンタム(仮)を捕まえて、矢継ぎ早に問いかけるが、あの日見たクオンタムの最期の姿が言葉を鈍らせる。

「魂まで悪魔に食い千切られて死んだはず、か?」

 私が言い淀んだ内容をハッキリと口にされ、私は二重に衝撃を受けて息を呑む。

 私とクオンタムしか知らない事実を口にされ、さらに彼の最期の姿をハッキリと思い出してしまった。

 両腕に抱えた頭の重さと温もりを思い出し、クオンタム(仮)を拘束する力が緩んでしまう。

 だが、彼は逃げ出す様子はなく、振り向いて私を見つめて、何処か懐かしむような表情を浮かべて笑った。

「泣いてくれたのか、ヒュー」

 クオンタム(仮)──生きて動いているクオンタムが、私の名前を呼ぶ。名乗ってもいない私の名を呼んだという事は、誤魔化すのを諦めたんだろう。

 それより、その問いかけに私は沸き立つ怒りを抑えられなかった。

「貴様の無様な死に様に、笑い過ぎただけ……な訳ないだろ! 目の前であんな死に方をされて、どうして、私に相談しなかった? そんなに、頼りなかったか?」

 感情のまま支離滅裂に怒鳴ると、枯れ果てたと思っていた涙が頬を伝う。そうだ、あの時、私は何よりお前に頼られなかった事が辛かった。

 涙を拭う事もなくクオンタムを睨みつけると、さすがになにか思うことがあったのか、バツが悪そうな表情をしている。

「……で、どうやって生き返った? なにか妙な気配がするのは何故だ?」

 今なら素直に答えるだろうと、涙もそのままにクオンタムへ詰め寄る。

 まさか生き返るような魔法陣でも、とクオンタムの瞳を見つめ、そこで初めてクオンタムと真っ直ぐ目線が合わないことに気付く。

 私の背が伸びたのか、クオンタムが縮んだのかはわからない。

 クオンタムを見つめていると、ため息を吐かれて、躊躇いなく伸びてきた手が頬を拭ってくれる。

「生き返った訳じゃない。俺はちゃんと死んだ。お前は、見届けてくれたんだろ?」

 まるで幼子をあやす様に柔らかい笑顔で囁かれた言葉に、私の喉からヒュッと音が洩れ、また視界は滲んでいく。

「だが、今こうしてここに……」

 自分でも弱々しく聞こえる反論をすると、相も変わらず自信過剰な仕草で肩を竦められる。

「どう見ても姿が違うだろ。前世の俺は、もっと背が高くてカッコ良かった」

 どうだ? とばかりに胸を反らしてこちらを見るクオンタムに、私は思わずフンッと鼻を鳴らす。

「そうだな。まだ昔の方が見れた姿をしていた」

 嫌味で返したが、合間合間に鼻を啜ってしまったのはバレてないだろうか。

「悪かったな、貧相で。でも、これが転生した今の俺の姿なんだよ。逆に、よくお前は俺だと確信したな?」

「転生……だと? そんな夢物語……いや、悪魔を喚び出して願うよりは現実味があるか…」

 クオンタムがクオンタムな事など、私が見ればお見通しだ。それより、転生などという物語でしか聞かないような単語に、私の思考は持っていかれる。

「お前って、サラッと俺のこと馬鹿にするよな。俺には成功させる自信がありましたからー」

 そのまま考え込んでいると、クオンタムがブツブツと文句を言ってるのが聞こえて苦笑いしていた私だったが、冗談のつもりらしいクオンタムの台詞を聞いた瞬間何かがプツリとキレる音を聞いた。

「……ああ。知ってる。今でも、ぶん殴って止めれば良かったと、後悔している」

「ヒューバート……」

「今からでもぶん殴っていいか?」

「死ぬ死ぬ、止めてくれ!」

 自らの目が据わっている自覚は少しあったが、クオンタムの本気の否定具合を見ると、かなり酷い表情をしていたらしい。

 けれどこれはクオンタムが悪い。

 クオンタムはたまにこうやって無邪気な子供のように他人を煽るのだ。

「冗談だ。……魔法は使えるのか?」

 怯えた様子でぷるぷると首を振るクオンタムの姿に溜飲が下がった私は、改めてクオンタムを見下ろしながら気になった事を口にする。

「わからない。向こうで前世思い出したのもついさっきだから、試す間もなかったからな」

 クオンタムは首を横に振るが、クオンタムからは前と変わらないか、それ以上の魔力を感じる。姿は……そう言われれば、違うな。笑い方や仕草が変わらないから、気にもならなかったが。

 それと先ほどは答えてもらえなかったが、何か妙な気配が付いている気がし、クオンタムをジッと窺っていると、私を見つめていた視線が不意に中空へと泳ぐ。

「そうだ。さっき、誰と話してるか聞いたよな?」

 にぱっと笑ったクオンタムの視線が私へ戻ると、キラキラした目で悪戯っぽく問いかけてくる。



 私が反応するより前に、薄暗い室内にドロンッという妙ちくりんな音が響き、黒い羽根の生えた幼子が現れる。



 その姿は、クオンタムが消えてから十数年、ずっと追い求めていた悪魔そのもの。


 激しすぎる憎悪に、視界が赤く染まった気がし、気付いた時には私は剣を抜いて悪魔へ斬りかかっていたらしい。



「ちょ!? ヒュー! 止めろ! 下手に手を出すな!」



 クオンタムが何かを叫んでいるが、私は構わず悪魔へ攻撃をし続ける。しかし、剣は掠りもしない。


 それでも構わず、ハエのように飛び回る悪魔を狙って剣を何度も何度も振り下ろす。



 何度も何度も繰り返したせいか、妙に体が重く剣が振るいにくい。

 そこでふと自らの体を見下ろした私は、しがみついているクオンタムに気付く。

 何故止められたかわからず、私はキッとクオンタムを睨んで沸き立つ激情のまま叫ぶ。

「こいつが……こいつが……こいつが貴様を食い殺した! 私の、目の前で、貴様を……っ!」

 ドロドロと湧いてくる怒りのまま、笑いながらフワフワと浮いている悪魔へ向けて、呪詛のような言葉を吐き続ける。

「それは……そうだが、こいつは俺の願いを叶えてくれただけだ。それに、こうして、俺としてここにいられるのも、こいつが何かしてくれたからだ」

 クオンタムの言葉に、悪魔へ向けていた視線をおずおずとクオンタムへ戻す。確かに生きて動いているクオンタムだ。しがみついてくる体には温もりがある。

 それが、この悪魔のおかげ?

 一瞬心がグラリと揺れたが、私達のやり取りを楽しそうに見ている悪魔の姿を見て、そんな気持ちを投げ捨ててクオンタムを見つめる。

「だが! だが……ここで殺さなければ、コイツはまた貴様を……っ!」

「それは無いから、大丈夫だ、ヒュー。今こいつは俺に憑いて実体化している。宿主である俺を害すことは無いし、俺の指示なく周囲を襲うようなこともしないよう契約をした」

 私の心配を自信満々で笑い飛ばすクオンタムに、私の目の前は絶望で暗くなる。

「ま、まさか! また貴様は、魂を代価に!?」

 また救えなかったのか、と泣き出したくなった私の耳に、予想外の単語が入ってくる。

「いや、菓子だ」

「菓子……甘かったり、しょっぱかったりする?」

 聞き間違いか、もしかしたら異世界では違うモノを『菓子』と呼ぶのかと確認の意味で問いかけると、普通に頷かれた。

「ああ。その菓子だ」

「買ってきて食わせるのか」

 菓子があればクオンタムは殺されないなら大量の菓子を用意しなくては、と私が意気込んで訊ねると、んー? と気の抜けた声を洩らしたクオンタムはフワフワと浮いている悪魔を見やって、

「いや、俺が作ったのでいいらしい。召喚される前の、精神世界みたいなとこで話し合って決定した」

 そんな呑気な答えを返してくる。

「決定したのか」

 私の出番はないのか、と残念に思いながら、そのままクオンタムの言葉を繰り返して何事か悩んでいるらしいクオンタムを見つめる。

 そして、ハッとする。



(そうか。いくら転生したとはいえ、今のクオンタムは異世界からの転移者で、しかも本命の巻き込まれ扱いになるのか)



 考えれば考えるほど、これからどうやって生きていくか悩むのも仕方ない。

 ここは友である私の出番ではないか、とジッとクオンタムを見つめると、不審そうに首を傾げられた。

「ヒュー?」

「……とりあえず、貴様は死なないんだな」

 念の為、もう一度しっかりと確認すると、クオンタムは少し戸惑いながらも両手を広げて、元気な事をアピールしながら答えてくれる。

「あ、あぁ、何かに襲われたり事故とかまでは保証できないが、見ての通り健康体だ」

 ならば大丈夫か、と思いかけた私の脳裏へ浮かんだのは、そもそもクオンタムは何故死んだか、という根本的な問題だ。

 死ぬ前のクオンタムは、鍛え上げられた肉体を持つ健康そのものな少年だった。

 今クオンタムが言った通り、事故や魔物に襲われるなどの不慮の事故ぐらいしか、死ぬ理由が思いつかない程に。

 それなのに、クオンタムは死んだ。

 自分ではなく、他人のために動いて呆気なく亡くなったのだ。

 またそんな事が起こらないと、誰が言い切れる?

「誰かのために命を捧げる予定は?」

 そう問うた時、私の脳裏に浮かんでいたのはもちろん『アレ』の顔だ。

 また『アレ』に何かあれば、クオンタムは簡単に我が身を投げ出そうとするのではないか。

 そんな思いを込めて、私はジッとクオンタムを見下ろすが、返ってきたのはきょとんとした眼差しだ。

「そんな予定がホイホイある訳ないだろ。強いて言えば、お前に何かあれば、俺に出来る事なら……」

「しなくていい! お願いだ。もう目の前で死なれるのは、耐えられそうもない」

 反射的に怒鳴り返した私は、そのまま脱力してしまい、床へ膝をついて全力でクオンタムへ縋りつくように抱きつく。



 あの時そうしたかったように。





「両方共、そういう相手じゃない」



 思う存分しがみついていると、クオンタムがポツリとそんな事を呟いて私の背をポンポンと叩いてくる。

 悪魔に向けて呟いたのだろうが、私は何となく問う言葉を返す。

「……アイツに、会いたいか?」

 クオンタムなら、固有名詞を使わなくても通じるだろう。

 そこで私は『アレ』の名前を呼んだ事がない事に気づいたが、まあどうでもいい。

 クオンタムなら、


『おう! 会ったら何話そうかなー』


『飯ぐらい奢らせてもバチは当たらないよなー?』


『アイツ、俺のこと忘れてんじゃないか?』



 そんな感じで人懐こい笑顔を浮かべて喜ぶんじゃないか、と私は勝手に想像していたが予想外にクオンタムの顔へ浮かんだのは苦笑いだった。

 

「いや、会ってもわかってもらえないことに今気付いたし、向こうも別に会いたくないだろ。あ、でも、元気な姿は見たいな。ヒューがこんなかっこ良くなってるんだし、アイツはもっとかっこ良いだろ?」


 緩く首を振るクオンタムに、私は何か言おうと思考を巡らせるが、すぐに放棄し、ニヤニヤ笑うクオンタムを見上げる。

 何故私が『アレ』のために色々してやらないといけないのだ、と気付いたのだ。

「……貴様はずいぶん縮んだな」

 私はわざとらしくフンッと鼻を鳴らして嘲るよう笑って見せ、立ち上がって少し下にあるクオンタムの頭をポンポンと叩く。

「これでも、背は高い方なんだよ。人種が違うんだから、仕方ないだろ」

 ムッとした表情で言い返してくるクオンタムを改めてジッと見つめる。

 縮んでしまった訳ではなく、これが今のクオンタムだと実感するために、あちこち触ってみるべきかと悩んでいると、誰かが近付いてくる気配がし、私はクオンタムを背後へ庇いつつ、入口を油断なく見る。

 ついでに視界の隅でフワフワしているヤバい案件に気付き、姿を隠させようと振り向かず声をかけたのだが……。

「……誰か来る。悪魔をなんとかしろ」

「ああ、わかってる。……ディア、ここに」

 ここに? 何処にやる気だ? と疑問を抱いた私が顔だけでクオンタムを振り返ると、姿を変えた悪魔を服の中へ隠すところだった。

「……姿を消させれば良くないか?」

 何故、わざわざ服の中に入れたんだろうか。クオンタムには私が思いつかないような深い考えがあるのだろう。

 そう思ってクオンタムを見る。

「ヒューみたいに勘の鋭いヤツだと気付く可能性があるかもしれないし、無駄に疑われたくないから、魔獣ってことで通そうかなーと思ってる」

 淀みない説明は、一見もっともらしく聞こえるが、その視線が泳いだのを私は見逃さなかった。

「……忘れてたな?」

「ハイソーデス」

 これだから『頭はいいが馬鹿なやつ』と言われるんだ、と内心苦笑いしながら、私は部屋へ入ってきた相手を睨みつける。

 こういう時には、険しいと評される私の顔つきは相手を威嚇できるので悪くはない。


「ヒューバート様、そちらは巻き込まれた人物でしょうか」



 やって来たのは、先ほど私を案内をしようとしてくれた騎士だ。

 緊張を隠さず紡がれるのは丁寧な確認のような台詞ながらも、明らかにクオンタムを引き渡せと言わんばかりの視線を向けられ、私は傲岸不遜に見えるよう笑って見せる。

「……あぁ、特に危険性はない。なかなか面白い研究素材になりそうなんで、私が預かろう」

 誰が渡すものか。私はそう口内で呟き、あ、とか、う、とか何かを反論しようとしている騎士を見つめる。というか、圧をかけ続ける。

 だんだん騎士の顔色が悪くなっていく。

 さっさと諦めて帰れ、と思いつつも、微笑んだまま騎士を見つめている。

 怯えを隠せなかった騎士だったが、私の背後を二度見した後、明らかな困惑を滲ませる。

 その視線に私も困惑する。困惑混じりとはいえ、イタズラ子猫を見るような生暖かい視線が私の背後へ向けられているのだから。

 そういえば先程から、背中の辺りで何かゴソゴソしているような……?


「あ、あの、ヒューバート様……!」

 ついに意を決したらしく、騎士がグッと拳を握りながら私の名を呼び、背後へ視線を向ける。

「なんだ?」

 私も僅かに緊張しつつ、重々しく頷いて見せる。

 だが、おずおずと告げられたのは予想外の台詞だ。

「その、聖女様に巻き込まれた方が……」

「ややこしくなるから、おとなしくしていろ」

 色々察した私は、ため息を吐くと顔だけで振り返ってクオンタムへ釘を刺しておく。

 クオンタムは言葉通りおとなしく、私の背中へ張り付いたまま悪魔の化けた獣を撫でている事にしたらしい。

「………………見ての通り、彼は私に気を許してくれている」

 その無邪気ともいえる態度を利用することにした私は、クオンタムが私へ懐いたアピールをして騎士へ微笑んで見せる。

 根は人の良さそうな騎士は、クオンタムの態度に納得した表情を見せると、私へ深々と頭を下げて、その様に報告いたします、と言って足早に去っていった。



 これで、私は堂々とクオンタムを連れて帰る事が出来る。

「無事に貴様は私の所有物だ」

 フッフッフッと笑いながらクオンタムを見下ろすと、呆れたような半目で私を見てからかうように笑う。

「無事なのか、それ」

 懐かしいクオンタムの軽口に、私はわざとらしく傲岸不遜に答える。

「命の保証だけはしてやろう」

 口元が緩んでしまっていたので、そう見えたかは微妙だが。




 クオンタムは無言で笑い返してくれ、私達は連れ立って歩き出す。




 白と黒で色褪せて見えた中庭は──。




「見ろよ、ヒュー! 綺麗だなー、さすが城の中庭だ」




「ああ、そうだな。──クオン」




 姿かたちは変わっても、変わらぬ無邪気な友の笑顔で、鮮やかに彩られて見え、私は眩しさに目を細め、久しぶりに友の名を呼ぶ。







「……忘れないでいてくれて、ありがと」




 こちらを見て泣き笑いのような顔をしたクオンタムの囁きは、聞こえなかったフリをした。

この後、仲良く二人で生活していくと思います。


主人公は、完全に『アレ』を過去というか前世だから、と割り切っちゃってます。


生きてて嬉しいなーぐらいに。


悪友は、まだちょっと不安に思ってます。ので、『アレ』を警戒してます。

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