閑話集
息抜きには溺愛物のBLがすっかり癖になってしまいました。
どなたかがお書きになったのを拝見するのも好きですし、自分で萌え盛々で書くのも好きです。
一応今書いている続編までの間の話ぐらいです。深く考えずに書いてますので、矛盾や齟齬が出て来たら修正するかもです。
私の名前は南藤 椛。普通の世界で、普通の女子高生してました。
ある日突然、アレトという地球に似て非なる異世界に聖女として召喚されるまでは。
このアレトは、エセ中世というか、服装とかドレスとかゲームで見るようなファンタジーな物もあるのに、普通のブレザーみたいな制服とかTシャツズボンみたいな格好の人もいる。
建物は、旅行番組で見たヨーロッパとかみたいなレンガ造りの洋風の建物が並んでて、夜には街灯が街並みを照らし出している。
ただ車とか飛行機とか、科学的な乗り物はないらしい。
あと電気は通ってない。必要としないから。
冷蔵庫とか洗濯機みたいな家電的な物があるのに、だ。
それらを動かしているのが『魔力』で、私はその『魔力』が高かったから、聖女として召喚されたのだ。
「……っふふ、なんてね。ビックリする演技も疲れるわー」
一人きりになった私は、くすくす笑って姿見に映る自分を見つめる。
実はこの異世界の事を召喚される前から、よく知っていた。
先程まで第二王子だという俺様系なイケメンが色々説明してくれたけど、彼にも見覚えはあるし、説明された内容もほとんど知っていたりする。
ラノベの召喚で定番なチート持ち?
それでも楽しそうだったけど、残念ながらこの乙女ゲームの主人公は特にそういう能力は無くて、高い魔力と優しく無邪気で天真爛漫な性格が売りの可愛らしい女の子。
それが私。
だから、残念ながらよくあるスキルみたいなチートはない。
ただ、この世界の未来に関する知識があるので、ある意味それがチートに近いかも?
説明しても誰にもわかってもらえないだろうけど、このアレトという世界は、私が地球でドハマりしていた乙女ゲーム『君と生きる明日のために私が出来ること』の舞台だった。
ただ、ゲームの第一弾の時間軸より未来の世界な第二弾の時期なのが、ちょっと残念だ。
私としては第一弾の王道ルートな学園で『彼』と仲良くなって、愛の奇跡を起こしてハッピーエンドなルートに行きたかった。
まあ第二弾でも、乙女ゲームあるあるで周囲にいる人間は皆美形で、眼福だよね。しばらくはチヤホヤしてもらって、おとなしくしておこう。
で、もう少ししたら、ラノベのテンプレしようかなと思ってるんだ。
まずは高い魔力を使って、とてつもない魔法とか使っちゃうの。
で、攻めてきた敵をぶっ飛ばす。
この世界は異世界ファンタジーだから、外に出ればモンスターいるし、魔獣もいるから、存分に俺つえーも出来るんだよね。
ストーリーの中でも、モンスターに襲われていた人を助けたり、街へ襲いかかってきたモンスターを攻略対象と協力して倒したりもしたし。
この時選ばれるのは、その時点で好感度が一番高い相手だ。二人で手を取り合ってピンチを切り抜けて、愛を深めていく。
二人で戦う特別スチルのあるイベントは一度きりだったけど、その後何度も襲撃はあって、その度にパートナー選んで出撃するんだよね。
ここでしか見れないイベントとかもあるし、何周もして色んなモンスターと戦ったから、傾向と対策は万全かな。
攻略対象者の好感度ガンッて上がるのはもちろん、聖女様ーってなって、一般市民からの好感度もうなぎ登りになって美味しいから、チャンスは逃さないようにしないと。
あ、聖女様って呼ばれてるからには、癒やしの方もきちんとしないとね。
まあ、適当に「治って」とか可愛らしく言ってれば大丈夫、大丈夫。
ゲームでもそんな感じで治ってたから。
想像力が魔法の発動には一番大事、ってかなりゆるいし。
「楽しみー! あ、そうだ、異世界転移といえば『メシマズ』が定番なのよね。ゲームでも色々作ってあげてたし、私のマヨネーズが世界を変えちゃうのかな」
私はラノベで読んだ定番の展開を思い出し、楽しい想像にくすくすと声を上げて笑う。
静かな部屋に響く私の笑い声に、誰かの笑い声が重なった気がして思わず囲を見渡す。
私にふさわしいキラキラと可愛らしい部屋には、今は私しかいない。
もう一度、ぐるりと見渡してみたけれど、やはり誰もいない。
私は疲れが出たのだろう、と一人で納得して頷くと、ふかふかのベッドへと飛び込んで、そのまま眠りに落ちていった。
●
窓から入る月明かりだけが光源の薄暗い部屋の中。
(なんとかモミジ? だったっけー。まぁ、どうでもいいかー)
言葉通りどうでも良さそうに呟き、眠っている少女を見つめているのは、ふわふわと宙を漂う美幼児悪魔だ。
(おとめげーむ? それなにー?)
興味なさげに少女には聞こえない声で呟いた悪魔は、観察するようにベッドで眠る少女の上空をふわふわと一周する。
(これかわいい? 僕わかんないー)
自身はクオンから離れたくなかったため、自身の魔力から生み出した使い魔で少女を確認していた悪魔は、少女がどう行動したかをほとんど把握していた。
出会ったほぼ全ての相手が、少女の行動に振り回され、面白いぐらいに転がされていた。
(さっきも叫んでて元気だし、問題ないよねー)
ふわふわと漂って、ふわふわとした口調で呟きながら、悪魔は嗤う。
(『アレ』と一緒で、生きてればいいよね、生きてれば)
きゃは、と無邪気に笑う姿は何処までも愛らしく、まるで天使のようだ。
その背中に黒い羽さえ無ければ。
●
部屋に備え付けられていたキッチンで、ひらひらのエプロン姿でパタパタと動き回って料理をしている少女を、複数の男共が眺めている。
しばらくして、
「どうかな?」
えへへ、と頬を染めて可愛らしく笑う少女──椛が差し出したのは、見るからにベタベタと脂ぎった茶色い揚げ物だ。
そこには黄色っぽいドロドロしたソースがかけられている。
椛いわく攻略対象である男共は、差し出された料理を見て一瞬固まるが、椛のキラキラとした眼差しに負けたのか、すぐ揚げ物をフォークに刺して口に運ぶ。
そして、揃って「うっ」と短く呻いて、何とか口内の物を飲み込んでいる。
明らかな『不味い』という反応に、椛は俯いて「ごめんなさい、失敗しちゃったのかな」と弱々しく小声で謝っている。
「気にするな。それに、料理なら料理人に作らせればいい」
「そうそう」
「……練習するなら、付き合う」
「君が作ってくれたなら、生ごみでも食べられますよ」
それぞれ、そんな慰めを口にした男共は、一歩間違えば痴漢な触れ方で椛に触れて、椛の部屋から出ていく。
残された椛は、俯いたまま肩を震わせている。
「は? なんで、マズいの? 普通、ヒロイン補正とかあるでしょ? というか、マズくても美味しいって言う場面じゃない? そもそも、マヨネーズあるってどういうこと? 無理に自作しなくても冷蔵庫にあったよね? とか言われたじゃない」
我慢していたもの一気に吐き出すように喋り続け、ダンダンと不機嫌そうに床を踏み鳴らす椛。
「男なら嫌いな人間はいないから揚げで胃袋掴む予定だったのに…………そうよ、女の子ならお菓子よね。クッキーとかなら、何とか作れるはず。可愛らしくハートで作って、小袋に入れといて、お礼として配って歩けば……」
うふふふ、と笑う顔は、男共がいた時とかけ離れた歪んだものだ。
「というか! さり気なく生ごみ扱いされてた!?」
今さらながらその点に気づいたらしい椛は、盛大に顔を歪めてチッと舌打ちするが、コンコンと響いたノックの音で表情を一変させる。
きゅるんという効果音がしそうな勢いで人懐こい無邪気な笑顔を浮かべ、
「はぁい!」
と、元気よく返事をする。
「失礼します」
元気よく入ってきたのは、メイド服姿のちょっとお馬鹿そうだがふわふわとした髪を持つ愛らしい少女だ。
「ちょうど良かった! 私、料理作ってみたの。よかったら、皆さんで食べてくれる?」
「いいんですか! あ、でも殿下達の分なのでは……」
「大丈夫。さっき食べてもらったから」
喜色満面で喜ぶメイドの姿は、椛が欲しかった反応だったのか、その口元には隠しきれない喜色でニマニマと緩んでいる。
「ありがとうございます! 聖女様の作ったお料理食べられるなんて、本当に嬉しいです!」
その場でぴょんぴょん跳ね出しそうな無邪気で手放しな喜び方に、椛の表情は緩みきっている。
変わったお料理ですね、と呟いて、料理に夢中なメイドは気づいていないが。
「よかったら、ここで食べてってみていいよ?」
「え? そんな……じゃあ、一個だけ」
パッと表情を変えたメイドは、ためらうことなく椛の作ったから揚げをフォークで刺して口へ……運ぶことなくしげしげと眺める。
「……これが聖女様の作ったお料理」
ほう、とため息を吐いてあらゆる方向からから揚げを眺めてから、少女は意を決した様子でから揚げを口へと運ぶ。
そのまま、むぐむぐと咀嚼して、感心した様子で頷くと、少女はから揚げの乗った皿をしっかりと両手で抱えて、笑顔でペコリと頭を下げる。
「皆で仲良くいただきます!」
最後まで心底嬉しそうな態度でから揚げを抱えて出て行ったメイドの少女に、一人になった椛の機嫌はうなぎ登りだ。
「うふふ、やっぱり補正あるんだ。殿下達は、照れ隠しだったのね。素直に褒めてくれるには、まだ好感度足りないのかな」
先程のメイドの本来の用事はマナーの授業の呼び出しだったため、しばらくして別のメイドが呼びに来るまで、椛は一人ブツブツと呟いて笑っていた。
先程のメイドが、椛の作った物を『から揚げという料理』とは思わず、聖女様の世界にある変わった『薬的な物』だと勘違いしていただけとは知らずに。
●
私は第二王子の取り巻きの一人で、今は共に聖女をお守りしている。
名前はミュルグレス。一応貴族の端くれではあるが、王位継承権のない第二王子の取り巻きな時点でお察しな
「先日は生ごみでも食べられます、とは言ったけれど、またあんな料理出されたら、お腹壊しそうですよ」
先日の謎の異世界料理を思い出し、私は痛みだしそうな腹部を撫でながら呟く。
聖女に心底惚れてしまった第二王子の前では、決して言えないが。
聖女という肩書を名乗らせる少女を異世界から召喚する、と第二王子から聞いた時は驚いた。
魔法陣自体は、魔法言語の権威でもあるヒューバート様に頼むという話だったから、成功するとは思っていた。
魔法陣から現れたのは、目をキラキラと輝かせた可愛らしい少女……だけではなく、何処か目を惹かれる少年が一人。
慌てたり怯えたりもしてない落ち着きぶりに、少々話を聞いてみたく、通りすがりの騎士に頼んで連れてきてもらおうとしたが、興味を持ったらしいヒューバート様に保護されたそうだ。
とても可愛がられていた、と騎士から聞いたが、普段のヒューバート様からは想像がつかず、内心首を捻ったのを覚えている。
「今からなら午後の授業に間に合うか」
時間を確認すると、ちょうど昼休憩の少し前ぐらいの時間を針は指している。聖女のお守りは私がいなくても問題ないだろうと判断し、私は学園へ向かうことにする。
一応、第二王子も同い年で学生なのだが、今は聖女に夢中で休まれている。
もう少ししたら、聖女も学園へ通うことになっているので、そうなれば勉学の遅れも何とかなるだろう。
あの聖女は、学園に異世界人が自分一人では心細いと言っているらしいが、私の目から見るととても心細い思いをしているようには見えない。
あの少年にはもう一度会って、話してみたかったので、あの少年も学園に入学させるというのだけは賛成だ。
実は何度か接触を試みたが、全てヒューバート様から断られてしまった。
よくわからないが、ここ何日かベッドから離れられていないらしい。
学園へと着いた私は、謎の異世界料理を思い出してしまったためあまり食欲はないが、何かを胃に入れるべきか、と食堂へと足を向ける。
時間が早いせいか、食堂にはほとんど生徒の姿はない。
何となくぐるりと周囲を見渡した私の視界に、目立たない席で向かい合って食事をしているヒューバート様と学園長という珍しい組み合わせが映る。
「おや」
向こうも私に気付いたのか、学園長の口がそんな風に動いて、そのまま笑顔で手招きされる。
「おはようございます、学園長、ヒューバート様」
「うん、おはよう。ミュルグレスくん、今日は一人かな?」
昼の鐘までまだ少し時間があったので、一瞬悩んでから挨拶を口にすると、学園長からは穏やかな笑顔で応えがある。
「おはよう。……学園では、その呼び方は止めるように言ったはずだが?」
ヒューバート様からは、渋面でそんな応えが返って来たため、私は苦笑いで曖昧に流しておく。
「すみません。……殿下でしたら、聖女様と共に」
ヒューバート様へ軽く頭を下げて謝罪してから、学園長の問いに答えると、学園長は困ったように笑って、
「まあ、仕方ないね」
と、言って席を立つ。
学園長はすでに食べ終わっていたらしく、そのままの笑顔で去っていった。
残されたのは、弁当箱に詰められた明らかに食堂の物ではない昼食を、無言で食べているヒューバート様と私だけ。
「……注文はしないのか?」
「あ、いえ、あまり食欲がないので、どうしようか悩んでいて」
その場で立ち尽くしていると、ヒューバート様から思いがけず声をかけられ、私は思わず素で答えてしまっていた。
「そうか。後で食べられるようなら、食べろ」
私の様子は相当元気がないように見えてしまったのか、ヒューバート様からそんな言葉と共に茶色の紙袋を渡される。
「えぇと、これは?」
「今日は帰りが遅くなるはずだったからな。小腹が空いたら食べるようにと、作ってもらった軽食だ」
「そんな……いただけません」
「はずだった、と言っただろう。用事は思いの外早く終わった。私は自宅で出来たての夕食を食べるつもりだ」
恐縮する私に、遠慮するな、と付け足して微かに笑って見せるヒューバート様は、まるで愛しい相手を思い出しているかのような柔らかな表情で。
僅かな躊躇いとそこそこ大きな驚きを感じながらも、私はそれを押し隠して微笑んで返しておく。
「……でしたら、遠慮なくいただきます」
「その代わりと言ってはなんだが、少し聞きたいことがある」
「何でしょうか。私に答えられることでしたら」
やはりタダより高いものは無い、ということですか、と浮かびかけた言葉を飲み込んで当たり障りのないように答えた私に、
「聖女についてだ。何故、聖女はやたらと……もう一人の召喚された少年を呼び出そうとしている? 何か特別な理由があるのか?」
と、いつもの険しい表情へ戻ったヒューバート様から、刺すような視線と共にそんな質問が飛んでくる。
「……いえ、ただ寂しいので同郷の少年と話したい、と」
さすがに学園にまで共に通わせようとしていることは伏せ、一部の理由を苦笑いと混ぜて答えると、ヒューバート様はとりあえず納得してくださったのか、スッと視線が外される。
「わかった。そう伝えることだけはしてやる。それで……断られたなら諦めるように説得しろ」
先程も気になったが、ヒューバート様はわざと少年の名を呼んでいないようだ。妙な間から察するに、普段は名前を呼んでいると思われるが……。
魔法言語の権威であるヒューバート様だから、何か考えがあるのかもしれない。
「わかりました。出来得る限り、試みたいと思います」
私はそんな事を考えながら、いただいた紙袋を胸に抱いて、重々しく頷いて見せる。
「脅すような真似をしてすまなかった」
「いえ。理由も知らずに呼び出されれば不安を覚えるのは当然だと」
微かに苦笑いして謝罪を口にされたヒューバート様へ、気にしていないと微笑んで返した私は、一礼してからヒューバート様の座っている席から離れる。
ランチを買う必要もなくなったので、私は食堂を後にする。
「そういえば、ヒューバート様のお弁当、美味しそうでしたね。あれは彼が作ったんだろうか」
今までヒューバート様が食堂であのようなものを食べている姿は見たことがない。
推理……というには大げさだが、あの少年が作った可能性は高いだろう。
「もしかして、これも?」
今までサボっていた食欲が、急に頭をもたげる。
異世界料理が全てあのような『生ごみ』的な可能性もあったが、ヒューバート様のお弁当をチラリと拝見した限り、見た目は可愛らしかった。
第二王子には悪いが、ヒューバート様のお弁当から察するに、あの物体は聖女個人の腕前の問題なのだろう。
「目立たない場所で……」
午後の授業まで時間もある。
私が思いついたのは、裏庭にある東屋だ。そこからなら教室から距離も比較的近い上に、中庭の東屋とは違って利用する人間も少ないので、よく読書などで利用させてもらっている。
裏庭の東屋へ着いた私は、周囲を確認して深くため息を吐く。
将来はあのく……方を支えるため側に仕えているが、正直限界かもしれない。
元から思い込み激しく、無駄に自己評価は高い癖に傷つきやすいという、とても扱い難い方だったが、聖女が来てからというもの、さらに酷くなった気がする。
諫める私に対し、
『彼女は俺の全てを理解して、受け入れてくれる!』
と、熱に浮かされた表情で返してきた。
確かに彼女はやたらと私達のことを『知っている』ようだった。
そういえば私達のことだけではなく、少し年上の世代のことも詳しく、色々と聞きたがっているようだが、異世界人は皆あのような特殊能力があるのだろうか。
確かに、今まで誰にも心を動かされなかったヒューバート様が、あそこまで過保護になるあたり、何かしらの異世界人の能力の可能性も──。
そんなことを考えながら開いた紙袋の中から出てきたのは、長細いパンの真ん中に切れ目を入れて揚げ物を挟んだ物だった。
パンに挟まれている物が、数日前聖女様が出してくださった生ゴミ一歩手前な料理と酷似していて、私は思わず「げ」と行儀悪い声を洩らしてしまう。
「……いや、でも、見た目が少し違う?」
思わずしげしげと観察した私は、パンに挟まれた揚げ物が、先日のモノとは違う様子にひとまず安堵の息を吐く。
「匂いも美味しそうですね」
紙袋を開けた瞬間から香っていた匂いに、またまた行儀悪いが小さく鼻を鳴らし、少しだけ躊躇いつつパンへとかじりつく。
「……美味しい」
私の口からポロリと洩れたのは、心から素直な呟きだ。
その後は最初の躊躇いなど忘れ、私は一気にパンを食べ切ってしまった。
食べ切ってしまったことを寂しく思いながら紙袋を片付けようとした私は、空になったと思った紙袋の中にまだパンが入っていることに気づいて目を見張る。
「空間拡張されている?」
小さな見た目にそぐわない内容量に驚いて、改めて紙袋のあちこちを確認した私の目に飛び込んできたのは、かなり精緻な魔法陣だ。
「まさか、これは空間拡張の魔法陣? ヒューバート様か? ……いや、文字が違いますね」
魔法陣に書かれている魔法文字は、授業などでも見慣れていたヒューバート様の字ではない。だが、魔法言語に明るくない私から見ても、文字自体書き慣れていてかなりの手練な方が書かれた魔法陣に見えた。
「もしかして、これも彼が? 異世界の方は本当に魔法が得意なのか……」
思わずそう呟いて、紙袋をぐるぐると回してあちこちから眺めて見る。
今の聖女に関しては、魔力量は多いという噂は聞こえてきていたが、今のところ魔法を使ったという話は聞かない。
巻き込まれただけの彼がこれだけの才能なら、聖女として選ばれた彼女の使う魔法はどれほどのものなのか、少しだけ興味が湧いてくる。
「もう一つ、いただきますか」
興味ついでに湧いてきた食欲に背中を押された私は、入っていてもう一つか、と軽い気持ちで紙袋の中へ手を入れる。
すると先程は気付けなかったが、紙袋の中へ差し込んだ手は紙袋の底どころか側面にも触れない。
「え?」
まさか、と息を呑んだ私がさらに深く手を差し込むと、腕の中ほどまで沈んだ所でやっと底らしき部分に指先が触れる。
そこまで行く間に、何回か柔らかい何かがふんわりと当たったのは、入れられているパンだろう。
腕を紙袋へ突っ込んだまま固まっていると、校舎の方からヒューバート様がゆっくりと歩いてくるのが見える。
紙袋へ腕を突っ込んだままの私を気にすることなく私の前で足を止めたヒューバート様は、いつも通りの表情で今さらな忠告をしてくださった。
「ここにいたか。その袋は空間拡張がされている。ミュルグレスなら大丈夫だろうが悪用はするな。入ってるパンは、唐揚げ、焼そば、生クリームの三種類だそうだ。時間停止はなしだからな、悪くなる前に食べろ」
それだけ言って去っていくヒューバート様の後ろ姿を見ながら、私はやっとのろのろと紙袋から腕を抜いた。
「あ、はい……ありがとうございます……」
私が何とか絞り出すような声でお礼を言うと、ヒューバート様は気にするなとばかりに背中を向けたままでひらひらと片手を挙げて遠ざかって建物の影になって見えなくなる。
「いや、私に何て物をくれたんですか、ヒューバート様は……」
ヒューバート様が見えなくなった途端、私は一気に襲って来た脱力感から、ふらりと倒れ込みそうになるが、何とか踏み止まる。
「……私が食べたのは、唐揚げですね」
ひとまず出て来た言葉は、そんな現実逃避だった。
こちらのヒロインは、完全なるざまぁ(笑)要員なんで、改心などの予定はありませんm(_ _)m
あと主人公は元ビッチ(?)ですが、好きになったら一途タイプなので、お相手は増えません。
お読みいただき、ありがとうございます。




