前世の世界へ帰ってきた 7
チカンダメ絶対(2度目)
「はい、ではここへお名前を書いてくださいね?」
結論、ゆるふわ系受付嬢さんは、空気が読めて仕事の出来るゆるふわさんでした。
あっという間に手続きを終えてもらい、俺は用意された書類へ名前を書く。
今度は間違いなく『クオン』と書いた書類を、受付嬢──シュシュさんへ差し出す。
「シュシュさん、これでいいですか?」
名前で呼んでください、と本人から言ってもらえたので、遠慮なく名前で呼ばせてもらっている。
男として、美人と仲良くなれる機会は逃さないようにしないと。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。これで手続きは終わりですが、何か質問はございますか? ランクアップや罰則について、軽く説明しただけで申し訳ないのですが……」
「シュシュさんの説明わかりやすいので、全然問題ないです。万が一何かわからない事があったら、シュシュさんに会える口実にもなりますから」
「まあ、うふふ、私もクオンくんと会えるのは嬉しいですけど、今度は触られる前にぶちのめしちゃってくださいね?」
「タダで知らない男に触られる趣味は「俺が触らせません!」」
「あら、あら」
俺の台詞を遮って鼻息荒く宣言したトゥエルくんに、シュシュさんから微笑ましいものを見るような眼差しが向けられる。
「守ってくれようとしてくれるのは嬉しいが、いつもトゥエルくんがいる訳じゃ無いだろ? それに俺も冒険者登録するぐらいだから、自分の身は自分で守れる」
「そ、そうですよね……」
しゅんとしてしまったトゥエルくんの頭をよしよしと撫でていると、うふふふ、と笑うシュシュさんからガン見されている事に気付く。
シュシュさんはもしかしたら、地球でいう腐の付く女子の方かもしれない。
害は無いので気にすることでもないか。
「でも、心配してくれてありがとう。手続きは無事終わったし、ミュオさんも心配してるだろうから……」
「はい……」
見た目は大型犬なのに、トゥエルくんの背後にぷるぷるしているチワワが見える気がし、俺は苦笑してトゥエルくんの背中を軽く叩く。
「トゥエルくん。時間が合えば、今度一緒に討伐依頼とか付き合ってくれるか?」
「はい!」
満面の笑顔で即答したトゥエルくんを見送り、俺は小さくため息を吐く。
なんでここまで懐かれたかなぁ、と思うが、正直懐かれて悪い気はしないので、適度に仲良くすればいいだろう。
前世では、幼馴染みの許可無く誰かと仲良くなると怒られたが、もうそんな事を言ってくる相手はいないのだから。
(クオン、やっぱり懐かれたー)
「前は幼馴染みに怒られるから、基本的に広く浅くだったけど、今は自由なんだからいいだろ」
からかうようなディアベルの声に、小声で返して、そのもふもふな体を撫で回しておく。
(あーれー)
悪代官に襲われる生娘みたいなディアベルの悪ふざけに、どこで覚えたんだ、という疑問を抱くが可愛いので一通り捏ねくり回す。
「クオンくんは、テイマーで登録しなくて良かったんですか?」
「ディアは強いですが、あまり戦わせる気はないんで。そもそも魔法の方が得意なんですよ」
(僕の黄金の右前足がうならないー)
不満そうに俺の頬を押してくる黄金の右前足(本人談)を捕らえて、肉球をぷにぷにしながらシュシュさんの質問を笑顔で流しておく。
「ディアベルちゃん、可愛いですものね」
ディアベルが可愛いので戦わせたくないと思ってくれたのか、笑顔で大きく頷いているシュシュさん。
実際はディアベルにやらせたらオーバーキルだからなんだが、あえて訂正はしないでおく。
「初心者講習もありますが、クオンくんはどうされますか?」
「……とりあえずは大丈夫です」
戦闘訓練を受ければ悪目立ちする自信はあるし、薬草とかの見分け方も前世での知識があるので問題はない。
「受けたくなればいつでも受けられるので、受けたい場合は受付で言ってください」
「はい。お気遣いありがとうございます」
予定よりかなり時間がかかってしまったので早く家に帰らないといけない俺は、少しばかり焦っていた。
「俺、夕飯の支度があるので、これで失礼しますね」
シュシュさんから呼び止められそうな雰囲気を感じた俺は、一気に言い切って扉へと小走りで向かう。
勢いのまま扉を開けて飛び出すと、ちょうど部屋の前にいた人物とぶつかりそうになり、慌てて避ける。
「……っと、ごめんなさい!」
反射的に謝罪を口にして見上げた相手はエストレアだった。
ヒューバートと再会した時にも思ったが、今世の俺はだいぶ縮んだような気がする。前世ではどちらともほぼ同じ目線だったんだが。
「いや、こちらこそ、すまない」
「ぶつからなくて良かったです。エストレアさんみたいな体格の人にぶつかったら、俺なんか弾き飛ばされちゃいますね。……じゃあ、失礼します」
ヒューバートとはまた違った迫力溢れる懐かしい顔面に、つい余計な一言まで付けてしまったような気がし、俺は頭を下げてさっさと立ち去ろうする。
「少し、いいだろうか」
「すみません、急ぐんで」
呼び止める声に振り返らず、そのまま行こうとした俺はエストレアの手に掴まれて物理的に止められる。……掴まれたのは、何故尻だったが。
「………………これ、俺が叫んだら、社会的に終わりません?」
「すまない……手を掴み損ねたようだ」
どう掴み損ねたら尻を掴めるのか、謎過ぎる。
「というか、離してもらえません?」
掴み損ねただけなら、さっさと手を離して欲しい。なんで掴んだまま、俺を見てくるんだ。
「あぁ、すまない。いや、なかなかに触り心地というか、揉み心地が……」
(僕の黄金の右前足がうなーるー)
「あ」
俺が止める間もなく、エストレアの頬にディアベルの右前足がめり込む。
動き的には、もふっとか聞こえてきそうな愛らしい猫パンチだった筈だが、聞こえたのはボゴッという鈍い音だ。
「……なかなかいいパンチだ」
「あ、あの!」
「叱るな、そして謝るな。故意ではないとはいえ、触った方が悪い」
怒る気配もなくそう言ってくれたのは助かるが、俺には気になる点が一つ……。
「そう思うなら、俺のケツから手を離してもらえます?」
ディアベルの猫パンチを食らっても、エストレアの手が未だに俺の尻を掴んだままだということだ。
「ああ、忘れてた」
悪びれる様子もなく、俺の尻を掴んでいた手がやっと離れていく。
俺の知っているエストレアは、誤魔化しや冗談を言うタイプではなかった筈なので、本当に忘れていたんだとは思いたい。
他人の尻を突然鷲掴みするようなタイプでも無かったので、断言は出来ないが。
何せ最後に会ったのは、十数年前だ。
「……じゃ、俺はこれで」
しれっと立ち去ろうとすると、再び素早く伸びてきたエストレアの手が俺を捕らえる。
何故か、また尻を。
「……確信犯か?」
「お前の尻は掴みたくなる尻のようだ」
そんなこと、知らんわ!
冒険に出られる気がしない主人公。