第七話
「'深緑の一時'全範囲視覚魔法……」
他の魔法少女のサポートを停止。パッションハートに魔法を集中…付与し続けろ…。
「'深緑の一時'視覚共有魔法」
キュリオハートの目線は誰とも合わず、血液が頬を伝って地に落ちる。
無邪気に、残酷に、人間の生死を決定づけられる力を持ったソレは、頭部を失い、黒煙を上げながら崩れていく。中央にいるのは燃え盛る一人の女の子。純粋な身長差は約二倍。体格も合わせれば、そのまた倍。勝ち目など見出せず、蹂躙されるほかない彼女に…ソレらは攻めあぐねていた。
「なんだか調子出てきたんじゃない?」
ホープは速さを出すために空気抵抗を極限まで無くす。背を低く、地を這うように走る。同様、パッションも空気抵抗を減らすために背を低くする。しかし、ホープほど小柄ではないパッションは、それだけでは速さが足りない。さらには、目の前に寄生されし物という障害物。直線には移動できない。
「ラブが向かってるからな!」
寄生されし物の足元を迂曲しながら高速移動できる理由は、特性と模した動物にある。炎は右腕から左脚へ。左脚から背中を通じ首へ。覆う炎と移動する火力、踵の炎で方向転換。パッション周辺の空気は熱され続け、膨張し、上昇する。しかし、それだけではホープと比べて空気抵抗は抑えられていない。パッションハートは体力でカバーする。模した動物は狼。最高速度は時速七十キロメートルに達し、一晩中獲物を追いかける体力を持つ。機敏な動き…緩急と、空中殺法から地を駆ける戦闘変化、そして、底なしの体力で敵を穿つ。
「私のサポートのおかげでしょ、もう。…ラブをずいぶん評価してるみたいだけど、訓練では普通か、それ以下って感じで、パッションより二回りは弱いと思うけど。」
黒煙から赤い影が飛び出ては、新たに黒煙が増えていく。力をセーブしないで戦うパッションハートには、生半可な戦力じゃ気づいた時には首が飛ぶ。……後方の武器持ち寄生されし物は、倒れる仲間を見ても動揺する素振りはない。
「…私はラブが一番強くなると思うぞ。ほら、愛は勝つってな!」
「ぷっ。それだけ?私達にだって愛はあるでしょーに。」
「はっはっは。確かにそうかもしれない…な!!」
最後の敵首を炎の爪が切り裂き、残りは武器持ちと、モアイだけである。
「はぁ…はぁ…よし!…かかってこいよ。武器持ちども!」
「ラブが到着するまで一分を切った。牽制しつつ時間を稼いで。」
「……いや、そうとも言ってられないなー。」
標識を捻じ切った槍?を持つ寄生されし物は、三十メートルはある距離を一歩の踏み込みで接近する。
「…熊!」
熊を模した炎を纏い、コンクリートを抉るパワーで炎を叩きつける。爆ぜた炎で視界を遮り距離を取る。
ガガガ ギギ
標識を一振りし爆炎を消し去る。頭部に埋まるタピオカドリンクのカップがくっきりと姿を見せる。クリアな視界で両者が見つめ合う中、パッションは身体を丸めて防御姿勢をとる。意思伝達を行うキュリオとの意見が噛み合った、現時点で最速最善の手であった。…それを嘲笑うかのように寄生されし物は身体を右方に逸らす。その先には、市民の避難誘導を終えたβ-1隊がバリケードを張っていた。
「あっ…逃げっ」
ガガ ガガ ギ
キュリオの叫びが伝わる間もなく、頭部から発射された巨大なタピオカがβ-1隊員の腹部をバリケードごと貫いた。パッションが倒してきた寄生されし物は使ってこなかった特性の利用である。
「くっ……退避!!β隊総員退避!!はやく!!!」
追いかけるように数百メートル離れたβ隊を射殺していく。タピオカの弾力から跳弾し続ける弾は、逃げの一手を許さない。
「お前の相手は、この私だろうがぁあああ!」
模された動物はライオン。パッションの最大火力である。放たれた獣王の一撃はビルをも崩壊させる威力がある。
ギギギ ガ
冷静じゃなかった。油断していた。怒りで視野は狭くなり、キュリオの動揺はパッションの死角を増やす。
誘い込まれていた。
ガガ ガガ
タピオカドリンクのカップを頭部に持つ寄生されし物の背後から、マネキンに寄生した寄生されし物が現れ、止まれの進路標識がパッションの腹部に食い込み、骨の折れる音を立てて吹き飛んだ。受け身も取れない朦朧とした意識の中、β隊の死体が散らばる場所に、ぴちゃぴちゃと血の池を転がり、止まった。
「パッション!パッション!!聞こえる!?ねぇ、お願い!返事をして!ねぇ…朱…」
虎野朱は夢を見ていた。魔法少女の力を手に入れてからの日々。
「おーい!キュリオ!訓練だろー、一緒に行こう!」
「ばっ馬鹿!今はその名前で呼ばないの!」
「はっはっは、そうだったなー。」
学校の帰り道。どこで調べ上げたのか、魔法少女にスカウトされて日数の経たない六月のある日。虎野朱と榛名奈々子は希望に満ちていた。見たこともない化け物と戦う運命など、実感もなければ責任感のカケラも生まれていない。ただ、純粋に魔法少女になれたことが…ヒーローになれたことが嬉しかった。
「ねぇ。魔法少女になったわけだし、必殺技とか欲しくない?絶対欲しいよね!」
「そうかー?カッコいいヒーローなんだから、まずは見合ったポーズが必要だろー?」
違う。地べたを這いずり、泥水を啜っても助けられない命があった。カッコ良さなどという余裕は無く、安定剤を投与される日々が待っている。
「あとあと、サインとかも考えるのかな?ファンサービスも大事よね!」
「正体を明かさないヒーローって方がテッパンだけど、覆面ヒーローとしてだったら認知されるのアリかもな。グッズとかでたりなー。」
違う。正体などバレた暁には周囲の人間に被害が及ぶ。私達は正義のヒーローではなく、両手から零れ落ちた命に恨まれる兵器だ。近づけば火傷する兵器に誰が近寄ろうか。
「グッズかー…私はぬいぐ ザッ-- とかがほ ザザ---
「ん?はっきり喋れよなー、奈々子ー。」
「ザッ-ザ- はねー、子供に ザザ---- パッシ-- だからささささーーー
「だから、聞こえないって。どうした?調子でも悪いのか?今日は休んど こ か?」
「ザザ----起きって--あ か -- ここ の
「そういやなーわたっしがっ??--ザザッ-- 誰か…ここに…ここにいるんだ…」
あれ…私は何を言って……
ザザーーーーガガッ
「ーー起きろ。虎野朱。まだ情熱は消えていない。」
「…はっ、ここはぐっ、がっ、…はー、はぁー…」
身体を起こそうとしたが同時に吐血する。腹部が燃えるように熱く、何人もの混ざり合った血がひんやりと冷たかった。変身はすでに解かれ、視界は揺らぐ。そして、鈍器が何かを押し潰すような…そんな重い音が鳴り止まない。
「朱!!よかった…本当によかった…」
視界がクリアになるに連れ、現実に引き戻される。目の前にはタピオカドリンクのカップとマネキンの破片が散らばっていた。…その先では武器に対して素手で対抗するラブハートが…また一体、武器持ちの寄生されし物の顔面に拳を沈ませた。
「これは衣…いや、無理やり覆っているのか…こんなに高純度の力で…」
「お願い…戦って朱…ラブが、ラブが死んじゃうよぉ…」
残り七体の武器持ちが、また一体ラブハートに向かっていく。
立ち上がらなくては、立ち向かわなくては、戦わなければ…動かない
血を流しすぎた 熱い 痛い
負けてしまった 助けられない
苦しい 息が
助けたい
助けたいんだ
「私が守る!!朱ちゃんは私が守るんだ!!!」
破壊された武器は足下に転がり、何倍も差がある拳がぶつかり合う。ーーー拳は砕かれ、全身に伝わるように寄生されし物は崩れ落ちた。砕いた衝撃でラブはパッションの目の前まで吹き飛んだ。
上体を起こす…膝を立てる。
「ラブは魔法少女になるために生まれてきたみたいなヤツだな。」
痛くない。
「…私はこんな力いらない世界で皆んなと出会いたかったよ。」
両脚に力を入れて…
「はっはっは もしもの話は意味ないだろー?……私は、皆んなを守れるこの力が誇らしい。」
立ち上がる。
「パッション…」
一歩…一歩…ラブの隣に並び…そのまま前へ出る。
ーコードネーム'パッションハート'
チカラヲカイホウセヨ
「ゲートオープン!!!」
炎が灯る音がした