第四話
巻いていた青いビニールでライトを固定するが、頭部で上手く留まらず乳首の位置で妥協する。足しになればと自身のスマホも固定したところで、不恰好な乳首ライトが完成。米田光蔵二号と名付けたカカシを抱えて走り出す。
「来るなら来いやぁぁあー!」
威勢のわりに低姿勢だった。
(まだか…何メートル走った?どこから来る?正面方向だよな…オリヴィアが固定砲台みたいなもんって言ったよな!)
土井屋の感覚は正常ではなかった。走り出してから五メートルしか進んでいない。ビビって前を向けないまま、がむしゃらに足を動かす。かすかに土混じりのキャベツの香りがする。
どひゅんっ
貧乏性で、値段が同じならとデカい傘を買った。確か台風の時だった。意気揚々と広げて歩くと、三歩目で傘は壊れ、身体が浮き上がり後方へ吹き飛んだ。……こんなことを思い出すのは、意識が混濁しているからである。
「起きろボケカスゥぅう!!!」
遠くから聞こえる酒臭い声に咳で返事をする。無用心に起き上がると現状が見えてくる。視界の端に映る頭部の消えたカカシ、カカシに装着したライトが薄っすら俺を照らしていて、キャベツがかき消すような眩い光に包まれている。そして、あまりに小さい銃声と、キャベツの葉が一枚ずつ砕け散っていく光景。意識を置いて声が出た。
「…いけ……」
キャベツは目に見えて小さくなっている。
「…いけ!」
車で轢き殺した残党じゃなく、人間の力で化け物を殺せる瞬間を共有できることに英雄性を感じていた。
「いけぇーー!!!」
隠しきれない興奮の側面、事態は大きく変化していた。
「……音…」
ライトから手を離すと、見た目にそぐわない走りで一直線に土井屋へ向かっていく。
「えっ……お゛い!何を…っ!?」
引き止める声も途中に、米田の呟いた言葉が最悪な答えを導き出した。
(連射は無いはずと思い込んでいたのか俺は!…狙いはアイツ!ライトで見えている!)
「逃げろぉーー!!」
キャベツの砕ける音と、自身の声で土井屋には聞こえない。
(先程と同じなら寄り道の時間はない…たとえ肉盾になろうも死体が増えるだけ…ちゅーことは、このまま直線上で硬いもの見つけんといかん…無理じゃねか。)
見つけようにも、足元を見るのが精一杯の夜道に背後から眩い光に包まれる。
(っ!?…不忍くんか!)
不忍は信じた。敵が照らされていなくとも、三人もいればどうにかするだろうと信じていた。理由はない。同じく命をかけた仲間であることを言い訳に、すべきだと思った行動に移った。
「ひ、光が消えたでありんす!?」
単独行動とは違い、他人の命を左右する緊張で指が離れず暗闇に弾丸を飛ばし続けていた。
「待って!誰も動かずに同じ場所を撃ち続ければ当たるはず!きっと事情があるんだわ!」
整の理解は早い。敵を照らす唯一の役割を放棄するなら、理由があるか死んだかの二択だと即座に判断していた。死んだことを選ぶ必要はないため、実質の一択であった。
「もう変な体勢で身体が固まっちまったよ〜、麻痺した苦しさがお帰りになっちまう前にヤってくれいぃ〜。」
唯一、古びたタンスを眺めるだけの高さ調整係に緊張感はなかった。結果として、先程までのノリをオリヴィアに感じさせ、パニックに陥ることを防いだ功労者になっていたことは誰も知らない。
軽快に走る米田は二秒に満たない出来事を経て、過去の自分に感謝を述べた。
「…ありがとう…よく頑張った…」
速度が上がる。今、思った通りに動けているのは過去の自分の成果であった。誰かを救おうとして裏目をかいてきた人生を歩み、米田は臆せず走れることに感謝する。
「フザけんな…ガキ一人のために親父は両脚持ってかれてんだぞ!責任とれクソ野郎!!」
電話口に聞こえる怒号が、広がり、深い理由など持たない不信の目を向けられる。都会でなければ、事件に尾鰭がつき耳に入るまで時間はかからない。
「やっぱり…変だと思ってたのよ。」
「元々はお子さんが飛び出したんですって!」
「素手でトラック投げ飛ばしたらしいわよ…怖いわねぇ。」
「違うわよ、爆弾よ爆弾!家にいるのもずっと危ないもの作ってたんだわ!」
事実は違う。横断歩道は青だったし、運転手はうつらうつらとしていた。トラックも軽なうえ、受け流しただけで、その後のハンドル操作が横転の原因…だと思っている。
「…こんなもの貰えません。」
「いいえ、受け取ってもらいます。貴方は正しいことをしたのです。今はショックを受けているだけで、直に感謝の言葉が聞こえるようになります。必ず。」
噂は消えなかった。怪我は事実で、俺は自ら発言するタイプでもなかったから、消えるものも消えない。励ましてくれた警官も死んだ。死因は関係無い。ただの急性アルコール中毒だった。
「帰ろう。ここでなくとも俺は俺だ。」
地元に帰ると、残っていたのは畑と半壊した家屋のみだった。俺は人を見ていなかった。自分だけ夢中になるものを見つけて気持ちよくなっていた…それだけだった。
誰かを見る努力はしない。家を直し、畑を耕して過ごす。これまでの人生で残った自分の身体は労り、鍛える。金を使う趣味がなかったせいか、生活に困ることもなかった。
しかし、世界は変貌する。化け物が現れ、呑気に土をいじっている暇はない。そして気づく…畑もまた、自分の生きがいになっていたこと。
「感慨に浸っている場合じゃない…自然に逆らうなかれ、受け流せば元が見えよう…基本は基本、忘れるなかれ…!」
ばひゅんっ
発射された芽キャベツは、一直線に土井屋へ向かって放たれた。遮るように米田が滑り込む。
「なっ、なんだ!?」
突然のことに土井屋は状況を飲み込めない。金属が削れる音と火花、土の匂いと米田の背中。攻撃を受けていることの自覚は、およそ二秒後のことになる。
(奇跡的に見つけたありんす嬢ちゃんの鉄砲…硬くて助かった、が…くぅ、回転の力が強い…それになんだこの色、内側の色…)
「…紫キャベツ?…んなもん育ててねぇ!!」
相対している紫キャベツ寄生されし物は、野菜寄生されし物のボス格であった。五人が知るのは少し先の話。
(マズイ…受け流せる、が、それがマズイ。その先にあるのが俺の頭だ……もういいか。化け物に一泡吹かせ)
「うおおおおー!!」
背後から加わる力の原因は、土井屋が背中を押さえているため。バランスが崩れ、踏ん張っていた足が前方へすっぽ抜ける。一歩も動かず半回転。
(月が綺麗だ…)
呑気に夜空を眺めた瞬間、破壊の音で現実へと引き戻される。
「…………まぁ、そうだな、うん。そういうこともあるだろう!」
一部始終を見ていたのは不忍。受け流された芽キャベツが家屋を突き破る。大穴が空いたことで自重による崩壊がドミノ倒しのように始まった。畑は無くなり、住む家は瓦礫の山へと変わってしまった。土埃が肺に張り付くも、咳さえ忘れてゆっくりと現状を把握始める。
「…ん?…ちょっと待て……っ!?狙撃班は…」
ライトを持った手が震える。土井屋の命が救われたことによる安堵との急降下で、胃液の上昇を鼻で感じる。
「…………いやはや、そんな気もしていた。」
虫の声が聞こえ始めた。喧騒の中では感じられない自然が息を戻す。蓄電機も切れ、月と星に照らされるのみ。
「流石…合気道の達人…」
土臭い風が草木を揺らし音を鳴らす。自然の音が重なった時、どこか懐かしさを感じてしまう。
「…知っておったのか。」
蟻が顔を登ってきてうざったい。指で弾くも、また別の蟻が登っているような感覚が残ってこそばゆい。
「さっき…農具の部屋に賞状が、警察と写った…」
「そんな部屋はもうねぇけどな!」
崩れ切った瓦礫の山を見て、火事にならなくてよかったと呑気な感想が出てきた。
「なんだか…俺達ってすげー迷惑だなぁ。でも、生きてるなら問題ない。たぶん、そういうことなんだ。」
自然の音を破壊する生が、バラバラバキバキと山に小さな窪みを作り出す。
「野次馬は卒業だ、この化け物殺し共!!」
「「「なぁにすんじゃボケェ!!」」」「でありんす!」
土埃に塗れた真っ黒な彼女達は女神には程遠い。英雄でも、ましてや魔法少女でもない。ただの頑張った人間だった。
オリヴィアが倒れていた小屋に六人、肩を窄めて雑魚寝する。元家から引き摺り出したクッションやらを敷くも寝心地は最低だった。
「ぐっ、ぐお、ぐぁあ〜…」
静まる夜から、星々と月の光が天井の隙間を通り顔を照らしている。ブルーライトからは感じられない神秘性が、やけに眠気を邪魔する。
「…寝れないだろう。この興奮はどこへやろうと消えないものだ。」
「それっぽいこと言うな。これからどうすれば良いか心配で寝れないだけだ。」
「そうね。このまま進んでも良いけど、辿り着く前に死にそうだわ。」
いびきの向こう側から整が会話に参加する。
「…戻るにも戻れん。一か八か進むか、救難信号を出して待機だろう。」
移動手段どころか食料もない。さらには心身ともに疲れており、小屋に詰めあって寝ても回復はしない。死ぬような怪我を負っていない一点のみが道を決める要因となっていた。
「じじいに気をつかってくれるのは嬉しいが、この米田光蔵、山の中でも自給自足できるぞ。」
「無理すんなじじい。」
「まだ信頼が足りないのか。」
しばしの静寂の中、各々は目的を脳内で明確にしていく。他人の命とのバランスに人間性が求められている気がして、考えることが苦痛に感じる。
「どれ、話してみぃ。長く生きてることは、知ることだろうさ。」
米田のことを他人だとは思っていないものの、己が目的を明かすには誰であろうと緊張してしまう。
「ん、それじゃ俺が記者っぽいとこ見せよーかね。」
うつ伏せになり、月の光で汚れた手帳をぺらぺらめくる。茶化す者はいびきをかいているため、言葉は遮られない。
「魔法少女、もしくは魔法少女の関係者…親族とか。それと、滝城って言葉は知らないか?」
米田は少し唸り、どうも歯切れの悪い話し方をする。
「…そうさなぁ……滝城は菌に関する研究所…それは調べればわかるかもしれんが…」
急かしたりはせず、黙って言葉を待つ。
「…これは…そう、決して友を裏切るわけでは無いが…お前らを信じて話す。他言無用…で、頼む。」
肌が触れているからか、心音が伝わってくる。
「魔法少女の一人に中学生の女の子がいて…その子の親が政治家なのだが、会いに行けると思うぞ。」
「おいおいおい!そいつはなんだ?金とかコネで子供を魔法少女にしたってことなのか?つーか、やっぱり魔法少女って改造された人間ってことかよ!」
スラスラと言葉が出たのは、魔法少女に悲劇性を勝手に感じ想像していたからに他ならない。
「違う!…ヤツはそんな男では無い。魔法少女がどんな存在かーは、わからんけどもよ、化け物と戦わなきゃならんちゅーもんに、好き好んで子供を生贄にしたりゃーせん!!」
強い否定の言葉は、自身に向けて話しているように感じた。
「……では、滝城との関係性は?」
不忍が引き締まった空気で質問を続けた。
「…逆だ。」
「逆?」
「おそらく、魔法少女は誰でもなれるものじゃない。その子は適正ちゅーんがあったんじゃないか?滝城研究所がその適正がわかるとかかもしれん。」
「つまり、その中学生が魔法少女になれる逸材とわかり、結果魔法少女になったから、その親は滝城と関係ができたということか。」
「つまりはよくわからないのだけど…」
久しぶりに整が会話に参加する。
「その政治家が魔法少女や滝城について、どれだけ知っているかはわからない。ただし、必ず繋がりはあるはず…ということだ。」
「なるほどね。」
「まぁ、ヤツのことだ。溺愛してる子供を魔法少女にする決断には、なんも知らんじゃできんだろーよ。」
「…んー、つまりのつまりよぉ、このまま滝城研究所に行ってドンパチするより、その政治家に会いに行こうって話でおっけーか?俺は問題ないぜ。」
ただの賭けが現実味のある計画になってきたじゃねーか。しかも魔法少女の親だなんて、最高の取材相手になる!
「それで、どこにいて、そこに移動する術はあるの?」
「少し歩けば隠居しとるらしい婆さんの家がある。車もそのままだろう。ヤツの場所は避難所に行けば誰か知っとるよ。」
「ほう、避難所なら救助されれば行き着くじゃないか。」
「やめといたほうが良いでありんす。」
「おまっ、起きてたのか!」
「真横で煩くしてたら起きるでありんす!…もうただの避難民とは思われないでありんすよ?捕まって話し合いの後さよならでありんすな。」
「怖すぎんだろ!」
「…オリヴィアは滝城の人間よね。本当にそんなことがあったの?」
「実際に見たことはないでありんすが…救うための犠牲は当然って考えの延長線上って言うか〜、たぶん人間はいっぱい殺してるでありんす。」
おそらく、話したことがバレればオリヴィアも消されるであろうに、やけにケロリと口に出すことが気になる。
「…もしや、オリヴィアってば一緒に来る気か?」
「一蓮托生でありんすな!」
「もう寝よっか。明日、その隠居のお婆さんの家行く道中に続きは話そ。」
積み重なった問題を明日に託し、寝息が一つづつ増え始める。最初から放棄していた煩わしい寝息の持ち主に、ほんの少し羨ましさを感じてしまう。




