第六話
パッションハートは炎を纏う。それはラブのビームであり、クールの銃弾であり、ホープの光である。魔法少女の力を開放することで全身から炎が吹き出て、纏わりつく。皮膚から直接出現しているわけではないが、人間なら黒炭になる高温である。魔法少女とて、息苦しく、視界が歪む。パッションは衣で炎を覆い操り、攻撃に転じている。
「オッラッッ!」
襲いかかる敵にサマーソルトキックを繰り出す。炎がプラスチックカップの頭部を溶かし、黒煙を上げて倒れ、崩れる。死角からの敵さえ、頭部を握り燃やし尽くす。突撃してくる敵は全て薙ぎ倒していくが、圧倒的な数の優位を利用される。いつのまにか囲まれ、簡易なコロシアムが作り上げられた。
「訓練でもしてるつもりか…いや、遊ばれてんのかー?…なめやがって」
パッションハートの前には一体の寄生されし物。頭部は空き缶。ファイティングポーズでステップを踏んでいる。先手はパッションハート。飛び込むような右ストレートを紙一重で寄生されし物は回避する。そのまま、空中のパッションを目掛けて足を振り上げる。回避不可能の空中での反撃は当たらず、代わりに回し蹴りが頭部を刎ねる。そのまま、囲う寄生されし物に飛び移り燃やす、蹴る、殴る。
「全員でかかってこい!」
パッションハートは滞空する。吹き出した炎の力で自由に飛び回る。空中殺法である。勿論、力を行使し続ければ、消耗の激しさから、長くは戦えない。そのため、敵を蹴り上げた勢いを利用し、飛び続ける。
パー パー パー
気の抜けた声の主は鎮座し、見下ろすモアイの寄生されし物である。
ガガッ ガガッ
呼応する様に寄生されし物は発声し、パッションから離れていく。指揮官の一声で即座に行動に移す姿は、人間を殺すだけの生物ではなく、軍隊のそれであった。踏み台を無くしたことで、パッションの機動力を落とし、滞空することはできなくなることを目的とした命令である。
「パッション、右後ろ、直線、自販機。」
誤算であったのは、パッションの速度が全力ではなかったことと、キュリオの存在である。パッションの周囲の寄生されし物を完全に把握し、行動を先読みするキュリオの指令は死角を無くす。パッションは戦闘スタイルに合わせて四足歩行になっていた。狩りをする姿は人間ではなく、動物に近い。ネコ科のような身体のしなりと、熊のような一撃、鷹のように急降下し首を刈り、飛び移る。炎は動物を模した耳や尻尾、爪に形作られている。
「キュリオ、あとどれくらいだー?」
戦闘が始まり、キュリオが他の魔法少女と通信している間も止まらずに狩り続けている。全魔法少女の中で一番寄生されし物を殺しているのはパッションハートである。
「ちょっと盛った方がいい?」
「そんなわけあるかー!」
同時に向かってくる五体の寄生されし物を炎を膨らまし破裂させ、一網打尽にする。パッションの炎は纏うことを得意とするため、多量の炎を一度に消費することは望ましくない。他の寄生されし物は退避し終わり、隊列を組んでいるため、一時距離をとり休憩する。橋の下、日陰になっている部分で一度魔法少女から虎野朱に戻る。身体を少しでも冷やし、次の攻撃に備える。寄生されし物軍隊からも遠くない位置だが、視認できる場所ではない。…何故かモアイの目はこちらを睨んでいるように感じる。
「三割は倒し終わったかな?」
「それは…ちょっとまずいな」
「β-3隊が到着したから、被害は気にせずに突っ込んでもいいよ!」
「はっはっは!それはよかった!!!!」
ふーっ。今の倍以上…それに、隊列の後ろの方にいる寄生されし物が倒してきた前列より強そうなんだよなー。どこで拾ってきたか、空中からだと武器で叩き落とされそうだ。ここはケチらず、一撃で仕留めること意識すべきだな。モアイが動き出す可能性を考えると、足元で長引いた戦闘は良くないだろ。本気の一撃を喰らわしてやる……休憩終わり!
「よーっし!燃えてきた!」
ーコードネーム'パッションハート'
チカラヲカイホウセヨ
「ゲートオープン!!!」
ーココロ ヲ モヤセ
「真っ赤に燃えれば虎野朱!情熱猛らせ空を舞う!魔法少女パッションハート!!!」
再び魔法少女になることは力を多量に必要とする。そのため、戦闘中は変身を解かずに身体を休ませる方が効率的である。反してパッションハートは、燃やすという特性から、変身し続けるよりも変身を解き再点火する方が効率的となる。クールには理解を得られなかったが、勘で効率化を探り当てたのである。動物的な勘と戦闘スタイル、大声で笑っている姿から、頭の良さに期待されないことが多い彼女だが、前回の定期テストは学年二〇位という優秀さである。十五位のキュリオは時折りマウントを取ろうとするが、英語や現代文は入学時から負けたことがなく、マウントを取りきれないのがいつもの流れとなっている。
パッションの魔法少女体は炎に覆われていることが多く、また、動物を模した形が特徴的で印象深い。攻撃的な纏う炎と比べて、素の衣装は魔法少女らしく可愛らしい。赤を基調としたタイトな衣装で、繋ぎ目に控えめなフリルがあしらわれ、レースが身体のラインをなぞるように施されている。…特に着目すべき点は、熱を逃すためか、動きやすさの重視か、露出が多いことにある。特に胸元が開かれ、炎を纏っていない状態だと、キュリオが少し不機嫌になり、ホープが少し萎縮する。前野のレポートの文書は長くなり、パッションに気づかれ、給料日は強請られる。
武器はグローブである。炎の吹き出し口があるゴテゴテのそれは、肘近くまであるため、ガントレットだとクールに説明されるが、呼びづらいためグローブと呼び続けられてきた。パッションの熱に耐えうる必要から、人類の叡智の結晶のような武器なのだが、雑に扱われがちである。踵にも巻き付けるように同じ素材、同じ用途の武器が装着してある。着けてあることを忘れたまま寝てしまうことがあり、痒くなってしまい、ぽりぽりとかく姿が目撃されている。水虫の薬を渡した伊渕は殴られた。
「あのさー、変身する時に自分の名前言っちゃうのやめた方がいいって。」
「ばっか、自己紹介は大事だって知らないのか?だから、十位内に入れないんだぞ。」
「はぁ〜〜!?英語と現文だけ十位以内でも、総合で私に負けてる人がなんかいってるんですけど〜。」
「前回は英語一位だったぞ。」
「は?え?…ほんと?ちょっと待って、え?ほんと?」
「よーっし!かかってこーい!!!」
最前列の寄生されし物から順に、標識を武器に持つ最後列の寄生されし物を残し、パッションに向かう。
「…終わったら全部聞くからね。」
「はっはっは!良い大盛り店見つけたからそこでならいいぞ!」
木の根はしなやかさから、殴る蹴るといった行為は効き目が薄い。燃やしたり、撃ち抜いたり、斬ったりできないラブハートは、力任せに引っ張り引きちぎることしかできない。
「割と不器用ね。愛衣れいな。」
訓練中に言われた言葉が思い返される。ビームを小出しというか…細く出す?みたいなのができればよかったのに…。いや、できるはずとは言ってたんだけど、難しい。
「でも、なんとかなる…よかった…!」
キュリオからの通信で私の目の前の寄生されし物が強い部類じゃないってことだけはわかった。たぶんキュリオも無理してる。頑張れば頑張るほど、他の魔法少女の負担を減らせるから。強がってるけど訓練中の余裕はもうない。
寄生元が木であるからか、人工的な硬さはなく、根を使った攻撃も地中からに限定されるため、引きちぎれるラブハートにとっては脅威ではなくなっていた。それどころか、根を掴み引き寄せ、本体に拳で穴を開ける。戦いの中で驚異的な学習能力を発揮したラブハートは、一体、また一体と、倒すまでの時間が目に見えて縮まっていった。元から少ないクールの笑顔が消えるほどに、魔法少女の力をコントロール出来なかったラブハートは、誰もみていない戦場で真価を発揮していた。
「もうちょっと…止まるな…早く終わらせて応援に行くんだ!」
うねうねと動く木々は目視できる数で十五体ほどになっていた。キュリオとクール、パッションの通信が聞こえて来る。行きたい…行かなくちゃ。
ガサガサ ガサガサガサガサガサガサガサ
接ぎ木という技術がある。植物と植物を切断面で接着し一つにする技術であり、収穫までの期間を短縮したり、品種を増やす目的のために使用されることがある。目の前のそれは、接ぎ木などというレベルではなく、木々が一つの生命体に変化していく過程であった。頭一つ飛び抜けた大きさになった木の寄生されし物は、胴体に口をあんぐりと開けた顔が浮き出ている。
「…よかった」
ラブハートは強敵を前にして笑みを浮かべる。
ーワタシ ヲ オツカイクダサイ
腰に引っ掛けてあったステッキが話し出す。
ーワタシ ヲ オツカイクダサイ
「わかってるよ、まったく。」
ーワタシ ヲ オツ
ステッキを手に取り、相手に向かって構える。
「なんで私の武器だけ、こんなおしゃべりなんだろ」
実はラブハートが寂しくならないようにクールハートが設定しただけなのだが、このことを知る日が来ることはなかった。
ガサ ガサ ガサガサガサガサガサガサガサ
ラブの何倍もある木の腕が振り下ろされる。変身体が小さいこともあり、見上げるラブの目線では、巨大な影が迫ってくるように錯覚する。
「ラブ…ビーーーーーーームッッッ!!!!」
腕を貫き、木の上部をまとめて消しとばす。巨大な切り株が残り、核を失いバラバラと崩れ落ちる。
「ラブハート向かいます!」