第二話A
これ以上は怪しまれる。誰もがわかっていた。リーダーシップのある不忍が口を開こうとした瞬間、探偵が一歩先に出た。
「実は私達の家族がまだ見つかっていないのです。」
(ここは女の方が警戒されずに済む。任せなさい。)
なるほど、確かにそうだ。ガタイの良い不忍じゃ威圧感もある。
「はえ〜、それで戻ろうってことかい。家族思いで良いことじゃねぇか。運は悪いみたいだけど…。」
それに探偵の嘘も上手い。家族を引き合いに出したことで、避難所で会えずに此処まで来たと相手に想像させた。かなり好印象のはずだ。
「お願いがあるの。一分一秒も無駄にできない。どうにか乗せて貰えないかしら。」
「どうにかってお前ー…四人は乗れんぞ、これ。」
その通りだ。ここだ、ここを乗り切るにはどうする…どうすれば…。
「トランクでもなんでも」
探偵の言葉を遮るように、車の主人へ近づく男…そう、ただの大学生不忍だ。
「おっ、な、なんだ!?」
「ちょっと、流石に強行すぎるぞ!」
ジジイを引き摺り下ろせば、顔も見られている俺達は追われる身になる。どうにか穏便に済ませたい。…最悪な手段は取りたくない。
「ええ!?あの大学の?へ〜、あんちゃん凄いんだなぁ。」
「…は?何の話してんだ?」
「あっ、なぁ〜るほどね。わかってなぁ。」
不忍がヒソヒソと話すと、ジジイは驚き、肯定の言葉を繰り返す。
「んじゃ、つまりよ、ここで協力するのは法律違反どころか、表彰もんってこかい?」
「はい…つまり……災害時における寛容な判断で…」
聞こえてくる声は聞いたこともない法律と相手の称賛。
(うわっ!堂々と嘘ついてるぞ、こいつ!)
「クククッ、こんな事態に畑見に行くジーさんにゃ、有名な大学名言っときゃ勝手に信じるってことだな。」
「見えますか、あの腰の角度。家柄が出ていますね。教育の賜物でしょう。」
子を思う目をしている。三十路は貫禄が違う。
「んで、俺がトランクってことか?」
「話をつけた男と、美人と、胸だけはデカい女。貴方が一番相応しいでしょ。」
「仕方ない、我慢してくれ土井屋。」
「話をつけた男と、美人と、胸だけしか取り柄のない女だったら仕方ない。トランクで大丈夫だ、」
たしかに仕方がないな。
「おいおいおい。殴るぞお前ら。」
「おっぱいの嬢ちゃんは助手席でいいかー?」
「旧世代のハラスメント集団め!おっぱいで二回圧死しろーー!!」
「おーい!照れ屋の夢太郎君が助手席乗ってるぞー!」
「ええー!カッコいい〜!キャーユメタロウきゅーん!」
「夢太郎には後で揉ませてやるよーん。」
「主人、早く出発してくれ。」
俺達は百メートルほど走らされ、やっと乗車することができたのだった。
じいさんの畑は、都会人が想像する畑だった。平家の一軒家と、その前に広がる畑。きゅうりとキャベツが粉々に粉砕されて散らばっている。
「ひどい…俺がなにやったんつーんだ…誰がこんなひどいことを…」
災害時の突発的な犯罪とは考えにくい。狙うにしても野菜はないだろう。シェルターに籠るための備蓄なら納得…いや、それよりも高い可能性のアレがある。
「化け物になって始末された。」
「だろうな。数が多かったか、木々に囲まれてるのに戦闘痕が激しい。」
バラバラのキャベツを抱きしめ泣くじいさんを横目に、家から救急セットをパクった貴山が歩いてくる。
「トランクに入ったせいで変な跡ついてんぞ。」
「今真面目な話してっから。」
「ぶん殴るぞ。」
「俺が言われんの?」
「魔法少女は何キロまで抱えて歩けんだ?魔法で作ってたりすんかいな?」
急に真面目になる。木に埋まった銃弾を整が取り出す。ルーペを覗く姿は少しばかり探偵っぽい。
「自衛隊か…変哲もない流通品の銃弾ね。避難誘導や救出は見られるけど、戦ってる姿の報告が少ないから、独自の組織とも考えられる。」
「ほう。国公認の銃を所持する組織か。事前に化け物が襲ってくると知らなきゃありえんな。」
「はっきりは分からないけど、これじゃ太刀打ちできないと思う。魔法少女と戦闘部隊が共闘して倒したみたいね。」
魔法少女が共闘…あの青い女がか?
「違うと思う。」
「ほう、思い当たるところがあるのか。」
「ああ、俺は魔法少女と化け物の戦いを目の前で見てる。だから断言できる。」
じいさんは諦めがついたのか、無惨な野菜を残して小屋に歩いていく。
「小さい野菜の化け物相手なら一瞬だ。こうは
ならない。」
野菜を元にした化け物がスゲェ強いとかなら的外れだが。
「なら答えは一つね。」
俺たちを囲む木々の葉には赤が混じっている。湿り気は無いものの、指で擦ると滲む。整はウェットティッシュで汚れた指を拭きながら話す。
「魔法少女は後乗りで化け物を倒した。」
「つまりよぉ、すくねー魔法少女で全国回って倒してるちゅーこと?強いにしても不足しすぎじゃね?」
確認されてる魔法少女が三人。もちろん確定ではないが、同じような発見談をまとめると、特徴として三人にまとめられる。
「三人でも勝てる算段だった…?」
「答えは出た。間に合わなかっただ!化け物に勝てる人間の兵が完成しなかった!!それに限る!」
不忍は組んだ腕を解き背を向ける。
「探索だ。何か残ってるかもしれない。」
俺は不忍の断言に疑問をぶつけられなかった。確信に及ぶ理由がある…不忍は何かを隠しているんだ。…皆、隠している。だから踏み出せない。
「だっ、誰か来てくれー!!」
じいさんの声がする。木々のざわめきで、大きいはずの声が聞き取りづらい。
「どうした!!」
助けを求める声を聞いても動かない。危機的状況に陥っている人間に、おいそれと近寄るアホにはなれない。
「早くきてくれー!」
目線のみが集中していた。
「はぁ〜、行くかぁ。」
歩を進めたのは貴山。アルコールは抜けているように見える。
「途中まで行きます。」
続く整。
「腰抜けどもはそこにいりゃーええんよ。なぁ山子(30)しゃん。」
「途中までですからね。…いま余計なこと言いませんでした?」
不忍と目配せをする。彼女らと一定の距離を空けて歩く。意地に負けた男が二人。
農具等の収納用に見える小屋は小さく、雨を拒めないほどに通気性が良い。雑草の生え具合から現役であることはわかる。
「でっけぇネズミでも死んでたか?」
「農家がネズミで叫ばないでしょ。」
整は結局最後までついて行った。じいさんが襲われていない事から、化け物で無いと判断したようだ。
「……どゆこと?」
二人が入ってから音沙汰がない。
「おーい!何があったんだ!?」
扉が開くとじいさんが貴山に追い出される。
「大丈夫だからオスどもは待ってろカス!」
「状況はじいさんから聞けってことだろうな。」
「でもカスは必要なかったよな。」
じいさんの表情からは、怯えより驚きや戸惑いを強く感じる。
「それで何があったんだ?」
モジモジしながらじいさんは答える。
「…血塗れの女がいた。」
「血塗れ?犠牲者が死んでいたのか。」
「ち、違う!」
思ったより大きな声が出たのか、自分で自分に驚いている。その感覚はよくわかる。
「…まさか化け物の死体か?」
化け物の…死体。それはないだろ。死ぬと消えるのはわかってる。それに人間だって言ってんだぞ。
「わかるよ、じいさん。間近でグロいもん見ちったんだろ?最初は慣れないよな。」
「違うっての!血塗れの女がぐーすかイビキかいて寝てんだ…。しかも半裸だっつーもんで、やけに色っぽいもんだからよぉ。」
このジジイ…よくわからない状況で、パニックになっただけかよ。
「クソじっ、ゴホンっ…それは戦闘後に疲れて寝ていたのだろう。置いていかれたのか、役目が終わったのか知らんが丁重に扱おう。」
「おおお、そっ、そうか…よかった。茶でも入れよう、客用の布団もある。」
パニックは残っているが、落ち着こうとはしてるみたいだ。まぁ、大丈夫だろ。それより…
「よし、小屋に行こう。」
「おい、話聞いてなかったのか。」
「聞いてた。」
「なら何故歩みを止めない。おそらく看病と血でも拭いてるのだろう。」
「間違いないな。命に危険があるなら治療を皆で模索する。」
「そうだ。だが論点がズレてる。わかるだろ?」
小屋の扉に手をかける。両開きだ。木のかんぬきで閉めるタイプ。
「その手を離すんだ。」
「知ってるか不忍。いつだってエロは人を勇気づける!」
良い記事になりそうだ。
「名言風に誤魔化すでない!」
今時のスマホはスゲェよな。一眼レフなんざいらんかったんや。
「全部聞こえてんだわ!!」
「あぎゃっ!」
覚えがある感覚だ。歩きスマホしてたら電信柱に顔面をぶつけた時…そういや地中に埋めるんだっけ…電信…柱……
「丁度良い板が落ちてた。」
「…それは小屋の鍵だ。主人が布団を敷いてる、ガスが使えれば風呂も沸かそう。」
「へぇ〜、すぐ行くからゲロカス運んどけな。」
夏休みなのに水泳の授業で登校を強制する、小学生時代の俺はこの理不尽に駄々をこねた。その日は運が良いのか悪いのか、暑すぎるという理由で中止となった。外にも出してもらえず、兄とゲームをして過ごす。
二人用のゲームが無かったしRPGを交代しながらやった。
「ご飯だから降りてきなさーい。」
母の声がする。兄とリビングに出ると、グツグツに煮込まれたキムチ鍋が匂いを立たせている。
「「なんで!?」」
「食べたかったから〜。」
不思議な人だった。クーラーをガンガンにかけて食べた鍋は、毎年の夏の匂いが思い出させる。
「…ん……あ゛…」
俺を起こしたのは、母の声でも夏の匂いでも無かった。
「えへっへぇ〜、肉と酒追加せい〜!」
「飲み過ぎです。あっ、白菜も追加ください。」
「ほら、夢太郎君も遠慮せずに食べ食べ〜。ガタイ良いんだからもっと食べるだろぉ?」
「うっ…もう米は大丈夫です…」
「愉快愉快!ビールが美味いのぉ!」
喧騒とジビエの独特な匂い。鍋を囲む男女と、それを見下ろす並んだ遺影。イノシシの顔面の剥製が食器棚に入っている。
「風呂まで入ってんじゃねーか。」
全員して肩にタオルをかけている。
「あ゛!?痴漢ヤロウが起きてんじゃねーか!」
起きるだろ。どういう気持ちで真横に布団敷いてんだ。寝室とかねーのか。
「おー、にいちゃん起きたか。ほら、寝起きビールだ。」
「ああ、ども。助かります。」
「ご飯用意すーから鍋つついて待てなー。」
鼻が痛い。折れてないよな…治すの痛てーんだよ、あれ。
「そんで…倒れてた人だよな?」
「拙者のことですな!日本で生まれ育ちしスウェーデン忍者のオリヴィア・ヴィガドスでありんす!」
金髪碧眼美人が意味不明な言動をしている。甚平から覗く谷間に目が吸い込まれるものの、脳が情報を処理できず言葉が出ない。
「好きな言葉は'明日は我が身'!犬派!冷凍みかんと釜玉うどんが大好物!ピンクと紫色に惹かれる!居酒屋にパフェがあると頼んじゃう乙女でありんす!」
「うるせぇ!!」
「聞いといてひどいでありんす〜…」
チグハグで圧が強い自称スウェーデンの忍者。訳がわからない。エクステって言うんだっけか、金髪の内側がピンク色なことに今気づいた。
「全員揃ったのだし、話してくれても良いかしら。」
「わかったでありんす。…それでは、お耳を頂戴致します。滝城に集められた兵士の話を…!」




