第五十七話
何故だ。何故笑わない。何故顔を顰める。何故逆らう。……何故逃げる。何故だ、わからない。
理解がある。君らは幸福の中では生きられない。生きることは満足を得ることだ。納得に至ることだ。お前らは幸福に背を向け、恐怖を見つける。絶望を欲している。幸福の中では生きられない。
絶望で繋がり、安堵を幾度も感じ共有する。
全て理解した。君らに必要なもの全て、我が揃えよう。理解し守ることが我の務めだ。幸福なのだ。
…なのに
何故逃げるのだ……
黒き水面に二十の頭部が浮き出ていた。手探りで探し出し、救出した特殊魔装部隊員だ。巻き込まれた民間人や、暴徒化していた人間達を含めると、未だ少なくない人間が沈んでいることとなる。ただの海水ならば、溺死しているだろう。
「しょうがないであろう。あれっぽっちの水では、歯が立たない。」
応援は来ていない。偵察機すら来ないことから、問題が発生したのはここだけではないとの意見でまとまった。このまま待つにも、いつ来るかなど検討もつかず、脱出案や撃退案を出し合い気を紛らわしていた。
「あれ?心地隊長不貞腐れてますか?」
気づいたことがある。水泳をしている最中は、水の中にいるせいで汗の感覚が無くなる。この液体でも同じ…ではない。潜水で身体を動かし、太陽に照らされている。なのにもだ、額に汗の一つも出ていない。出る気配がない。やはり、水…か、異なる液体に弱いのだろう。
「そんなことはないぞ。これも訓練だと思うことにしたのだ。」
しょんべんの一つでも、この中でしてやろうと思ったが、それも出ない。身体は支配されたままという説も考えられる。
「訓練と思わなきゃ、やってられなくなってますよね、それ。」
結局待つしかないのか?コイツを蹴散らせる水も、どれだけの量が必要かわからねぇ。ひょっとして、何日間もココに浸ってるとか………悪夢だ。
「ふゎあ〜〜…眠くなってきたな前田殿。」
「同感ですね。コレも動かないですし。」
人数も揃ってきたわけだ。ここで一人くらい逃げてみるか?…リスクは高いが、このままってのは………なんか…一人足りない…気…が…
「…恐山がいねぇ。」
何秒…いや何分か!?いつから戻ってきてない!?
「ーっ、拙者が行く!!」
視界の利かない世界で特定の一人を見つけ出すなど不可能である。本来は、生存者全員でしらみ潰しに探すべきだろう。しかし、できない理由がある。これが攻撃であった場合、全滅する可能性を考慮しなくてはならない。
ゆめちゃん…どこだ…返事をしてくれ。疲れが溜まっていたか?こんなくだらないことで死ぬな…絶対死ぬな…成し遂げたいことがあるのであろう!
「ぐっ……」
なんだ?水流がおかしい。拙者の周りだけ…かき乱されているぞ!コイツが邪魔しているのか!?ゆめちゃんを探させないために…邪魔をしているのかぁ!!!
(抜刀ーー愛斬破!)
斬ることではなく、爆発させるイメージで抜刀。周囲を吹き飛ばし、抜いた方向へ新たな水流を生み出す。
邪魔をしているなら近いはずだ。近くにいるはずだ。どこだ…どこだ!
「ごっぱっっ!」
溜め込んだ空気が口から放出される。腹部に感じた衝撃は、人の拳で殴られたものと認識。
心地は怒りに燃えていた。それゆえに冷静であった。敵だとわかれば容赦はしない。
(表に出ろ…上段ーー恋雷衝)
水面まで噴き上がる上段の一撃。打ち上げられ、仲間の目に映る敵の姿。寄生されし物ではない。
「…人間かよ……」
暴徒化した人間。つまりは、現在も尚浸かっている黒い液体を啜っていた者達だ。
「貴様らかッ!ふざけた真似をするなァー!!」
浮上したα隊長心地は、空中に跳ね上げられた人間に向かって剣を構える。見間違えか、水面を蹴ったかのように見えた。
「ダメです隊長!!」
前田α副隊長が投擲した魔装兵器が心地に直撃。愛斬破に反応し、爆発を引き起こす。
「うぇええええ!?」
変な声も出る。仲間が仲間によって爆破されたのだ。
ザブンと音を立てて波の中に落下。人間は吹き飛ばされるも、地上に落下する前に、黒い液体にキャッチされ取り込まれ直した。
「前田殿…ヤツらは人間を捨てた。斬り捨てなければならない。」
「落ち着いてくださいよ。この中で溺死なんてあり得ません。それにアレが人間に負けるとも思えません。」
「…アレ呼ばわりとは、偉くなったものだな。」
「はぁ…一緒に探しますから。敵が人間なら数を割いても問題はないはずっすよね。」
無言で潜水を開始する心地を追いかけ、前田も潜水。飛沫の上がらない冷静な潜水であった。
続いて救助に向かう隊員をよそに、鈴木翔大は小さな疑問から逃げられずにいた。
「…暴徒化した人間……溺死しない…保護……呼吸?…あべこべ……」
今、実証できるのは…これだけ…だったらやるしかねぇよな…。
口を大きく開ける。深呼吸…息を整え、水面に顔をつける。そして、口と鼻から一気に吸い込む。
「おい!なにやってんだ馬鹿野郎っ!!」
身体へ二度目の侵入を許す。寒い日に吸い込んだ空気がやけに痛い感覚。黒い液体が鼻腔内を刺激し、喉を詰まらせる。
痛み、苦しみは長続きしない。クリアな視界、思考を妨げ、意識が切り離される。寝ぼけたままの状態を作り出し継続させていく。
「ごっ、がっはっっ!ごほっ、ごほっ、おぇ…」
「自暴自棄になってんじゃねーよ!そういうのは後にしろ!」
隊長の怒号が鼓膜を揺らす。俺には、どうしても伝えなくてはならないことがある。
「た、隊長…人間は、酸素を取り込まないと生きていけない…動き回るなんてのは無理中の無理…意外でもない。」
「さっきの人間の話か?どうした、何が言いたい。」
「溺死しないってのは、時間を止められてるとか冷凍保存とか、そういうSFじみたことじゃなくて、この液体が肺に直接取り込んでいただけなんだ…空気をっ!」
「お前、それを調べるために飲み込んだのか?考えりゃわかるだろ馬鹿。」
「大事なのは思考です。完全に絶たれるわけじゃない。それこそ…恐山なら…っ!」
「そういうことか…っ!今日一冴えてるぞ。」
脇に拘束した人間を抱え、α隊長、副隊長コンビが浮上。完全な拘束を確認し、再び波の中に落とす。ずっと持っているわけにはいられない。
「α隊の!!恐山は動いている!何かヒントを出しているはずだ!」
「ヒントであるか…」
真っ暗な空間なのだ、ヒントの出しようがないと思うが…そうだな…。
「ヒントではないが、人間どものせいで水流がおかしい!何かわかるか!!?」
聞こえているものの、互いに大きな声になる。非常時の呼びかけそのものだ。
「水流…すみません!それどんな流れですか!?」
「確か…下から上がる感じであるな!」
決まりだ。
「そこです!その下にいます!!」
暴徒化した人間達は、横移動だろう、基本的に。そもそも下から上へ泳いでいたら、水面にいる俺らに気づかれる。
「わかった!行くぞ前田殿!」
「感謝します!!」
戦闘部族なだけでα隊は礼儀正しいんだよな。やっぱり、上がアレだと訓練も厳しそうだ。
(くっ、流石だなめぐちゃん。一人で水流を作り出しているとは……ふむ、ここら辺か…)
(心地隊長。俺が先に行きます。ここで待ってて。)
心地の手を握り、指で行動を示す。ハンドシグナルも使えない状況では最善であった。
(わかったぞ前田殿!)
(…ん?なんで離さないんだこの人…?)
(それ!行ってこい!!)
(んばばばばばばば!!)
誰の目にも映らず行われるジャイアントスリング。水流に逆らい、回され投げられる前田。足首には紐が結んであった。
(着いたか。……なにをやってる。引っ張ってものだ、こっちへ来い。)
紐は心地が胸に巻いているサラシの予備である。引っ張っても前田が動く様子がない。恐山を掴み、それを手繰り寄せて救出する算段…を勝手に立てていた。
(なるほど。勢い余って地面に刺さったのだな。ならば、こちらから向かおうではないか。)
押し返される…いや、回転…か?小さな竜巻であるな。このまま直進した方が賢明か。
…先ほどから人間共に攻撃されない。他の隊員が回収し終わるには早すぎる。それにしても何故正確に場所がわかる?訓練を受けているわけでもなしに…波と同化しているのか?ならば叩っ斬る他無し…。
(むっ…)
人間か?それも一人ではないな。何十人と集まり、球体…にくっついているのか?
やけにベタつく人間球を触りながら移動。周囲は強い水流で囲まれていて、離れても吸い込まれてしまいそうになる。手の甲をなぞる指。誰のものかは判明していた。前田を引き抜き、情報共有。酸素が足りなくなってきた。
(こんなとこにいたか、前田殿。)
(苦しいので無駄話は後です。γ隊が言っているのは、この塊の下でしょう。潜れます?)
(了解だ。前田殿は先に戻っていてくれ。)
(…頼むっすよ。)
人間球を掴みながら下へと潜っていく。水流は増していき、心地でさえ流されてしまいそうになる。
ここが真下であるな。わかるぞ、目の前にめぐちゃんがいる。水流の原因もわかった。これは…めぐちゃんが魔装兵器をぶん回している…っ!
(めぐちゃん、拙者だ!早く戻るぞ!)
人間球を足蹴にして水流から脱出。恐山の背中に指で文字を書く。…反応はない。
腕は限界のはずだ…が、やりたいことはわかるぞ!
(めぐちゃん!ここに刺すのだ。拙者の愛斬破も…隙間に刺せば大丈夫であるな。)
振り回されるクレイジー ブラッド レディの手持ちを掴んで力尽くで止める。そのまま人間球の隙間に差し込み固定。愛斬破は鞘に入れたまま突き刺す。
(ふんっっ……)
流石に動かないであるな。なにか…このまま浮上するために…鎖か?…いや……うむ、これだな。
(ゆめちゃん。それ、借りるのである。)
三分が経過しようとしている。常人ならば溺れている判断だ。しかし、途中戻ってきた前田副隊長から場所を空けろと指示が出ている。…なにか恐ろしいことが起きそうな予感だ。
「隊長。俺の補爆槍も無くなってます。」
「そうか、なら答えは出たな。恐山は俺らから槍を盗み、捕縛剤で暴徒化した人間達を捕まえた。途中、この液体を取り込めば呼吸ができることに気づき実践したが、意識が薄れ、浮上することを忘れて活動している。…って感じだ。」
「イカれを通り越して恐いですよ。…んでも、戦場には、それくらいが丁度良いんでしょうか。」
「馬鹿野郎。お前みたいな普通のやつがいないと、まともな判断が不足して結局死ぬんだよ。逆に貴重だ。逆にな。」
「はぁ…どーも。」
当初の目的、モテたい願望は打ち砕かれ気味だ。そもそも人と会わん。研究員か、イカれたヤツらだけだ。βの副隊長は確か女性だったが、死亡連絡が来ていた。俺より遥かに強い人だったはずなのに、死んじまうなんて…辛い話だ。
つま先に粒として気泡を感じる。無言で前田副隊長がさらに遠くへ離れていった。ぷかぷかと浮きながらの移動も皆が板についてきた。
「やっときたか…」
「やっときたか…じゃねぇ!早く退け馬鹿!!」
「…へ?」
俺たちは放り出されていた。泳いでも抜け出せないクソッタレな液体から離れ、空中でもがいている。正確には、液体自体が四方に飛び散り、足元に大きな空間ができたのだ。原因もわかっている。隊長が俺の腕を引っ張った時、真っ黒だった液体からピンク色の光が差し込んだ。
「「とったどーーーー!!!」」
あぁ…そうだ、こんな部隊にいたらモテるとか…そんなんじゃねぇ。暴徒化した人間を捕縛剤で球状に固めたもんに、刀を突き刺して飛び出すイカれた女どもしかいない…こんな場所じゃ、無理な話なんだ。
「そうだよなぁ…α隊の隊長様がいれば、魔装兵器の使用に許可とかいらんしな…」
インスタント・ラブ・ボンバー。我が隊であるγ隊の隊長、土井屋 玄の魔装兵器。
そうか、この中だと守ってくれるから、爆発させても安全ってことか。逆手にとって攻撃になると…その後、空中を舞っている男達の安否はどうお考えで?…やめよう、どうせ五点着地でなんとかしろだろ。ふっざけんな。諦めて体勢を整えてる前田さんも、ちょっとムカついてきた。折れるよ、両脚と肩が。
「そういえばβのジェイスンは無駄に上手かったな…五点着地。β隊はどこで遊ん……っ!」
見える生還の兆し。直線距離なら5kmと少しか、俺達を見下ろす名も知らない山に火が灯る。三連で並び煙立ち、方向と方角を示している。
発煙筒を持っている者達は、疑いようもなくβ隊だ。
別動隊がα、γ隊の異常に気付いたのは、つい先程のことではない。時は波に飲まれる前、暴徒化した人間と陸での戦闘まで遡る。
「なぁ、隊長さん。わかっちゃいるが、ピンチみたいだぜ?」
いつまで通信してるのか…おそらく魔法少女達の連れじゃないな。本部の方だ。
「君山。詮索はするな、それが長生きのコツだ。記録を続けろ。」
「…承知した。」
最低限の機能を持ったハンディカメラに、望遠レンズをゴテゴテとつけた。多機能やドローンのような精密さは、例の黒い靄に阻害された時に壊れる。
狙撃の能力を買われて正面カメラに配属されるも、苦しむ仲間をより長く見続けなくてはならない。
暴徒化した人間の発生、黒い泥のようなものの発見、肥大化し仲間を飲み込む…初めに顔を出したのはγ隊の恐山。次々に仲間を救出。
「アレには精神攻撃の類は効かんのか…イカれて効果が薄い…αんとこの隊長さんも自力だな。女性には効きづらいのか?…っくそ、一般女性隊員はいないのか。アレらじゃ予測も立てられん。」
膠着状態が続く。打つ手が無いのか。指をさしていたから、弱点に気付いていなくもないだろう。俯瞰して見れないのに良くやる。…あぁ、γの普通マンが気づいたのか。
「…人間か。魚にでもなったのか?明らかに呼吸をしてない。あの液体…寄生されし者か…?」
元となった人間が溶けている…これは妄想だな。現場の意見が欲しい。水中から動く人間を噴出させるのに必要なエネルギーは……刀一本かつ、足場が水?泥?飛沫から粘度は感じられないが…。
やっぱり俺も魔装兵器が必要だ。特に巨体が相手だと基本装備じゃ歯が立たない。近距離じゃないもんだと、γの土井屋隊長のボンバーか。あの人は身内に甘すぎる面がある。ひっそりとイカれ女と翔大に渡してたはずだ。うちじゃありえん。
「……静かになった。波紋が見えないと、中で起こることが把握できん。…αの前田副隊長が戻ってきたな。心地隊長は…まだか。息吸えよ、人間なら。」
中は見えずとも、静かになった理由はわかる。見逃せない。寧ろ、これは見逃す方が難しい。そう、イカれ女がいない。新たな攻撃には見えない。溺れるようなタマでもない。
「…下に逃げたか。それとも……」
β隊 隊長戸崎が口を開く。
「潮時か。β-5、14、23、発煙せよ。コード・ラブ、コード・ホープが急速接近中。αレンジ、γレンジ、座標を送信せよ。電波収値44-2、43-2直射。受信時、二度発光。見逃すな。」
簡潔にまとめられた言葉により、背後で連なるように発煙筒に着火される。真っ赤な煙は、魔法少女へ敵襲の合図。
至近距離で身を隠し続け撮影、記録していた潜入特化の二人。一人は新しいβ隊副隊長である倫 影。女性であること以外、偽名かすら不明。特殊魔装部隊で一番影が薄い女部隊員である。
ーー倫影、寿と共に配置ついた。ワタシがコード・ラブね。
ーーえいえいってば、それじゃフルネームだよ。
ーーえいえいじゃなくて、倫影ね。応援してないね。
「ポットを目視、調整無しだ。五秒後着弾予定。」
ーー流石隊長さんね。
ーーほいよ〜。
頭上を飛ぶ白い二連の隕石は馴染み深い。行先は常に戦地の中心だ。知ることは生存に繋がる。行先に近づくべきではない…今すぐ離れるということだ。
「…記録を続けます。」
「撮り逃すな、最速とビーム砲が来る。一瞬で終わるぞ。」
魔法少女の出撃が意味することは一つ。俺達は魔装兵器なんかじゃ太刀打ちができない化け物と対峙している。場から離れないのは、渦中にいないことを安堵した…行き場のない罪滅ぼしなのだろう。
ーザヒョウ ジュシン チャクリクテン コテイ
「ゲートオープン…きて!」
「ゲート〜おーっぷん!」
β隊のサポート虚しく、ハッチは開かれる。空中で乗り捨てられたポットは、当初の座標とはズレながら落ちていく。
「…助かった…」
翔大は目を閉じた。その気の抜けた行動は功を奏す。閃光から目を守ったのだ。
「ーーホワイトフラッシュ!」
救出活動に全ての力を費やす。後の対応はラブハートに任せた信頼の行動である。
白い閃光と共に身体を掴まれ、ある程度の高さから落とされる。
「いっっったっ!」
落下中の人間を全て回収して助けるには、力も足りなければ空中スタートが足を引っ張っている。ホープには、緊急時のホープボンバーしか空中移動の術がない。地を駆けることに反して、熟練度が足りない。
「人の球…こっちでも暴徒化ってことよね。」
閃光と共にラブハートが動き出す。
ーコードネーム'ラブハート'
オノレヲカイホウセヨ
「ゲートオーバー!」
ージアイ ヨ ツタエ
ステッキは左足首に。
「ラブビームスマッシュ…」
落下速度よりも速く地上に到着。周囲を見渡す。黒い液体…爆破跡、刺さった槍。
「そこだ…っ!」
ビームを発射しながら飛び散る液体の中心へ。走らない。スライディングの体勢で滑るように疾る。そこはインスタント・ラブ・ボンバーにより地面に跡がつき、γ隊員恐山が捕縛剤を取り出した残骸の槍が突き刺さっていた。
足を肩幅に広げ、槍を背にくっつける。ステッキを手に持ち替えて、しっかりと握る。呼吸を整え放つ。
「ラブビーム。」
振り下ろしきったステッキの先からビームが放出される。病み上がりを感じさせない巨砲により、落下する部隊員達が再び浮き上がる。暴徒化した人間達の球体は落下速度を落としていく。潰されないよう、真上から影を作る球体を角度をつけて背後にズラしていく。
攻撃では無く押し出す感覚…たぶん痛くないはず…いや、ちょっと熱痛い?…攻撃技だもんなぁ。
「な〜いっす、これで間に合うよぉ〜。」
当然、ラブの耳には届いていない。「いった!」という声が四方から聞こえてくる。
「あっ!ちょ、ま、待って!!」
元よりボンバーで削れていた足場が、ビームの反動に耐えきれず亀裂が走り、ラブの足が沈んだ。地はめくられ、瓦礫が埋められていた水道管を傷つける。次の瞬間、ラブの踵が水道管を粉砕。衝撃は止まらず辺り一帯から水が噴き出る。
「ぶっ、つめっ、冷たいっ!」
鈴木翔大にとって…特殊魔装部隊員にとって、それは一瞬の出来事だった。思考を巡らし弱点を炙り出した。弱者を助け、自らも乞うように浮かんでいた。諦めず活路を探した。立ち塞がる問題を一つ一つ対処し、一歩ずつだが進んでいた。
一瞬の出来事だったのだ。二人の魔法少女が到着してから、自分達が落ちるまでの数秒間に全てが解決した。やるせなさと安堵が口角を上げ、不気味な薄ら笑いをする他…なかった。
這い出る者がいた。それはキュリオがいなかったことにより発生した死角。人間球に刀を刺してぶら下げる女が二人、ビームを全身で感じながら下敷きになっていた。さも当たり前だと言わんばかりに、身体を腕で引きずり這い出た二人は立ち上がる。機敏さを失った歩きで仲間の元へ戻る。
「うぅ…あ、あ゛ぁ…」
白い…たしか魔法少女ホープハートが、水を掬ってかけている。弱点に気づいたのだろう。ピンクの人はびしょ濡れで寒そうだったが、自らビームを浴びて乾かしていた。誰か怒るやつはいないのか。
「……お゛っ、う゛ぅ…」
部隊員がぶつけた箇所を手で押さえながら、立ち上がり移動し始めた。俺は隊長にも置いてかれ、一人で寝そべっている。腰から落ちたせいで、痛くて動けないのだ。疲れているのもある。
気絶しそうでしない…虚ろな状態っぽい。でなければ、視界の端っこに今も尚映っている恐山が説明できない。死んだとは思ってなかった。ただ、数百キロの下敷きになっていたはずなのである。
「…こ、ごの…」
恐山が俺を見下ろす。せめてもの反抗で目線を逸らした…が、無駄。じっと見つめられている。
「…な……んだよ…」
掠れた声しか出ない自分に驚く。気づいていないだけで、ダメージは大きいようだ。気づいた途端に痛くなる切り傷の如く、血の気が引いていった。意識を留めようと力をいれてみる。
「…ご…の゛…凡人や…ろおろろろろろろろろろ!」
「ふっざけ……」
顔面に黒く染まった嘔吐物がばら撒かれる。元の黒い液体と違い、生温かさと酸っぱい臭いに包まれ、俺は気絶した。
「さ…くせん…成功だ…はっはっは!」
「……あ…か…」
川に落ちたポットロボW・M。意識を失ったギャル子を抱え、薄らぐ視界の中、最後に見たものは…多量の湯気に立つパッションハートと、川だったもの。共に橋から落ちたはずの敵は、姿を見ることができない。




