第五十六話
人間は、抱きしめられると脳から幸福に感じる物質が出るとかなんとか…良く知らないが、そんなことがあった気もする。冷静になれば、息はできていないし、とてつもない苦しみを味わっている筈だ。溺死は苦しい。なのに…なんでだろうなぁ……安心する…この気持ちは…なんだろう…
「…ぉい!」
視界が揺れる。何物にも焦点があっていないから、気持ち悪さはない。ただ、揺れる視界を見ているだけだ。
「おい!!クソ凡夫!」
そういえば、良く聞こえない。ざわざわとか、ざーざーとか…捉えた聞き方ができていない。全体的な環境音を垂れ流されている…そんな感じか?
「…ささ最初からコレが狙いか!?一般煩悩スケベぇ!」
誰か近くに流れてきたのか?やめてくれ、俺に覆い被さらないでくれ…近くて暑苦しくて…っ!?
ぶちゅ〜〜〜
γ隊員鈴木翔大にとってコレは初めてではない。しかし、初めての感情が湧き上がってくる。喉をつたってやってくるソイツは…困惑と、少しの苛立ちと、鉄の味がした。
「んがぁ!?なっ、何すんだイカれ女!!」
「ひゃひゃっ、代金は後で振り込めカス。二千万円だゾ?忘れれば下顎を切り落とす。」
恐山の口元には、俺たちが流されている液体が滴っていた。疑う必要も無く、直接身体から吸い取ってくれたのだ。この液体……身体の中に侵入し、体内から意識を改変してきたのか?
「うるせぇ払うかカス!……なんでお前は大丈夫なんだ?他の奴らは?なんで…俺を助けた?」
勢い激しく両脚をバタつかせる。抵抗感は無い。浸かっている身体を目視できない波の中から、必死にもがき首を出す。
「なんでなんでうるせ〜から勝てねぇーんじゃん!?」
口調と反して真っ直ぐ見つめる眼には、俺に何を求めているのか感じ取れる。嫌でも伝わってきちまう。同じ部隊だからなのか?コイツとは長いこと一緒にいた。話さなくても醤油くらいとってやれるし、嫌いな食い物は、食べれる奴が勝手に担当してやれる。命を預けるってそういうことだ。
「おそらく新個体だ。人間を殺す意思が感じられない。従来のもんとは違う…けど、なんつか、共生って感じでもない気がする。」
「後で話せ殺すゾ?このカスをどう対処するか聞いてんじゃん?殺す?」
笑顔が逆にこえーよ。
「……確証はねぇーから後で恨むなよ!?多分弱点はアレだよ!」
波の発生点。勢いに耐えきれず、看板やら自販機は波に攫われ、車すらその場に留まれず動き出している。…ただ一つ物を除いて。発生点にありながらも、土台のネジすら外れていない。
刹那、目線から目標物を遮るように光るーー眩いピンクの光。
「侍の極地に至るまで!!」
爆発が波を割いて、中から飛び出す者は見慣れた人物だった。
「やすい安堵などいらぬのだ!!!」
自隊の副隊長を抱え、右手に握るは魔装兵器愛斬破。先の戦いで片目を失うも、自己スコアを更新した限界知らずの女ザムライ 心地呼夢である。
「化け物…」
「ふひひっ、さっすが〜!」
…なるほど。無限湧きでは無いようだな。増えてもいない。同じ場所に留まり、身体をくるくる?と回しているのか…拙者達は流されてなどいなかった。ただ、此奴の身体を回遊していたのだな。
「んん?…ふむ。流石めぐちゃん、解決済みであったか!」
ぶちゅ〜〜〜
「かはっ!げっ、ほ、くっ、ごほっごっ!?落ちてる!?」
「おはようだ前田殿!!」
魔装兵器ポットロボW・Mは変形を繰り返す。巨大であるが故、都市部に向かないことが危惧されていた。
「駆動変形!」
東北は語る。「そんなことはどうでもいいので、陸海空全てに対応させます。」技術班の睡眠時間は短い。
「飛行モード!」
鋭いウィングと、下部に巨大なファンが二つ出現。元より自エネルギーで行動することが目指されているため、空を自由に飛び回ることは実現できなかった。妥協点はホバー移動。滞空力に重点が置かれている。
「パッション力を貸して!」
「よーっし!全速全開!」
パッションが同乗しているならば、エネルギー問題が幾許か解決する。
「パッションブースト!!」
後部から放たれるパッションの炎は、ポットロボW・Mを前進される。負傷した仲間を保護するため、強烈なGに理論上耐えられる。反して、揺れる機内は妥協点に含まれた。
「あわわわわわ!」
「ごめん。人乗せるの初めてだから許してね。」
広大な緑に白いロボ。這いずる黒い液体。大した高度ではない。田舎だからこそ、遮蔽物を気にせずに飛び回れる。
「もう少し右!遠回りするし!」
キュリオの左足にしがみつき、大空が映し出されているメインモニターを指差して案内する。
「おっけ、大通りまで引きつける。ちょっと高度落とすよ!」
何か執着するものがあったか、黒いソレは、手を伸ばすような形状でポットロボを追いかけてくる。作戦上、ついてきてもらわなくては成り立たない。
ガコンッ
衝撃が走ったのは、森を抜け、大通りに出たところであった。高度は下がっており、居るはすが無いが、竹馬に乗った大人がいれば怪我をするだろう。今は駅前の旅館に集まっているため、大通りのカフェやコンビニに人はいない。
「どうした!?」
「追いつかれたし!」
「違う!最初から機体にこびりついてたんだ!」
右部の羽が根元から抜け落ちてしまっている。バランスは取れず、下げたばかりの高度が、さらに下がっていく。己よりも速い相手を無謀にも追いかけていたわけでは無い。追いつける算段があったのだ。
「くっ、感知できないよう小細工して…」
「代わりになれるぞ!」
「パッションは手袋に炎溜めてて!こっちでなんとかする!」
作戦が失敗した時のために、エネルギーは抑えておきたかったのに…もうっ!
「一段階目…解放…インスタント・パッション・ボンバー!」
メインの機能である、目的地までの移動に使われるはずのインスタント・パッション・ボンバー。戦う事を考慮し、他の戦闘具による収納の圧迫で、通常のポットより威力は無い。
急上昇。下部のファンは壊れてしまい、滞空力は激減。
「大丈夫…これだけ上がれば、目的地までは…いけるはず!」
「そのまま…そのままだし!マジで引きつけないと最後ヤバイ!」
目的地はもう見えてる。順調……順調過ぎる…のは、嫌な予感。
「んー?奈々子、気づいてるか?」
「なに!」
「たぶん、大通りで物がなく、直線だからだな!めっちゃ速くなってるぞ!」
く〜〜ーーっ!二番目に最悪なのがきた。一番はどっかに行っちゃうこと。
「マジヤバイし!目に見えて距離が縮まってっし!」
「わかってる!パッション下がって、溜めるのに集中!……二段回目…解放…インスタント・ラブ・ビーム!!」
一段階目同様、通常ポットより威力が控えめ。
「伸縮補爆槍!行け!全部出ろ!!」
羽の下から飛び出る可動アームは、収納庫から伸縮補爆槍を取り出しては地上に投擲する。
これでちょっとは勢い落ちた…?捕縛剤と放出時の爆発もあるし、流石に……無理かぁ。
「……うん、大丈夫、大丈夫だし!あと二倍投げ続けて!それで計算上ピッタリくらいかな!?」
一軒家が呑まれていく秒数を左手で指折り数える。ただの体感である。しかし、キュリオは限りあるリソースをポットロボに使ってしまい確かめる術が無い。
「自信無いじゃん。でも、やるだけやるか…ポットロボW・M!魔装兵器解放!」
ーー承認しました。
「インスタント・ラブ・ボンバーじゃい!絨毯爆撃いけーーー!!!」
追いかけてくる黒い津波に、ピンク色の噴水が絶え間なく出現する。今度は目に見えて時間を稼げている。ボンバーが波の中で破壊した瓦礫が、刺さった槍や捕縛剤に引っかかり足枷の役割を為していた。
「きたきたー!!最後のカーブを曲がれば目的地!」
「ちょっと待つし。どうやって曲がん?」
「はっはっは!なんとなくわかったぞ!」
パッションは背中で押し付けるように、二人を搭乗部の左部に寄せる。
「ばっかじゃん!そんなので曲がるわけないし!」
「合ってるだろ?キュリオ。」
「…正解よ!」
「はっはっは!」
「マジぃ!?」
もちろん、三人寄っただけで、ラブビームで発射してるポットロボの方向転換なんて無理。ただ、右の壊れた羽…収納庫…駆動変形!全て噛み合えば可能なのよ!
「駆動変形!陸戦モード!」
手足が揃った通常モード。陸上の戦闘に長けており、ポットロボの駆動変形で最も優れたモードである。
「…そして、可動アームで収納庫を左に寄せて重心をずらす、脚部でラブビームを一時制限!さらにさらに、左可動アーム脱着!外れた右部装甲の穴との空気の流れが方向を直角に曲げっ、ちょっ、早く!!」
山に囲まれてるから!?風の流れがおかしい!このままじゃぶつかる!どうして…なんでなんで!パッションボンバーの熱があったんだ!風はこっちに吹いてるはず……あ……ホープの彫りが…受け流しちゃってる?
「曲がれ!」
「曲がれし!」
叫ぶ二人をじっと眺めていた。たぶん、一秒にも満たない時間…なのに、この時の私には何時間にも感じられた。鼻血が垂れる感覚も、味も、大木が近づいてくるメインモニターも…なんだか、この空間が、ポットロボが私の一部になったみたいな感覚だった。
結局、私は諦めが悪い。失敗したら次の作戦へ、どれだけ早く移行できるか、それが戦場じゃ重要なんだ。たぶん。でも、諦められない。どうにかして、作戦を遂行したいと思ってしまった。今の私は…友達と一緒にやり遂げたことが、一つでも多く欲しかったから…なんて、考えてる。
「だったら…全部受け流してやる!!!」
可動アームで収納庫をグルグルと回す。人間が持てない超重火器達と共に、搭乗部が回り、可動範囲を超えて、ポットロボ自体が…回り始める!!
「'深緑の一時'!白金の回転軌跡!!」
一つの大砲と化したポットロボは、自身を回転させて弧を描きながら緩やかに曲がった。寄生されし物に向かい撃つを許さず、触れれば、血花となり地の汚れと化すに必至。ホープハートの速度に当てられた敵をイメージして名付けられた。
「「「曲がったあわわわわわわ!!」」」
脚部パーツを削り制限していたラブビームが、最後の放出を始める。一直線に進むポットロボの真下には目的地、日の出スポットで有名な山へ続く長い橋。
「どどどどドボンでバラバラ大作戦んん開始いいいい!」
「ままままっかせろろろろろ!」
実にシンプルな作戦だった。パッションガントレットに溜められた炎は、橋へ向けて放たれる。
「あ゛?水ぅ?ふざけてんのかテメー。」
「ふざけてねぇわ。おかしいんだよ、屋上の貯水タンクだけ流されず無傷で残ってんのが。」
ドボンッ
α隊隊長、副隊長の二人が飛沫を上げて落下する。粘土がないせいか、体感よりも深く沈んでいく。足裏に地面を感じ、押し返し水面から顔を出す。
「ぶはっ!」
未だ敵の体内の中である。しかし、消化もされなければ、攻撃の意思を感じ無い。
「ちょっと心地隊長、離してください。」
「おっと、すまない。少しばかり考え事をな。」
拙者の愛斬破は効果無し。爆破しようと、飛び散った身体が集まって終わりのオチか…ふむ、通信できないことに気づいてもらえれば救援か、偵察かが来るだろう。
「前田殿、救出だ。呑まれている仲間は生きている。」
「打つ手無しっすか。救出して待ちってことすね。」
「この中にいる分には襲われないと判断した。口から吸い出せば目を覚ますだろう、それでは!」
心地は着衣のまま、見えない仲間を探しに出る。飲み込めば意識が薄れる可能性を認識しながらも、潜る姿に躊躇は感じられない。また、見事な水泳フォームは、誰の目にも映らなかった。
ギラリと睨む太陽が頭部のみを照らす中、黒き水面に飛び込もうとする女性がもう一人。
「ふひっ、ゆめちゃんは凡百野郎と違ってはっえーや。」
左肩、右肩とクルクル回し、手首足首は念入りに。両手を空高く伸ばし、背中からポキポキと音が鳴る。
「なにしてんだ?」
「あ゛あ゛〜?襲われる様子がねぇーから、とりあえず呑まれた馬鹿どもの回収すんだっつの。」
「…む、急に正論だ。確かに弱点だろうとアレじゃ少なすぎるしな。」
「わかってんなら早く潜れカスぅ!!」
恐山の小さな手が俺の頭部を押し付ける。勿論、足場など無いわけだから沈んでいく。小さかろうが、馬鹿重い魔装兵器を振り回す女だ。…抵抗するだけ無駄ってこと。
「ひゃーはっはっは!」
クソカスイカれ女が。聞こえてんだよ高笑いが。…まぁいい、見えない中を手探りで探すわけだから、人数が必要だ。あっちの副隊長も今頃潜っているだろう。責任感が強いタイプだしな。
……本当に進んでるのか?わからん。装備も重いし、泳ぎづらい。明日は筋肉痛だろうなぁ。…はぁ、息継ぎに戻るか。
「んぐっ!」
いってぇ!!頭に何か硬いもんが……あ、これうちの装備か。B6だな。って事で、ここが肩。えーっと、背中から両脇を抱えてだっけか。
「ぶっは…はぁ……んで、コイツは……た、隊長!?」
なんて運が良いのか!日頃の行いだな、こりゃ。一発大当たりだ。即戦力かつ、常識的な男。
「ふぅー……よし、これは人工呼吸だ。死ぬよかまし。……ええい!」
ぶっちゅ〜〜
「んっ!?ぐ、ぶはっっ!はぁ…はぁ…あ゛?」
口から今現在も浸かってる液体を吐く。
おっさんにキスしているとは思えないほど冷静だ。口からだけでなく、鼻や耳からも流れ出ている。吸い取られて作られた一瞬の隙で、身体が拒否するように吐き出してる…のか?疑問だったんだよ、全身浸かってるのに、あんな簡単に…いや、キスか?ショック療法ってこれか?
「おい、こんなもので動揺はしないが…なんで疑問顔なんだ。」
「あ、おはようございます。報告、黒い液体に攻撃性は感じられない。弱点は無傷で残る貯水タンクから水と推測。現在はα隊長、副隊長、恐山、鈴木の四人が救出に専念するものの、結果は微々たるものです。」
「そうか、窒息死しないのは俺で証明できたな。…いつまで掴んでんだ、変な噂されちまうだろ。」
残った液体を口から咳と共に吐き出す。
…もしかして、ショック療法?の方が重要なんじゃないか?確かに全部出てこないよなぁ。身体の中に残ってるのに治るってなんだ?意味わからなくなってきたな。
「わ…わ……」
あ?なんだよ恐山のやつ、戻ってきたと思ったら二人も脇に抱えやがって。どうやって見つけてくんだ?
「アタシの隊長になにすんじゃカスゥぅううううう!!!!」
大の大人が二人も飛んでくる。投げ飛ばしたのは、アイツだ。ふざけんな。
どぼしゃん
おそらくα隊員だろう二名は、空中で黒い腕に掴まれ、ゆっくりと水面に浮かべられる。残念ながら攻撃は不発で終わったのだ。
突如、流れるのみだった敵が新たな行動をした。恐山は銃を構え、隊長は槍を持った。そして、俺は答えに至る。
「………俺たちは守られているんだ!」




