第五十五話
小さな鳥居だった。細い小道を登った先に、くすんだ赤い鳥居。その先には、由来もわからない小さな神社があるのだろう。
キュリオハートの警戒網には反応が無い。つまるところ、敵意や害意が存在しないことを意味している。すれ違う物、事、人間を把握し続けながらの探索は、病み上がりで無くとも避けたいところだ。
たわいもない会話の末に、たどり着いた神社へ続く細道。公園とは離れているが、飴の包み紙が落ちていた。ひらりと飛んできたのか、少しの違和感に目を落とすと、耳をつんざく電子音が鳴り響いた。
ー危険 ヲ 予測
魔法の栞ではない。機械的でスピーカーのついた長四角い箱が、キュリオの魔法の書の背に取り付けられていた。
ー後方 へ 飛び パッション ガ 爆破しなさい
戦闘データを記録する機械とだけ言われ、前野に渡されたのは半日前。バスに乗る前のことだった。
「パッション!!」
「ああ!わかってるぞ!!」
効き馴染みのある声により、突然の指示に即座対応。キュリオはギャル子を抱え飛び上がる。背中合わせに飛び上がったパッションの眼前には、泥の波が突如出現した。
「獣王 一閃」
重ね合わせた掌から吹き出す炎が、泥の波を二つに切り裂く。勢いを殺された上部の自由落下により、波は地を流れるのみと化す。
「ちょっと!そこらの人間が捕まえれる化け物じゃないし!」
「やっば…気を抜けば死ねるかもね…。」
「通信障害は変わらず…が、最低限の情報は予測してくれたみたいだな。」
前野が握る黒い箱はチカチカと青い光を発している。
ー榛名奈々子、虎野朱、福田萌香 ハ 危険 ヲ 回避。排除 二 移行しました。
「…あぁ、黒い靄対策で開発してたのが、つい最近上手くいきまして。名前を'予測Ai-香無-'と言います。」
呆気に取られる私と花子ちゃんを置いて、前野は説明を続ける。
「香無研究員の予測をAiで再現できれば、通信が途切れても危険を避けられる…まぁ、そんな開発でして…」
「待ってください前野さん。それは開発途中…しかも形成時の変化が不確定だから、Aiの活用どころか、完全なランダム性もプログラムできていなかったはずだ!」
取り乱す伊渕には焦りが見える。
低い音が響く雲から雨はまだ降らない。ゆっくりとパッション達へと流れていく。
「あぁ、手の打ちようが無かった。技術班が見切りをつけずに、だらだらと続けていたプロジェクトでしかない。」
「…予測とは無限の可能性を決定づける悪魔の技です。聞きたくはないですし、ここで聞くべきじゃない…けど、もう引き下がれない。どんな非人道的な行為に手を染めたのですか?」
「…どっ…どういうことなの?何を話してるの?」
あれだけの火事を目の前にした時以上に、急激な喉の渇きを感じる。高度な会話のせいで、具体的なことは浮かばないものの、嫌なざわつきが振り解けない。
「逆転の発想…と、いうか行き詰まってただけなんですけど、予測には香無研究員自体が重要だと思いまして、生体データを取り込んでみました。」
「そっ、え、は?」
「結果、ちょこっとの予測と、美味しい飲食店を紹介するAiが完成しました。」
ー旅先の名物も良いけれど、気持ちに正直になれる余裕も大切よ。サーモン丼にしなさい。
「なんで食べ物の紹介だけ流暢なんだ…。」
「燃えたから食べれないけどな。」
肩を落とし、膝に手をつく伊渕は、普段の伊渕に戻っている。
緊張感は薄れ、狭まった視界は広がりつつある。ゴロゴロという空の音も、少しばかり大きく聞こえてくる。
「んーっ、で!?よくわかんないけどさぁ、静香姉ぇのAi?が予測してくれるから、奈々子達はぶじだよーってこと!?」
痺れを切らした花子ちゃんが口を開く。
「はい、そういうことです。……今のところですが。」
「…んん?ちょっと待ってね、通信ができてないってことは、これ以上はわからないってことじゃないの?」
「初撃を…回避したこと…だけね…ここにいてわかること……。」
煙草を二本同時に咥えている白衣の女性は、医療用のビニール手袋に血を滴らせながら歩く。
「うわっ!…ここは、研究所じゃないことを自覚してもらえますか?」
「魔装部隊とも…通信不可…おそらく…通信機器乗せた車両が…阻害の領域にある…」
手袋を取らずに触ったため、血が付着してしまったタブレットには、エラーの文字が多数表示されている。
「…クソっ……ホープハート!ラブハート!今から魔装部隊と合流してください。」
「今度はなんなのぉ?」
「待ってよ!話が進んでるけど、奈々子ちゃん達の安全を確認してからだよね?」
「…もう…東北から…射出連絡…を受けてます…」
分厚くおどろおどろしい雲を突き抜けて、一つの球体は流れていった。
隙間から差した光には、須く神々しさや煌めきが存在すると思っていた。神秘的で絵になる光景…だからだ。しかし、私の脳に浮かんでいたのは、願いを込める流れ星ではなく、墜落する隕石であった。…つまり…嫌な予感は的中する。
「これで…解決…ですね…」
一つの球体を追うように二つの白い玉が現れ、空には三つの穴が開く。
どごんっっ
火災のせいで開けた空間に、二つの移動用ポットが着陸する。最悪なグレードアップのおかげで、もう一度空を飛ぶエネルギーを残している。
「………そう、たしかに、ポットロボ?も改良されてるって聞いてる…うん。」
ホープハートは星崎花子に戻る。パッションハートと比べ、変身の回数を増やすことは大きな負担に繋がるものの、日の光が入らない移動時間中は変身体維持の負担が上回ると判断した。
「奈々子ちゃんは空いた時間にマニュアル読み込んでたの知ってるし、いきなりの本番でも使いこなせると思う。絶対。」
ポットの下部から、支えの足が四本起動し地に深く突き刺さる。機体を安定させ、底部が円形に開く。
射出エネルギーは二重に仕掛けが施されている。研究所からの出動と比べ、二度目の射出には積み込まれている動力のみに頼る必要があり、魔法少女の力を利用して実現可能の技術と化した。
「あと、これは関係ない話だけど、今日はバス移動で旅行って予定だったし、一人で雰囲気もない移動は少し…思うところあったりするでしょ?」
空気が噴射する音とともに扉が閉まる。口は止まらないものの、慣れた手つきで発射態勢に入った。
「文句言いながらスムーズにシートベルト閉めたな。」
「最後の方は閉じる音で聞こえませんでしたね。」
「そこに触れない…あの子もすごいわね…」
パッションの爆発によりポットは空高く浮き上がり、搭乗部を機体内で動かすことで重心をズラし角度を生む。二重目の仕掛けはラブのビーム。ホープの力の流れを模した機体の掘りが、風の抵抗を最大限に抑えて、ビームの勢いを増す。
突然、座る椅子が動き出した。愛衣れいなの眉間には深い深い皺が寄り出す。ポット内のカメラには鬼が映っていた。
パッションは炎を放出することで、空を飛ぶことはできない。脚部の放出で落下を抑え、対空時間を延ばし、爆発で進行方向を操る。
「パッション!残り30メートルっ!…20…18…」
「燃えないぞアレ!」
「今は距離を取るの!急いで!!」
切り離しても効果は見えず、また一つの波と化すのみだった。蒸発を試みるが、沸点が高いのか意味をなさない。パッション、キュリオ、ギャル子の三人は逃げる選択肢しか残されていなかった。
「さっきの危険探知機みたいやつ使えし!」
「さっきから反応無い!たぶん試作機だと思う!!」
どっ、どうするし…マジやばい…こんなのが出るなんて誰も予想できないじゃん。…こんなの…こんなの…
「…こんなのってないし…」
「え?何か言ったか!?」
見つけろ…アタシの故郷っしょ、何か…何かあるはず!ただのお荷物なんてごめんだし!
アカは炎…… ナナ子は探索系……
周りは森…先に公園……
「弱点とかないのかキュリオ!」
着地。衝撃は爆風をもって和らげる。抱えているは一般人だ、魔法少女の感覚で動き回れば、骨の一本や二本軽く折れてしまうだろう。
消火栓…… 自販機…… トイレ……
住宅街…… 温泉……
水脈……
ギャル子を庇うため、放り出されたキュリオは、転がることで衝撃を逃す。服についた泥を叩きながら、パッションの後ろを走る。
「利用されたのは人間の方!!それだけの知性があるし、流れてるのは全部身体!核を見つけて!!」
………全部…身体?
「それって役割が違うってやつだろ?」
「んー!もう!わかってるよごめん!!」
おかしい。人間を利用できる知性を持ってる…らしいし、これはマジありえんし…。
「粘度もない身体でっ、速すぎるっ、はぁ…はぁ…」
「そうか?サラサラの方が速そうだろ!」
大口は開かれる。上下に乱立する巨大な歯は、猛禽類の爪のようで…海から襲いかかるはずの鮫が、海そのものになって襲いかかってきた…そんな印象を受けた。
キュリオは冷静を保っている。鮫のようなソレに、大した意味はなく、畏怖の感情を湧き出させるだけのものだと分析。形が変わっても、硬さは変わらない。これから受ける攻撃は、溺死か圧死か…生み出される結果はこれらが良いところだろう。
「ねぇ!もしかし
「来い!!」
ギャル子は、パッションの身体で何が起こったか見えなかった。口を開いた瞬間、巨大な影が三人を飲み込んだ。身体を揺らた振動に続く苦しみはない。
間に合わなかったと脳裏によぎった時、人工的な光が周囲全てを照らし出した。
「ポットロボW・Mーーー起動!!」
魔装兵器ポットロボW・M。魔装兵器ポットロボWが大きくなってリニューアル。硬さと機動力、精密性の向上。従来の二倍にあたる武器を搭載。負傷した仲間を乗せるため、搭乗スペースに足を伸ばせる空間が生まれた。戦い守る司令塔キュリオハート爆誕である。
「駆動変形!」
紙一重で先に到着したのはポットロボ。搭乗口を開き、着陸と同時に三人を飲み込む。目を閉じてもハンドルの位置を把握できるキュリオは、既に次の行動へ移っていた。
「潜水モード!」
「うおおお!変形したぞー!!」
可動アームを体内にしまい、両脚は一つに合わさり、先に着いたタイヤが横回転。先の見えない波の中を泳ぎ出した。
メインカメラに映る景色は一色であり、流されているのか、泳いでいるのかはキュリオにしかわからない。機体についた小さな気泡が、進んでいることを理解させる。
「それで!?」
ペダルを踏み込むキュリオの足元に転がるパッションとギャル子。
目線を逸らさずに話しかける。
「なっ、なんなんだし…」
「思いついたんでしょ!?現状を打破する作戦をさ!」
「はっはっは!この中じゃ一番頭いーからな!」
ただの頭の良さなんて…通用しない場所なのに、こいつらは…っ!!
「とーぜんだし!!作戦名:ドボンでバラバラ大作戦…開始だし!!」
「ダサっ!」
「ダッセー!」
爆薬粉を底部から散布。擬似鯨の潮吹きで真上に脱出。空から敵のおおよその体積を確認した。
俺は特殊部隊員だった頃から、特殊魔装部隊員なんてものになった今に至るまでろくなことがない。気づけば隣のやつが死んでいて、手持ちには何とも頼りのない武器。
心の底から震えるんだ。身体のどこが震えてるなんてわからない。足先から凍っていくような寒さが気になって、土煙を飲み込んでも咳が出ない。
そんな頼りのない武器で倒しちまう奴がいた。機能を失った棒切れさえも武器にして、人を救う奴がいた。……なんでだよ。
「くそっ…俺が悪いことしたかよ。」
そいつらが抵抗もできずに倒される。黒い波に呑まれて、空から落ちてくる。俺の真上から落ちてくる。…知っていたさ。俺より強くても、結局は同じ人間だ。
ぽたぽたと頬に跡をつける雨粒は、ベタつきもなくて、綺麗だった頃の地球の雨だっていうなら信じてしまいそうな…嫌な気持ちはしない。
「あぁ。本当にろくでもない。」




