第五十四話
ジャージ姿のギャル子の後ろ姿を見ていると、これから体育の授業があるのでは?と錯覚する。好きじゃなかったけど、行き帰りのたわいない時間は好きだった。
「なぁ、男女混合の体育ってもう無いのか?」
「来月のサッカーは混合あったはず。」
「混合なんていらないし。前回のバスケひどかったじゃん。」
「はしゃいだ挙句にリング壊したやつ?」
「最高だったよな!はっはっはー!」
「「もう一回怒られろ!」」
バレーのレシーブをするようにジャンプをアシストしてもらい、二階相当の高さからダンクシュートした結果、バスケットゴールを壊した事件。通称:Wゴリラダンク事件である。唆したのは、笑っている虎野朱であったことは、本人によりバラされ、出頭するかたちで反省文を書いている。
テスト前なんか、毎日のように言い争っ……切磋琢磨していた。
「アカナナさぁ…もう一緒にテスト受けたら?マジで。」
「必要ない。結局暗記なんでしょ?」
「暗記しても点数上がってないし。古文漢文しか上がってないし。」
「…何が言いたいのよ。」
「はぁ。撤しきれてないんじゃん?作者の意図がーとか、出題の意味がーとか、余計なことばっっか考えてるから、時間に追われて変なミスすんの。」
「え゛?テスト時間って余るもんだろ?」
「ふんっ、余計なお世話。感覚で解くのが癖になる方が、致命的なミスをするのよ。」
「え゛え゛っ!負けてるやつが言うセリフじゃないぞ!」
……
「ほら、アカが余計なこと言うから、ノートに'総合力'って書き続ける悲しきモンスターになっちゃったし。」
「無言の圧力って、相手に良心が無いと意味ないよな。あっ、今週の特別メニュー見たか?」
「えー、確か、名古屋城に降る雪山丼…だっけ?」
「そうだ!鳥天とタルタルだぞ?腕が鳴るな!」
私立日向峰高校には、テストの点数によって食堂で割引サービスを受けられる仕組みがある。
カリカリと続いていたペンの音が止まる。
「今回の指定テストは数学だけどね。」
「………はっはっは。別に数学科目ができないってわけじゃないぞ!」
住宅街を歩き、目の前には先程ぶりの自然が広がっている。飛んで行った道を戻ったことになる。
「まーった、変なこと考えてんな?蜂にでも刺されるぞ。」
「この季節に蜂がいるわけないじゃん。」
「マムシの報告はされてるけどね。」
「田舎はどこも同じような悩み抱えてるのね…」
「それで?何考えてたの?」
「ちょっと思い出してただけ。…あの時の朱ったら、英語は数学科目だって理論を無理矢理こじつけてて…ぷぷ。」
幅の広い坂道を登っていくと、バスを止めていた駐車場。現在バスが何処に止められているかはわからない。
「ぶはっ!っっ、後には下がれない感じが、またねっ…ぷぷっ。」
「わかった!!高跳び嘔吐事件とカブトムシパンツ事件の話もしよう!そうしよう!!」
高跳び嘔吐事件とは、走り高跳びに失敗した榛名奈々子が、干された布団のような格好で嘔吐した事件である。ゲロ滝事件とも呼ばれる。
「皆んな落ち着いて。いつ戦闘になってもおかしくない。」
カブトムシパンツ事件とは、水溜りに尻餅をついたギャル子が、更衣室にパンツを干したらカブトムシが張り付いていた事件である。妖怪樹液女事件とも呼ばれる。
「たぶんこっち。左に行くと反対側の住宅街に出るだけだから。」
「急に真面目になっても遅いぞ!」
カツカツと音を立てる、踵を押し付けるような歩き方は、魔法少女になってからだと聞いた。朱ちゃんは、つま先で地面を掴みながら歩く。各々の戦闘スタイルに適した動きが、日常にも現れているのだ。たぶん。
私自身は何かが変わった気はしないけど、自分のことは自分じゃわからないもんだ。きっと、昔の私が見ればおかしくなっているのだろう。
「れいな姉ぇ〜、お菓子あげる〜。」
両手両脇、ポケットにまでパンパンのお菓子を抱えて歩いてくる。ひょこひょこと可愛いが、缶ジュースもあるため重そうだ。
「何故被災された方々から、食料を奪い取ってきてるのでしょうか。」
「違うよいっぶ〜、貰わないと話が進まないRPGの世界なんだよここはねぇ。」
「は、はぁ。よくわかりませんが、前野さんに雑務を押し付けてしまっているので…私がいないところで危ないことはしないで下さいよ?」
「わかってるよぉ〜。」
「もっ、勿論です。」
伊渕は住民に囲まれる前野に向けて早歩き。右手に持つタブレットには、チラリと見えるだけでも黒いほどの文量が確認できる。
ついに話しながら片手で報告書を書き始めたか…いっぶーもまた、人間をやめてしまったなぁ。
「頑張って聞き出しても、若いもんがーとか、前からおかしいと思ってーとか、そういう話が始まっちゃって…聞き込みの成果は無いんだ。伊渕と立ち尽くして今だよ。」
燃え移らなかった花壇の塀に腰を下ろす。何処から出したか、大きくて真っ白なハンカチを広げお菓子を積み上げる。
数多あるお菓子の中でも数が多い、寒天のようなフルーツゼリーを拾い上げて封を開ける。
「そうなんだぁ。奈々子と朱はギャルの人と一緒にさー、来た道を歩いて行ったよー。」
砂糖のかかった煎餅や、甘塩っぱい飴を手で避けながら小さなマドレーヌを引っ張り出す。さりげなく、ブラウニーやらバームクーヘンを自陣へと寄せ、お菓子の山が勝手に崩れたかのように、そそられないお菓子を愛衣れいなの近くへ運んでいく。
「蒸し返すようだけどさぁ〜、やっぱり久しぶりの再会だから許可したの?」
「ぶふっっ!」
噴き出された桃ジュース。缶には目と口が描かれた桃のキャラクターが、頭部で手の先を合わせている。吹き出しには'美味しさOK!'……星崎花子は、見知ったブドウの缶ジュースを左手に持っている。
「…別に…私だって…」
襲撃の位置だって正確じゃ無い。特定できたって、猫型やリバティーのように、移動に長けた能力を持ってたら間に合わない。…人は死ぬ。……魔法少女だって…死ぬんだ…。それが良いとか、悪いとかじゃなくて…そう、事実なんだ。
「れいな姉ぇ?」
私達の精神状態保護のために、親しい人や親族を贔屓に守ってくれる。とってもズルいと感じちゃうけど、突っぱねる勇気は無い。…でも、圧倒的な力の前じゃ…何も意味はないんだ。猫型に意思がなければ、リバティーに心が無ければ…皆んな死んでいたんだ。
「………」
…こわい。大切な人達が、大切を失うことがこわくて仕方がない。たぶん、繰り返すんだ。これからもずっと。…だったら、諦めちゃダメだ。心に残せるものがあるなら、危険があっても取りに行かなくちゃダメだ。私にだって、私の大切を守るために必死になってくれた人がいるんだから。
「れいな姉ぇ!!」
ぱちんっ
両頬に痛みを感じる。真っ直ぐ見つめる目と、小さな手は、一つの間違いもなく、私に向けられている。
「私の大切は未来だよ。」
満面の笑みで応える彼女の慮る心は、水面を揺らさず目を覚まさせた。
「えっ……」
「聞こえてるよぉ〜、結構慣れてきちゃった。」
「ご、ごめん…」
「謝る必要が無いなら謝るな、だよ?お父さんが言ってた。」
お父さん…確か、政治家なんだっけ…。
「れいな姉ぇはさ、はしゃいでる方がいいよっ。大人だからとか、歳の差とか、そんなの気にして大人びてるよ。無理しちゃってるぅ〜。」
…ん、全部歳のことだね。
「そうだね…でも、頑張るって決めたから。」
「頑張るのと、責任を感じるのって違うと思うけど、大人の世界じゃ同じなのぉ?それって、ちょ〜めんどくさいねっ!」
「そうかも。でも、私って不器用だから。全部まとめて頑張ってみるよ。」
んー…これは、重症だなぁ。奈々子が心配するのもわかるかも。それで、何とかしちゃうから、自分が苦しいのとか無視しちゃう…のかな?
まっ、花子にはまーだわかんないでしょ。経験が足りないのよ、経験が〜。
くっ、ほとんど歳変わらないくせに〜。…経験は補うもので、頼るものじゃ無いって…これも借り物の言葉だけど…そういうことだもんっ!
「…私のお父さんはね、未来を見通せって口癖があって、私が生まれた時には政治家だったんだぁ。それで、市長になったと思ったら、地域復興には足りんっ!とか言ってさぁ〜。」
花子ちゃんは、幼い時の家族のこと、人格形成の礎となった過去だった。
「それでさぁ〜、講演じゃ伝わらんっ!とか言って、ネットに動画出してみたりぃ、SNSやったりとかねぇ。それでそれで、一部の人が星崎家って称してたらしいのっ。ほら、お父さんが家族とか身内のことを例にして話すからさぁ。」
「あー、それで、星崎家の子って言われてたんだ。」
「そうそう、ギャルの人にね〜。んでさー、それがお父さん嫌だったみたいで、私の勝手に家族を巻き込むでないっ!名を名乗れ!…みたいな?知らないとこで暴れてたみたい!」
「家族想いの良いお父さんだね、素敵だと思うよ。」
花子ちゃんの暴れるマネが本当だとすると、お父さんは怪獣か何かだけど。
「…うん。家族の時間は少なかったけど、寂しくなかったかなぁ。…だから、私もみんなを導いて、未来を守るお父さんみたいになりたいの。」
身体を左右に揺らして落ち着きが無い。少し、羞恥がある話のようだ。
「なれるよ。花子ちゃんなら、絶対になれる。…ううん。ならなくちゃダメだよ。」
「…ありがとう、れいな姉ぇ。」
父のようになりたいか…お父さんもお母さんには、自分のようにならなくていい、楽しく生きられるように頑張る、それだけでいい…なんて言われてきたしな…尊敬はしてるけど、なりたいとは違うかな。
「れいな姉ぇ?」
「んっ、どうしたの?」
「れいな姉ぇのさ、大切ってなぁに?」
私の大切なもの…
「私の大切なものは…」
「あらやだ、こんなとこにいたの。」
花子にとっては見覚えがありすぎるおばあちゃんは、腰が曲がっており、年季の入った杖をついている。しかし、見た目とは裏腹に、元気な声と両手に何かがパンパンに入ったビニール袋を持っている。
「まったく、これじゃ足りないでしょ。ほら、お菓子だよ、お食べ。」
中身が割れることを考慮しないばら撒き方は、崩れかかっていたお菓子の山を、再び山たらしめる。
「おばあちゃん、もうお腹ぱんぱんだよぉ〜。」
「何を言っとるか、子供に満腹なんて無いんだよ。ワシの孫は両腕で抱え込んでたわい。」
「お孫さんの必死なアピール受け取ってよぉ〜。」
「この地にある神社を巡り巡って、よく食べるようにお願いしとる。孫の可愛い顔が見れるなら、足が痛くても山だって超えてみせるね。」
「狂気ぃ〜。せめて車使ってよぉ。」
「高齢の運転は危険なんだよっ。免許なんて返納してやったわい!ワシの孫は優しいんだよっ。」
「素敵なお孫さんですね。」
「あんたも食べなさい。大きいんだから、もっと食べるだろう。今度からは、二人の分も神社にお願いしとくからねっ!」
「絶対取り憑かれてるよぉ。れいな姉ぇも無理して食べるしさ〜。」
「そういや、最近困っててねぇ。あの若もんらが、神聖な神社にゴミぃ落としてくんだよ?信じられるかい?」
「……集まってたってこと?」
「れいな姉ぇ、これって…」
「どうしようもない子たちだよ、全く。最初は珍しい熱心な若もんだと思っていたのにねぇ。」
「おばあちゃん!その神社どこ!?」
「なんだい、大きい声出して。そこの中腹に公園がある小山の中だよ。駐車場から脇道入ればすぐってんだい。」
奈々子ちゃん達が行った方向だ…お友達のペースに合わせてるなら、例の神社の近く…か?
ピーーー……
「繋がらない…?」
「ねぇ、おばあちゃん。他に神社で変なことなかった?」
「そうねぇ…最近はめっきり減ったはずなのに、やたら動物?の鳴き声がうるさくてねぇ。溜まり場になってるのかしら。」
うるさいほどに大きな声…まずい…これはまずい気がする。
「伊渕!!!通信が途切れてる!!!」
辺りの人間が全て振り向くほどに大きな声で、伊渕に現状報告。
バタバタと、走る音が近づいてきた。
「無理です!これは通信機器の不調じゃありません!」
走りながら叫ぶ。通信が切れていた事実のみから推測し、必要とされる答えを選んで発する。その意味するものは、寝ている若者から漏れ出していた黒い靄であることに、間違いはなかった。
「れいな姉ぇ、私が直接行ってくる!」
「やめとけ。二度目の変身はリハビリじゃすまん。」
息を切らす伊渕を追いかけてきた前野が口を開く。状況把握はお手の物だった。
「大丈夫!今日は天気いいもんっ!…ゲート〜おーっぷんっっ!!」
ゴロゴロゴロゴロ…
雨か雷か、もしくは両方か。不運を孕んだ黒い雲が空を覆う。寄生生物が降り注ぐ際のものでは無い。不運…山の天気は変わりやすい。
「…嘘でしょ?」
光は閉ざされた。
駅ビル、屋上、全熱交換器の開かれた扉の前で、二人の人間が腕を組んでいた。五階ほどの高さにも関わらず、背中に吹く風は熱気を帯びていた。
一階、喧騒の渦の中、武器を構える人間達。銃声の後に悲鳴は続かず、ただひたすらに、地を跳ねるミノムシが如き人間が量産されていく。肺に入る空気は鋭く冷たい。
ピーーー……
「拙者の勘は正しいと証明されたわけだが、前田殿?これはなんだ?」
α隊隊長であり、無敵の女ザムライ心地呼夢が指差す先には、流動的でボコボコと気泡が膨らみ割れ続ける摩訶不思議な泥。
「寄生されし物には間違いないとして、通信阻害ができる個体なら強個体のはずですよ。」
「…そんなふうには見えんのだが…人間相手の嫌な仕事はγ隊に任せてしまったからな。」
隊長と副隊長で向かって、平隊員でも容易い雑魚だとしたらサボっているようで調子悪い。なにより、前田殿の機嫌が悪い。子供達に野球を教えていた時など、拙者も見たことのない笑みを浮かべていたはずが!今は仏頂面である!…強敵と戦ってすっきりとしてもらう策だったのだが…これは…うむ。
「…あのですね、これは異常事態なんすよ。緊張感ってやつをーーー
反応速度は鍛え抜かれている。武器持ち寄生されし物の一撃を見抜く力は、如何なる攻撃も視界に映すだろう。
二人は見えていた…しかし、避けられない。それが攻撃だと判断できた時、視界は既に黒が埋め尽くしていた。
「…ゼツ…ボウ……湧いテ…育てテ…素敵な笑顔デ…繋がろウウウウウウウゥ……君の味方ダ…皆んな同じになルウウゥゥウゥ……」
巨大な泥の波に攫われる。聞こえないはずが、不気味な声がクリアに脳内で響く。
それは、安堵の気持ちを呼び起こした。
「大丈夫です。何があったか知りませんが、今のキュリオに不意打ちは効きませんよ。」
前野は三人が向かった小山に目を向ける。
「嫌な予感がする。助けに行かなくちゃ駄目だ。…奈々子ちゃんに不意打ちが効かないのも嘘だし。」
「う〜ん…うん!車よりは速いと思うし、今なら間に合う。」
クラウチングスタートの構えをするホープハートが纏う光は、通常時と比べてか弱い。
「だから、大丈夫だって言ってるでしょ。」
ー危険 ヲ 予測
それは、電子音なのに、懐かしいほどに聞き慣れた'声'だった。
「……静…香?」
「今のキュリオには、触れることすら至難の業ですよ。」




