第五話
ビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチビチ
ホープハートの頭上で、円を描くように回遊するは巨大な魚を形作るイワシの魚群。大きさにこだわり、その実、中は空洞であり、一尾のマグロが泳ぐ限りである。主な攻撃手段は至極単純な体当たり。ホープハートにとって、最も苦手とする力のごり押しだ。
ヴォアアアアアアアア
発声器官を持たないそれから出る音は、空気を震わせ一帯の住宅からガラスが飛び散る。皮膚を切り裂く透明の刃を回避、回避、回避。
「見えてるよ…」
背後から超速力で突撃するイワシ。マグロと変わらない動きから、合体の意味を知る。ガラスの反射で一時的に死角の無い状態が続いたが、一呼吸ほどの時間で足場に落ちる。パキパキと靴でガラスを割りながら見定め、狙い、撃つ。非常事態を知らせる煙弾は、イワシの体の隙間を抜けマグロに命中。赤い煙が体から噴き出るが、ダメージは無い。
「狙えるね。なら、これに賭けるしか選択肢無〜し!」
ラブハートが苦労した魔法少女の力のコントロールを、ホープハートは完全に我が物とする。目に集中させれば視界は広がり、さらに集中させ続ければ視界はスローになる。その分、身体を覆う力は削られ、無防備な状態ではあるが、攻撃を最速で観測し、脚への集中に切り替えられるため、問題が発生したことはない。この力を完全にコントロールした状態を衣という。現在、使いこなせるはホープハートとパッションハートのみである。
ヴォアアアアアアアア!!!!
自身から噴き出る赤煙が飛行機雲のように空に広がる。地面に向かい一直線に延びるそれの終着点はホープハートである。ホープハートがいた場所は、まるで隕石が落ちたかのようなクレーターが形成される。十分な回避をしたはずのホープハートは、衝撃波によって目標地点より大幅に遠くへ飛ばされた。その距離、実に五km。身体にかかったGは人間に耐え切れるものではなく、呼吸を不可能とする速度である。
「ふーっ…はぁ〜〜…ふーっ…はぁ〜」
なんでかな〜…遠くから見てもデッカい魚だー。遠近法ってばサボり気味なんじゃ無い?…冗談考えてる暇はないか。呼吸を整えたら一撃で倒す。むしろ二撃目考えてる余裕はないね。ほんと。この一撃が通るかどうか…ううん、弱気になるな私!ふれっふれっ私!
「私はやればなんでもできる子。…なんだか、ら!」
走り出したホープハートは加速し続ける。核を破壊するには限界を超えた力をぶつけなくてはならない。それがどれほどの力であるかは理解できていない。できることは…速く…速く…ただ速く。ホープハートの一番の武器。最高速度に到達する直前で、先手を打ったのはイワシ。イワシの数は視界の数。故に死角無し。ホープハートの突撃を目で捕らえ、分離したイワシは六角形に広がり視界を覆う。影になり、ひんやりとした空気が肌を撫でる。太陽が遮断されたからか、何かの予感か。ホープハートは止まらない。超高速で駆け抜ける。行手を阻むそれが地につく直前に、六角形の角から角の隙間を…抜けた!元より小柄のホープハートだが、今は半分ほどの体格に見える。低く、低く、空気抵抗を無くし続ける。
「いち…にの……」
巨体からゆっくりに見えるイワシの動きは体当たりの予備動作。ホープハートは目と鼻の先までたどり着く。
「さん!!!!」
極限まで脚に集中された衣は白く輝き光の線を引く。イワシへ一直線に延びた光は体内へ続き、マグロを捉える。
「ホワイトフラッシュバーーーン!!!!」
ホープハートの細剣はマグロの核に突き刺さる。剣先が核に沈んでいく…ゆっくり…全てがスローに見えるほどの体感速度。よかった…そう思った瞬間ーーーーマグロが笑ったように見えた。
ヴォアアアアアアアア!!!!!!!
大地を揺らす声の出所が判明する。同時にマグロの全身から赤い煙が噴き出て、ホープハートは体外へ吹き飛ばされる。変身は解かれ、星咲花子はただの少女に戻る。視界が揺れ、体の自由が効かず、地面に向かい落下していく。わずかに残った聴力には、マグロの笑い声が張り付き不快感が残る。反して、回転し続ける頭では思考が走る。ホープハートは自身を意外に思った。死に直面した時、仲間のことや両親のことを考えているだろうと勝手に思っていたが、頭の中は敵のことばかりで埋め尽くされている。
核にダメージは通った もう一度…
何か変化は?
合体ではない吸収
新しい個体? イワシがマグロを吸収…違う
マグロの意思が残る
動かない
反撃を 無理だよ
もう無理 反撃…
はん…げき… …き 限界だよ
諦めようよ 次は…
無理だって
無い…?
………
……
…
「……まだ…」
「まだ…頑張るんだもんっ!!!」
細剣の柄が光り、点滅する
ーコードネーム'ホープハート'
チカラヲカイホウセヨ
「ゲート〜おーっぷん!!!!」
ーキボウ ヲ シメセ
「光り輝く!希望を皆んなにプレゼント!魔法少女ホープハート!」
再び変身体となったホープハートは華麗に着地し、足下からはパキパキと音がたった。落下するホープハートは以上なほどの日の光を吸収していた。足下に広がる無数の光り輝く透明の刃が原因である。ガラスからガラスへ、反射し続けた光は運命的に落下するホープハート目掛けて投射されていった。眩い光に包まれたホープハートは剣を構える。
「私が勝つまで付き合ってもらうからね!」
ヴォアア、アア、アアアア…
優雅に回遊する姿はそこには無く、ふらふらと蛇行している。何かに抗議するように赤煙を噴射しながら向かってくる。
「そりゃーそうよね。核に剣突きつけられて平気なわけないよ。」
多少回復したとはいえ、けっこーボロボロなのはわかる。んー、どうしたものか。同じ手は効かない……か、な?…いやいや、一か八かは無策と一緒。確実に仕留める策は…何でこういう時にキュリオがいないの!?通信障害なんとかしてよー魔法でさー。
ヴォアアアアアアアア!
以前までの速さはなく、自重で落下するような体当たり。補うためか、後方から赤煙を噴射しつつ速度の足しにしている。ホープハートは安全に距離を空け、約二km先から眺める。
「速度は出なくなった、硬さは変わらず、視覚は三百六十度健在…イワシの目は私を追いかけてたから間違いないーはずっ……ちょっと待て、待て待て待て待て…きたかも、突破口!」
イワシは体を持ち上げ、円を描きつつ上昇していく。その頃ホープハートは空き巣になっていた。
「借りてくだけだからね、ほんとだよ?」
民家に入ってはカーテンを引きちぎり持ち去る。引きちぎり、持ち去る、引きちぎり、持ち去る。繰り返すにつれ、ホープハートは高速移動する布玉のような見た目になっていた。そんな奇怪な生物は再び敵前に立つ。
ヴェア ア アア アア アアアア!!
「ふーっ…覚悟できた…あとは迷わず!ええーいままよー!」
イワシの側面に回り込み飛び上がる。幾千の目玉が一挙手一投足を追う。衣の集中により、イワシの真横にまで飛び上がったホープハートは睨まれつつカーテンを空中にばら撒く。姿は一枚隔たれ、目視出来ずとも、イワシの目は冷静に影を追っていた。しかし、最後に上手だったのはホープハート。
ーー光り輝き 影を消す
「ホワイトフラァーーーッシュ!!」
大半のイワシをホープハート側に集中させ防御を固める。何十にも重なったイワシの胴体には刃は通らず、先端が突き刺さる程度であった。ひらひらと落ちていくカーテン。光が収まり、イワシの視覚にホープハートが映る…ことはなかった。突き刺さっていたのは、どこから盗んできた(借りてきた)のか長い包丁。マグロを解体するかのような…長い包丁。防御に集中したことにより、もはや魚の形を保ってはいない。
「やっぱり。見えてないんでしょ、核のマグロは。見えてたら、最初の一撃も入る前に防げたはずよねー。」
体内であった場所で回遊するマグロ。突き刺さった包丁とは反対の方向にホープハートはいた。気づいたとしても、イワシを元に戻す時間はない。
ーーーー光が差す。
「これで終わり!!」
ホープハートの細剣が一直線に核へと辿り着く。
「ホワイトフラッシュバーーーーン!!!!!」
ヴェ ヴェ ヴェ ェ
核を細剣が突き抜け、イワシは先から崩れ落ちる。全てを出し尽くしたホープハートに華麗な着地などできるはずもなく、受け身を取りつつ民家に落下した。懐かしくも、落下した場所は蟹に攻撃を受け突っ込んだ全壊手前の民家であった。正確には民家跡地とも呼ぶべきか、木材散らばる中で、ベッドに落ちることを成功させた。
「勝った…けど、蟹くっさ〜…」
第二回襲撃日魔法少女評価報告書
ホープハート
・活動範囲内の寄生されし物を全て処理。
・任務の完遂。
・寄生先の特性を使用する寄生されし物を発見
・他の寄生されし物を吸収する新個体を発見。
・最高速度の更新
・γ隊との協力
・個人戦闘能力評価 大幅加点
・連携戦闘能力評価 ーー
・同時対応可能敵数 大幅加点
評価 A+