第五十三話
暴徒化した人間達は、力任せにちぎった消防車のホースで縛り上げられていた。既に暴れる様子はなく、静かな呼吸音のみ。
「…これは……ふふ…人間は面白いですね…最高…」
黒い靄は時間が経つほどに放出量が減っていった。ライトに照らされた眼球の後ろに、少しばかりこびりついている。
火災の原因は放火である。監視カメラで状況を見ていた警備員は、暴徒化した人間達が火をつけて周り、止めようとした従業員を襲い出したと話す。
死者はゼロ人。怪我人は多いが、重症人は火災の中、逃げ遅れた従業員だけである。
なんでも、十数人の若者が、日夜騒いでおり、時には奇声をあげていた等の報告が相次いでいたとのこと。対策について、利用者と管理者、一部の従業員は、たまたま話し合いの最中であったことから難を逃れた。取り残された一部の従業員は、怪我や呼吸器系にダメージが残っているとはいえ、治療をすれば後遺症も残らないと診断された。
騒ぎを起こしていた若者が、今回の放火、暴行事件の犯人であることは明白だった。
「あ、あぅっ、あっ、あっ…」
「…ゆっくり…思い出して…楽しいことでしょう?…夢みたいなことでしょう?」
一人の拘束された女の子は、シェンの呼びかけに応えるように口を動かす。
「わたっしっだけっ、あっ、なぐっ、血があっ、楽しくてえっえっ、」
「それで…それで?…気持ちがよくなるの…かな?…」
「こわれふっあっ!きもちぃいいっ!のがああ!!」
意識は途切れる。恍惚とした顔で、口からは涎が垂れ、口角が限界まで上がっている。
「患者の数と容態は伝えてます…そこの救急車両まで運んであげてください…」
「流石うちの医療班!頼りになりまくり。」
キュリオと消防士、合流したパッションは各々逃げ遅れた人達を背負っている。振動を与えないよう気をつけながら駆け足で運ぶ。背後では、燃えた旅館のどこからか、崩れた音が鳴り響いた。
「それで、シェンさん。何かわかった?」
「…シェンにしてください…医療中に'さん'は邪魔です…」
「…シェン?」
「はい…それでわかったこと…ですか…ふふふ」
「あ、ちょっとここではっ」
伊渕の静止は間に合わない。
「これは人類の進化ですよ、ふふふ。この人間達はこの世に生まれ落ちた新たな多幸感に包まれていたわけです。違法なドラックとはまた違います。エンドルフィンですかね、そうです、エンドルフィン、いや違います。ネオ・エンドルフィンとでも言いましょうか、そうしましょう。エンドルフィンはドラックなど使わなくても、脳内麻薬として分泌されることだってありますよ、そうですよ。人間が受け止められる多幸感ですから、変なもんじゃないですふふふん。こいつらは、自分の体内から自然と新たな合法で最高にクールな脳内麻薬の壁を壊し限界突破副作用なしの無敵状態を作り出したのです。」
「これは…」
「起きたら残るは最高峰の多幸感に包まれていた事実のみのはず、そのばすです。中毒性などありませんよ、そうなんです、間違いない。では、何故そんな状態になった、いやなれたのか、わかってることですね、黒い靄が原因です。どこで手に入れたのでしょう、滅びた寄生されし物から採取したのか、不可能不可能不可能。つまるところ、生きたまま寄生されし物を保持してるクソガキがいるわけです、こわいこわい。削って湧いた靄を啜ると人間はどうなるのか、そう、証明してくれましたね、これが結果ですよふふふふん。人間が寄生されし物の細胞に適合できないと爆発することは知ってますよね?魔法少女になれなかった者の末路ですよ?知ってましたね。そんな人間が勝手に内から爆発するエネルギーを持ってるわけないわけですから、それは寄生されし物のエネルギーなのですよ。爆発させるほどのエネルギーがまるまる幸福感に変化していった!それが今回の事件の全容ですよ、そうですね。」
「私の手術中に見た光景だ…っ!」
「寄生されし物の靄ってだけですから、爆発もしなければ寄生もされませんよ。脳内が爆発的エネルギーで満たされて最高にクールな状態を味わうわけですが、そうですね、気づいたのでしょうね、寄生されし物の性質です。破壊、破壊、破壊!破壊すればもっと気持ち良くなれることに気づいたわけです、困りますね、最高ですね。日夜騒いでいたのは寄生されし物の黒い靄を啜っていたから、暴れ出したのは、性質に気づいたから、間違いないでしょうね、そうですね。この女の子は少しばかり適性があったようです、だから、最後まで意識が残っていたのでしょう、そうでしょう!」
「なっ、なによそれ…ってことは、化け物を飼ってるやつがいるの!?…ふざけんな。そんなやつアタシがぶん殴ってやる!」
話を聞いてしまったギャル子は声を荒げた。
「自分達が気持ち良くなりたいからって、そんなこと許されない。自分勝手よ…こんな姿になってるのも、自分だけ幸せになろうとした結果よ!」
身体の至る所が鬱血し、シェンは副作用などないと言ったが、彼らの姿は人間らしさが欠如している。
興奮しているギャル子の両肩に手を乗せて、じっと顔を見つめるシェン。
「人間は幸せを追い求めるけど…それは、幸せの感覚から逃げられないだけよ。」
先程までとは違い、落ち着いている普段通りのシェンに戻っていた。
「それもまた人間…だから…否定しないであげて……」
「後で始末書を書いてもらいます。」
「…煙草吸ってくるわ……」
シェンとすれ違い榛名奈々子と虎野朱が合流する。
「…何かあったの?」
「何かはあっただろうな!はっはっは!」
「説明するとねぇー、この人達は生きた寄生されし物を削って吸ってたみたい。死んじゃうとかはないみたいだけど、怖いよね〜。」
星崎花子は見知らぬおばあちゃんに貰ったジュースを飲みながら話す。
「たぶん近くに隠してると思う。捕まえてるってことは、小さくて弱いやつなのかな?早く見つけないと。」
「マジか…全然笑えないぞ!」
「笑ってたのは朱だけ。ゴリ二人は?」
「…二人は老人どもの世話行ってるよ。」
ギャル子が充血した目を擦りながら、顎を動かし方向を伝えてくる。
「ありがとう。魔法少女ってすごいのね…本当に、ヒーローみたい。それで」
「だめ。」
「まだ何も言ってないじゃん。」
奈々子は腕を組む。
「どんなにひ弱でも化け物の仲間。連れては行けない。」
「見知らぬ土地で探しもの?」
「…さっきの火災の中に取り残された人達を、外から見ただけで見つけられた。それが私の力。」
「…そう。だったら勝手に探しにいくだけだし。」
「なんで、急に子供みたいなこと言うのよ。…朱。」
「うぇー、今日は人使いが荒いぞ!」
朱はギャル子に組み合うように襲いかかる。
「おっ、おっ、おっと、」
腕の隙間をするすると通り抜ける。軽やかで自然な身体使い。
「わがままは終わりだ!」
掴み掛かろうと力んだ右膝を見逃しはしない。朱の両肩を掴んで、地面を蹴飛ばす。
「チア部なめんじゃねー!そこら辺の人間に使われてる化け物に遅れはとらないし!!」
朱を土台に逆立ち。さらには右手を上げて奈々子を指差している。おかしな姿とは裏腹に、隆々とした佇まいには凛々しさが感じられる。
パチパチパチパチ
拍手をしてしまったのは愛衣れいな。
「私と花子ちゃんでこっちは守るよ。三人で行けば大丈夫じゃない?」
倒立前転の動きで朱の肩から着地。息の一つも切れてはいない。
「…やっぱり何かあったでしょ。れいなさんは小心者で心配性で自己犠牲の塊で、危険なことはさせないか、一緒にやるタイプなのに。」
「!?」
「的確がすぎるぞ。人を傷つけるのは事実なんだぞ。」
「!!??」
「れいな姉ぇは、おなクラの再会だから気をつかってるだけだよぉ〜。」
「私!きっ、聞き込みしてくるから!困ってることあるかも知らないし!」
足早に去る。途中で伊渕を捕まえ、小脇に抱えていく。一般人を巻き込むことを聞かれてはいけない。
「…いい人ね。掲示板に書かれてる人物像とは似ても似つかないし。」
「魔法少女ってどんな風に書かれてるのぉ?…やっぱ怖い感じ?」
「…まぁ、そんな感じ。多分行っちゃったお姉さんが一番有名かな。アカナナも話題になってるよ。」
「……あれ?」
「はっはっは!花子は速すぎて見つかってないんじゃないか?はっはっは!!」
「んもぅ、笑いすぎー!」
談笑に混じらない魔法少女が一人。
「…で?アタシは行っていいの?」
「…………わかったわよ。」
「そうこなくちゃ。」
「ただし!余計なことはしないでよ。ギャル子は情に厚すぎるとこがあるから、心配なのよ。」
「わかってる。……ところで、変身してるとこ撮っててもいいよね?」
「カッコよくな!」
「ダメに決まってるでしょーーー!!!」




