第四十九話
流鏑馬、笠懸、犬追物…人は、乗馬しながら獲物を弓で射る。はたして、戦場で役に立ったか。役に立ったこともあるだろうが、弓は己の足で立った方が安定もするし、数も多く放てることは明白である。そのために人馬一体なんて言葉が生まれ、理想を追い求めていたのか……銃を握る我々には真の理解は訪れない。
メリットは音。銃声無き弾丸は、歴戦の戦士の頭蓋骨を貫き、死させ置き去りにする。弓矢が発する音は空気を裂く音のみ。弓矢の狙撃に対抗するには、視覚に頼らざるを得ない。
デメリットは、威力、不安定さ、矢数…達人でさえ解決できないデメリットを孕んでいる。籠城しているわけでもない。立ち止まっていれば、次の瞬間には視界が落ちていく世界だ。
ダテダテ…
ひひーんっ
銃を超える威力を持ち、絶対的な安定性、矢は無限。メリットはそのまま、音はしない。
ビルの隙間から隙間へ、心地と前田を囲むように範囲を縮めて駆け回る。蹄が通った跡には土煙が立ち込めた。現実には起こり得ないわざとらしい演出。視界は白く染まっていく。もう、互いの姿さえ見えやしない。
「なんと、理にかなった特性であるか…」
今、弓は理想の世界へ。
ダテ…
「ここ!!」
心地が愛斬破で守った箇所は肺、心臓。胸元で横に持った刀の鞘に弓矢は的中。弾かれ、その場に落ちた。
足なんて生ぬるい。狙うなら臓器だ。心臓さえ狙えれば、少しブレても肺を貫く。裏をかかれれば、死んでいた…が、死んでないなら拙者の勘は息をしているぞ。
「前田殿!三時の方向、蹄の音を聞き逃すな!!」
目を瞑る。視界は全て遮られている、関係ない。右膝をつき、音をに耳を近づける。水滴の一つさえ聞き逃さない。そして疑う。相手が本物の武将なら、戦略さえも上回られている。
……違う。わざわざ視界を遮った。直線で進むから、見えてたら構えである程度狙う箇所がバレてしまう…から?なら、なぜ、安易に弓を射った?射った方向がバレれば、位置を割り出されるぞ……絶対殺せると確信してる一撃を心地隊長が弾いたのか?……俺なら、必ず殺す。一人欠ければ、弓を遠射しておけばいい!
「ここにいる!!」
ダテ
アドバンテージを捨てた一撃。弓での圧倒的な優位を囮にした一刀は、前田の首に向けて振り下ろされる。
土煙から現れた刀と前田は目が合う。スローモーションの世界で、何を思うか。
だろうな。三時の方向じゃない。こいつは、俺のすぐ近くで弓を射った。周囲の地形を把握し、跳弾を弓矢でやってのけたわけだ。しかも、跳矢の音を誤魔化すために、隊長と遥か離れた場所で……神技だ。だけど…俺達も
「互いの場所は把握してる…っすよね。」
「勿論だ。狙うなら隊長の前に副隊長であろう。」
……わかってないんかい。
心地の背中に回した刀と、武将寄生されし物の一撃が火花を上げてカチ合う。腕だけでなく全身で受け止めることで、衝撃を足から地へ流す。
ダテダテダテ
ひひんっ
武将寄生されし物は馬を走らせる。二人は追いかけない。流石のα隊隊長だとしても、馬の走る速度には追いつけない。距離を取りながら弓で攻撃され続ければ、ジリ貧である。
「次の矢がどこを狙うか、わかるか前田殿。」
「わからないっす。」
一射目を防げたことはまぐれである。二射目は通用しないだろう。肩を撃ち抜かれただけで、心地は満足に刀を振るえなくなる。しかし、臓器を守らずに、肩を守るなどという賭けには出られない。
「そうか…拙者達には悪運もついてないのかも知れんな。」
「でも、敵の位置は分かりますよ。」
指差す先には、変わらない土煙。しかし、その奥に奴はいる。反応が通信機に映し出されているのだ。
「隊長は忘れがちですけど、マーカーにも種類があるんですよ。」
それは、ホープハートが以前に使用したシール型の四角いマーカー。
「前田殿もサプライズというわけか。なら、走ろう!」
「了解です。」
半歩先は沈没していて、深い穴に落っこちて死ぬかも知れない。そんは悪い考えばかりが頭をよぎる。看板に頭をぶつけるか、段差に躓くなんてことは、多々ありそうだ。
走ることには理由がある。一つは土煙から脱出するため。武将寄生されし物が、走り囲んだ一帯に限定されているならば、脱する目処もつく。もう一つは、武将寄生されし物を挟み撃ちにするためだ。たとえ、弓矢の達人だとしても、真逆の方向へ同時に弓を放つことはできない。立ち止まっていては、数秒とて生きていられないだろう。
目の前も見えない状態で、全力疾走はできない。つまりは、全力疾走できる二人は常人のソレではない。死ぬこと以外は擦り傷として、走る二人に死が迫る。
ダテ…
動く的には当てづらい…はずが、矢は前田の脳天に向けて落下していた。
「おわっ!!」
遠くで心地の声がする。その後、瓦礫を崩すような音。見えなくてもわかる。転んだのだ。
「隊長!?なにやってんすか!?」
間抜けな声と、転んだ驚きに立ち止まってしまう。直後、頬を擦るように地に突き刺さる矢。一歩進んでいれば死んでいた事実が、悪寒と共に体を駆け抜ける。
心臓が激しく動き出した前田から離れ、派手に転んだ心地の眼前にも、矢が突き刺さっていた。前田と異なり、身体が勝手に矢を回避したと好解釈する。
「「屋内に逃げろ!!」」
同時に発せられた声。シンクロする思考は、タイムラグの無い運動命令を脚へ伝えた。武将寄生されし物の予測をコンマ数秒凌駕し、降り注ぐ矢から背中の皮一枚を外傷とし逃げ切る。
綺麗なマンションのエントランスには、排気システムが起動したままであり、土煙は吸い込まれ、先が見える空気が満たしている。背中を伝う生暖かい血を、冷えたタイルがより感じさせる。
「ここなら…あぁ、何とかなりそうだな。」
開けた入り口から離れ、階段へ向かう。エレベーターは真っ暗なままで、何階に止まっているのかさえわからない。
「心地隊長はコンビニか不動産あたりか?どっちにしろ見えないまま……なんだ…音…?」
住民がいるならば、カツカツとヒールで階段を軽快に降りていたり、杖をついているとも予測できる。目の前の階段を誰かが降りてくる。
「そんなわけねぇ!!」
クロスした腕を両肩へ伸ばす。装着したB6を取り外したところで、音の正体が視界に入る。
繰り返された跳矢は階段を降りきった。意表を突かれ、防御はままならない。勢いで指から離れたB6は、空中で矢と衝突する。
B6が胸部に押し付けられていく。矢は跳ね返り続けて辿り着いた。当然、力は弱まっているはずだと抱いた淡い期待は崩れ去る。
「ぐっ、ふぅ、あ゛あ゛…」
心地が跳ね返した矢、背中を擦った矢。その両方よりも威力が格段に上。導き出された答え…
跳矢している最中、矢の勢いを増す何かにわざと衝突してきている…反発性があるもの…。そんなもん、都合よくあるわけないだろ。……矢だ。矢に矢を当てて勢いを増してやがんだ。クソっ…魔法少女みたいなこと…しやがっ…て……
開かないエレベーターに押しつけられ、骨を伝う軋む音を聴きながら意識は途切れる。肺が圧迫され、酸素が脳に行き届かなければ、根性では解決できない。矢は音を立てて足の間へ落ちた。物音がしない空間で響いた落下音は、前田球児の目を覚ましてはくれなかった。
………
……
…
……………あ?
真っ白な空間。地べたに座っている感覚はあるが、上下左右もあやふやだ。ただ、実家に帰ってきたような安心感がある。日向が気持ちよくて、柄にも無く昼寝をしてしまった…昔の話だけども覚えがある心地よさ。
「肌寒くなってきましたね。ボタンは上までしっかりと閉めなさい。風邪をひきますよ。」
「…母さん?」
母は、言葉遣いに厳しかった。字が汚い時は必ず指摘された。
「おいぃ…せっかく私が作ったんだから、もっとがっつきなさいよ。そう、両手に持ってかぶりつくのがおにぎりだから。」
「そんなことより、塩以外の味付けも覚えてくれませんか?」
野球部のマネージャー。ガサツだが、明るく、声が大きいから皆の士気を上げてくれた。
…すごいな。何もないのに、声だけが聞こえてくる。これは走馬灯ってやつか?…早く目を覚さなくては……何か…やるべきことがあったはず。…走馬灯なら目は覚めないか。何考えてんだ俺は。
「新しいグローブが擦れて白くなってる…。」
「ご、ごめん。俺が借りた。」
いろんなことがあったな…楽しかった、どれも、本当に。
「え!?知…んの?今めっ…流行っ…よ?」
「音楽には明るくないんだ。あと、イヤホンしながら歩くの危なくないか?」
……大きい何かが来る。他の声をかき消して…誰だ?そんな大それたこと…
「お前野……やめ……学……!そう思……。」
「勝つために必要なら問題無い。ただ、皆で勝つために、なら、だ。」
あぁ…思い出せそうだ。自分を信じて疑わない人。信じる強さを教えてくれた人。自分を信じて、他人を想う…繋がりを強く意識させてくれる人。
「拙者は心蝨ー蜻シ螟「縲∽セ阪□縲ゅ%繧後°繧峨h繧阪@縺城?シ繧?縺槭?∝燕逕ー谿ソ?√?繝ュ繝輔ぅ繝シ繝ォ蟶ウ縺ッ螳ソ闊弱↓雋シ縺」縺ヲ縺翫>縺溘′縲∬ェュ繧薙〒縺上l縺溘□繧阪≧縺具シ」
「…あぇ?」
「…斬れ。戦士ならば腹を斬れ。生き恥を晒す気か、お前。」
いつのまにか握っている小太刀、纏うは白装束。剣先を腹部に向ける。何が歯向かっているのか、腕は細かに震えている。
「己の無力を呪い、戦地に骸を置いていけ。」
腿に伝う熱さは涙。忽ちに熱さは吸い取られ冷え切ってしまう。生命が終わる瞬間とは、呆気ないものだと、前田は後に語る。
かきんっ
小太刀は肌に触れる直前、布一枚ほどの隙間を開けて折れる。
「…なんと忌まわしい。呪いあれ…あぁ!呪いあれ!」
……声が聞こえる。
「拙者は心地呼夢、侍だ。これからよろしく頼むぞ、前田殿!…ところで、プロフィール帳は宿舎に貼っておいたが、読んでくれただろうか?」
「な、なんだ…こいつ……」
懐かしくも、思い出すだけで口角が上がる。誰もが想像に至らなかった…真の実力者が、侍を名乗る変な女だったなんて。
…………
「………カハッ、ごほっ、ごほっ…」
あまりにも天文学的な確率。前田を守ったのは、衝動買いされた青いハッピ。
ぱきっ
足の間に落ちている黒い矢は、ひび割れ、風に流されて消えていく。
「少しだけ預かりますよ。無くさないように。」
前田は、腹部を冷やさないようにかけられたハッピに腕を通す。
飛ばされないように置いた石はどうしたのか、偶然風に飛ばされてここまできたのか、魔法少女でも無い前田にはわからない。背中に輝く'誠'は答えない。ただの、青いハッピだ。
何も考えず身体を動かそうとする。いずれ身体は、意識せずに望んだ動きを繰り返すようになった。思考さえも動きに変えようという魂胆にも関わらず、頭の中は、寝ぼけた身体に朝ご飯を流し込んだ時のように、じわじわとクリアになっていく。
家賃の高そうなマンションなのに、階段のタイルがトイレっぽいな。これは、地域性の問題なのだろうか。あぁ、この階と階の間が吹きさらしなのか。だから矢が入ってこれた…いや、あれなら塞がってても突き抜けてくるか。それにしても、構造上、二階以上からなら簡単に侵入できる建物だ。うちの部隊なら脱落者は出ない。なんなら、三階からの侵入でも大丈夫だ。心地隊長には五階への侵入も可能だと証明されてるしな。…そんなヤツらを想定したセキュリティなんてあるもんか。それなら、戦いが終わったら、問題発生時に俺らが駆けつける会社でも作ろうか。きっと、防犯率は三桁だ。きっと。
薄い屋上への扉を蹴破ると、収穫された後の農園が目につく。土は硬くなっていて、次の農作は未定であることがわかる。
「どこだ…どこだ…」
マーカーの位置を頼りに武将寄生されし物を探す。十四階建てのマンション、屋上に立つ前田は十五階相当の高さから、土煙で完全に隠れた地上の敵を見つけなくてはならない。
ギカンッ!ガキンッ!
火花は初めて見る色をしていた。打ち合う音に余裕は無い。この戦場には己を抜かせば二つの生命を残すのみ。押されている片方は明白であった。
凝らした目に映るは、二つの影。距離を保ち矢を飛ばす騎乗の者、刀を振るい矢を防ぐ者。振われた刀によって、土煙にできる隙間、鮮明に映る赤髪の女。
「拙者は侍…志で奮い立ち、心の目で貴殿を捉えるぞ…敗北は信念が折れた時のみだ!!」
ダテダテ…
左目があった場所は赤黒く、顔面が左頬にかけて血で染まっている。右の脇腹に矢が貫通。役目を終えた矢は消滅するため、背後まではっきりと見える風穴が空く。刀を振るう度に血が噴き出し、肉が裂け、傷口の断面が露出する。矢を弾き飛ばす度に増える全身の切り傷が、より風邪を冷たく感じさせた。
「たっーーーー……」
名を叫び呼びたい想いを飲み込み、何十万と繰り返した構えをする。足元は踏み慣れた感覚がある。
一言…たった一言だ。通信して隊長のみに聞かせても駄目だ。気をとってしまえば、一瞬の隙が命取りになる。だから大きい声で敵にも聞かせ、二つの隙を作ればいい。でも、一言だ。ヤツに矢を射らせる時間を作るな。俺が死ぬ。
………決めた。俺らには全てがわかって、ヤツにはわからない。
呼吸を整える。左脚を軽く上げ、右手でボールを強く握りしめ、振りかぶりながら一言叫ぶ。
「魔装解放ぉーー!!!!」
魔装兵器: 静寂夏。見た目、重さ、素材、全てが野球ボールと同じ。腰につけた筒から取り出した一球は、静かに近寄る。銃弾と比べ速さも威力もない。コントロールのみ、前田の腕によって正確であった。
ぽすっ
武将寄生されし物は土煙で覆った張本人である。見えない無音の野球ボールを斬るなど造作もない。
魔装兵器: 静寂夏の真価は発揮される。真っ二つになった静寂夏から放たれた白い粉。武将寄生されし物に降り掛かり、付着し、周囲に漂うも、土煙に混じり気付けない。
「俺が出した要望はたった一つ、個人プレイができない武器。俺のモットーは全員野球だ。」
武将寄生されし物は狙撃されようと傷一つ付かない。静寂夏を斬ったには理由がある。一つは角度。静寂夏の中身を付着させるための角度を、狙撃とは違う新たな攻撃だと認識した。二つ目は距離。心地の刀の間合いから遠く離れているため、前田の攻撃を対処するデメリットはないはずである。
「ーーー魔装解放…」
キィィィイン
刀を上段で斜めに構え、腕同士のの隙間から敵を覗き込む。愛斬破の区切られたような模様からピンク色の発光。白い粉が混ざり合った土煙を挟むことで、色鮮やかな蜃気楼を生み出す。
それは自愛モードで閉ざされたラブハートの力。
「秘剣ーー恋慕光牙斬!!」
振り抜いた刀は空を斬る。当然、刀は当たらない。
愛斬破から光の線が延びる。それは、ラブハートが、初めてラブビームを放出した姿と酷似していた。振り下ろした愛斬破の先端は、矢尻の形で振り放され、ピンク色の光線を残し、間合い外の武将寄生されし物に食い込んだ。愛斬破は飛ばした先端分短くなる。
ダテ…
「確か……そうだ、こんな名前だったな。」
刺さった先端から放たれるピンクの輝きは、武将寄生されし物を全て覆い隠すほどに増していく。
訓練施設と宿舎を往復する毎日。わざと遠い位置に作られたのか、仕方がなかったのか、十五分ほどかかる。地下が蟻の巣のように広がっているなど、民間人は思いもしないだろう。そんな十五分の道のりにイレギュラー。怪しげな技術班の女に話しかけられ、道中でさらに地下へと続く階段を降ろされた。
「まぁまぁ、そう緊張しないで。名札を見ればわかるけど、東北です。前田球児さんの魔装兵器のご相談をね。」
階段は剥き出しのコンクリート。魔装兵器…そんな重要なモノが先にあるとは思えづらい。
「…γ隊の小さい女性が振り回してるアレですね。自分には必要無いと思っているのですが。」
二階分ほど降った行き止まりに分厚い扉。指紋、網膜認証、音声認証、パスワードはリズミカルに押しているが、二桁はありそうなモノだった。
「全て要望は叶えています。きっと、貴方を救う一球になりますよ。」
「……一球?」
分厚い扉は、生暖かい空気を噴射しながら開く。中で幾つもの回転の音がした。
「きたな、前田殿!」
腕を振る心地の背後に、意外な人物…いや、魔法少女。
「ラブ…ハート…さん?」
立ち上がり、ゆっくりと向かってくる。その眼光で並のバッターなら三振になるかもしれない。接することがないためわからなかったが、身長も高い。
「…あ、あっ、愛衣…れいなです。…魔法少女です。」
「よ、よろしくお願いします…」
…悪い人ではなさそうだ。
「違うちがーう。こっちです、前田さん。」
手招きする東北が握るのは野球ボール。
「こちらっ、前田さんの魔装兵器!静寂夏です!!」
無理矢理握らされたソレは間違いなく野球ボール。間違い探しすらできないほどに、野球ボールである。
「……は?」
「見た目、触り心地、重さに重心まで全てそっくりです。違うことはただ一つ、敵に触れた瞬間に弾け、中の爆薬粉が降りかかるのみ!」
「確かに個人プレイはできないが、それなら爆弾で良くないですか?」
「ちーっちっちっ!静寂夏は、新しくなった愛斬破とのコンボ技なのですよ!」
心地は満面の笑みで愛斬破の刀身を見せつける。危ない。
「……こんな模様ありました?」
「流石だ、前田殿。愛衣殿の力が加わったのだ。遠く離れた敵さえ斬れるぞ!!」
「斬れるぞ!じゃないですよ。順序立てて説明してくださいよ、ほんと。」
「私の力が、模様に沿って入っていて…飛ばした先端部分が、爆薬粉と相まると私の技を再現できる…感じです。」
わかりやすく説明してくれたのは、魔法少女愛衣れいな。研究員のぼやきと違い、とても親切なことが伝わってきた。目つきは鋭い。
「ありがとうございます。つまり、音が出ない野球ボールで意表を突き、本命の心地隊長が仕留めるということですね。」
「ん゛ん゛っ、理解が早くて説明欲が満たされません!ちょっと、前田さん?これとか、ほら、野球柄。違う魔法少女の要望で作ったモノですが…」
「別に野球柄だからって飛びつきませんよ。偏見はやめてください……」
「愛衣殿。これで、拙者は真の侍になれそうだ。感謝する。」
刀を鞘にしまい頭を下げる。心地呼夢は愛衣れいなに敬意を抱いていた。
「さ、侍、はよくわからないけど、私の力ならいくらでも協力するよ。私達だけじゃ守れないから。」
「……愛だな。」
「え?あ、愛衣ですけど…?」
「ところで、再現できる技名を知らなかった。なんて名前なのだ?」
「それは……」
「呼夢ボンバー!」
ラブボンバーの再現。武将寄生されし物は爆風に飲み込まれ、ダメージの度合いは確認できない。
実のところ、ラブボンバーの再現魔装兵器は既に存在していた。γ隊隊長土井屋が持つインスタント・ラブ・ボンバーである。ならば静寂夏は蛇足か…
「静寂夏…二球目だ!!」
「恋慕光牙斬!!」
否。上位互換である。爆弾を投げる行為と異なり、爆薬粉がついた敵を中心に必ず爆発。静寂夏を補充し続ければ、愛斬破の弾数まで連続でラブボンバーを食らわせることが可能。息のあった二人だからこそできる、連続ラブボンバー。生半可な寄生されし物では、二回のボンバーすら耐えられない。
ひひんっ
ダテ…ダテ…
魔法少女の一撃の渦中にいる。爆発が終わるまで身動きが取れない。
呼夢ボンバーによる爆発音が響いた回数、計十六回。刀身は無くなり、手は握る柄を離さないものの、腕には力が入っていない。
土煙が薄れていくことに気付けない。残った右目の視力も低下している。右脇腹の穴を無意識ながらも手で圧迫しつつ、武将の生死を確認するため歩く。一歩のために全身を使っていると、前方の何者かに引っ張られているような感覚がある。
ーー心地隊長!?聞こえてますか!!なんで向かってるんすか!?
靴底くらいの段差がある。爆発の衝撃だろうか。外に向かって衝撃が走っている。このままにしては、陥没してしまうな。駅へ向かう道だ。塞がれると、困る人がたくさん出る。
ーー駄目ですって!!ちょっと、おい!!心地呼夢!!死ぬぞ!本当に死ぬぞ!!ヤツはまだ…
風が心地よい。澄んだ空気だ。先程までは、ひどく汚れた空間にいた気がする。照らす光も気持ちがいい。深呼吸は肺が痛むからできないものの、肌で感じるだけでも十分だ。
ーーヤツは生きてます!!それ以上踏み込むな!死ぬっ、死ぬんだぞ!!
爆裂地の中心では崩壊が始まっている。寄生されし物が死ぬ際に起こる症状だ。しかし、崩壊が始まっている寄生されし物は馬のみであった。
ーー馬にダメージを移している!本体はまだ生きているぞ!……クソッ!
武将部分にダメージが無いわけではない。ボロボロだ。今ならば易々と仕留められる。
「…さぁ、やろうか……」
心地は構える。刀身が無い刀では斬ることはできない。…洗練された心地の構えと、疑いなき眼光から事実を疑いそうになる。
馬が完全に崩壊したら武将が地に降り立つ。それは、α隊の敗北を意味していた。修復能力は確認されている。勝つなら今しかないが、有効打が無い。
ーーくっ、う、うおおおおおお!迎えに来ましたよ、隊長ぉおおお!!
拠点にしたマンションの屋上からダイブする。乗り込んだ白いポッドと一緒に、武将寄生されし物へ向けて射出した。魔法少女が移動用に使っているポッドと同じモノである。ただし、前田専用に野球ボールの柄になっている。魔装兵器に興味を示さない前田へ、当てつけのために作られたが、もったいないため、追い静寂夏用の保管場所として活用されている。魔装解放に合わせて前田へ届けられたポッドを、無理矢理活用したのだ。
崩壊している馬に直撃。武将は衝撃で浮き上がり、地に足がつかない。
「隊長!早く乗っ…!?」
ポッドの扉を開き手を伸ばした先には、考えもしない光景が広がっていた。
「これが、愛斬破の終なる一刀…」
ピンク色に輝く柄。無くなった刀身部分の穴から光が漏れ出し、新たな刀を形成していた。
「無刀ーー真・愛斬破」
落馬する武将寄生されし物の首元へ押し込む。沈んでいく柄と、武将の身体内部から噴き出るピンクの輝き。
ダテ……
たとえ武将の銅像に寄生したとしても、特性を利用するのみ。蘇った過去の人間と戦えるはずもないが、心地は途中から敵が寄生されし物であることを忘れていた。
風に流される武将寄生されし物の塵は、左手を心地の首へ伸ばし、右手で腹部を刺すような仕草を繰り返す。
「拙者の勝ちだ。安らかに眠れ。」
ダ…テ……
膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れる。受け身が取れておらず、重い音を立てた。
「…隊長?……心地隊長?」
ポッドから降り、駆け寄ると、心地の身体は人間の温かさを持っていない。
「起きてください。帰りますよ…さぁ、目を…」
「…それ、拙者が買ったやつ。」
「……本当に起きるんですね。はぁ、帰って治療を受けますよ。」
「そうであるな。せっかくだから、病院食をカツ丼にしてもらおうではないか。」
「何のせっかくなんすか、ほんと、もぉ…」
戦闘の終了を受け、エンジン音が二人に近づく。最後まで離さなかった愛斬破の柄は、粉々になって果てた。それは寄生されし物の崩壊と良く似ていた。
・途切れ途切れの記録映像
「ここではない…どこか、寄生されし物が立ち入らない場所へ埋葬する。」
血で染まった衣服の男は、生首を抱えて座り込む。初めて見る男の表情を、部下達は背中を向け見ようとはしなかった。
「柿谷副隊長、大義であったぞ。」
以上。
記録映像は保管場所を新たに設置する。また、β隊の戦闘映像については、魔法少女に限り、文面での共有となる。
第三回襲撃日魔法少女評価報告書
ラブハート
・任務の完遂
・人間の言葉を用いる寄生されし者の発見
・猫型寄生されし者の討伐
・魔法少女の新たな可能性を見出す
・覚醒に至る
・最高火力の大幅な更新
・耐久性の向上
・魔法少女の特性の強化を確認
・個人戦闘能力評価 大幅加点
・連携戦闘能力評価 加点
・同時対応可能敵数 加点
・魔装兵器へ力の応用
評価 S




