第四十六話
「さぁ、皆の者。開戦だ!!」
α隊隊長心地 呼夢の掛け声と共に、α隊は武器を構えて歩を進める。その歩みに規則性は無く、隊列は組んでいない。景観のためにと植えられた木を、伸縮捕爆槍で切り倒している者すら見られる。各々が好き勝手に行動を始めた。
「俺は嫌いっすね。いつもは、隊列で半歩のズレも許さないのに、本番は自由なんて。」
α隊がいる場所は駅前である。二階が主な入り口であり、一階はバスやタクシーが行き交う場となっている。駅前に立ち並ぶ商業施設には、降りずに二階ロータリーを歩けば入ることができる。
「そういうな。拙者は嬉しく思っている。協調性の無い輩共が、自身の実力を加味して、自ずからチームを組む者、遠距離射撃に適した場に向かう者など、判断しているじゃないか。…自己責任や自由が全て良いとは思っておらん。だが、戦場において'納得'を得れることは何よりも素晴らしい!」
一日六万人以上が利用するターミナル駅。巨大な駅である故に、駅前は開放感を味わえるほどだ。左右の見通しが良く、商店街も道幅が広い。
しかし、これが吉と出るとも限らない。現在、心地が立っている場所では、真下からの攻撃を受けることも考えられる。道が広ければ、いざ逃げるという時に、背後から狙いが定めやすい。α隊は、脇道を、袋小路にならないように、活用しながら戦うことが求められる。また、相手の位置を確認しやすい利点を生かすため、狙撃に徹する隊員との連携が生死を分ける。と、事前に指示があった。
「そっすか。まぁ、俺は心地隊長の指示に従いますよ。」
「それが前田副隊長殿の納得であるか?」
黒で覆われた空からは、侵略する液体が地上にこぼれ落ちていった。人間は寄生されし物に勝つことはできない。ここに立つ者達は、誰もが理解している。同時に、人間では勝てなくとも、奴らを倒せる武器を持つ人間なら太刀打ちできることを確信している。それを証明する女がいた。
「違いますよ。俺は個人プレイは好きじゃないってだけっす。」
「そうであるか。拙者は強くあれるなら、理由は問わないぞ。」
いつのまにか駅前には二人の姿を残すのみとなった。
真っ赤なポニーテールは高い位置で止められている。服の隙間からは、胸部に巻いたサラシがチラリと見えている。背後からはうなじがよく見え、そのスタイルや顔立ち、隠れた脚部から、知らぬ者からはセクシーな印象を受けられるだろう。支給された防護服は、首元から足首まで、しっかりと着込むことで本来の性能を発揮できる。心地は胸をはだけさせ、腕は服の上からベルトで三箇所ほど絞めている。刀を振る際の空気抵抗を抑え、重いベルト分の威力を加えるためである。着崩した方が訓練のスコアがよかった。これは不動の一位、心地呼夢に許されたサムライスタイル。
隣にいる男。名を前田球児。α隊副隊長にして、心地のサポートをすることができるほどの力を持つ。普段の受け答えや言動から、誠実である印象を持たれている。腰には筒状の何かをぶら下げている。白いキャップを深く被り、着崩しは一切無し。戦う前は準備運動とストレッチを欠かさない。何かを求めることは少ない彼だが、生きて帰った際はカツ丼を所望している。戦闘前に食べることはしない。
「…来ます。」
階段に亀裂を走らせながら歩く者がいる。体重だけでは無い。踏み込む力が異常に強い。その者の頭部は牛。首から下は人間の形に近く、寄生されし物独自の、黒い岩石のような肉体である。筋骨隆々で、右手には引き抜かれた街灯が握られている。
「武器持ちっすか。最初からハードですね。」
前田は肩からB6を外して両手に構える。
ここまでたどり着いたことは、隊長格に任せる敵だと隊員達が判断した証拠だ。逃げるわけにはいかない。
「拙者が出る。弾はボスに向けて温存だ。」
「りょーかいっす。」
簡単に引き下がり、両肩に装備し直したには意味がある。訓練時と今では、心地呼夢という女の強さに次元を超える差があるからだ。
「牛タンは大好物である。斬り落とさせてもらおう。」
心地が手をかけたのは、伸縮捕爆槍でもB6でもマーカー銃でもない。
ヴゥモモモモモモモモ!!!
遠くでB6が発射された音を皮切りに、街灯を振り下ろす。瞬く間に足元まで辿り着き、破壊されたタイルとコンクリートが、一階に激しい音と砂塵を巻き上げて落ちた。歩くには危ない巨大な穴が空いてしまった。
「抜刀ーー愛斬破!!」
頭部は牛の置物へと戻る。身体は塵となって風に流されていった。牛頭寄生されし物の直線的な攻撃は見切られ、首へカウンターがお見舞いされたのだ。
魔装兵器: 愛斬破。α隊隊長である心地呼夢の日本刀型魔装兵器である。その刀身には細かく区切られているような模様があり、ほのかにピンク色に光っている。武器持ち寄生されし物の首を落とせるほどの切れ味を持っているわけではない。重さ、そして、鞘内部で爆発を起こすことでの抜刀速度を持って、首を刈ることができる。反動に耐えるために鍛えられた足腰と、絶え間無い訓練の成果。これが、不動の一位、心地呼夢の本気の一撃。
「流石っす。」
「魔装兵器の力であろう。それに、敵が少し脆かったように感じた。」
「それを扱えることが凄いわけですが、まぁいいっす。次行きましょう。」
「次はあのビルだ。」
心地が指差すビルは、ファッションや雑貨を取り扱う店舗と、飲食店が入っている雑居ビルだ。二名の隊員が既に突入している。屋上からの狙撃を目指していたように見えたが、人影はない。六階にあたる窓ガラスが割れている。
「いますね。俺が前行きます。」
「待て。拙者の背中を任せる。このビルには少し思い出があるのでな。」
「思い出っすか。」
「そうだ。六階のファンシーショップが好きなんだ。今でも愛用しておる。」
ピンクと青色が基調のぬいぐるみが描かれたポスターが貼られている。奇々怪界で毒々しい色の生き物だ。反して目はキラキラと輝いている。可愛いとは不思議なものだ。
「あぁー…確か妹が好きだった気が…あれ?今でも愛用…?小学生でも低学年」
「置いて行くぞ前田副隊長殿。」
「すみません、すぐ行きます。」
戦場に雑念は必要ない。たとえ、信頼する上司のような人が、幼女と差し支えない趣味を持っていたとしても、思考を巡らす必要はない。
臆することなくビルに入る。手すりが赤く綺麗なエスカレーター。傷の一つも付いていないガラスケースには、煌びやかなジュエリーが並べられている。奥には時計屋だろうか。踏みしめられた跡も、B6による射撃跡も…やはり存在しない。寄生されし物との戦場にならなかった世界線を感じさせられる。
「……階段を使ってますね。エスカレーターには足が向いていない。」
前田はタイルに手をつけて、指についた砂を擦り合わす。もう一方の手の指を舐め、突き出す。風の流れを感じ取り、一つずつ感覚を意識する。
「空いてるのも…ここだけって感じっすね。」
「それはおかしい。上の階で戦闘行為があったのは確かであろう。寄生されし物共はどこから入ったのだ。」
階段から登れば、突入した隊員と同じ末路を辿る可能性がある。待ち伏せか、罠か…何かしら後手に回るだろう。そのため、止まっているエスカレーターから登って行く。一歩目は歩き辛さを感じるものの、三段上がれば慣れるもの。蛍光灯はついているのに、エスカレーターやエレベーターは止まっている。二人に理由はわからない。
「雨漏りじゃないっすか?」
「心の乱れだ。」
二階。服を着させられ、芸術的なポーズをするマネキンは、一つも倒れていない。背中合わせで、戦闘痕を探すも綺麗なまま。
「いろいろとすっ飛ばしすぎです。」
マネキンに寄生したパターンは確認済みである。人間体であるため、武器を使用すると、立ち回りや機動力で厄介な敵と化す。
「ふむ。やはり六階か。店が心配だ、潰れてしまうのは少し困る。オンラインショップでも構わんが…味気ないだろう?」
三階。家電量販店が大半を占めている。一部は楽器屋だ。いかにも寄生しそうな物が転がっている。しかし、何も動かない。閉店中に入り込んだ背徳感を味わうのみ。
「オンラインショップとか使うんすねー。」
「今や限定商品が、店舗やオンラインで別のラインナップなんて珍しくないからな。そして再販するのだ。」
一つだけ光が弱くなっている蛍光灯がある。家電量販店に多い。家電量販店なのに。余計なことを考えるほど余裕が生まれ始めていた。
「俺にはよくわからない世界っすね。」
四階目に向かうエスカレーター。八段目を登った時、心地隊長は五段目を登っていたところだった。先頭に立ちたがる隊長が、後ろを歩くほどに拍子抜けになっていた隙をつかれる。
「っつ、あっ!?」
後ろ向きの体勢で落ちる。階段もといエスカレーターから落ちれば、当たりどころの悪さで人は死ぬ。止まったエスカレーターを登るにも慣れた前田が落ちたには理由がある。それは、止まっていないエスカレーターになったからだ。
ガリガリガリガリガリ
突如上りのエスカレーターになる。向かってくる足場には、寄生されし物の刃が五枚生える。次の足場にも刃。触れるものを切り刻む粉砕器が二人に迫る。足場は上に向かっている。目の前の粉砕器になった足場はこちらへ向かってくる。重なる足場は混じり合い、運転を続けた。エスカレーターとしてありえない動きをするのは、生き物だからである。
「先に行け、前田殿!!」
落ちる前田をキャッチしても尚、倒れずに受け止めきった心地は、前田を持ち上げ粉砕器に向かって投げる。
「うおおおおおおおおおお!」
前田は粉砕器の上をすれすれで通過した。安定しない足場で、成人男性を精密な動作で投げ助けた。
「トラップは階段ではなく、こっちだったわけだな。」
心地は抜刀の構えをとる。攻撃範囲内に入るまでじっと待つ。…右脚で踏み込み、刀を抜く。
「抜刀ーー×字斬!」
一刀目は右斜め上に向かっての払い。円を描き、勢いを殺さないまま、ニ刀目の右下から左上への払い。×の字を書くように斬る抜刀である。
斬撃は周囲を少しばかり削るのみで、大半が空を切った。迫る寄生されし物の刃は、足場に沈むことで姿を消し、斬撃が終わったのを見計らい、再び出現する。
払った刀を鞘に納める。抜刀の構えをとるも、刃は心地の眼前へと迫っており、腕を振るえば粉砕器に飲み込まれることは明白の事実である。
目は閉じない。息を吐き、止める。身体に入った力を、振るう腕のみ抜いて行く。
「いざ…勝負!」
「勝負しないでください。」
刃は届かない。エスカレーターは再び止まっていた。四階から伸縮捕爆槍をエスカレーターの隙間に突き刺し起爆、内部に捕縛剤が入り込み、動かすことができなくなっていた。
「流石だ、前田副隊長殿。」
手すりに飛び乗り、数歩で駆け上がる。飛び込むように四階フロアに到着。
身動きが取れなくなったエスカレーター寄生されし物は、どこを斬り落とせばよいかわからず、側に置いてあったパーテーションをして放置することにした。
エスカレーターでの不意打ちは、逃げ場が無く、不利な状況を課せられる。六階までは安全だろうと、ここからは階段を登ることとした。
「前田殿。」
「あざっす。」
捕縛槍を心地から受け取る。愛斬破がある心地にとって、必要性は薄い。
四階は三階に続いて家電量販店。スマホカバーやら、イヤホンやら…より日常に寄り添ったラインナップの階のようだ。サンプルとして置かれているタブレットには、笑顔な赤ちゃんの写真が映し出されている。ほっこりとすべきなのかもしれないが、きみが悪く感じてしまう。
「捕縛数が上がっています。順調なようですね。」
「報告されている蒲鉾の寄生されし物は、大量に湧いて出るタイプであろうか。」
「討伐数の上がり方から見ると、間違いないっすね。」
階段は横広で、営業時間の変更が書かれた紙が貼られている。
五階に上がると六階の方から血の匂いが漂ってくる。六.五階にあたる踊り場には、血が付着したB6が転がっていた。
五階は本屋と雑貨店。持ち運ぶには大きすぎる傘と、天使が描かれた絵画が出迎えてくれる。歩く二人が気にしていたのは音。α隊員二人を倒したであろう寄生されし物が移動する音で、位置や体重を割り出すためである。
「例えばマネキンに寄生していて、他のマネキンに紛れている。気づかれずに近づいた人間を殺すため…こんなところですかね。」
「音がしないことは、それで説明がつくのであろう。しかし、だな。寄生されし物は殺すために、人間がいる場所へ向かう。受け身で待っているなんてありえるのだろうか。」
心地の疑問は的を得ている。ボスがどのような存在か確認は取れていないが、積極性を欠す個体になるには、理由として不足している。人間は寄生されし物にとって、蹂躙を可能とする生き物であり、虚をつくことを念頭に戦う相手ではないのだ。…例外も存在する。エスカレーターのように、その場に固定されている物に寄生した場合は、結果として待ち伏せをすることを強いられてしまう。
「そっすね。言葉足らずでした。他には、足音を消せる強者であるパターンがあると思います。」
足音を消して行動する強者は、魔法少女が担当する相手であり、人間が立ち向かうべき相手ではない。
「拙者の出番であるな。」
「はぁ…とりあえず、敵を確認してから考えましょう。」
五階の散策が終わり、血の匂い漂う六階へ続く階段へ。唾を飲み込み、一段目。敵の気配はない。そのまま踊り場まで登る。機敏な動きで、六階フロアへ目を向ける。階段の先に見える光景に、気になる要素は存在しない。
前田は血が付着するB6から弾を取り出す。
「…あくまで、残弾数からの予測です。敵と相対して、二秒かけずに殺されている、と思います。かなり速い…先手を取られたら負けっす…かね…。」
ほとんど残った弾を腰のケースにしまう。
「先手を取られなければ問題ない。先手必勝、後手必殺だ。」
「それ、殺されることになってますけどね。」
牽制の弾丸は必要ない。存在は認知されているかもしれないが、自ら居場所をアピールするメリットを前田は感じていない。
六階に到着。敵は判明する。ふわふわの脚部が足音のしない理由を納得させてくれた。
ピキョピキョ!?
悪目立ちしている、目に痛いピンク色の店内から出てきたのは、巨大なぬいぐるみ。二メートル近くあり、天井と頭部が近い。寄生されし物の肉体は体内にあるのか、見た目では四足歩行の巨大ぬいぐるみが動いているようにしか見えない。ピンク、白、黄、青の色が散りばめられている謎の生物。そのツノだけは血が染み込んで、赤黒い色になってしまっている。
「あれは…ゆめたん!?」
「ゆっ、え、なんすか?」
「ファンシーポップ江戸、通称'ぽえど'に登場するユニコーンだ。そのツノには聖なる力が宿っていて、善悪関係なく貫いて殺すぞ!」
「殺すぞ!じゃないっすよ。なんすか、その子供に見せられない番組。」
寄生されたゆめたんに、柔らかいはずのツノを向けられると寒気が走った。




