第四十話
ブースターから炎を放出、真っ黒な腕が何本も生えた泥に近づく。匂いはしないが、近づくにつれ不安な気持ちになっていく。頭ではなく、心を直接いじられ、不安にさせられていく。腕は指をくねくねと動かし続けている。手招きとは異なり、何かを掴もうとする動きに近い。
「キュリオ!!」
泥に向かって声を出す。響くことはない。水面も揺れずに、反応も変化もない。
「熊!」
右手に集めた炎を泥に向けて振り下ろし爆発させる。衝撃は泥に伝わらない。頬に当たる熱風のみが、技を繰り出せた証拠になる。
泥に突っ込んだ腕を何者かに掴まれ引っ張られる。慌てて泥から腕を引き抜く。黒い粒子がまとわりついたが、振り払うと消えていった。
「くそっ!!」
パッションは感情を露わにする。通信の復旧は原因がわからない以上絶望的。自身で考えるしかないものの、判断材料が少ない。
くそっ、くそっ!…ロボが消えてるってことは、そのままこの沼みたいなやつに飲み込まれたんだな。これはなんだ?くそー…わかんねぇ。寄生されし物だよな…腕…黒い腕寄生されし物か?なんだ、それ。この中に入ったらどうなる?死ぬのか…?
「おい、奈々子!奈々子!!」
返事はない。
「そこの人間…その穢らわしい存在を殺せぬのか?」
下半身が魚の女は話しかける。
「うるせぇ…お前はなんなんだ。」
「我は人魚だ。正確には人魚の肉を食べた不死なる人間だ。先程黒い何者かが我に入ってきて、こうなった。我はなんだ?知っているか人間。」
おしゃべりな女は会話をする意思を見せる。
「…お前は寄生されし者だ。そして、私は魔法少女。魔法少女パッションハートだ。」
人魚の話は理解できなかったが、人間に寄生したことを踏まえ、浮遊するソレが寄生されし者であることが判明。
「ふむ。寄生されし者…それで、その穢らわしいものを殺さぬのなら退け。」
「駄目だ!!この中には、私の大事な友達がいる。必ず救い出す!」
今この寄生されし物を殺されるのはまずい。中にいるなら、ただじゃ済まない……何かあるはずだ、何か…!
「そうか。なら、貴様も死ね。」
高速で突進するは、魚類寄生されし物。肉体を滅ぼしながら突進する姿は、生還を目的にしない特攻部隊そのものである。速さと威力の倍増した魚類寄生されし物六十尾の、全範囲攻撃。着弾。
「我にはやるべきことがある。時間は無限であるが、早く探し出さねばならぬ。」
人魚型寄生されし者。体長約三メートル。下半身部分が魚の鱗で覆われ、先端には尾鰭がついている。人魚といわれる存在と合致した見た目である。腹部に張り付いているのは、寄生されし者特有の鎧であり、臍に向かい生えているようにみえる。胸部にも同様に鎧。頭部は、額にわずかな鎧があるのみで、人間と変わらない。
人魚型寄生されし者は、仮名:黒泥の上空まで泳ぎ滞空。
「穢らわしい…こんなもの存在してはならぬ。決してならぬっ!」
人魚型寄生されし者は、右腕を空に掲げる。呼応するように、魚類寄生されし物が集合し、一つの巨大な寄生されし物へ。第二回襲撃日において、ホープハートが撃退した魚群寄生されし物と同じ様相でありながら、さらに巨大へ進化した、ネオ魚群寄生されし物が誕生する。
「我の目的を否定するなら、貴様の存在を滅っさなくてはならぬ。深海の骸となれーー巨影墜落」
ネオ魚群寄生されし物が、黒泥に突撃する。巨大な口を広げ、黒い腕を噛みちぎる。
「何故だ…何故!?」
黒い腕に触れた箇所から、ネオ魚群寄生されし物は崩壊し始める。生を奪っているのでは無い、死を与えている。結果を同じくして、天と地の差ほどの違いが存在する。生を吸収するドレインは再現を可能とする力。
「生み出しておるのか…死を…死の概念を生み出しているというのか…何故そんなことができる!!」
魚類寄生されし物が一点に集まり出す。圧縮され続け、ひとつの巨大な針と化す。人魚型寄生されし者は、針を両手で握り投擲の構えをとった。
「貴様は存在してはいけぬのだ!艶 針 袁 腕!!」
投擲は爆発をもって終わる。魚の針は解け、崩壊。技は炸裂する前に失敗、原因は煙の道が示していた。
「…情熱のパッションキャノン……お前の相手は私だろーが…」
情熱のパッションキャノン
パッションハートの遠距離技である。ガントレット同士を、中に空間ができるように合わせ炎を圧縮する。発射口は出来るだけ狭める。途中で分解するのを防ぐため、速度を最大限まで上げる必要があった。難点は、充填に時間がかかること。
馬鹿だった。こういうのを考えるのは奈々子の方が向いてんだ。…奈々子…生きてるんだろ?わかるぜ、友達だからな。だから、私は任された敵を倒す…それだけだ。余計なことは考えるな!今、できることを、全力で!!
パッションハートの周囲には、煙を上げる魚類寄生されし物。
「…邪魔立てするならば、貴様も殺す。」
ふむ…先程の技は我の脅威にはなり得ぬ。この穢らわしい存在に有効なる技も見極められない現状、人間から始末しても良さそうさな。…やられた魚共から見て、近距離戦に持ち込めば火傷くらいはするであろう。
「湧け、震え、削ぎ落とせーー燦 々 針 鐘」
魚類寄生されし物は捻れる。引き伸ばされ、捻れ、一本の針に変化。存在していることは理解できるも、空に浮かぶ無数の針はパッションに見えない。
「見えない…上等!そんな細さで私に通用すると思うな!!」
飛ばされた針は熱を受け、真っ赤に色を変える。次の瞬間、針は形を保てなくなる。パッションに被弾することはない。肌に触れることなく地上に落ちる。
「炎…熱…それが貴様の能力というわけか。たわいない。」
人魚型は身体から力を抜く。空を泳ぎながら歌声を響かせた。
「疑いは晴れず、信念は綻ぶ、迷い、永遠の生を求めるーー人魚の歌声」
湿度が高い空間ほど音は速く伝わる。一瞬の差が勝敗を分けた。人魚型が口を開いたのを見てから耳を塞ぐも間に合わない。パッションの耳を閉じていた腕から力が抜け、ダラリとぶら下がる。目は空ろに変わり、顔は下を向く。半開きの口からはよだれが垂れる。
「魔法少女は我の目的には使えぬな。弱すぎる。」
変身は解ける。パッションハートは虎野朱へ戻る。
んっ…ここはどこだ?畳の部屋…見たことがない。私は子供の頃からずっと洋室暮らしだった。それに、ひっどい田舎だな!縁側の先に庭、そしてきゅうりが実ったミニ畑。塀の先には森。田舎の家の伝統を詰め込んだのか?はっはっは、嫌いじゃないぞ。
「ねぇー、朱ー、おばあちゃんがスイカくれた!一緒に食べよ〜。」
誰だ…この眼鏡におさげの田舎っ子。私の名前を知って…なんだ…この身体…
「うん、食べるぞ!いっぱいくれ!」
あぇ?何言ってんだ?ちっちゃい私が…もしかして、こいつ奈々子か?私と会う前の奈々子ってことか?
「もうっ、ちょっとは遠慮しなさいよ。」
「うんめー!夏休みはスイカだよなー!」
面影はある。ちまちました食べ方もそっくりだ。十年前くらい、か?その頃に私と奈々子は出会ってない。つまりこれは…偽りの記憶だ。
「ぷっぷっぷー」
「種飛ばすの上手じゃん。私もやろ〜」
幻覚…何故幻覚を見てんだ私は。そもそも何をやってた?私は…
「海はいつ行く?明日?」
「焦るなよー、夏休みは始まったばっかだろ?」
そうか!夏休みは始まったばっかで、海も行きたいし、花火もしたい。祭りだっていくぞ!明日も明後日も遊ぶんだ!
「平和だな〜、はっはっは!」
「艶 針 袁 腕」
巨大な魚の針が黒泥に突き刺さる。刺さった先から、腕に掴まれ崩壊する。消えて無くなる。
ガンッガンッ
「やはり効かぬか…ならば、燦 々 針 鐘。」
ガンッガンッ
無数の針が黒泥に侵入する。変化無し。腕が反応する速さを超えた攻撃も、効果は目に見えてこない。
「……効かぬか。集まり、削れ。」
魚群寄生されし物は黒泥をなぞるようにコンクリートを破壊する。結果、黒泥の範囲は広がる。
「…ふんっ」
魚群寄生されし物は軌道を変える。逃亡を遮るように一帯を囲む黒い腕。その上空を泳ぎ進む。結果、黒い腕に接触せずに崩壊。
ガンッガンッ
「……天まで粒子が続いておるのか。」
つまり、こやつを殺さねば外には出られないわけだ。ふざけおって…許さぬ、許さぬぞ…どこまで我を愚弄する!
「粒子の内から破壊してみせようぞ、人魚の歌声」
ガンッガンッ
人魚型の歌声が響く。パッションに向けられたものと異なり、指向性の音波攻撃である。黒い粒子の内側に響き、破壊するように弾ける。人間の体内で起これば、骨は粉砕され、内臓はとろけるだろう。黒い粒子は輪郭がぼけるのみで、形が崩れることもなければ、元の形に戻っていった。
ガンッガンッ
「…五月蝿いぞ!何故死なぬのだ、いつまで耐えるつもりだ人間!」
虎野朱はコンクリートの塊に頭部を打ちつけ続けていた。自身の意思ではない。人魚の歌声の効果である。額から血が流れ、肉が露出する。自身の血で服は赤に染まり、周囲に波状の血飛沫が描かれる。
今日は奈々子のおばあちゃんの代わりに、二人でお米を買いに行った。途中ですれ違う人から、野菜やお菓子を貰った。奈々子が言うに普通らしい。お米も買いに行くとか言って、貰いに行っただけだし。受け取ったお金が、お米を買うには少ないと思ったんだ。これは、お駄賃だったわけだ。
「なぁー、お駄賃貰ったんだし、駄菓子屋行こうぜ?」
珍しくないはずなのに、駄菓子屋に行きたくなる。どこかで私が希少性を感じているみたいだ。私はちっちゃいドーナツのやつか、大きいとカツの二つを自称する普通の魚肉シートが好きだ。奈々子は梅味のものが大体好きみたいだ。
「ダメよ、これから魔法少女マジカルベリーが始まるんだよ?」
「それ再放送じゃん。それに、三十分も後の話だ。もう騙されないぞ!」
夏休みだからか毎日放送してる。私はもっと派手で燃えてるやつが好きなんだけど…なんだっけ、思い出せない…大好きな番組…それにしても暑いな。扇風機しかないんだもんなー、ここ。
「あれ?こんなのやってたっけ?」
奈々子はテレビにしがみついてるし。
「なぁー、おばあちゃんにアイス貰ってくるけど、何が良いー?」
ザザーー
テレビには砂嵐が流れているみたいだ。この暑さで壊れたか?田舎の夏は、もっと気持ちが良い暑さなイメージだったんだが…肌に張り付くような、ベタベタした暑さ。さいあくだ!
「なぁー、おいったら!」
全く、無視すん奈々子。…なんだか懐かしい響きだ。
「てきとーに貰ってくるからな!」
(こっちだ、虎野朱!)
ザザーーーーガガッ
テレビに流れる懐かしい音楽、熱くなる声。
「そ、それは…」
思い出した…!私の大好きな番組ーーー
「炎の王子 デンジャラスファイアだ!!」
テレビに映っていたのは、炎を纏いしヒーロー。
「なにそれ、知ってるの朱?」
「デンジャラス王子は愛馬を燃やしてから、馬に乗らないんだ。その代わりにデンジャラスファイアって言う炎のロバに乗ってるんだぜ。」
……なんだ、このデジャヴ感…
(お前の情熱は消えてしまったのか?)
「そうそう、デンジャラス王子は、敵の攻撃で消えてしまった情熱を思い出させるんだ!熱いだろー?」
「えー、よくわかんない。マジカルベリーの方が可愛いもんっ。」
「わかってねーなー、カッコいいだろ?」
「可愛いかどうかって、話をしてるのっ。それに、マジカルベリーはカッコかわいいもん。」
(お前の情熱は消えていない!変身しろ!)
「なんだよー、…なんか、変なこと言わなかった?」
(変身するんだ!皆がお前を待っている!)
「あれー、こんなセリフあったっけ?…それに、さっきから身体が熱い…」
(お前の情熱は決して消えない!)
「なぁ、奈々子?さっきから……奈々子?」
なんで…私を心配するような顔をしてるんだ?そんな顔しないでくれよ…
「奈々子…」
「…大丈夫。一緒に頑張ろうよ、ねぇ…パッションハート。」
心が燃える。この熱さは、私に流れる情熱だ。
(お前がなりたかったヒーローは…)
さぁ、連れてってくれ、デンジャラス王子。私の大好きなヒーローは…
「ここで倒れるのか?」
「必ず立ち上がるんだ!!!!」
ーコードネーム'パッションハート'
チカラヲカイホウセヨ
「…音?どこから…」
「ゲートオープン!!!」
ーココロ ヲ モヤセ
「真っ赤に燃えれば虎野朱!情熱猛らせ空を舞う!魔法少女パッションハート!!!」
炎は燃え盛る。周囲の血は沸騰、蒸発。鉄の匂いが漂い、生の感覚が湧き上がる。
「…貴様も不死身なのか?」
「違うぞ。私は魔法少女パッションハート、情熱の戦士だ!!」
ーコードネーム'パッションハート'
オノレヲカイホウセヨ




