第三話
第二回襲撃日、当日、午前八時。通勤ラッシュの真っ只中に、五人の魔法少女は招集される。三時間後、午前十一時に、寄生されし物が空を覆い、陽の光を遮ることで、一時的な夜を巻き起こす。地球外生命体が発信する信号は、襲撃日や襲撃場所を特定するに足りる情報であったが、容姿や行動、目的を知り得ることはできなかった。
しかし、今回は違う。運命の日を乗り越え、効果を期待できる対策と、さらに力をつけた魔法少女がいる。研究を重ね、寄生されし物を殺すことを可能とした武器を備えた部隊員を約百人と、魔法少女達を主戦力とし第二回襲撃日の被害を抑える。
「繰り返しますが、戦闘部隊が下っ端どもを拘束する。魔法少女達はリーダー格を倒す。その後、部隊と合流して残りを片付ける。覚えましたか?」
いつもとは違う真面目な面持ちで前野が話す。伊渕を含め、白衣を脱ぎスーツ姿の研究員が知らない顔も合わせて十人ほど集まっている。
「花子!ちゃんと覚えたか?」
「もうホープって呼ぶ時間ですー!それに朱がいわれてるんだからねっ」
これから死地に赴くというのに、いつもの明るい花子ちゃんと朱ちゃんだ。そうだ、今まで頑張ったことをやり切れば良い、緊張することなんてない。だから二人とも無理に明るく振る舞っているのだろう。
「二人共よ。私達のミス一つで、多くの人が亡くなる。だからこそ、冷静に、冷酷に、目の前のことに対処しなくてはならないのよ。」
静香の言葉で緊張感…というより、何かを考えているかのような顔に変わる。私を除いて。運命の日にイレギュラーで魔法少女となり、戦った私は、彼女達の思いをはかることなんてできないのか。でも、これから…
「わかってる。皆んなわかってるよクール…」
「…そうね。出過ぎた真似をしたわ、キュリオ。」
会議室が静寂に包まれる。力があるからこそ、彼女達は誰よりも真剣なんだ。一回り以上歳の離れた研究員と机を囲みながらも、思いは隠さない。
空気を一新するためにか、咳払いをしてから伊渕が話始める。
「えー、計画通りに、クールハート、パッションハートは駅前デパートを含め、駅周辺の密集地の避難誘導を円滑に行うため、寄生されし物を近づけないことを念頭に行動してください。」
「わかっているわ。」
「もちろんだ!」
スクリーンに全体の配置場所と、活動範囲が映し出される他、縦長い机に街の風景が伝わるほどに鮮明な地図が、必要な者の前に映し上がった。
立体映像に手をかざそうとしたら、既に腕を掴まれている花子ちゃんがいた。静香は手で片目を隠すようにため息をついた。…危なかった。
「続いてホープハートは単独行動が基本となります。寄生されし物を見つけ、マーカーをつけてください。その後、キュリオから始末する順番を連絡します。」
「まっかせろ〜い!」
花子ちゃんの活動範囲は県を一つ覆うほどの広さがある。静香や朱ちゃんと比べ、人口に大きな差があるにしろ、私の速度では被害は止められない。
「ホープ、 私の初動はクールとパッションに付きっきりになる予定。その間に寄生されし物のマーカーは全て終わらせて。」
「りょ〜かーい。」
花子ちゃんは四角いシールをペラペラと指先で遊んでいる。マーカーはシール型と拳銃型があって、私は拳銃型を渡されてるけど、シールって懐に忍び込んで貼るってこと…よね。居場所を追うための道具だから、部隊員さんも撃ち込むだけの拳銃型を持ってるらしくて、シール型なんて何で作ったのかと思ってた。そういうことだった。
「最後に、キュリオだが、予定通りに中心の電波塔で戦ってもらいます。」
「やっぱりね。大丈夫よ、効率的に進めましょう。」
「マジ!?私入ったことないぞ!いいなー!」
「私はこれで三回目でーす。」
「ふふん!私もお母様に連れて行ってもらったことありまーす!」
「貴方達ね…もう一度緊張感ってものを…」
研究員達の顔が失笑混じりな気もするけど和らいでいく、伊渕は疲れているようだけど。やっぱり、笑顔であった方が良い、誰かを救うにも自分が辛い顔をしていたら救えない。怯えは伝染する。…これは静香の魔法少女講習の受け売りだ。
「ラブはどうなんだ!行ったことあるのか?」
突然の急接近朱ちゃんに声が詰まって、えっと、かわいい…じゃなくて、あ、あの電波塔が
「あ、行ったことなっ」
「ガッハッハ!緊張してるなラブハートの子よ!」
髭面の大男に背中を叩かれて良い音が鳴る。痛い。研究所に泊まることも多い中、一度も見たことの無い顔だ。間違いない、見たら忘れない顔をしている。
「しょっ、所長!?おおおお疲れ様です!」
伊渕だけじゃなく、他の研究員も同じくたじろぎ、静香も頭を下げた。
「所長って…ここの偉い人…てことか」
「そうだ!ワシは偉いぞ!何より世界を守る男だからな!ガッハッハ!!」
口に出てしまっていた。そうか、所長か。どれくらい偉いのかわからないけど、私からしたら社長ってことなのかな。この人にお給金貰ってるのか…?朱ちゃんは一緒に笑ってるし、奈々子ちゃんはおどおどしてる。花子ちゃんはもっとおどおどしている。皆んなも初対面なのかな。
「ワシに構うな!伊渕!!最終確認の途中だったんじゃないか!?」
突然所長が出てきて構うなって…伊渕は私達の前じゃなくても伊渕みたいだ…その分前野は上手くかわしている。今も誰とも目を合わせてないし。
「ひゃ、ひゃいっ!そそ、それ、…ごほんっ…それでは、ラブハートは…」
ビー ビー ビー
ーパラサイトヲカクニン パラサイトヲカクニン
シュツドウセヨ シュツドウセヨ
けたたましいアラームが鳴り響く。それは、およそ二時間以上も後に鳴る予定であったものである。
「速い…!早く準備を!」
「おい!私はもう向かうぞ!」
「ちょ、まだ、正確な情報を!、ですねっ、」
持ち場に移動するためのポット(型ロケット)に向かおうとするなか
「落ち着けえい!!!」
所長の一声が会議室を揺らす。
「…前回の、運命の日と比べれば規模は縮小している。反してワシらは強くなった!何も慌てることなど無い!!」
静香や研究員達がはい!と返事をすると、さっきまでとは違い、落ち着いた様子で行動に移していく。
「あ、あの〜私は…」
そう、私はまだ聞いていない。活動範囲とか、初動とか…いろいろ
「ふむ、ラブハートの子よ、君は敵を迎え撃つことが仕事だ。安心しろ、あの場所に降り落ちる寄生虫共は少ない。」
「…私は、自分の持ち場を終わらせて静香の手伝いをしに行きたい…!だから私から、終わらせに行く。それでも…大丈夫…だったり…?」
所長の険しい顔に声が小さくなってしまう。もう、まるで岩にできたシミュラクラ現象みたいな顔になってきている。
「…ふっ、ガッハッハ!それも良いだろう!お前の気持ちが強さに繋がる!思った通りにやれ、ラブハートの子よ。」
…良く笑う所長だ。
走って自分用のポットに向かう。他の扉からは出発した跡があるだけだ。私の名が入った職員用IDカードをかざすと、扉の中には座椅子とシートベルト、そして聞き慣れた音声が流れてくる。
ーラブハート シートベルトヲツケナサイ シートベルトヲ
「わかってるよ、もう。」
ーモクテキチ ハ ニュウリョク サレテ イマス
「…よし、行こう!」
ーハッシャ シマス
午前九時三十分。奇声されし物に覆われた空から巨大な雨粒が地に落ちる。それらは、信号や車、自動販売機などに付着し寄生する。寄生された物には、黒い岩石のような手足が発生、群れを成し、人を殺す。
当然、木々に囲まれた滝城研究所本社を守るラブハートの眼前には、RPGの敵のようなフォルムをした木の化け物が現れる。
ーコードネーム'ラブハート'
チカラヲカイホウセヨ
「ゲートオープン…きて!」
ーアイ ヲ アナタニ
「地球をまるっと!包み込む大きな愛!魔法少女ラブハート!!」
ーコードネーム'キュリオハート'
チカラヲカイホウセヨ
「ゲート…オープン!」
ーミチビキ ノ メ
「知的に支配!導く未来!魔法少女キュリオハート!」
都市を見下ろす電波塔に、緑色を基調とするおさげで眼鏡の女の子。周りには一冊の本が浮かんでいる。めくっても真っ白で書かれておらず、表紙にひらがなで、「はるな ななこ」と名前が太いマジックで記されている。
「クール、パッション、聞こえる?」
「聞こえているわ」
「おっけーだ!」
クールハートの前にはパソコンやカメラなどの電気製品を頭部にする寄生されし物と、カードゲームのカードを頭部にする小さな寄生されし物が群れを成している。
「α-1、α-2部隊はそのまま裏路地通って、カードとフィギュアの寄生されし物をワイヤーで捕縛、倒さなくて良いから小さいのを逃さないで。α-3は避難誘導したら合流、α-4、α-5は駅前両サイドから動かずに向かい撃ち。」
クールハートと共に行動するα隊の返答を挟み、キュリオから指令が続く。
「クールは大通りの電気製品を片っ端から撃ち抜いて。まだボスが見えてない。力は温存しつつでザコはα隊に任せるように。」
「了解。」
パッションハートの前にはコーヒーやタピオカ店の飲みかけのカップが頭部になっている寄生されし物の群と、中心にはモアイのような顔をする石像を頭部とし、電信柱を片手で振り回す巨大な寄生されし物。
「β-1は避難誘導。それ以外は駅前でカップをワイヤー。数が多い。時間稼ぎに全力。」
β隊の返答。気味が悪いほどに統制がとれている寄生されし物は軍隊のように駅へ行進している。モアイは電柱を振り回すも動きはない。
「おいキュリオ!やべー、これはヤバい。ビルと遜色ないデカさだ!」
「わかってる。大ボスって感じね。動きがない以上刺激しないで。避難が終わって…いや、終わった魔法少女と合流してから叩く。」
「わかった。雑魚を蹴散らすぞ!」
状況を映すモニターが目の前に一つ、また一つ生まれる。中央には四つの地図。マーカーされた寄生されし物を表する赤い点が動いている。ホープハートは上手くいってるみたいね。クールのとこはボスが見えない…広げるしかないか…。
「|'深緑の一時'領域拡大魔法」
キュリオの本が一枚めくれる。クールの守る街を見る目が拡大されていく。
…………。
「クール。ボスがいない。群に紛れているかもしれない。油断しないで。」
「了解。終わり次第、パッションと合流する。」
一撃、一撃、一撃!頭部を撃ち抜かれ、バラバラと寄生されし物は崩れる。正確無比な二丁の銃弾は死角の敵さえ、反射し撃ち抜く。
「短期決戦。ラブには悪いけど出番はないわね。…クールショット!!」
…ネクストページ……。今のうちにパッションの大ボス以外は全て見とかないと、動き出したら一体でも邪魔はさせられない。
「ホ〜プハートは光の速さ〜ではないけど〜輝いてるから光かもっ!全ての路地を駆け巡り〜敵は全て丸裸っ!それいけっそれいけっホ〜〜プ〜〜ハーーー…ットーーー!!♪♪」
口ずさむ歌は誰にも聞こえない。聞き取ることができない。ドップラー現象どころか、強い風に当てられたとしか感じられない。それほどの速さを持つ。
「γ隊聞こえる〜?商店街の避難誘導と捕縛が終わったら、そのまま北西に進んで。ヤバそうなのは足切ってあるから、冷静にワイヤーね〜」
γ隊の返答。キュリオの援護が無いホープは、マーカーと指令をこなさなくてはならない。
寄生されし物が生まれてから、優勢ではあるが、死体は少なからず積み上げられ続けている。悲痛な叫びと壊れる音が響く。
クールとパッションはキュリオの援護の下、被害を最小限に抑えている。また、援護のないホープも被害を最小限に抑える。人口の差はあるにしろ、ホープの頑張りが大きい。ボスを倒すための力を温存しつつも、それ以外は全てマーカー作業に力を出し切る。息を切らすも歌を口ずさみ、疲労は見せない。ホープハートの名を冠する魔法少女の力である。
(パッションの援護は最後になるかな…。ボスは、一回り大きいマグロが頭部のアレだろうな〜何にも目をくれずに走り続けてる。私の専売特許だけど時間はかかりそう〜。)
「ラブパンチ!」
力を込めただけのラブハートのパンチ。
「ラブキック!」
力を込めただけのラブハートのキック。
振り下ろされた腕を躱し、腹部への一撃。体制を崩し、そのままアッパーで頭部を破壊する。事前に仕掛けられたトラップにかかる寄生されし物がいるおかげで、一人でも対応しきれてる。これ、クールが考えた兵器?かな。
「よし!これならすぐにおわって…おわー!!」
派手にすっ転ぶ。理由はすぐにわかった。足に木の根が巻きついている。そして、そのまま引っ張られる…!
「やっば、らら、ラブキーック!」
無理矢理力で引きちぎる。これは…
「こちらラブハート!木が、えっと木の寄生されし物が根っこを操ってる!」
「こちらキュリオ。やっぱり…そういうことか。」
寄生するなら硬い物にするべきだ。なのにやつらはそうしない。河川敷なら石とかも転がってるのに、捨てられたペットボトルなどバラエティに富んだ頭部をした寄生されし物が現れた。つまりは、寄生する依代に意味があるはず。当たった仮説…特性を使うため。ペットボトルとか信号とかは何をしているのかわからないけど、おそらく何かしていた。その特性を使って。今回は違う、根という攻撃に汎用性がある特性を使ってきた。奴らも学習しているのかもしれない。
「全体へ!奴らは頭部にした特性を使ってくる!遠距離使いそうなら近づかないで、ワイヤー銃で牽制して!」
まだ、まだ大丈夫。ここまでは想定通り。
「パッション!敵の援軍がゆっくり行進してきてる!数を減らさないとまずい!」
「わかった!って、掴むな、燃えろーー!!!」
現状を打破しないとパッションが潰れる。
「クール!右手の黒い雑貨店の屋上に逃げ遅れた子供が一人。敵の援軍無し。パッション行ける?」
「あと八分ってところね。やたらめったらに放電してるから、α部隊が近づけないしワイヤーも弾かれる。」
まずい。クールは一人でこの数倒すって八分どころじゃないでしょ。ボスもよくわからないのに。どうする…どうする!
「ラブハート向かいます!」
ーモクテキチ ニュウリョク カンリョウ
「ラブハート!?」
(寄生されし物は…全部倒してる…!一人で倒し切った…。なんでこんな早く)
「クール…手伝いは行けないみたい。」
「ラブ、パッションのところで合流しましょう。」
「うん、わかった!!」
「ああ、もう!ラブハート!パッションと合流して数を減らして!!」
「発進!」
ーハッシャ シマス
時は少し進む。パッションとラブが合流し、戦闘開始。モアイを頭部にした寄生されし物に動きはない。ついに、クールは電気製品の寄生されし物 を倒し切る。α部隊を先に行かせ、逃げ遅れた子供を助けるために屋上まで飛び上がる。フェンスから外を見る小さな女の子が一人。
「助けにきたわ。親御さんまで探す時間はないけど、避難場所までは…」
女の子は振り返りクールを見つめている。歳に似つかないほど落ち着いていて、不思議な雰囲気がある。
「聞こえているかしら。時間がないの。連れ去るようで悪いけど強制連行するわ。」
近づくと何か言っている。
「か、かれー…」
苦しそうな声で、涙を流しながら、訴えるように。
「かれーたべていき…さい。じゃがいもっ…ふふふかしてあげようかかかかかか」
女の子の身体から黒い液体が噴き出る。それは形を成し、頭部には手足を拘束されるように岩石に埋まる女の子。
「嘘…でしょ…」
クールとの通信が切れる。