第三十二話
リバティーと名乗る寄生されし者は、頭髪が腰近くまで伸びている色白の女である。ホザホザの髪は、手入れが全くされていない。両眼の下には、真っ黒な隈が形成されており、健康状態は良くないことが見て取れる。手脚や、背中、腹部、両頬、頭部の一部が黒い鎧で守られている。
「ふーん。生まれたての赤ちゃんが、そんなに速くなっちゃっても意味ないけどねっ。」
ホープソードはホープハートの細剣である。軽くて丈夫。それが、速度を活かせるホープの武器に最適な条件。人間が振るったとしても、一撃で致命傷を与えることは難しい剣だが、速ければ、敵に突き刺し、肉をそのまま引き裂ける。
それはデメリットにもなりうる。剣に向かってホープの速度で突き刺されば、そのまま御陀仏である。何よりもホープハートこと星崎花子が一番理解していること。寄生されし者になったばかりの相手が、その恐ろしさを理解しているとは考えづらい。…つまり、挑発して敵に向かわせれば、一撃必殺のラッキーパンチが狙えるはず。
「キメェキメェ、黙って殺されろ。記憶に残らないように、平々凡々に殺されろゴミ。」
リバティーは戦闘体勢に入る様子がない。
「ひっどーい!ちゃんと覚えてからっー」
消えた!…真っ直ぐ立っていたはずなのに、走る瞬間も見えなかった!もーっ、どんな原理で移動してんの、ほんとにさぁ。
……聞こえない。どうしよう…足音さえ聞こえれば、何とかなりそうだったのに!仮説一、透明になってる説はハズレかな。他は、特定の人間に存在を感知させない…とか、幻覚を見せている…これはかなり濃厚な仮説ね。とりあえず衣を全開!!これを掻い潜ったら、かなり仮説を絞れる!
「さぁー、どこからでもかかってごっ、はっ…」
腹部に鈍痛がする。五キロはあるだろうか、鉄製のハンマーが腹部にめり込んでいる。衣で感知できたのは、痛みが走ったとほぼ同時。感知した次の瞬間には、攻撃を受けていた!
「生きてるのか。ゴキブリみてぇな生命力だなてめぇ。」
「くっ……てめぇてめぇって…言葉遣いが悪いのは良くなーい!」
剣を振り上げる。力を入れると、腹部の痛みを一層感じてしまう。
リバティーは逃げる体勢もとらない。そのまま、剣はリバティーの左目を斬り裂く。
「だっ、あ゛!いたい、痛い!痛い痛い痛い痛いいたい痛い!!」
ホープは左手でハンマーを握りしめていた。リバティーを逃さないように。
「はぁ…はぁ…速いわけじゃなかった、そうでしょ…」
リバティーが離したハンマーを地につけ、身体を支える。
「ぐぅあ゛あ゛あ゛ぁ゛…クソが、クソが!!!…それくらい、くれてやるよぉ!」
肉を焼いている音が聞こえる。傷口を押さえる手の隙間から、音と煙りが湧いて出ている。修復しているのだと、直感で理解する。
追い討ちはかけられない!ホープには、リバティーの能力がわかってしまったから!
「て、てめぇみたいな育ちが良さそうな…甘やかされて育ったクソボケは、そのプライドごと、ぐちゃぐちゃにすり潰して殺す!」
ゆっくりと、手を傷口から離す。左目は、傷跡がはっきりと残っているものの、既に見えているようだった。
「…そうかもねっ。私のお父さんは政治家だし、甘やかされて育ったのかも。だから、貴方と違って気品があるわ〜けっ!」
挑発を止めるな。日の光で、痛みが少しずつだけど和らいでる。次のチャンスには、全速力の剣で首を飛ばす!お腹を押さえてる私を、今のこいつには、満足に動けないと見えてるんじゃなーい?
「テメーみてぇな、不幸ってヤツを知らないガキが一番気に触るんだよ、生ゴミが!」
消えた…。やっぱり見えなかった。だから間違いない。こいつの能力は……っ!?
「死ね!!」
ハンマーが右肩に命中。
「死ね!死ね!死ね!死ね!」
左大腿、右脇腹、右胸、左脹脛…
「死ね!死ね!死ね!!」
左上腕、左肩、右目…
「死ね!!!死ねっ…!?」
背後から首…
合計十個のハンマーが足元に散らばる。現れてはハンマーで殴り、ハンマーを捨て消える。また現れては、新しいハンマーで殴る。その繰り返しも、十個目のハンマーで終わりを迎えた。
「見えてるよ…」
消えて現れるまでの時間を変えようと、狙う場所を不規則にしようとしたって、もう十回目。自他ともに認める'天才'に、十回同じハンマーでの攻撃は多すぎる。
ホープの足元にはホープソードの鞘が突き刺さっていた。光り輝く鞘が。
「ーー輝け!ホワイト フラッシュ ソード!!」
リバティーはホープソードの光に包まれた。
ラブハートは踏み込むことで、集まった猫を散会させると同時に、右の拳を猫型寄生されし者に近づける。アッパーは猫型の顎に迫るも、身体をくねらすだけで回避する。猫型の身体は、人間の可動範囲を超えた曲がり方をした。猫のような身体のしなり。それが、聴覚に続き、確認できた能力。
「ラブキック!」
左脚の回し蹴り。拳を避けた頭部を再度狙う。何度も練習した、流れるような一連の動き。
踵はスムーズに着地する。猫型はくねくねと身体を揺らすのみ。
「ラブ パンチング…」
左の掌底打ち。正中線を意識し、腹部を狙う。身体をどんなに曲げようが、中心を狙えば何処かに命中する。その場から脚を使って逃げなくては、完全に避けることはできない。
「ボンバー!」
掌から自爆まがいのラブボンバー。掌と膨らむビームが合わさり、大きな拳に見える。
身体を畳んでみた。率直な感想だとそんな感じになると思う。猫型は後頭部と踵がぶつかっていた。腹部を山折したような体勢である。
「…ふんっ!」
掌底打ちを猫型の真上で、拳に切り替える。掌で膨らんでいたビームは握りつぶされ、爆発。大きな二つの看板が吹き飛び、商店街の入口は解放的な姿へと変貌した。
爆風で後退りする。土煙の中には、猫型の影がくっきりと確認できる。
「いヤー、まいっタ。俺にハ、どうしても理解できない人種ってのがいるんだガ、それが君カ。」
首をポキポキ鳴らしながら歩く猫型。ダメージを負っている様子は無い。足音がしない。歩いてきているより、姿が少しずつ大きく見えてくる感覚。
「俺は自己犠牲ってのが嫌いでネ。魔法少女なんてものをやっているかラ、そっちの人だってのはわかってたつもりなんだけド、自爆までできちゃうなんてネェ。」
今ビームを撃とうが避けられると、直感で理解できる。さっきの自爆みたいに、敵の意識しない攻撃…不意打ち、もしくは、拘束する。逃げれる距離以上の範囲攻撃も効果的か…。
「もしかしテ、自分が死んでモ、目的を達成できればいいって考えを持っているのかイ?」
そうだ…っ!率先して破壊活動をするのは気が引けるけど、地面をぶっ壊してしまおう。足場が悪ければ、チャンスは何倍にも膨れ上がるはず…!
「無駄だっテ。猫がドミノを崩さずニ、歩いて通れるのを知らないのカ?不利になるのは君だろうヨ。全ク、冷静じゃ無いネ。」
「……口に出てた?」
「こーっノ、ドジっ子メ!…ト、言いたいところだけド、ずっとしかめっ面で黙ってたヨ。」
…最悪だ。
「通信先の会話も捉える聴覚、近距離のビームも避け、ボンバーに耐える身体能力…そして、心を読む力。…そこまでの力をどうやって手に入れたの?」
右手を顎につけ、左腕で右腕を支える。少し唸り、空とラブを交互に見る。
「…敵に聞いちゃウ?素直すぎないカ?…まぁいいヤ。」
…え?教えてくれるの?そんなことある?
「俺は猫と一つになっただケ。それっぽいことができるだけデ、深く考えるなヨ。それニ、身体が頑丈なのは寄生されし者だからじゃないのカ?」
一つ、一つ、自分の中を整理するように話していく。
「俺もよくわかってないんダ。…わかってることハ、人間を殺すための力じゃなくテ、猫を美味しく食うための力なんだよナァ。」
わからない。説明してもらっても、何もわからない。
「あぁわからないカ。ほラ、犬だって食用にしてる所もあるだロ?猫は駄目なのカ?食文化を理解できないだけデ、否定シ、排除しようとするのカ?」
「…食文化を否定するつもりはない。私は猫が好きだけど、外部の人間が、お前の育った場所に首を突っ込んで、わざわざ否定しにいくのは…ちょっと違う気もする。」
猫を食べる地域で育って、猫と一つになることで生きてきた人間が、寄生されて寄生されし者になった。…そういうことなのだろうか。
「まぁ俺はそんな文化聞いたことないけどネ。ただ猫を食べてるだケ。」
「……おい、おちょくっているなら話は終わり。それに、お前は殺人鬼だと既に話していた。敵だと断言した。…目の前の寄生されし者を倒す、お前は抵抗する。それでいい。」
ステッキを握る手に力が入る。
「話は聞いておけっテ。重要なんだロ?初めてなんだロ?人語を話せる俺みたいなヤツっテ。ちょっとくらい語らせろヨ。俺は話して満足すル。ラブさんは話を聞けて今後に活かせル。お互いが得する提案なんだっテ。…大人になれヨ。今は黙って聞くのガ、求められてると思うゾ。」
…ステッキを腰に装着する。一理あると思ってしまった。話を聞けば弱点が見えて来るかもしれないし、何より時間を稼げる。考えろ…バレても、こいつを倒せるアイデアを…!
「…じゃア、話させてもらうゼ。」
口が無いにも関わらず、深く息を吸う動作をする。人間だった頃の名残なのか。息を整え、語り出す。
それは…悪意などではなく、共存し得ない、新種の生物が芽吹いた軌跡だった。
「猫はいいよナ…。ラブもそう思うだロ?わかるんだ俺にハ。あんなに愛される動物もいなイ。だかラ、俺も猫と一つになったら愛されまくりだと思ったんだワ。単純な話サ。人間ってやつハ、食ったもので身体が作られていくんダ。だから食ってみたわけなんダ。
……そしたらヨー、そしたラッ、ぷプッ…美味しいのなんノ!それモ!愛されていればいるほど美味いんダ。その子の家族の前で食べればさらに格別だっタ……でも楽じゃなかったんダ。
いざ目の前で食べてやるって時ニ、やつらは自分の命の心配ばかリ。どんどん猫も不味くなっていっタ…。だから本当に愛されてる猫を見つけるのは大変だったんだヨォ。
でも変わっタ。今日変わったんダ。この力があれバ、猫がどんなに愛されてるかわかル!目の前で愛する家族を食われるってどんな気持ちなのカ。その心を読んだとキ…天国だったヨォ。
だから俺は猫を愛していル!この力を愛していル!」
………
「…ふざけるな!お前は趣味嗜好のために、命を弄んだ。…私はお前を許すことができない!」
「これかラ、ラブさんを痛めつケ、動けなくすル。そのあト、目の前で猫を食べようと思ウ。愛されていなかった猫達モ、それなら美味しく食べられるはずなんダ!」
ステッキを左脚に装着。猫型に向けて、足に装着したままの
「ラブビーム!!」
反動で押し返されるが、抵抗せずに流される。その力を利用しながら、地を押し返して空高く舞い上がる。
上空から狙撃してやる…猫っぽいことができるなら、高くジャンプはできるだろう。でも、空を飛ぶ猫はいない。いたら可愛いけどね。絶対可愛い。
ニャー
嘘!?……いない。通信回復した?違う、デフォルト音声から変更できなかった。スマホも持ってきてない。どこ?地上から鳴いても、こうは聞こえない。こんな耳元で…どこ、私は今、攻撃をされているの!?
「あのサー、…あァ、そうカ、そうカ。…ごほンッ… 」
口に両手を添える。声を遠くまで届けるための工夫。
「ラブハートーー!後ロ、後ローーッ!!」
「うし…ろ?」
ニャー
ラブハートの背中には、猫が両手で器用にぶら下がっていた。重さも感じ無ければ、毛の色が保護色になっている。…が、しかし、よく見ればわかるもので、背中を掴まれている感触も存在する。
「猫爆弾」
猫は爆発する。破裂し、開かれた腹部から露出した内臓は、自身の発熱で瞬時に溶け出す。爆発の衝撃で粉砕された骨は、内臓の液体を流れていく。猫型の一声で、内臓のマグマと、白き散弾銃がラブハートを襲った。
「ぐっ、あ゛あ゛!ラブっ…ビームっ!!」
左脚のステッキを半回転。ラブビームを自身に向けて放つことで、背中の猫だったものを吹き飛ばす。
ビームの反動で、地上に強く打ち付けられる。ダメージは大きいが、最小限で抑えることに成功。
「はぁ…はぁ…」
急いで立ち上がるも、時既に遅し。無数の影に囲まれることを知る。
「おかわりダ。猫爆弾。」
ラブハートに飛びかかる猫は空中で爆発四散する。爆風を覆い被す内臓と骨が、引き寄せられるかのように、ラブへ一直線に襲いかかる。
外からラブを視認することはできず、白色が混ざった赤黒い液体を纏う存在があるだけであった。
「君は爆発が好きみたいだかラ、猫と相まって好きと好きのコラボレーションってことになるネ。」
鉄の匂いと、漂う猫の毛が充満している。
「あァ!愛ダ!俺はなんて愛シ、愛される人間なのだろウ!これからハ、俺の愛で世界は回っていくんダァ……全ての生き物ガ、俺の寵愛を受けて生きていク!!」
空気が振動する。猫型寄生されし者の大きな耳は、小さな振動を受け取った。
「……ハ?」
「愛とは…」
振動はより大きく。
「効いてないのカ!?」
「誰かを喜ばせることでも、助けることでもないよ。」
その声は落ち着いている。
「魔法少女ってのハ、そんなに頑丈なのカ?」
「寄生されし者第二号。貴方は愛を履き違えているわ。」
液体はゆっくりと、中心の何かから流れ落ちていく。
違ウ。…違うゾ。さっきまでと雰囲気が違いすぎル。でモ、猫爆弾に飲み込まれたのヲ、この目で見ていル!入れ替わる時間などなかっタ!それなのニ…まるで人格が入れ替わったようナ、この違和感の正体はなんダ!?
「…誰ダ!お前はいったい誰なんダ!!」
液体の中から見えた輝く瞳は、綺麗な青色をしていた。
「愛とは受け入れる心……全てを受け入れ!心は再び繋がった!!」
纏われた液体は四方に飛び散った。
「あチッ!あちちちチ!」
姿を見せたのは、左目が青く輝き、頭髪が一部青く変色したラブハート…否!
「森羅万象を包み込め!私達の冷静な愛!!
魔法少女ラブクール…クールタイムはここで終わりよ!」




