香無静香の冷静(後)
朝顔も暑さにだれているのか、季節真っ盛りのはずがしおしおである。おそらく観察日記を書き終わったのだろう。律儀に黄色い帽子を被っている愛衣れいなから、汗が絶え間なく流れ落ちている。我慢はしているけども、顔が溶けてしまった。放課後にも日差しがおさまらない今日日、私達はいつも通り駄菓子屋に向かっている。愛衣れいなはソーダ味の氷菓子を、私はチョコレートのシューアイスを求めて。何よりシューアイスは、駄菓子屋の店番 大貫千代子に仕入れることの優位性を
「目つきの悪いねーちゃん!」
クソガキに見つかったわ。
「おっと、そっちの学校は終わるの早いの?」
クソガキ二人は他学区の一年生。困った事に好かれてしまったようで度々話しかけられる。愛衣れいなは子供に優しすぎるわ。遊びに付き合ってあげるだけじゃなくて、虫取りにも付き合っていたのは驚きね。
「あと目つきは悪くないよ。」
譲れないものもあるようね。
「俺たちは一年生だから、おわる時間早いんだよ。あと目つきは悪いかな…ごめんなさい。」
譲れないものは誰にもあるものよね。
「本のお姉さん、また勉強教えてよ。」
三人組だと、リーダー格と眼鏡キャラ、恰幅の良い子というのがお決まりだと愛衣れいなが話していた。二人組にお決まりはあるのかしら。
「駄菓子屋まで時間があるわ。歩きながら続きをやりましょうか。」
大人が見れば微笑ましい光景なのかしら。たわいも無い話を続ける。この歳で勉強に励もうというのだから将来有望ね。
話していれば時の流れは早いもので、住宅街外れにある駄菓子屋にたどり着く。
ガラガラパキガラ… ドアは年代物。
「大貫千代子。例のものを出しなさい。」
「はいはーい、そこのクーラーボックス入ってっから。」
奥部屋から頭をぽりぽり掻きながら金髪女が出てくる。キャッシャーを横に置いてあぐらをかく。
「確認したわ。良い仕事ね。でも、子供の前で煙草はやめなさい。駄菓子屋らしく煙草っぽいお菓子や、チューチューアイスを咥えるのが良いわ。」
天井に向かって大きく息を吹き出す。彼女なりの妥協点なのかしら。無意味な抵抗ね。
「ほら、さっさと金置いて外で食べな。」
「これください!」
「くーださいなー!」「これもらいます」
どかどかと大貫千代子の隣に座る。私も灰皿を突き出しながら隣に座った。
「お前ら…子供は外で遊びんしゃい。」
聞く耳持たず。恐れ無くアイスにかぶりつく。
「炎天下で遊ばせる事は効率的ではないわね。冷房が効いた部屋で休息をとることが…」
「あーあー、いい、いい。あんたに言い勝てる気がしないのよ。…ウチもアイス食べっかなぁ。」
大貫千代子は子供が買うはずのない、高いアイスを持って奥に行ってしまう。
「ガキと食ってたら不味くなんだよなぁ。お前ら店番しとけなー。」
何故駄菓子屋をやっている。悪態をつく彼女のジャージには、お尻のところに穴が開いていた。
「なぁ、何で名前全部言うんだ?言いづらくない?」
「名前全部…?どういう意味かしら。」
名前…私にミドルネームが無い話かしら。いえ、その話は愛衣れいなにしか話していないわ。考えられることは主に二つね…一つは自己紹介の際に苗字が必要あるか。実に切り込んだ話ね。苗字は基本的に両親と同じだわ。言わば個別認識に必要なものは、苗字より名前に比重が置かれていると言えるでしょう。反して、苗字は親との繋がりで、私はこの人の子供の〇〇ですと伝えられるわ。名前だけで不十分だとは思わないけれど、苗字とセットであるからこそ、証明されることがあるのもまた事実。つまりは、その証明を必要とするか否かなのよね。選択できる自由は、それこそ自由にすれば良いけれど、今回の話は自由ではなく'名前全部'よ。…どうしたものかしら。もう一つはオリジナルの呼び方についてね。言わばあだ名よ。名前、愛衣れいななら'れいな'、私なら'静香'のこと…。名前を全部言わずに、籠原海子が私を'しずちゃん'なんて呼ぶことを言っているのかもしれないわ。コレは私にあだ名で呼んでほしいということ。図々しいわね。確か木宮…晴人ね。ひっくり返して晴木なんてどうかしら。もう一人は田中実瑠だから、ターミールなんてどうかしら。ふふっ、なかなかセンスが良いわ。せっかくだから披露してあげましょう。
(この間二秒)
「静香?」
「愛衣れいな。理解できたわ。つまり
「それそれ。」
「…? どういうことかしら。」
何かスピリチュアルな問題かしら?それは範囲外ね。勉強不足だわ。
「その「愛衣れいな。」って始めるやつだよー。それ変じゃね?」
やっと理解できたわ。
「私は下の名前で大丈夫だけど。」
「そうね、じゃあ……」
愛衣れいなと向かい合う。何を考えているの。ちょっと間抜けな顔になっているわ。目つきも和らいでいることは内緒にしておきましょう。
「………愛衣れいな。」
……。
「れいなでいいよ?静香。」
「わかっているわ。少し待ちなさい。」
息を整える。
「…………愛衣れいな。」
…。
「なんだ恥ずかしいのか?AIでも入ってんのかと思ってたのに、人間っぽいところもあんのな。」
ラムネを四本持った大貫千代子が戻ってきた。
「まぁ、静香が言えるようになってからでいいよ。」
ラムネをぱしゅっと開ける。我慢できなかった木宮晴人が失敗して畳にこぼす。「おいおいー」ティッシュをポンポンと打ち付ける。
私と愛衣れいな、田中実瑠は一旦外に出てラムネを開ける。
「人それぞれだよね。」
子供にも気を使われる。
「問題ないわ。理解したら実行できない道理が無いもの。」
ガンガンに冷房が効いた駄菓子屋との寒暖差で、一歩出るのに生暖かい膜に当たる感触が生まれる。
喉に心地の良い刺激を感じながら、ラムネが一番多く流れ込む角度を調整する。ラムネの力を借りるのもどうかと思うけど、思考を変えたかった。全くしょうもないわ。こんなことを気にするだなんて。
私は冷静になりたかった。
時はきた。
待ち望んでいたわけではない。知っていたから驚きもしない。簡潔にまとめられたメールを閉じて学校へ向かう。
時が解決してくれる。この言葉は侮れない。私に対してのいじめやら何やらは見る影もない。教師も最低限の関わりで過ごさせてもらっている。相変わらず、教室で言葉を発することは無いけども、愛衣れいなと放課後を過ごすために、この時間を勉学に当てることは効率的だ。
「自分より頭の良い教え子って不気味でしょ」
前野圭雄。後で研究室に来なさい。
愛衣れいなは普通に会話はするようになったそうだ。夏休みで全部忘れてしまったのだろう。それでも、友達に戻ったわけではないみたい。私にはわからないけど、時が経てば、友達関係に戻っていくだろう。子供は残酷だけれど、謝ることや忘れることができるところは好感が持てるわ。…いえ、人によるのかしら。
「静香、何かあった?」
よく見てる。
「実は引っ越しをする事になったわ。」
愛衣れいなは悲しんでくれるかしら。
「そうなんだ。また会えるよね。」
そうね、その反応も予測可能だったわ。
「両親の勤務地が変わるらしいわ。知ってはいたのだけど、私も一緒に新しい研究所の方へ行く事になったの。」
何やら空を見てる。ふらふらするのは止めてほしい。
「……香無静香。私理解したわ。」
「何よそれ。全然似てないわ。」
時々おちゃめね。悪くないわ。
「会えないって言われても悲しくなくて、何で悲しくないのか、考えてもわからないんだよね。静香と会ってから、分からないことが増えた気がするよ。」
…私もわからないことばっかよ。こんな時くらい感情的になれれば良いものを。
「静香?」
「なに?」
「考えてもわからないってことはさ、'会えない'っていうのは嘘なんじゃない? 会えるから悲しくないんだよ。」
「ふっ…ふふっ…あははははは!」
愛衣れいなは目を丸くしている。本当にわからないことの連続なのかしら。
「静香…ぷっ…あっはっは!」
私は程なくしてその地を離れた。
研究所は思っていたより山奥で、森を切り拓いて建ててみたといった印象を持った。両親は友人について話す私に驚いていて、全くどう思われていたのかしら。
「それから数年後の話になるけど、滝城研究所の事故で両親は死んだわ。それで、魔法少女を知り、研究を引き継いだという流れよ。」
静かに、着実に車は目的地の付近にたどり着いていた。珍しく黙って聞いていたが、話が終わったら口を開くのがγ隊有名女隊員。
「ふひっ、親は子供に黙ってこっち側だったのかぁ。あの頃は事故が多かったからなぁ、おっそろし〜。」
「お前は何歳なんだよ!!…壮絶な過去があったんですね……そういえば香無さんって、途中から学校行ってなかったってことですか?」
お前らは変なところばかり気にしやがって。俺は香無さんが、意外と饒舌なのが気になってしょうがない。そんな人だったか…まぁ勝手なイメージだけどな。
「いろいろとあって、大学まで卒業したことになってるわ。」
「いろいろって…飛び級ってことですか?」
「いろいろはいろいろよ。」
首筋に水を垂らされるとゾクゾクするわけだが、今回のはとびきり冷たかった。イカれ女がつり目を歪ませてニヤニヤとしている。なんて嫌な笑顔なんだ。
「目的地です。これ以上近づくこともできますが、どうしますか?」
隊長の声が運転席から伝わる。狭い覗き窓から、現実味の無い凄惨な景色が広がっている。
「ここで大丈夫よ、助かったわ。今日は話し過ぎたわね。内緒にしてちょうだい。」
香無静香は畳まれた車椅子を手に持ち、仰々しい音をして開いたドアから降りる。
γ隊の三人も車を降り、歩く香無の背後で一列に並んだ。
「香無研究員!」
香無は振り返る。土煙が少し鬱陶しい。
「ご武運をっ!!」
三人は敬礼をしながら顔を引き締める。
表情を誰も読み取れなかったが、悪い印象は持たれなかっただろう。そんな気がする。
「魔法少女も人間なんだな。」
隊長は再び運転席に座り、来た道を戻っていく。隊員二人は向かい合う硬い長椅子に、グータらと寝そべっていた。
「あ!それ、魔法少女差別でぇぇえす!隊長は炎上しました〜ざぁんねぇ〜ん。」
何故か楽しそうだ。
バックミラーに映る隊長は身体を見渡している。
「ん?別に燃えてないが…?」
隊員二人は車が揺れるほどゲラゲラと笑った。隊長はその後機嫌が治らず、無理にドリフトをして、隊員二人を椅子から転げ落とそうと策略する。
三人は倒れた車を放置して歩いて帰った。誇らしい顔で帰還し、報告書は書かずに寝た。
ヤバくね?
近く住んでるやつ早く逃げたほうがいい
↑そんな猛者おるんか
外で暴動?おきてる!
負けるなー!!
最後の晩餐が納豆ご飯だった
俺はえびせん
諦めるな。正義は勝つって決まってる。
現実の話なんですけど
頑張れラブハート!!
タヒにたくない
なんで誰も助けにこないの?
誰でもいいから魔法少女を助けてよ
ラブハートが最後の魔法少女なのか…?
↑他に4人いたけど出てこないってことは…?
↑新しく作るから待ってろ!
↑量産できるの怖すぎるwwww
魔法少女募金始まりました
皆さんの少しの募金で応援できます!
ワイは避難したほうがええんか?
地元に帰りたい
さっきの内部告発者ニキは浮上しないの?
死なないで…もう逃げようよ…
「愛衣れいな。私も戦うわ。」
車椅子のクッションを引き剥がす。座っていた場所に、厚さ五センチほどの鉄の塊が露出する。横部のボタンを押すと、五十センチの立方体に形を変える。轟音と共に動きだし、洗濯機のような挙動を見せる。
「その黒い靄は予測済みよ。」
香無は肌を引っ張られるような感覚を持つ。名前も無い銀色の箱は、魔法少女に流れる力を掴まえ吸い込んでいく。肉体が引っ張られるほどの力は無い。靄には必要ないからだ。
「魔法少女も寄生生物の細胞を利用しているのよ。なら吸い込めない道理は無いわね。」
香無静香は知らない。その靄は漂うことを目的とし、それ以外の行動を拒絶していること。たとえ、直接吸い込んだとしても、何事もなかったように箱をすり抜け漂うことになるだろう。
「これは…血液?」
箱に吸い寄せられたのは微量の血液。誰のものかは明確だった。
すぐに停止させる。このまま使用し続ければ、止血をする事もままならない。
戦場から響く音、光、衝撃。
香無は銀色の箱を元の大きさに戻す。これは、香無が移動の際に使っていた状態である。箱の状態に反して、放出する機能が採用されている。出力の向きを変えただけのものである。
「ふーっ……待ってなさい…」
ーコードネーム'クールハート'
チカラヲカイホウセヨ
「ゲートオープン」
ークール ニ キメロ
「森羅万象!全てが私の予測をなぞる!魔法少女クールハート!」
クールハートは全身が引き裂かれるような痛みに襲われる。絶えず襲いかかる痛みで視界は激しく揺れる。堪らず膝をつき、その場で嘔吐してしまう。
変身は解かない。両手に握った銃を機械に向ける。トリガーに指をかけるも力が入らない。
風で引き剥がしたクッションが吹き飛んだ。揺れる視界で鮮明に見える白い猫。
「…全く、おせっかいね。」
クッションの裏側。隠すように貼られていたのは、可愛い白猫のシール。犯人に目星はついていた。
「クール…ショット…」
力を注ぎ込む。やがて機械は煙を上げ出した。
車椅子に再度はめ込み、クッションを拾って被せる。座り、向きを調整し、力を放出する。
魔法少女でなければ耐えれない速度を出す車椅子。視覚で確認できる距離まで急接近を可能とした。愛衣れいなに向けて刃が発射されたことを確認する。
車椅子は衝撃に耐えきれずバラバラに。宙に投げ出されたクールハートは刃を背に向けた体勢で着地。
愛衣れいなと向かい合い、背中で攻撃を受ける。この身一つで防げるはずがない。そのまま貫通し、愛衣れいなへと命中するだろう。
ー全ては私の予測をなぞる
心臓に向けて打たれた注射。
体を蝕み、貫通する攻撃を絡めとり、体に固定する。愛衣れいなの後方に向けて、最後の一撃。
ークールショット
二丁の拳銃から放たれた衝撃。
全てをこの身一つ…この命をかけて!
ああ…よかった…
私は大切なものを守ることができた
「愛衣れいな日記」フォルダ
・最終更新のメモにて
愛衣れいな
あなたを助けるのは私がいい
友達だから
ずっとこの先も
友達でいたいから
※以後「愛衣れいな日記」については、パスワードを変更し保管されるものとする。
保管者: 前野圭雄




