第二十三話
冷酷。ラブクールを中心に広がる想いは質量を持たない。ただ、冷たく、凍えてしまいそうな空間が広がっていく。歩けば音を立てるだろうが、霜柱で心浮く小学生の登下校とは異なり、音に耳を澄ます大人も存在しない。視認できる草木、コンクリート片、誰かの思い出が詰まるクマのぬいぐるみ、全て真っ白に染まっている。凍っているのだ。雪が積もっているのだ。
否。全て幻想。何も変わってなどいない。感じるだけである。三十体の寄生されし者は、その場を動けない。身体の自由を自らが許さない。目の前で起こる美しき可能性から目を逸らす行為を、神に叛く行為と似た底知れない恐怖感が見つめている。
ラブとクールの均衡が崩れた。三十体の寄生されし者に囲まれる魔法少女は紛れもなくクールハートである。左眉にかかる髪に、一筋のピンク色が垂れるのみとなる。
死んだはずのクールハートが立っているのだ。
「感情に身を任せるのは気持ちがよいもの。その結果、目的を見失い、悲しみが生まれる。ならば、感情とは悪か。いいえ、それは違うわ。」
語りかける。敵に、仲間に、自分自身に…
「感情を抑え、目標に到達できれば達成感が残るでしょう。結果、自身を失い、自己否定が生まれる。ならば、冷静とは毒か。いいえ、それも違うわ。」
クールハートが淡く光る。どこから飛んできたのか、香無静香から浮き出たシャボン玉が漂い始める。
「感情は人を人たらしめ、冷静をもってわかり合うのよ。…手を取り合って、欠点を補う。とても素敵なことよね、ラブハート。」
「もちろんだよクールハート。」
クールハートの感情が溢れる。口元は少し緩んだ。
「冷静を遂行する。」
二丁の銃から無機質な音が脳に響く。
ーラストスキル ノ カクニン ハツドウ シマスカ?
シャボン玉が弾ける。
「…ゲートブレイク!」
ーエ・タ・ー・ナ・ル・ゼ・ロ
「静心永遠領域
もうお前は私に干渉できない」
クールハートのラストスキル: 静心永遠領域。襟に毛皮があしらわれたマントを肩にかけている。青みがかかった黒色のマントの中には、以前の原型を残しつつも、軍服のような印象を持つ深青のドレス。両肩に繋がる二本の金のチェーンは高貴の証。頭上に浮かぶ氷の輪は、死人の輪とは程遠い、輝きを放っている。周囲には細氷の発生、ダイヤモンドダストである。冷たさは感じられない。
圧倒的な存在感を放つ魔法少女は人間を超え、兵器を超えた、未知の生物の誕生を証明した。
「すーっ…はー…空気が澄んでいるわ。」
「すごい、全部、全部わかる…!」
「それは私と繋がっているからよ。そして、これが私のラストスキルとやらみたいね。」
クールハートは右手の銃から地面に一度撃った。
「が、があ゛っ!」
寄生されし者の一体が、突如クールハートに向けて走り出した。
「痺れを切らしたのかしら。」
走りながら両腕を振り回す。遠心力が加わった刃が射出された。一撃目の刃に二撃目の刃が突き刺さる。加速した刃、クールハートは動かない。
「…があ?」
刃は持ち主の元に戻っていた。それも、クールが貫かれた様と同じ突き刺さり方をしていた。
「が……」
寄生されし者はその場に倒れ、動かなくなる。不快な音を垂れ流しながら、倒れた状態で修復を始めている。
ラブは同じ身体がやったことを信じられなかった。地面に撃っていたはずの弾丸が、地中から飛び出て刃に衝突。刃が軌道を変え、寄生されし者の背後から突き刺さった。
「これって…」
「言ったはずよ。私に干渉できないと。」
「おい奈々子。どういう状態かわかるか?」
「わからない…ただ、これはもう未来予知の領域…! 」
榛名奈々子と虎野朱は映し出されたクールハートの姿から目を離さない。
敵の動きを予測してるんじゃない、敵が予測通りに動かされているみたい。
「すっげー…」
凄い…確かに凄い。でも、こんな常軌を逸した力なんて、それこそ全てをかけなくちゃ……私達はどこまで近づける? 何を目指せばいいの…?
「がぁあ゛あ゛!!!」
寄生されし者の咆哮。十体、十方向からの黒きビーム。ラブハートを追い込んだビームである。クールハートの何倍もある範囲攻撃が、三百六十度から押し寄せる黒い津波に見える。真上から照らす青空のみが自然の色。
「……」
クールハートは身動き一つとらない。その二つの目に何が見えているのか。
圧倒的質量を持って全てを破壊する。黒い津波に飲まれた者は、浮き出ることもなければ、身体の自由は完全に奪われる。今度はお前だと、四肢をもがれた死体を待ち望む三十体の寄生されし者。風穴が空いた個体も、立ち上がり渦を見る。
ビームは津波に注ぎ込まれる。行き場をなくしたビームは空へ向かう。うねり、回転する。渦は大きく育つ。津波で作られるは竜巻、その最外周に青光。
「があ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
青光に向けて射出される十体分の刃。両腕で計二十の刃。分解して、四百の小さい刃。目標を追いかける姿は、頭部が青く光る昇竜のごとき。
「クール サーフィ…いえ、技名は必要ないわ。」
クールハートが乗っているボードは、自身に突き刺さった刃である。真っ黒な刃のはずが、水色に染められている。銃と同じ色である。
「ただのサーフィンよ。」
竜巻の頂上でポーズをきめるクールハート。ボードが小さな刃に衝突し、半分に、もう一回衝突し、四分の一に、繰り返し粉々に。ボードは見る影もない。
「クール ボード チェイン ショット」
一つの刃に軌道を変えられた刃が、隣の刃の軌道を変える。小さな変化は大きな変化へ…連鎖する。
「ブレイク バーン!」
竜巻は形を崩す。津波に戻り、黒い海に戻り、二つに分かれた。中心で舞い降りるクールハート。
十体の寄生されし者は散らばった刃を必死にかき集める。各々が刃を引き寄せようとするため、上手くいかずに歪な刃を形成してしまう。
「あまり時間は残っていないわ。早く終わらせましょう。」
二丁の銃から力を弾けさせる。衝撃で空を自由に移動する。
「クール チャージ」
弾けさせた力は、漂い、クールハートの背中へ。翼となり、銃を二丁とも使える状態で滞空することを可能とする。
銃弾のエネルギーを消費すれば翼は欠け、墜落を余儀なくされる。しかし、現在のクールハートに読み違いはありえない。
「全員同時にかかってきなさい。」
クールの一声で、三十体全てのの寄生されし者が同時に刃を射出する。歪な刃は空気抵抗からか速度が出ない。意図せずに時間差攻撃を繰り出す。
「ががぁ!!!!!」
クールを中心に広がるドーム状の攻撃。逃げ場……無し!
「相変わらず重いわね。」
「え?そうなの?」
マントの内側に引っ掛けてあったラブハートのステッキ。左足首に装着する。
「「ラブビーム スマッシュ」」
クールチャージとラブビーム スマッシュ。ついにホープハートの最高速度を超える。最速の刃を追い越すクールハートは榛名奈々子、虎野朱の目でさえ光の線にしか見えていない。
「パラライズ クール ショット」
浮遊するクールハートの頭上には、刃が空中で固定されている。球状に広がる刃には、クールショットがまとわりついている。カタカタと震える刃は、寄生されし者の意思では動かない。
「回転せよ…冷酷のクール ショット ゼロ」
キィィィイン
球状に広がる六十の刃は同じ方向に進み始める。速度は上がり続け、一つの球体…いや、一つの弾丸へと変化した。その弾丸は全てを削り取り無に返す。クール ショット ゼロは地上の寄生されし者へ。
「「「「がぁあ゛あ゛」」」」
刃を失った三十体の寄生されし者による咆哮。黒きビームはクール ショット ゼロに衝突する。十体分で津波が如き質量を放射したビームの三倍である。結果は三十体全ての寄生されし者が既に知っていた。悪あがきであろうと、最善の一手であることに変わりはなかった。
「があっ」 「がっ…」 「あ゛ぁ」
全ては斬られる。寄生されし者第一号の刃の力。丁寧に磨がれている。刃の集合体であるクール ショット ゼロから身を守るには、軌道を逸らすしかない。そんな芸当、この世で可能とするはクールハートただ一人である。
「あ゛っがっ」 「が」 「があ゛」
一体、また一体と飲まれていく。弾丸の中は高速移動し続ける刃の群。飲み込まれた先端から、痛みを感じる間もなく切りつけられる。
「あ゛がぁ」 「あ゛あ」 「がが」
シュレッダーにかけられた紙。寄生されし者の状態である。バラバラよりもバラバラに。二度と目を覚さないよう、バラバラのバラバラに。
キィィィイイィィィ……
クール ショット ゼロは活動を止める。中から出てきたのは黒い何か。触ってみても判明できないほど細かに切り刻まれた。刃も同様に、刃同士がぶつかり粉々に。
瓦礫の山に黒い何かがふりかけられるのを確認する。クールハートは滞空したままだ。
空中で塵を手に引っ付けるように握る。寄生されし者の一部が、胡麻ほどの大きさで漂っていた。クールハートは見逃さない。
「榛名奈々子。これが見えるかしら。」
ーー見えてる。これでやっと終わりね。
椅子に体重を預け、肩から力を抜く。
「まだよ。この粒に付着しているものが第一号の核。修復を繰り返すうちに細かくなった、というのが私の予測よ。」
ーーえ、その、カケラが核…?細かくなったって残りは…
黒い固まりは鼓動を始める。
「これで一つ減り、残数は幾千か。正確にはわからないわ。」
ーーそんな…倒せないってこと、なの?
「榛名奈々子。貴方が目指すもの、それは可能性を導くことよ。後を頼んだわ。」
ーー…っ、託された! …もう、大丈夫。頑張ってみるよ、静香さん。
「ありがとう。」
通信を切る。
黒い固まりは瓦礫を飲み込み、巨大な生命体へと進化していく。地上に湖ができる。中から、口を大きく広げるドラゴンの頭部が覗き見える。
「これがクールハート、最後の技よ。」
クールは二丁の銃を真っ黒な湖に向ける。全ての力が銃に流れていく。クール チャージの翼は残り数秒で消えて無くなるほどに小さくなった。ラブのステッキは腰に装着されていて、クールからラブへバトンタッチする準備は済まされている。
湖から空にいるクールハートに向けて、黒き竜は口を開いたまま、昇り出ずる。
「全てはゼロに戻る
永遠の冷静弾」
黒き竜の口内に二つの銃弾は撃ち込まれた。銃弾は互いにぶつかり、軌道を変えて、竜を撃ち抜き、また、互いにぶつかる。一つじゃなく、二つだから、永遠に続くクールショット。対象が消えるまで二つの銃弾は出会い続ける。
「愛衣れいな。これで本当に、お別れね。」
「静香! 私、助けてみせるよ。」
「ふふっ…れいな なら必ず成し遂げられるわ。」
「助けるよ。全て…全てだ。だから、少しだけさようなら。」
香無静香は意識から消えた。
ラブハートとなった愛衣れいなは、翼が無くなったため、消えていく寄生されし者に向けて落下してしまう。何故だか、何もする気にはなれなかった。このまま、落下していたい、そんな気持ちだった。
「が、が、」
カケラも残さずに消えていく。黒色が溶けて透明に。悪いものは全て剥がれ消えていく。
寄生されし者は声を出していた。苦しいのか、悲しいのか、ラブハートにはわからなかった。
「が…が、…」
大切な人を失った。籠原海子と香無静香の二人は愛衣れいなにとって、かけがえのない存在であり、忘れることなどできない。
「…が……」
以前の愛衣れいななら、感情に身を任せ、多くのものを失っていたかも知れない。
…現在の愛衣れいなは
「がぁ、んば れぇ」
大切なものを守るため戦うと決めた
第二回襲撃日魔法少女評価報告書
ラブハート
・任務の完遂
・他の魔法少女のバックアップ
・人間をエネルギーに変換する寄生されし物の新個体を発見。
・巨大寄生されし物の撃破
・ビーム技の新規習得
・魔法少女の新たな可能性を見出す
・最大出力の大幅な更新
・身体へのダメージを軽度に抑える
・未発見の力を確認
・変身段階の更新
・「ゲートリンク」の確認(発生条件は未判明)
・寄生されし者第一号の討伐
・「ラストスキル」の確認(発生条件は未判明)
・クールの個体 香無静香の死去(減点無し)
・個人戦闘能力評価 大幅加点
・連携戦闘能力評価 大幅加点
・同時対応可能敵数 大幅加点
評価 S




