第十九話
「ががあ゛あ゛あ゛!!」
振り下ろされた右腕は、触れるものを全て切り裂き、愛衣れいなの頭部に迫る。
ーコードネーム'ラブハート'
オノレヲカイホウセヨ
「ゲートオーバー…いくよ」
ージアイ ヨ ツタエ
「全てを受け入れ 目覚めろ感情
魔法少女ラブハート 自愛モード」
「がっっ!ああっ!!!」
寄生されし者第一号は遥か後方まで吹き飛ばされる。二段階による変身の影響で起きた衝撃波は、ノーモーションの防御手段であり、攻撃への隙を作り出す。
「ラブ…ビーム!」
意識外の攻撃であったにも関わらず、第一号は背を地につけることなく足の刃で着地し、滑るように体勢を整えた。顔を上げる。視界に広がる眩いピンク色の光線。
「…が……」
身体の中心で両腕の刃をクロスして構え、振り払い、切り裂いた。ビームは綺麗に四分割されて、第一号の後方を真っ直ぐ抉り二つの道をつくる。
「どういうこと…?」
ーーラブハート。おそらく前回の包丁と同じものです。炎やビームをも切れる…ことしかわかりませんが、両手両足に注意して、頭部や胴体をねら
ーー変わった。
ーーか、変わったですか?前回より強くなっているということでしょうか?
ーー違う…雰囲気が、何かが変わった。
ーー…こちらとしては、何か変わったようには見えません。しかし、貴方が言うなら変わったのでしょう…。対策を練るためにデータが必要です。
ーーわかった。時間稼いでみる。
「ががあがあ…があぁがぁがが」
落ち着いてる。何かを伝えようとしてる?…いや、何か違うんだよなぁ。
ーー伊渕!開発室誰もいないよ、もぬけの殻!香無研究員どこいったんだよ!
ーー前野さんが、開発室にいるんじゃないかって自分で言ってただけですよ!そもそも、警告してたじゃないですか、目を離すべきじゃないって!っと、あああ、通信ついてっ
全く…
「二人は仲が良いけど、年齢近かったりするのかな。」
「があがあぁがが」
第一号は近づかない。その場で話し続けている。威圧感はそのまま。戦闘態勢なのは間違いない。
……警告か。確かにピンとくる。
「愛衣れいな。籠原海子……いえ、話さなくても良いことね。忘れてちょうだい。」
「ううん。役に立つかも知れない。ちゃんと聞くから、教えて静香。」
静香は車椅子に座っている。歩けはしても心配なのかも知れない。ただ、便利だから使っているだけと言ってるけど…。せめて、可愛いシールでも貼っておこう。見つけにくいとこに。
「…わかったわ。籠原海子、寄生されし者第一号は予定外の存在だと思っているわ。私達にとってではなく、寄生されし物にとって。」
「…え?どういうこと?」
「寄生されし者になれたということは、魔法少女としての適性に近いものを持っていたことが考えられるわ。」
車椅子はぶつかったら怪我をしそうな速度を出している。どこにも触れていないのに移動できるとは、流石静香だ。淹れてもらったココアは、大きめのマグカップに入っている。こんなにいらない。ホイップを乗っけるな。飲むけどさ。
「魔法少女じゃない適性?」
「確証たるものは無いわ。でも、感情ではなく…何というか、目的を遂行する強い意志を感じたわ。」
目的…海子さんの目的…。やっぱり、あれだよね…。ありがとう。ちゃんと、受け取ったよ。
「寄生されし者が狙ったのではなく、偶然生まれてしまった。寄生されし物の人を殺す目的だけを持って。…ついてきてるかしら。」
「あっ、ああ、うん!大丈夫。」
……たぶん。
「続けるわね。寄生されし物の目的だけでは、人間を全て支配することはできなかった。勝手に行動した挙句、自身の目的を遂行した。これは、寄生されし物の意図する事ではないことはわかるわね。」
「うん、わかるけど…強いパラサイトができたわけだから。」
寧ろ、良い結果だったんじゃないの?……最悪の結果。
「違うわ。寄生されし物の予想外の行動よ。人間に見せるべき行動でなかったのなら、存在に近づくヒントがあると思わないかしら。」
「た、確かに…!」
「つまり、寄生されし者第一号には、今以上に、降り注ぐ寄生生物を知ることができる何かがある。何か…殺すこと以外の目的が…。」
静香は少し考え込んでしまった。
私にわかりやすく説明するために、省いてる事もあるだろうけど、海子さんは大きなものを残してくれたんだ。それだけで、私には充分だ。
「戦っている時も、一つ一つできることを試しているように感じたのよ。感覚に頼るのは望むところではないのだけども…しょうがないわね。」
「ありがとう静香。」
静香は少し怪訝そうな顔をする。大量のココアを飲み干して、音を立てるように机に置いた。
「これが私の仕事。私のできること。感謝も謝罪もいらないわ。」
…もうっ。ここはお説教が必要みたい。
「静香…私はね、」
「言いたいことを言いたくなった時に言った。それだけって言うのでしょう?」
「うっ…ぐぅ…」
「愛衣れいな。貴方の感情は尊重するけど、それは今じゃなくていいわ。…私が全てを……」
「え?な、なに?」
「何でもないわ。早く訓練に戻るか、ココアのおかわりをするか選びなさい。」
静香は自身のおかわりココアに、ソフトクリームみたいなホイップを建設している。
私は大人しく訓練に戻ったのだった。
つまりのところ、これからの攻撃について説明しているのではないだろうか。どういった攻撃で、どのような危険をはらむのか。
機能説明と実践みたいな…ロボットの発表会って感じ…。せめて、言ってることがわかれば変わるんだけどなぁ。………っ!!!
「が、がぁーがぁー…」
「…………」
「何か言ってよ!!」
ーー対話は不可能かと。
「わかっとるーっわい!」
伊渕相手だと口が悪くなっていくなぁ。そりゃー独り言聞かれてるから、今更遠慮する必要とかも無いんだけど…ん、まぁ緊張が全部解けるのはもう少しかかる…かも。
「ががが…が」
ーー来ます!!
第一号は実践に移る。頭部が先端に来るように、前屈みで滑ってくる。両腕を胴体に隠すほど押し付け、一本の黒い槍と化す。
「ラブビーム…スマッシュ」
ステッキは左足首に装着されていた。片足とはいえ、足元からラブビームを噴射すれば高速移動を可能とする。訓練の成果が一番に出た部分かもしれない。安定性を増すため、腰に装着する案を出したが、即時却下された。お尻から噴射してるみたいだって。
第一号は全身での高速移動をしている。これは、ホープの移動法に近く、直線の移動を得意とするが、曲がるという行為は不得手となる。…はず。
「ちょっ、な、なんでぇ!?」
華麗に弧を描き、ラブハートを追尾する。脚の向きを変えて、再度ビームを噴射。…第一号は、最短距離を滑り続けている。物理法則を無視した動きは、ラブハートとの距離を縮めていく。
ーー後方五メートルです!上空に逃げてください!
「たっしかにっっ!」
地に向けてのラブビーム。急激な上昇にツインテールがバタバタと騒ぐ。魔法少女でなければ、鼓膜の一つでも破れていたのではないか。魔法少女じゃなきゃ、こんなことなってないけど。
「ががぁーーー!!!」
ーーむ、向かってきます!!
足下にはビームが広がっている。何処にいるかは検討がついている。
「ら、ラブボンバー!!」
装着されたステッキを、左脚を振り回して背後に飛ばす。第一号に触れた瞬間、爆発。爆風によって、その場を退避した。
地面を手で押し返し、宙で体を捻り着地。不恰好なものだが、目線は爆発先へと移動できた。
「わかってたけど…これは…」
爆発では傷をつけることもできない。それどころか、爆風が何十…何百分割されているのか…木の葉のように舞っている。その中心で、自然落下する第一号。
よかった…当たったら私もバラバラに…。
ーーわかったことがあります…一つだけですが。
ーー早く言って。
ーー先程の第一号の攻撃ですが、ホープの最高速度とほぼ同じです。見てからは避けられません。
ーー…対応策は?
ーー…ありません。
ーーわかってた。ごめん。
ーー常に速度が出ているわけではありません。技が出る瞬間を見極められれば…
衣を広げて感知を早める…いや、できないことを考えるのはやめよう…でも、今できるようになるしか…どうするかじゃない、やるしか…
「よし…きばれ、大丈夫だ、私!」
ーー大丈夫な、わけ、あるかーーーー!!!!!
突然の可愛い、大きい声で耳がキーンとする。
「奈々子ちゃん!?」
ーーちょっと、何で、二人とも病室に戻りなさい!
ーー私もいるぞー!はっはっは!
一つのベッドに二人で寝転がり、伊渕のマイクを奪っていた。
ーー前野さん、貴方ですか。
ベッドを押していたのは香無静香を探しに行った前野圭雄であった。
ーー廊下ですれ違ってね。必要なのは確かだろ?無理はさせない。
ーー大丈夫なの?変身できないんでしょ?…あ!安静の約束なのに!
正確には変身は可能である。維持できないため、結果としては変わらないが。
ーーこの一帯は私が支配した。ふふっ。
ーーその眼鏡って…まさか
榛名奈々子には眼鏡がかけられていた。クールハートが使用したキュリオ アイズである。もちろんのこと、キュリオハートには不必要どころか邪魔になる。…が、変身を可能としない現在では、変身せずに能力を少しだけ行使できる、文字通り魔法道具である。
ーー第一号が技を出す瞬間だけ、ただ、それだけ補助する。あんまり過信はしないでよね。
あんなにボロボロで…うっ、ちょっと泣きそうだ。帰ったら泣きながら説教しよう。絶対安静の約束をやぶったお説教。
ーーありがとう!これで…戦える!!
「ががっ、ががっ、ががぁ!!!」
ーー来る!!!!!
第一号の両腕に刃が無い。腕から外され、発射された。超高速で向かってくる二つの黒きギロチンは、正確に私の首へと狙いを定めている。第一号は、肘から先が無い腕をラブハートに向けている。発射したポーズなのだろうか。
「くっ…!」
一秒にも満たない時間が、何分にも感じられる。全てがゆっくりに見える。
拳で向かい打てば、そのまま腕から切り離されるだろう。脚で向かい打てば、もう立ち上がることはできないだろう。私が頼るべきはビーム、一番得意なこと。少しでも軌道をずらせれば…!
「ラブ…ん?」
忘れていた。ラブボンバーで投げ飛ばしたんだった。これは…………もう素手で!!
ーケイコク ケイコク
「がはっ!!」
第一号の攻撃に目を取られ、触れるほど近づいていたステッキに気づかなかった。
ブンッッ
ブンッッ
おでこに当たったステッキにより、後ろに転んだ私の目の前を、二つの黒きギロチンは素通りしていった。
ーケイコク ケイコク
ーワタシ ノ パフォーマンス テイカ
ーゲンイン セイシン フカ
「もう、絶対に意思持ってるじゃん。…助かったよ。」




