第十一話
信号、自販機、看板、自転車、遊具、ペットボトル、駐車券、パソコン、カメラ、プラスチックのカップ類、魚類、タラバガニ、木、マネキン、モアイ……
魚やカニにも寄生してみせた。寄生元に明確な共通点は無い。
寄生するって聞いたとき、私達も職員も最初に思っただろう。
人間が寄生されて操られる
なのに、一人たりとも人間は寄生されなかった。
シュミレーションでも人間に寄生し、失敗すると爆発、真っ赤な肉塊になって死に至ると結果が出た。
死なずにいられた。
寄生されし物の力を利用してやった。
素質があったんだって。
だから魔法少女になれたって…
そう…思っていたんだ。
「海子さん…わるい冗談はやめてよ。」
間違っていたのは私だ。
「ねぇ、海子さん!」
これは戦争なんだ。
「な゛にか い゛ってよ゛!!!」
便利な生き物が住んでるんだ。
「れ゛いな ち゛ゃん゛…お゛はよ゛う」
使えないなら…使えるようになるまでだ。
「うわ゛わ゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
愛衣れいなの悲痛な叫び
踏み出すたびに現実に近づく
感情は強く波打ち
力は呼応する
ーアイ ヲ モトメテ
無詠唱による変身。しかし、以前のラブハートではない。悲しみに呑まれ、戦う覚悟がそこにはなかった。その結果、愛衣れいなの姿から変わらずに、魔法少女として変身した。目線が低くなることはない。
繰り出す拳に覇気はなく、海子は避けることもせずに受け続ける。
「あぁ…そうだ、この黒いのが悪いんだ…今すぐに剥いであげるからね、海子さん。」
海子に纏わりつく寄生されし物の肉体は、超巨大寄生されし物であるモアイにも有効だった威力を持つ、ラブハートの力でも傷一つつかない。代わりに殴る拳は少しづつ赤く染まる。
「大丈夫だよ。私が助けるよ。だから大丈夫。今すぐ悪いところを取れば元に…元に、戻るんだよぉ…戻るんだぁ…」
涙が流れる。とまらない。首元の魔法陣も薄く、弱々しくなっていく。消えてしまえば、魔法少女の変身体は保てない。
「そうでしょ、海子さん…」
「あ゛いぃ」
海子の拳がラブハートの腹部に当たり、後方にぶっ飛ぶ。口からは血が流れ、元より限界だったラブの身体は動かすことを許さない…はずだった。
「ぐっ…あ゛あ゛っ、…大丈夫、大丈夫だよ。これくらいなんてことないよ…」
骨は折れ、肉は内部から裂け始めている。物理的に立ち上がることなどできない。ラブの身体を動かしているのは、魔法少女としての力だけである。無理やり力で体を覆って、人形で遊ぶ子供のように、右足を動かし、左足を動かし…前へ進んでいく。
「早く、帰ろう…今日はご飯食べに行ってもいい、かな…」
ぎこちない動きで、一歩、また一歩。海子は迎えにいくように、ラブの元へ歩み寄る。拳を握りながら…。
しかし、途中でピタリと止まってしまう。
「な、なんで…し ず、かぁ…」
ラブハート…愛衣れいなはその場で倒れ、そのまま眠りについた。首元の魔法陣の上から注射器が刺さった痕がある。
「ごめんなさい。愛衣れいな…」
背後に立っていたのは香無静香。注射器には睡眠薬が入っていた。
ーーガッハッハ!クールハートの子よ。生きていて何よりだ!…そして何をやっている?
ーー眠らせただけよ。戦いの邪魔になるという理由だけでは不満かしら。
ーー違う。そうではない。何故クールハートの子が戦うことになる。今すぐラブハートの子を起こせ。
通信先では落ち着いた口調の裏に激しい怒りが感じられた。
ーー必要がないわ。
ーークールハートの子よ、冷静になれ!お前はすでに一度負けたのではないか?もう一度挑めば勝てると思っているのか?そんなわけがない!前回と比べお前は満身創痍だろう!負けるまでのタイムが縮まるだけだ!!…いや?今度は死んでしまうかもしれないな!!!
ーー私は冷静よ。冷静だからこそ、立ち上がった。立ち上がれたの。
ーー何を意味がわからないことを!何度も言わせるな!クールハートの子…いや、我が社の研究員 香無静香よ。お前に才能などない。未来などない。さっさとラブハートの子を起こして戦わせろ。アレにはそれだけの力があるのだ!!!
ーー通信を切るわ。…所長。貴方の行いが全て間違っているとは言いません。しかし、愛衣れいなを守るためなら、私は手段を選ばない。
ーーふざけるなぁ!!!!早く、早く起こせ!!今が最大のチャンスなのだ!命令だ!早く!早く起こ
ーーーーープツンーーーーー
ーコードネーム'クールハート'
チカラヲカイホウセヨ
「ゲートオープン」
ークール ニ キメロ
「森羅万象!全てが私の予測をなぞる!魔法少女クールハート!」
…………………
「……攻撃しにこないのは慢心かしら。それとも、得意の観察の時間に入ったということ…どちらにせよ敵とすら思われてないようね。」
クールハートは愛衣れいなを背後に立ち塞がる。海子の目線は、クールハートの足下から外れない。
「私は…魔法少女として誰よりも劣っているわ」
クールの口調は落ち着いているが、哀しみが伝わってきてしまう。
「どこまでいっても冷静になってしまうから。感情に起伏がない。力を引き出す力が欠如している。欠陥品ってやつね。」
クールの銃は平べったく、縦長である。その理由は、銃身に沿う形で、注射器が二本入っているからである。一本は睡眠薬。そして…
「でも、私なら。冷静に…冷酷に、今すべきことをやり遂げられる。きなさい…籠原海子。」
もう一本には、クールハートに合わせて調整された寄生されし物の細胞が入っている。調整したとしても、実験段階では死に至らない可能性が高いというだけであり、猛毒である。
「貴方を処理します。」
魔法陣が生き物のように体を這う。
拡がり、侵蝕する。