第十話
ずっと不思議だった。
ヤツらは寄生生物だが、寄生元ではなく、自身のエネルギーで動いている。クールハートは語っていた。私は未知のエネルギーを空気から生み出しているのでは?と、言ってみたけど、一蹴されてしまった。形成される岩石の手足が黒いことから、光や熱を集めてエネルギーにしているのかとか、そういうのは、うちの研究員が調べまくってわかってるらしい。ありえないって。
「使い捨ての兵士なんでしょうね。暴れるだけのエネルギーを持って降ってきて、寄生して、殺して…その先は寄生されし物には存在しないのよ。」
クールは少し寂しそうだった。
でも、私は不思議だった。
「でも、でも、エネルギーに変えられる物に寄生したら効率いいし、そうするんじゃないの?」
「そうね…。でも、運良く効率的なエネルギー体に寄生できるとは限らない。だったら、どんな寄生元でも戦えるようにするのがベストじゃないかしら。……とても資源が豊富な星に住んでいるのかもしれないわね。」
「…そっか。ごめんね。仕事の邪魔しちゃって。朱との訓練に戻るよ。」
………っ、
「待って。榛名奈々子。…貴方の、その…純粋な疑問は必要よ。シンプルな、根幹となる部分を勘違いした時が、一番の痛手を負う。」
私は本当の意味でクールハートの…いや、香無静香の言葉を理解していなかった。
おそらく、彼女は想定していた。だから言わなかった。この可能性を。
「あ、ああ…ああああ あ あ、あ」
安定剤だけじゃ精神を保てない。寄生されし物と違って、元が人間だから。私達はどこまでいっても…精神が人間を超えられない。
「何て、何てことをするんだよぉ…どうして!!、そんなことができるんだ…よ……。」
侵略先の先住民は排除する。その過程で、圧倒的戦力の差が生み出す余裕は、残酷なまでもの効率化。
「パッション!?どうしたの?何があったの!?」
パッションが見たものは、私の記憶を掘り起こす。不思議に思ったきっかけ。
「…人間だ…生きてる人間が脚の中に埋まってるんだよぉ…。」
そして、知る。純粋な疑問の答え、可能性を。
パーーーーーーーーー
「……っ、ラブ!!」
「ラブ…ビーム…!」
モアイのこめかみ近くに命中。精度が落ちたためか、光の輪は空にではなく、パッションの五百メートル以上後方に発射された。
モアイの破壊された左脚から露出した人間は、光の輪を放つ直前に黒いヘドロのように変化し、パッションの側に流れた。
「なぁ、奈々子…。助けられないのか、これ…。」
「…ごめん、無理。光の輪のエネルギー源になっているなら、モアイと同化してる…。ただ、埋まってるわけじゃ、ない、から…ごめん。」
動揺してる。怖くてしかたがない。この恐怖の感情を、私自身が説明できない。何かわからない恐怖感…これが、悪か。そして、これが悪に対する感情か。そうとしか、思えない。
この湧き上がるーーーー
「許さない……絶対にだ!!!」
熱き怒りの感情!
「…うん!!!!」
身体が熱い。血液が沸騰しているのか。
頭は冴えている。
このまま…どこまでも…燃え盛ってやる!
パッションハートの炎はライオンを模している。
熊を模している。 鷹を模している。
狼を模している。 兎を模している。
鰐を模している。 牛を模している。
チーターを模している。
カバを模している。 梟を模している。
あらゆる動物に変化し、時には同時に形造られる。既に実在する動物の範疇を超えており、合成獣…キメラフォームを人の身で顕現させた。
「今、楽にしてやるからな。」
口調はいつもより穏やかに感じられる。これからする行為を怖がってほしくないように。…私を怖がってほしくないように。
パー パー
モアイの右腕が振り下ろされ、拳がパッションの左方から迫る。
パッションから激しく炎が放出される。モアイの拳に対してではなく、パッションの背中から放出された炎は、迎え打った右の拳に纏う炎に負けて吹き飛ばないようにするため。
「あ゛あ゛あ゛あ゛っー、く、 だけろぉおおおお!!!」
高速で向かってくる、自身の何倍もある黒い拳は、小さな赤い少女の拳によって砕かれる。
パー パー パー
拳が無くなった腕から露出した、人間の足や顔。モアイに以前の冷静さはなく、抗議するように不快な音を発する。
パッションに次の攻撃を待つ理由などない。砕けている左脚に、燃え盛る拳を繰り出していく。一撃ごとに、目に見えた崩壊をし続け、十発当てたところで脚のあった場所に空間ができた。
拳を当てるべき場所はわかっていた。
キュリオはとうにラブと感覚の同調を切っている。
パッションの身を滅ぼすほどの力を、実際に身体を崩壊させないように流れをコントロールしているのがキュリオである。同時に、攻撃箇所の最適解を導き出している。口から血を流し、身体はうまく動かない。原因は、パッションが発する力のコントロールや、モアイ寄生されし物の把握の他にもう一つ。
痛覚の肩代わりにある。
痛みによる一瞬の硬直。パッションが最善最高のパフォーマンスをしたとしても、一瞬の隙で状況は反転する。一撃も喰らわずに敵を倒すことが最低条件。もう、誰一人戦える身体ではない。痛みによる硬直は、何としても防がなくてはならない。
まだ、痛覚を肩代わりする魔法に名はない。感覚を一時的に消滅させることも可能とする魔法であるが、痛みもデータである。パッションの力をコントロールするためには、痛覚を消すことはできない。しかし、残すこともできない。ならば、自分が受け止めよう。キュリオもまた、パッションと同様に魔法少女としての段階を急速に上り始めた。
左脚の次は、右脚を砕き、腹部に穴を開ける。
もう、モアイ寄生されし物は立ち上がることもできない。
「すまない…すまない…」
流れる涙が蒸発する中、パッションは謝り続けた。恐怖に歪む人間の顔を見ながら、自身の手で殺していく。
パーーーーーーーー
モアイの口は開かない。
変わりに左の拳が光の輪と同様の輝きを持っていた。
「朱…」
「大丈夫…大丈夫だよ。」
パッションの右腕に炎が集まっていく。
炎は獣の王が口を開いたような形をしていた。
周辺の空気が熱で歪む。
呼吸も容易ではない空間で、深く吸い込み、吐き出す。
吐き出したところで、腹部に力を入れて踏み込む。
パーーーーーー
モアイの拳が近づくと、最初に感じた蒸発するような感覚を身をもって味わう。光の輪と遜色のない攻撃なのであろうと理解する。しかし、キュリオは退避を口にしない。
これは、獣王の鋭き牙ーーーーーー
「獣王 一閃」
光の輪は砕け、モアイの左腕は肩に至るまで粉々に砕け散った。
モアイの攻撃は終わらない。
パーーーーーーーー
光の輪を発射した後は、拳や脚による攻撃で時間を稼いでいたため、インターバルが必要な物だと考えていた。掟破りの二発目。
「ラブ…ビーム!!!」
キュリオの同調は消えているのにも関わらず、光の輪は雲に穴を開けた。パッションやキュリオだけではない。ラブもまた、限界を超えた力をその身に灯す。
空を見上げるモアイの顔は、パッションを覗き込むように急速にこちらを向く。そして、顎が外れたかのように、顔面の約八割ほどが口と化した。
掟破りの三連続。
パッションはもう動けない。
パーーーーーーーー
「誰を狙ってんだ。」
ラブハートはモアイの顎にステッキを押し当てていた。遠く離れたビルから戦地へ。ビームによる高速移動である。
ラブハートも同様に、三連続の
「ラブビーム!」
開いた口はビームによって強制的に閉じられた。そして、インターバルを置かないビームに関わらず、首をそのままねじ切った。
モアイの首は転がり、その巨体は崩壊し、黒い霧となって消えていく。
「…勝った。はっはっは…」
パッションは、その場に倒れ込む。キュリオが受け持っていた痛覚は戻り、立ち上がることすらできない。
「もう…こんな無茶は勘弁だ、けど…」
通信先で人が倒れるような音がした後、微かに寝息が聞こえてきた。
「よかった…よかったぁ…」
ラブの変身が解け、愛衣れいなに戻る。
続いて、パッションから虎野朱へ。
おそらく、キュリオは意識が切れた時に榛名奈々子へ戻ったであろう。
虎野朱も気を失い、寝息をたて始め、一人になった愛衣れいなは座りながら思考を巡らしていた。この後はヘリコプターで救助されるのか、車でくるのか。静香と花子ちゃんは先に救助されたのか。私達の怪我はどれくらいで治るのか。様々なことが頭を回るなか、ふと視線に入ったモアイの頭部を見てみる。口部は砕かれ、人間で言うところの鼻から上しか残っていない。塞がれた口の中で光の輪が暴発したのだろう。…………
「何で消えないんだ…」
過った不安は的中する。砕かれた頭部の断面に覗く人間の手足が黒く変色し、ヘドロのように溶け、瞼が持ち上がり、あるはずがないモアイの目がこちらを捉えて、巨大な眼球の瞳孔が開く。
目から光の輪が発射される。
魔法少女に変身すらしていない状況で、虎野朱を抱えて逃げることなど不可能であった。結果、抱えようと近づいたところで、眼球に光が帯びていた。
「……どうして…」
愛衣れいなが視界に捉えたものは、愛衣れいなにとって最も残酷で耐え難い存在だった。
モアイから光の輪が発射される直前、モアイ後方の上空から一体の寄生されし物らしき存在が出現。そのまま、モアイの頭部を踏みつける。頭部は爆発し、砕け散る。
爆風の中から姿を見せた寄生されし物らしき存在は、両腕にそれぞれ香無静香と星咲花子を握るように持っていた。
「何でここにいるの…?」
愛衣れいなを認識すると、持っていた二人の女の子を目の前に放り投げる。抱きしめるようにキャッチし、地面への衝突を防ぐ。
似合わない黒い岩石のような手足を見せつけながら、こちらに近づいてくる。
「れ、れれれれ、れい、れいなち゛ゃ、ん゛」
「…海子…さん……」
第二回襲撃日魔法少女評価報告書
クールハート
・活動範囲内の寄生されし物を一体残し敗北
・新たな寄生されし物を確認
・寄生されし物の処理能力速度の更新
・α隊との協力
・個人戦闘能力評価 加点
・連携戦闘能力評価 ーー
・同時対応可能敵数 大幅加点
評価 B
パッションハート
・活動範囲内の寄生されし物を全て処理。
・任務の完遂
・人間をエネルギーに変換する寄生されし物の新個体を発見
・巨大寄生されし物の撃破
・最大火力の更新
・深刻な身体へのダメージ
・β隊との協力
・未発見の力を確認
・個人戦闘能力評価 大幅加点
・連携戦闘能力評価 大幅加点
・同時対応可能敵数 加点
評価 A
キュリオハート
・任務の未達成
(クールハート、ホープハートの所在不明)
・他の魔法少女のバックアップ
・人間をエネルギーに変換する寄生されし物の新個体を発見。
・巨大寄生されし物の撃破
・魔法の新規習得
・魔法少女の新たな可能性を見出す
・最大支配領域の拡大
・深刻な身体へのダメージ
・全ての部隊と協力
・未発見の力を確認
・個人戦闘能力評価 大幅加点
・連携戦闘能力評価 大幅加点
・同時対応可能敵数 大幅加点
評価 A+