第九話
モアイの寄生されし物が放った光の輪は、投げられ転がっている車や自販機、着地点となったコンクリートの地面に対し、全くの無力であった。いや、無反応といった方が適切であろう。反応した対象物がどうなったかというと、ラブハートのビームとは違ったかたちで消滅した。主に人間の死体である。コンクリートに人型の黒いシミを残し、死体自体は消えてしまった。
当時、運が良かったか、魔法少女達は周辺の人間がどうなったか認識していなかった。いわゆる野次馬であったのか、今では確認する術がないが、光の輪が発した微弱な電波は十キロメートルを超えて届いていたことを確認した。建物内であれば防げた無色無臭の電波攻撃は、触れた人間を罰するかのように黒いシミへと変貌させた。
魔法少女に変身した状態では、人間が死に至る攻撃も微弱なものであれば完全に防げることが判明した。これは、※※として新たな※※を見出せた※※※※る。※※※すれば…………
結果として、第二回襲撃日は一万二千人以上の死者を出した。(シミとなった人間は個別認識不可能であり、行方不明者とされているため、報道された死者数は上記よりも少ない。)
放たれた攻撃が光の輪であったことから、人間を裁く光だと表する団体が生まれた。罪ある人間を間引くためにやってきた光の使者だと…。
痛いほどに体を揺すられる。頭に直接響く声は、どこかほっとしていて、私は何故か嬉しく感じていた。
「………え?」
あのモアイよりも高いビル群に囲まれた場所。社員がランチを楽しむような空間。均等に並ぶ木々に挟まれた、温かみのある机とベンチ。使い方を間違えたか、ベンチにもたれかかるように私は座っていた。
「起きたかラブ。いや、寝ては無かったけどさー。反応無いし、意識だけ置いてきちまったのかと思ったぞ。なんてな、はっはっは!」
…そうだ。はっきり覚えている。光に触れてしまうかどうかのところで、金色の紐に引っ張られたんだ。突然のことで何も飲み込めずに、地面に体をぶつけながら、ここまで引っ張られてきた。
「ありがとう…奈々子ちゃん。」
「ほんっっっっっと!感謝しまくってほしいけど、突っ込んでも良いって言ったの私だし、役目は果たせたんじゃない?」
「はっはっはっはっは!こんなことできるなんて知らなかったぞ!隠れて練習してたのか?」
「…まぁ、そんなところね。」
キュリオの'深緑の一時'勝利の黄金線に、付与者を引っ張ることで緊急退避する力など無い。そもそも、キュリオが付与できる魔法は、身体能力を上げたり、広げた視界を共有したりといった間接的なものしかない。直接移動させたりすることは不可能である。魔法が強くなったらできるといったわけでもなく、物理的な作用は不可能なのである。
サイコキネシスや念力と呼ばれる、物を動かす能力自体は、魔法少女の力で物を覆い、使用者と対象物が力で繋がった状態でなら可能である。衣の活用である。パッションが炎で物を無理やり掴むようなものであろうか。
つまりのところ、キュリオは世のことわりに反した行為をやってのけたのだ。良い意味では無い。人間だろうが、魔法少女だろうが、入ってはいけない場所に腕を突っ込んだ、その代償は大きい。
「んでよ、キュリオ。これからどうする?」
「本当は魔法少女全員が全快の状態で挑みたいけど…そうね…。」
…ふぐぅっ……痛い、というか感覚がない…。この右腕治るよね…?マグマに突っ込んだんか?っていうほどに火傷してる…。無我夢中だったとはいえ、展開してるモニターに腕が入ったわけだもんね…普通じゃない。すり抜けずに、私の腕がどこかに入った…意味がわからない…。ふぅーっ…考えるのは後だ、後悔はないから…たぶん大丈夫。
「大丈夫?奈々子ちゃん…?」
「大丈夫!大丈夫だから、ちょっと待っててね。」
ーーこちらキュリオハート。パッションハートとラブハートを連れて撤退する。
ーーガッハッハ!ワシだ!!!何だ!何を言ってるんだ!
(…所長?なんで通信室にかけたものが…本部に残ってたの…?)
ーーえーっ、ごほんっ。こちらキュリオハート。パッションハートとラブハートを連れて撤退する。
ーーガッハッハ!ならん!
ーー…は?い、いまなんて
ーーならんと言ったのだ!お前らでアレを倒せ。
(こ、このジジイ何を言ってるの?…え?な、は?)
ーー言ってる意味がわかりません。もう、二人とも戦える身体じゃない!冗談もほどほどにして!!
ーー死者は現時点で五千を軽く上回った。
ーーえ?
ーーお前らが今アレを倒さなければもっと増えるぞ?ワシどもは、魔法少女の子らの命が大切だ。撤退もやむを得ないと考えている。しかし、お前らの意思を一番に尊重しているのも事実だ。魔法少女の力は感情や精神状態に深く関わりがあるからではない!世界を救うための善行だ、多少思うままに行動しても文句など言えん!命が救われているんだからな!!ガッハッハ!
(……なんで………)
ーー死者数を偽りなく答えたのも、誠意だと思ってくれて構わない。安心してくれ。こちらでも、お前らのバイタルチェックはしている。いざとなれば、この身を挺しても何とかする所存だ!百人死のうが、千人が生き残れば意味があった行動と言えるだろう?おっと、命の重さを考えてはいけないな!失敬失敬!!
(………なんでよ…)
ーーああ、そうだ!クールとホープの子の捜索隊を組んで既に出発してもらっている!大丈夫すぐ見つかる!!医療設備も
ーーもういい!!!
ーーーーープツンーーーーー
「おーい。キュリオー?聞こえてるか?私達はこれからどうすればいいのか決まったかー?」
「………アイツを倒す。」
「……え?奈々子ちゃん?」
…何でなのよ……。皆んなの動きも悪く無かった。雑魚どもの処理だって早くて、ボス級は惹きつけてたし、監視もしてた。どこからなの?…なんで、こんなに人が……
「…………何かあったんだな。大丈夫だ!元から倒すつもりだったんだから。倒したあとにでも教えてくれよー、なぁ奈々子。」
「ごめんね…パッション、ラブ…もう一度戦ってくれる?」
「はっはっは!もちろんだ!大丈夫、何とかなるさ!」
「私もまだまだ戦える。ビームもまだ当ててないから、効くかもしれない。」
迷えば誰かが死ぬだろう。
「…行こう。」
「よっしゃ!」
「よし…きばれ私!」
戦い、勝つ。覚悟が決まれば、一歩踏み出せる。思いが背中を押し、仲間がいるから前を向ける。そうだ、私達には守れる力があるんだ。何も問題は無い。信じて進もう。
パー パー パー
モアイの寄生されし物に移動はなかった。まるで私達がここに戻ってくることがわかってたみたいに、ただ、じっと、見下ろしている。
戦法はシンプルに、ラブハートが遠距離攻撃、パッションハートが近距離攻撃。それだけ。手順が増えれば増えるほど、現実味は薄れ、成功しても繰り返すことが困難になる。…とは建前で、クールハートやホープハートと比べて、やや大雑把な二人である。緻密な作戦より、シンプルに力で押した方が戦法としては適している。それだけであった。
「はっはっはー、ミスったらキュリオに何とかしてもらうから、緊張しすぎるなよラブー。」
「大丈夫、奈々っ…キュリオがついてるから、緊張してないよ。」
「うーそおっしゃい。めちゃめちゃ緊張してるじゃない。」
今のキュリオには、ラブの感情までもが伝わってきていた。
「だっ、大丈夫だって!私の方が、ずっとお姉さんだし…」
「それはそうだなー。頼りにしてるぜ、れいなお姉ちゃん。」
「っ〜〜〜〜!!!、うん!まかせて!!」
…………ほんと、もう
「ラブ、あなたってけっこう単純ね。」
足元に着いたパッション。モアイは何もしてこない。
なぜ?…寄生されし物は動かずにじっと観察してることなんて、割とあることは知ってるけど…これ以上の静観って意味あるの?
「位置に着いたわね。じゃあ始めるけど、無理はしないようにね。命を大事に!よ。」
「わかった。…全力の一撃きめてやる。」
「あ、私もそのゲームやってる。」
…意外にゲームとか知ってるタイプか…後で話が必要ね。
パッションは冷静だった。いくら炎を噴射しても、空中じゃ光の輪の攻撃範囲から逃げられない。地上にいたとしても、質量の関係か、光の輪には軽い引力のようなものがある。そのため、動作から先読みして、逃げておかないと巻き込まれる。見てからでは遅いのだ。
ならば、光の輪がぶつかるまでの時間が長い地上を選ぶ。脚から壊していけば、顔面が落ちてくるだろうと。…つまり
「だるま落とし作戦開始だ!!」
足を肩幅まで開き、両腕を上げて、威嚇のポーズ。模された動物は…熊!!逃げる必要も無い。ただ、全力で敵を殴る!
「おっらっっっ!!」
黒い岩石のような脚。他の寄生されし物と特別な違いはない。デカい、少し硬い(ような気がする)。
「はっはっは!!はーっはっはっは!!!」
殴る、殴る、殴る。パッションの目線では、黒いゴツゴツした壁。岩石を拳で砕いていくなど、想像しただけで血の気が引くが、反してパッションは笑みを浮かべている。攻撃は速くなっていき、炎は大きく猛々しくなる。
パー パー
寄生されし物に痛覚があるのかはわかっていない。ただ、感覚はあるようで、麻酔をかけられて虫歯の治療を受けているものだろうか、削られていることは、なんとなくわかるようだ。
削れ続ける脚を持ち上げ、地に叩きつける。デカさは強さ。
「デカイっと、のろいってー、相場が決まってっ……いるっ、けどよー!」
踏み潰されなくとも、風圧で飛ばされるのは必至。パッションも顔に当たる風で話しづらい。それだけ。
「っあー、近くで見ると…割と速い!」
強く殴るためにはどうすればよいか。身体の使い方?体重?それとも筋力?…否。踏み込みを強くすれば良い。強く踏み込むことを意識すれば、体重も乗る。パッションはさらに炎が乗る。
「よいしょ、ふんっ…さ、もう一回。」
地面に埋もれた脚を引き抜く。つまりは、踏み込みにコンクリートの地面が耐えきれず、足が埋まっていたから飛ばされなかった。単純なのは、ラブだけじゃない。
パー パー
「ふっー…はぁー…〜〜っらっ!!!!」
寄生されし物に再生能力は今のところ見られていない。モアイの特性にもそんなものはない。光の輪がモアイの特性だと言われると疑問は残るが。
パー パーーーーーーーーーー
「ラブ!」
ラブハートはモアイと大体同じ高さの七階建のビル、その屋上にいた。
「ラブビーーーーーーーム!」
モアイのあんぐり開いた口から光の輪が発射する瞬間。足元のパッションに狙うため、首は直角に近く曲がっていた。その、額にビームが炸裂する。
「よし!!!」
モアイの顔はのけ反り、光の輪は空に向かって放たれた。
現在、パッションにはキュリオの魔法を付与されていない。人間と同じ視界、死角も当然ある。
代わりに、キュリオはラブと完全に感覚を同調させている。パッションに付与しても意味をなさない魔法。しかし、不器用なラブには効果絶大である。衣ほどではないにしろ、キュリオは力のコントロールを可能としている。さらには、キュリオの得意とする能力範囲も、まるで手を動かすように自然と自分のものにできている。(ような感覚。)寄生されし物までの距離や角度、風の流れまでわかる。全て、見える。ビームの出力調整もできる。
「これなら外さない…外すわけがない!」
「さー、ちょっと焦ってみたらどう…だ!」
モアイの左脚、その足首から下が砕け散る。バランスを崩し、右膝に手を置いた。
パー パー
モアイは余裕を崩さない。