ラノベ師として雑な異世界転生を防ぐことにしました
今日も俺、御劔 険は中学の帰り道、おじいちゃんの家を訪れていた。嫌なことがあった時、俺は決まっておじちゃんの家を訪れる。今日はクラスの不良に焼きそばパンを買いに行かされるという、今時ラノベでも見ないいじめを受け、泣きながらおじいちゃんの家にやってきていた。
「おじいちゃん、今日もつらかったよーっ」
おじいちゃんはいつも俺を完全に受け入れてくれた。父と母に邪険にされ、妹にも馬鹿にされる俺を、いつも優しく受け入れてくれた。
「おじいちゃん?」
返事が無い。いつも奥の書斎で俺を受け止めてくれるおじいちゃん。
「おじいたん!」
おじいちゃんがひっくり返っていた。気が動転し、うっかり幼児時代の呼び方をしてしまう俺。
「ぐぐぐ、ケンか……わしゃもうだめじゃ」
おじいたんは書斎で倒れていた。そしてなにか古いノート状の物を俺に渡してくる。
「これは……」
「デスされノートじゃ」
「デスされノート?」
「そうじゃ、そのノートは一族代々受け次がれてきたノートじゃ。いろいろな手段でデスされる不幸な人々の名が浮かび上がるノートなのじゃ。それをケンにたくしたいんじゃ……ごほごほっ、世の中には邪神達により、デスされ、雑な能力を与えられ、異世界に飛ばされる者達がおる」
「なぜ、邪神達はそんなことを?」
「おまえもラノベ愛好家なら知っておるだろう。異世界をな」
俺はラノベが大好きだからもちろん知っている。一時間に五回は無料ラノベ創作サイトを確認するくらいなのだ。
「異世界は知っているよ、しかも心のどこかで、さらっと実在するって信じてもいた」
「すでに信じているのはなんじゃか問題じゃが、それは良いとして、邪神どもは罪のない者達を異世界に転生させる事で異世界にマナ、養分みたいなものじゃな、を吸い取らせているのじゃ」
「悪いことをしていないのに、異世界の養分に………なんて悪い」
「転生させた人がどうなってもかまわない、彼らが世界を救おうが死のうがかまわないんじゃ。最近は邪神達も適当になってきて、与える能力が、がんがん雑になってきておる」
「……もしかして、おじいたんの本棚にある新しいラノベ、【スワンボートを漕いでいたら破マナ湖に着いたんだが? ~足こぎで乗り切るマナの泉!~】は実話……」
おじいたんはコクリと頷く。
「わし最後の戦いじゃ。表紙のスワンボートを追いかける、お供のアヒル型ボートを漕ぐサポート妖精があまりにかわいらしく、不覚にも深手をおってしまったんじゃ……」
俺は、【スワンボートを漕いでいたら破マナ湖に着いたんだが? ~足こぎで乗り切るマナの泉!~】を本棚から手に取り表紙を見る。おじいたんが敗北した理由を俺は即理解した。
「なんということだ、お、おじいたん……表紙絵は厚塗り好きが災いしたのか。クソッ」
表紙絵は典型的な厚塗り仕上げで描かれていた。とどめのサポート妖精の頭髪の色が緑。これではさすがのおじいたんも、ダメージを受け止めきれなかっただろう。
その時、デスされノートが光り輝き始める。
「いかん、新たに罪のない者がデスされようとしておる……ケン……頼む、その者を救うのじゃ」
俺は、いつの間にか本棚に新しいラノベが追加されていることに気がついた。
「【無限焼きそばパン生成スキルはチート級ですか? ~魔王の焼きそばパン買ってきます~】……これは……」
「異世界転生先はラノベとして、この異世界転生本棚に出現するのじゃが……ごほごほ」
「与えられるスキルが、確かに雑すぎる。無限に出せるなら、なぜ買いに行かねばならんのだ」
パアンッ
俺は頬に痛みを感じる。おじいたんが俺の頬をビンタしたのだ。
「しっかりせえ! ケン、おまえはそういう斜めからのラノベの読み方が好きじゃろう。すでに邪神の策に飲まれておる」
「そうか、なぜ買いに行かねばならんというツッコミをさせる事、これすでに邪神の策という事なのか。俺としたことが、ラノベを楽しむ心が、今回ばかりは邪魔をしたという訳か。悔しいぜ」
デスされノートの光が増し、俺を包み込んでいく。体にどんどんと力がみなぎってくる。
「ケン、これが二千年間引き継がれたラノベ師の力じゃ、受け継いでくれ……頼んじゃぞ」
もはや輝きで何も見えないくらいだ。
「でもおじいたん、ラノベって二千年前からあったんだね」
「…ケン…古事記も…ラノベじゃ……清少納言は、最高のラノベ作者じゃ……太宰の走れメロスは、教科書で読めるラノベじゃ……ケン……あとはたのんじゃぞ……」
「おじいいたーーーん」
光が収まるとおじいたんの姿は、蒸発でもしたかのように消えていた。
「おじいたん、あんたは最高のラノベ師だったよ。ただひたすらに厚塗り表紙絵ラノベを愛した男、厚塗りに敗れる。内容が二の次だったのがあんたの敗因さ」
厚塗り表紙絵が、高品質の証だった時代。そしてデジタルで、厚塗り表現可能になった時代。その変化に、おじいたんはついて行けなかったのだ。
おじいたんとの別れを悲しんでいる時間は俺には無い。罪無き転生を防がねばならないのだ。
おれはデスされノートを開く。そこには対象者とその死因が浮かび上がっていた。
―山岡浩二郎、中学生。くしゃみを我慢した勢いで焼きそばが鼻に詰まって死ぬ
「ちくしょう! 死に方も雑だ、あまりに雑すぎる。転生トラックにひかれる方が絶対いい。変にひねる事でスベっている。タイトルの
【無限焼きそばパン生成スキルはチート級ですか? ~魔王の焼きそばパン買ってきます~】
に寄せようとしたあざとさ、そしてたいして掛かってない感じが、ちくしょう!」
先代達の記憶と、引き継がれたスキルになんら関係なく、俺はこの後どうすればいいのかすべて理解していた。
俺は念じると、自分の中学へと向かい途中の購買部で焼きそばパンを買った。そして、屋上へと登った。そこには、学生服姿の巨漢な山岡浩二郎がいた。
山岡浩二郎は、俺から乱暴に焼きそばパンを奪い取る。
「んだよ御劔! おせーんだよ、遅すぎるんだよ、三時間は掛かってんだろうが、焼きそばパンくらいさっさと買って来いよ。寒さで風邪引いちまうよ、バカが」
そして焼きそばパンを一気に頬張る。
「ふんぐ…ふんぐ…クシュウウン、うぐぐうううう……」
山岡浩二郎はくしゃみを我慢した勢いで焼きそばが鼻に詰まって死んだ。きっと今頃、雑すぎる異世界に転生していることだろう。
「ざまぁ」
俺はラノベ師としてこの台詞を吐く日が来るとは思っても見なかった。おじいたん。俺、これからラノベ師として生きていくよ。
俺は屋上で沈み行く夕日を眺めながら誓ったのだった。
おじいたんの異世界本棚にまた新たなラノベが追加されようとしていたのだが、またそれは別の話。
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