「緑色」「生贄」「綺麗な大学」
この国では、魔術を盛んに用いて作られている。
故に魔術師という存在は重宝され、位が高い魔術師は、国を襲う脅威より守る盾となり、交渉の剣となる存在だった。
しかし、近年魔術師の敷居の低下と共に、『魔術師』という言葉を用いて横暴な振る舞いをする者が増えていき、国としても対策が急務となった。
対策として行ったのは魔術を専門とした大学、「魔術大学」を設立し、そこを卒業した人間のみを「魔術師」と認めるという措置。
魔術師の敷居を上げ、さらに魔術師としての教養と知識をさらに深めることで魔術師の質を高める手段だった。
そんな魔術大学……「ケーニヒス魔術大学」にで起きた事件である。
『深夜に大学正門に来て欲しい』ーーメモを渡された、中性的な少女は不審に思った。
「……何故?」
「お前、死霊術専攻だろ?俺は降魔術専攻なんだけど、二人で協力して悪魔を下ろしてそれを祓い、レポートにまとめて出せっつー課題が出たろ?」
「あー……」
そう言われれば、という顔をした。
魔術は大きく三つに分かれる。炎、氷、雷といった現象を生み出す「現象魔術」悪魔や死霊、幻獣といった存在を呼び出す「召喚魔術」そして体を癒し、傷を塞ぐ「治療魔術」。この三つを大きく分けた学科、そこから何を重点的に学ぶかで分かれる。
少女は「召喚魔術」の「死霊術」を、青年は「召喚魔術」の「降魔術」を専攻としていた。
「それで、ボクに助けを求めてきた……と」
「そういうことだ……頼む!」
「いやまあ、ボクもやってなかったし。けどなんで深夜?」
「俺が呼びたい悪魔は、深夜じゃねえと呼ばれねえんだよ」
純粋な疑問にしっかりとした返しがきたので、納得した。
「なるほど。わかった。深夜に正門ね」
「おう!ありがとな!」
綺麗な食堂内の学食を食べながらの会話は、その騒がしさの中に消え去った。
深夜、正門にやってきた少女は、先に待っていたであろう男を見つけた。
「待ったかい?」
「いんや、全然。さっき準備を終えたところだしな」
「そっか。じゃあ準備したところに向かおうか」
二人はそれ以降黙り込んだまま、『準備した場所』へ向かった。
準備した場所は机のない講堂。
完璧な魔法陣に補助具の配置。
「結構前から準備してたのか……」
そんな小さなぼやきをした。
「ああ、そうだ。だって後は……」
そう言って伸ばされた手を少女は避けた。
「お前を生贄にすれば、悪魔が降りるんだからなぁ!!」
「本性を漸く出したか……」
少女は臨戦態勢を取り、魔法陣の位置を確認する。
講堂から死霊を呼び出すには時間がかかる。とっさに呼び出してもその場しのぎにすらならない。
なら自分の力で解決するしかない。
物理的な力では?不可能に決まっている。
ならば……
「策で補うか」
光る陣を目に入る。
利用できるものはそれだけだ、と理解する。
掴みかかろうとしてくる男をどうにかして魔法陣に落とす。
話はそれなら早くなる。
あいつは落とすことしか考えてない。
「さっさと落ちろよ!!俺のために!!だから……死ねよ!!」
「……死ぬのは、お前だっ!!」
掴みかかるときに素早くかがみ、バランスを崩した男を足払い。
男のいる場所は……魔法陣の中心。
生贄は、男になった。
「あ……ああ……あああああっ!!助けてくれ……助けてくれ!!」
「他人を陥れようとした人間を、助けると思うか?己を知れ……己のために、躊躇なく犠牲を埋める人間が!」
静かに沈む体。
絶望の色。
少女は初めて理解した。
絶望の色、というものは「淡い緑」ということに。
魔法陣に男が沈み、幾ばくかたった。
淡い緑の光を見た少女は、中心から何かが現れていることを知る。
「……悪魔か……」
そうぼやくと、その悪魔は……
「お前が、あの生贄を用意したのか?中々に美味だったぞ。特に、あの絶望の味は!」
緑の外套を纏う悪魔は恍惚に嗤った。
「さて……贄を貰うたならば、そなたを願いを聞いてやろう」
「ボクの願いは……」
それから5年後、悪魔と死霊を従えた、「動乱の魔術師」が世界を恐怖に陥れた。
恐怖と絶望に塗れた世界にした魔術師が、まさか若い女だとは知らない。