講師依頼承り
収穫祭は無事に終了した。
最初に冒険者ギルドに報告した以外の襲撃者はキッチリ埋葬した。一応は『襲撃されました。』と『埋めました。』とだけ告げ、その後慌てて埋葬した所を確認し、ギルド職員らは掘り起こす事はせず、通常業務へ戻っていく。
ロースポーツでは一部で行方不明者が続出していたが、その全てが冒険者崩れや盗賊紛いの社会不適合者という事で、領主の暗部が極秘裏に静粛したと噂された。
ロースポーツでの平穏な日々を手に入れた、ナナ達はギルドで車軸を回転する魔法について講義を行っていた。
「難しい話は無しで聞き感じた『これ』は『こうなる』とだけ理解してください。
私自身も全ては理解していないので、そう思って聞いてください。」
ナナはギルドの会議室に集められたギルド職員達に説明を始める。
「まず『魔法陣』は魔法を簡略した物と考えて下さい。
そして、魔法陣は魔法を習得していない者でも使用可能な事、使用には魔力と言う対価を支払うという事です。」
ナナは1枚の基板を取り出す、そこには1つの魔法陣が刻まれている。
「この魔法陣は、生活魔法の1つが刻まれています。」
魔法陣に魔法を注ぐと微かに魔法陣の中央が光りだす。
「これは生活魔法の『灯り』(あかり)が刻まれています。
あまり実用では無いです、私は練習用に簡単な魔法を魔法陣として変換してます。」
ナナの魔力の流れが止まると魔法陣の中央の光は消える。
「魔法を変換とは、魔法を行使する一連の行為を目的を記すものと思ってください。
『何』の魔法を、『どのよう』に行使し、結果として『どんな』魔法を発動するのかを、それを理解し魔法陣として形にします。」
ナナは消えた魔法陣の刻まれたものを手にし
「これは生活魔法の灯りを、微かに光らせる事を目的とし、注がれた魔力の分だけ光る様にしてます。
魔力の供給が切れれば当然消えます。そしていくら魔力を注いでも一定の明るさを維持し、注がれた魔力が途切れれば灯りは消えます。」
魔力を注ぎ光っては消えを繰り返し、ギルド職員の1人へ手渡す。
「この魔法陣は誰でも魔力を注げば明かりを灯せます。」
ギルド職員は渡された魔法陣の刻まれた板に魔力を注ぐ。
「あ、ついた。明るい・・・。」
「あの魔法陣は普通の人でも刻むことは出来ますか?」
「魔法の変換の仕方を教えてもらう事は?」
ナナはギルド職員達の質問の意図が分からず首を傾げ
「あの魔法の変換はギルドの資料室に置かれてますよ?それに一般的な魔法陣は、錬金術の資材で販売されてますよ?」
そう言われギルド職員が資料室へ向かう者、知り合いの錬金術師の店へ向かう者、少しだけ会議室が慌ただしくなる。
「資料としての魔法陣は丁寧に綺麗に記されてます。細かな修正は無い正確なものと考えて下さい。
この魔法陣は魔法を簡単にしているので、刻む大きさも小さいですし何より普通の灯りよりも小さいでしょ?」
ナナの説明のギルド職員達はこくりと頷く。
暫くすると資料室へ向かって1冊の本を手にして戻ってきた。
ギルド職員は本をめくり、生活魔法の灯りのページを目にし、ナナの手元の魔法陣を見比べ
「あの資料と魔法陣の形が違うんですが?」
ギルド職員の指さした魔法陣をナナが見つめ、大きめの板に資料に書かれている魔法陣を書いていく。
「時間短縮で魔法陣を描いていきます。」
資料の魔法陣を寸分たがえず板へ書いていく。
「本来であれば刻み書いていくんですが、今回は特別に魔法陣を描くだけにします。」
「あの刻むと書くとでは違うのですか?」
「はい、刻み書けば魔法陣自体の強化にも繋がります、書くだけでは劣化により消える可能性がありますので、因みにこの書いているインクは錬金術で使用する有り触れた物ですので錬金術師のお店で買えます。」
ナナはインクが乾いたのを見計らい、書かれた魔法陣に魔力を注ぐ。
ナナが持ち込んだ刻まれた魔法陣とは違い、部屋の中が眩しく光る。
「この魔法陣は魔力を注いだだけ明るくする魔法陣の様です。
魔力を無駄なく灯りに注ぐ魔法陣です・・・使用者の魔力により灯る。」
「あまり効率がいいようには聞こえませんが?」
「必要以上の明るさは逆に使い勝手は良くないですよね?」
「その魔法陣は忠実に正確に生活魔法の灯りを再現していますよ。
ただ純粋に注がれた魔力を十全魔法の行使に使われただけです。
明るさや魔力消費は考えず、明かりを灯す事だけに特化した魔法陣。」
「それでは明かりの微調整は?」
「使用者の魔力しだいですね。」
「継続時間延長は?」
「常に魔力を注げば大丈夫です。」
「それでは常時魔力を注ぐ必要があるのでは?」
「魔法を使用しているのと一緒で、魔法の行使も魔力を常時使用してます。」
「魔法使用者の技量を求められている気がしますが?」
「その資料の通りで魔法よりも魔法陣の方が扱いが難しいでしょ。
資料に記載されているのは一般的な基本的な魔法陣で間違いないです。」
ナナは資料の魔法陣を一通り目を通してから
「魔法の変換に伴い、魔法の簡略化、魔法陣への展開は難しくもありますが面白いので諦めずに頑張ってください。
最初は生活魔法で魔法の変換と簡略化をしてみてください。
魔法の行使は最低限に、注ぐ魔力も少なめにし、魔法の再現を第一に考えて行えば大丈夫です。」
「最終的には魔道ゴーレムに届きますか?」
「はい、魔道ゴーレム『ケイトラ』は車輪の魔法陣は回転です。
複数の魔法陣の集合体であり、起動や操縦も全て魔法陣に魔力を消費して動かしています。
『ケイトラ』の形状維持のためにゴーレムとなってはいますがね。」
「車輪を回す魔法陣は、『魔法工房』でのオリジナルですか?」
「基本魔法は『土魔法』です、主軸が魔法で固めた鉄製にし、魔法陣で主軸を回転させてます。」
「あの回転する魔法陣を考えてみたんですが見てもらってもいいですか?」
「はい、大丈夫です。」
ギルド職員から数名の魔法陣が書かれた資料を受け取る。
魔法陣の大きさは『ケイトラ』で使用している物より大きく複雑になっている。
ナナは魔法陣が複雑すぎるので、無駄な部分を省いていく。
「この部分は不要です。こことここは簡略化して大丈夫。魔力の消費量を抑えた作りじゃないと魔力枯渇しますよ。残りは回転速度を抑えて・・・。」
ナナは資料に手を加えていく、いらない所を修正し、魔法陣の改変を行う。
「やはり魔法陣には書き手の違いが出て面白いですね。」
真っ新な板にナナが修正した魔法陣を書いていく。
最初に渡された魔法陣の3割を削り、残り7割の簡略化を行い、半分以下の大きさになった魔法陣。
「この魔法陣の面白いところは、回転するという工程を。」
そういって魔法陣の中央部分に串を置き、魔力を注ぐと串が回転を始める。
「魔法陣上で回転する。」
注ぐ魔力によって回転速度は上がるが、魔力の供給を止めると・・・串があらぬ方向へ飛んでいく。
「やはり飛ぶかー。」
ギルド職員達は自分たちが用意した魔法陣が多少手を加えられてはいたが起動した事に喜んだ。
本来であれば注がれる魔力量が大きく、回転する動作自体が不可能な状態であったにも拘らず、無駄を削ぎ簡略化をしただけで回転動作が可能になった。
「あのナナさんが省いた箇所には何が書かれていたんですか?」
「魔力全てを回転に変換する所かな。それと今は高速は求めていないから要らない。回転速度も5段階に設定してあったから1つにしたし、消費魔力が大きすぎて大変危ない物になりそうだったからね。串が飛んで行ったのは予想外だったが・・・。」
「現段階では車軸を回すのは無理ですか?」
「んー、無理と言うか車軸を回す工程は大丈夫だけど、この魔法陣の動きでは荷台は動かないかな?」
「キチンと回転してますが・・・どこがダメなんですか?」
ナナは大きめの紙に、車輪と主軸に魔方陣の板を設置する場所を示し
「魔法陣をここに置いて、主軸と車輪があるとすると荷車を支えるのは無理でしょ?」
魔方陣の上では車輪は回るかも知れない、問題は荷車にした状態です車輪を支える事は不可能。
「その魔法陣は使い物にならないと?」
ギルド職員はがっかりしながらナナに説いてきたので
「回転の向きを変えればいい、今は魔法陣に棒が立って回転している段階でしょ?それを棒が横になっている状態で回転すればいい。」
「横にして、その場でのみ回転する・・・。」
「『ケイトラ』の魔法陣もそういう感じだよ。調整が難しくて大変だけどねー。」
「わかりました、新たに魔法陣が完成したら検証してもらっていいですか?」
「大丈夫ですよ。」
ナナはギルド職員達が持ち込んだ回転魔方陣に目を通しては手を加え、スマートになった魔法陣を手にギルド職員達はナナに一礼し会議室を出ていく。
臨時の魔法陣講師になったナナは疲れて椅子に深く座る。
今回の依頼は調合教室と同じく指名依頼として受けたものだったが、予想以上に魔方陣に携わるギルド職員の多さと、錬金術師と思われる方々を相手に疲れてしまった。
「これで今回の魔法陣教室は終了でいいですか?」
ナナの隣にはギルドの受付嬢が改変された魔法陣を手ににこりと微笑んでいる。
「はい、今日はありがとうございました。」
ぺこりと頭を下げてきたのでナナも同じく頭を下げる。
「あの魔法陣の教えは『魔法工房』専売じゃないんですか?教えてもらった立場として聞きづらいのですが・・・ここまで教えてもらって満足な報酬を渡せていると思えないのですが?」
「大丈夫大丈夫、教えているのは魔法陣の基礎です。そこから改変簡略化するのは自身の努力次第ですから、最終的に冒険者ギルドで魔道ゴーレム『ケイトラ』みたいなのを完成させればいいんです。」
「本当に完成出来ればいいんですが・・・。」
「それにしても参加者はギルド職員だけですか?」
「半数はギルド職員ですが、残りは錬金術師や魔法陣を覚えたい方たちばかりですよ。」
「ポーションの調合教室みたいなものですか?」
「そうです。」
「いずれ『ケイトラ』以上な荷車が完成しそうですね。」
「そうなれば移送にも運搬にも余裕が出るんですがね。」
ナナはギルドの会議室からギルドの裏に停車している魔道ゴーレム『ケイトラ』を眺めながら
「『ケイトラ』大きくなってません?」
受付嬢が『ケイトラ』を見ながら首をひねっている。
「2人乗りから3人乗りへ拡張しました。荷台も広くなったのでティア達2人がゆっくり調合作業可能ですよ。」
「この場に無いと思ったら『ケイトラ』で仕事中でしたか。」
「移動作業場として優秀ですよ。」
「確かに。」
「それじゃ、また何かあればー。」
「はい、ありがとうございました。」
ナナは受付嬢に一礼し会議室を後にする。
ナナが去りし会議室は『ケイトラ』を見つめながら
「『魔法工房』の知識は聞けば教えてくれるんですね。秘密にし秘匿扱いで無いと解っただけで十分です。」
調合教室では調合に関しての大事な事を教えてもらい。
魔方陣の講師としては無駄を省いた簡略する事を教えてもらった。
冒険者ギルドとしては期待以上の事を知り得た事になる。
「報酬額を上げてもらわないと次お願いしにくいわ。」




