『赤目』は『紅眼』になりて紅く輝く
ナナは魔法で強化を施し街道を駆ける。
『赤目』の黒狼と喰らい、騎士団の馬達をも喰らい尽くし、『アレ』は一回り肥大化している。
三つ首の異形の魔獣は、黒熊の四肢に黒狼の四肢に加え、馬の四肢をも混ざり合う。
『『『『『『ぐがぁぁあがぁぐがぁぁぁ』』』』』
馬達を喰らい進化したのが嬉しいのか、『アレ』は瀕死の聖騎士達に見向き消せず笑っている。
ナナは異形な『アレ』を目にし、「あれはダメだ。」と呟き、『剣鉈』(けんなた)を抜き去り構える。
ナナの装備は丈夫さよりも着心地重視であり、見た目もナナお手製の『作務衣』(さむえ)であった。
しかも、革のブーツに小型盾に手甲と少なくとも大型の魔獣と戦う姿ではなかった。
『アレ』もナナの姿を見ながら、『ぐひ』と小馬鹿にしたように声を上げ、ナナに突っ込んでくる。
ナナは突っ込んでくる『アレ』を避ける。
喰いすぎて無駄に足が増えすぎた為に、突進力はあるが複雑な動きが出来ないようで、曲がる事も止まる事も叶わず、ナナが避けたと同時に森に突っ込み、木々を薙ぐ倒しながら再び向かってくる。
「移動だけで全てを薙ぎ倒すのか・・・、機動力が無い者なら最初の突進で全滅必死か。」
『『『ぐがぁぁあぐあぁぐがががぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁあぁ!!!』』』
木々を薙ぎ倒しながら向かってくるので、ナナは倒れている聖騎士達に被害が無いように、街道から外れ森へ走り出す。
『アレ』が見失わないように魔法を撃ったり、弓を構え矢を射る。
倒せないまでも聖王都から離すように、ティアたちが避難している休憩場所から遠ざける為に、ナナは倒すのでは無く・・・只々『アレ』の被害が他に拡がらないように行動していく。
ナナから注意が離れないように攻撃をしては避けるを繰り返し、森を離れ山の麓まで辿り着く。
『アレ』から追いかけられていたので、周囲の野獣や魔獣などは姿を消し、ナナと『アレ』しか山の麓にはいなかった。
「はぁー、ここまで来れば安心かな。」
ナナは息を整えながら武器を片付け、手甲から小型盾を外す。
『蹴撃』(しゅうげき)用のブーツに履き替え、挨拶代わりに『アレ』を蹴る。
どごぉ!
斬撃と違い斬る事はかなわないが、鈍器で殴ったように一点集中の一撃を加える。
『アレ』は蹴られた事に最初気が付かずにいたが、何度も何かされているのに気が付き、怒ったように腕を振りながら向かってくる。
ナナは腕を避けながら『アレ』の脚を砕くように蹴り抜く。
どぐ!
「蹴り抜くなら膝を裏から蹴り抜く。
筋肉の厚みも関節なら砕けよう。」
『アレ』の動きは直線的で、避けては蹴る。そして、関節を砕いて壊す!
関節破壊後は避ける事も逃げることも叶わない。
ナナは身体を捻り回転しながら『アレ』を蹴り続ける。
どごどどどごぉぉどぉごどぉぉ!
「機動力が無いから蹴り放題だな。」
黒狼の四肢・馬の四肢を砕き破壊し、身体を支える事も叶わず、『アレ』は黒熊の四肢を使いナナに向かってくる。
横たわりながらナナに腕を振ってくるのだが、狙いが定まらず無造作に振り回している。
ナナは身体を回転しながら振り回している腕を受け流し、受け流した反動を生かし蹴り抜く。
振り抜き伸び切った腕を蹴り抜き関節を破壊していく。
『アレ』の攻撃を受け流しては反撃を繰り返し、戦闘から30分後には黒熊の四肢も砕かれ、三つ首も無残に圧し折られる。
黒熊の頭だけが未だに紅い眼でこちらを睨んでいる。
『ぐぐぐぐぐぐぐぅぅぅぅうぅぅぅぅうぐぅうぐぅぅぅうぐぅう・・・』
「ふぅ、何とか倒せそうだ。」
『ぐぐぐ・・・があぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!!』
黒熊の咆哮が山の麓に響く、同時に『アレ』の身体から紅く輝き、『アレ』の身体を吹き飛ばす。
ナナは『アレ』から紅い瘴気が溢れだすと同時に距離を取る。
本来の黒熊の3倍にも肥大した異形の魔獣は、紅く輝きながら本来の黒熊の姿へ変化する。
黒狼と馬の四肢が消え去り、黒熊の腕が増えて六肢になり、三つ首も黒熊の頭だけになる。
問題は紅い眼だったはずの『アレ』は、全身が紅く輝いていた。
『ぐぐぐぅ』
紅く輝いているはずなのに、ナナには薄暗く見ていて気持ちのいい輝きには見えずにいた。
『アレ』も姿形が変わったことに自身でも驚いているのか身体を動かし、ナナに向かい口を開け腕を広げながら、叫び声をあげる。
『ぐがぁぁあぁぁぁぁ!!!!!』
さっきまでの不完全な姿と違い、『アレ』の姿は肉体的にも内包された魔力的にも充実していた。
身体から溢れ出す薄気味悪い紅い輝きに、ナナを見ながら口を開け涎を流しながら威嚇してくる。
全てをかみ砕く鋭い牙は、黒熊よりも凶悪で強靭な狂気でもあり、六肢の丸太のような腕に全てを切り裂きそうな爪、全身凶器な『アレ』は『大討伐』に対面した『アレ』を彷彿とさせる異形のモノ。
ナナは警戒しながらも『アレ』と距離を取り、「どうしようかー。」と思案していると、『アレ』が動いたと思った瞬間、ナナを横殴りする。
どぉ!
『魔法障壁』を展開していたはずのナナの身体は、『アレ』の一撃で吹っ飛ばす、ナナはぎりぎり受け身を取りながら起き上がると同時に、『アレ』からの攻撃が始める。
六肢の内の四肢を振り回すように、縦横無尽に四肢を使いナナを切り刻もうとする。
振り下ろし腕の数が多い事と、無手では受け流しきれないという事で、右手に剣鉈と左手に苦無を持ち、『アレ』の攻撃を捌いていく。
最初こそ流しきれずに傷を増やしていたナナであったが、身体を捻り回転しながら受け流した反動を蹴りに乗せ、受けては流し倍にして返すを繰り返す。
苦無は『アレ』の攻撃に耐えれずボロボロになったが、剣鉈は刃毀れせずに『アレ』の攻撃を流しきる事に成功する。
『アレ』相手に『魔法障壁』は耐えれず砕かれる、ナナは『魔法障壁』を使う事を止め、『魔纏衣』のみで『アレ』と対峙し、『アレ』を圧倒した。
攻撃する度に負傷し、逃げようにも追いつかれ、再び蹴り飛ばされる。
蹴り飛ばされる度に内包している魔力が消耗し、『アレ』の紅い輝きが消えかかっている。
代わりに『アレ』の内部から薄暗い瘴気が漂い始める。
紅く輝いた『アレ』の身体は、薄暗い瘴気漂う黒熊に見える。
「さながら『影熊』と言ったところか・・・。
暗がりや深き森の中なら見失いそうだが、この場では意味が無いな。
そろそろ倒させてもらうぞ。」
ナナは逆手で剣鉈を左手に持ち、右手を握り『アレ』に向ける。
身体を低く構え、ゆっくりと身体を動かし始める。
ナナの『蹴撃』(しゅうげき)は、無手スキルの派生とだけでは無く、かなりのカスタマイズされたスキルとなっていた。
主だった蹴りの種類は多種多様でありながら、地球産の格闘技から蹴りのみを特化し、足技を足業とし倒す技と言うより、見せる技をと昇華したものとなっていた。
その中でも『魔法工房』でゲームに夢中の2人から『カポエラ』を勧められ、基本スタイルは自由に自在に動き回り、身体の捻りと回転を主軸に縦横無尽に蹴り続けられる様になっていた。
『アレ』もナナの動きに戸惑い、成す術も無く蹴り続けられる。
一撃一撃が『アレ』を破壊し壊され砕かれていく。
ナナの蹴りを止める事はかなわず、次第に『アレ』は動かない身体で反撃をするものの、ナナの蹴り一撃が胸部を蹴り抜き、心臓を破壊し巨体が山の麓へ横たえる。
関節を砕かれ、内臓をも破壊された『アレ』は、ボロボロになり死亡と同時に身体が崩壊していく。
崩壊していく『アレ』を見届けていると、『魔法工房』にいるグランさんの声が届く。
「おぉ、ナナさんや『紅眼』の討伐お疲れ様じゃ。」
「はい、何とか倒せました。
苦無は全部壊れちゃいしましたが・・・。
それでどうしたんですか?」
「今倒した『紅眼』の魔石があれば回収してもらえんかのぉ。」
「『紅眼』は・・・この『アレ』の事?」
「そうじゃ、通常『赤目』と言われておるが、そこにおった『アレ』は『紅眼』と姿を変えた。
『大討伐』並の化け物となり、生き物としても異形のモノとなった・・・哀れな化け物じゃ。」
「魔石の回収というのは?」
「崩壊した後に残された魔石があれば回収して欲しいんじゃ。
『紅眼』の魔石なら放っておいたら何が起きるかわからないからな・・・。」
「それでは魔石が残されていたら『魔法工房』へ送ります。」
「すまんが宜しくな。」
「はい。
あのティアに『アレ』の対処が済んだと伝えてもらえますか?」
「それならルナの方からティアさんに伝えたはずじゃ。
向こうの方も心配しておったからなぁ。」
「予想以上に『アレ』が強かったです。
『魔法障壁』が破壊されるとは驚きました。」
「『魔法障壁』が破壊されたら『結界魔法』で対処すれば大丈夫なはずじゃ。
後は実戦で腕を磨けば問題無いじゃろう。」
「護衛依頼が終わったら修練しなきゃダメだな。」
「まぁ、護衛依頼が終われば身体をゆっくり休んだ方がいいんだがのぉ。
ナナさんは頑張りすぎじゃ、もう少し体を労わらんとな。」
「はい。身体休めにゆっくりしてから帰還します。」
「そうじゃ、無理せず怪我無くな。」
ナナは「了解です。」と自然に頭を下げる。
『アレ』の巨体が完全崩壊まで暫く時間がかかりそうなので、ナナは少し離れた場所に腰を下ろし、『串焼き』を取り出し頬張る。
予想以上にお腹がすいていたのか『串焼き』や『焼き鳥』を取り出しては頬張る。
6本目の串を食べ終える頃には『アレ』の崩壊が終わり、崩壊後に1つの紅く濁った魔石が落ちていた。
明らかに怪しい魔石だったので、ナナは触らずに魔石を『魔法工房』へと送る。
「さ、戻るか。」
腹ごしらえを終え、ナナは休憩場所のログハウスを目指して駆け出す。
『アレ』と一緒に森の中をぐるぐる走っていたので、すぐに帰るつもりが夕方まで時間がかかる事になり、帰還後にティアから「おそい!」と怒られるのだった。




