戦うか逃げるか隠れるか
護衛依頼も追加3日目、黒狼の群れの討伐や黒熊の動向を探る訳でも無く。
ナナはティアと一緒に野外調理場とログハウスの中間に避難場所を造っていた。
入り口は最低限の広さにし、崩れないように強固に頑丈にし、換気口も設置した。
その先には扉も設け、入った先は20人ぐらいが雑魚寝できる広さを確保する。
壁・天井・床は土魔法で圧縮し岩並の強度とし、天井を支える柱も太く丈夫な作りとなっており、もちろん空気穴もきちんと設置してある。
扉を開けて雑魚寝できる大き目の部屋が1つにあり、左右と奥に1つずつ扉があり、右には簡易的ではあるがトイレを造る。もちろん個室タイプが6つあり多少混雑しても大丈夫なようにしてある。
左の扉は調理場と貯蔵庫を造り、火を使うという事で空気口も多めに設置してある。
奥の部屋は護衛対象の聖女候補生のマリアの休憩部屋となっており、多少狭いながらもマリアとティアが眠れる程の広さがある。
神父のシルバさんは奥の扉で待機してもらうしかないが・・・まぁいいか。
地下5m以上の場所に作られた避難場所は、急ごしらえものとしては十分な作りになっているが、ナナは「時間があればもっと良いものが出来たんだが・・・。」と呟いている。
地下室という事で、部屋の中は魔法で明かりを灯す。
各小部屋にも同じく魔法の明かりを灯し、聖騎士の副隊長サウンドさんに報告に行く。
ティアは見張り台から地下の避難場所への抜け道を造り満足気な顔をしている。
「見張り台も土魔法で囲わないと危ないかもな。」
ナナが地下で仕事をしている間も外壁の外では、『赤目』の黒熊が黒狼を捕食しているのが聞こえる。
そして、防壁を補強していた為に厚みがある堅硬な姿が見て取れた。
休憩場所の正面の防壁は厚さが倍の10mとなり、地方都市部の防壁と同等の厚みを確保した。
高さが5mと低い気がするが・・・まぁ、急ごしらえで作った物としては十分な成果だろう。
ナナはサウンドさんに避難場所の完成を告げると「え?もう??」と驚き、ナナの案内で避難場所へ案内する。
避難場所への入り口は、土魔法で祠のような造りになっており、見た目は『かまぼこ』に人が通れる入り口があるだけであった。
扉も観音扉で簡素な木製になっていた。
その扉から中に入ると地下へ続く階段があり、魔法で明かりを灯している為か、暗くもなく最低限の明るさを確保していた。
問題は通路の幅が狭くすれ違う事が出来ないという点だったが、階段の天井はサウンドさんの身長より僅かに高く、ほとんどギリギリの広さしか無かった。
階段の先には扉があり開けると、地上にあるログハウスと同等の広さが確保されていた。
それと天井を支える柱も太く頑丈な物が数多く立ち並ぶ。
部屋の中に扉が3つあり、ナナに「あれは?」と聞くと
「右の扉は簡易的に作ったトイレです。
左の扉は調理場と貯蔵庫です。
正面の扉は聖女候補生のマリアの部屋です。
護衛対象という事でティアと一緒に待機できる広さを確保してます。
それと奥の部屋から地上の見張り台への抜け道もあります。」
「抜け道・・・危険じゃないのか?」
「今のところ、人が通れるだけの縦穴があるだけですよ?
簡単な梯子でも魔法で作れば大丈夫かなと・・・。」
「それにしても予想以上の物が出来上がったな。
『赤目』の黒熊がこちらへ襲って来る前に避難した方がいいか悩ましい・・・。」
「あの聖王都からの救援はどうなってるんですか?
『赤目』の黒熊に勝てると思います?」
「はっきり勝てるとは言いずらいな。
負けないけど損害を考えれば危ないかも知れない。」
「それでどうするんです、我々は逃げ隠れるんですか??」
「基本的に護衛者危険に合わせるわけにはいかない。
それに今現在の戦力的には『アレ』と対峙するのは難しい。
やれるとしても遠距離からの後方支援かな。」
「それでは安全に出来る遠距離からの後方支援が出来るようにしますか。」
ナナはそういって階段を駆け上がっていく。
サウンドさんも慌ててナナの後をついて行く。
地上へ上がったナナはティアと共に見張り台の補強を施す。
土魔法で見張り台の周囲を囲う、それと避難場所の入り口付近に新たに見張り台を築き上げる。
見張り弾が破壊されても即座に避難できるように補強は最低限にし、高さを重点的に考え防壁よりも高い作りとなっていた。
遠距離からの後方支援を考え、見張り台の上部は広く動ける様になっている。
50cmほどの手すりがあるだけで屋根がある訳でもなく、突貫で作られた簡易的な物となっている。
ナナとティアが見張り台の上から、防壁外の『赤目』の黒熊を観察している。
倒された黒狼を喰らう姿は見るに堪えないものがある。
骨すら残さず喰らうモノ、喰らった先から変貌していく異形の魔獣。
黒狼の死骸は数えるほどしか残されていない。
地上では聖騎士の副隊長サウンドさんが声を上げながら避難を促していく。
「『赤目』の黒熊の動向は見張り台で行う。
防壁の補強は今すぐ終えてくれ、黒狼が喰い尽される前に地下へ避難だ!」
冒険者達は聖騎士達の誘導の元、地下への避難場所へ向かう。
急ぎながら地下へ向かうのを見ながらナナ達も行動を開始する。
「最低限護衛対象のマリアは護る。」
「そして、『アレ』を倒すの?」
「んー、聖王都から援軍が来るらしいから大丈夫じゃない?」
「大丈夫じゃなかったら助けるの?」
「怪我をするのも傷つくのも嫌だからね。」
「それまでは『アレ』の動向を観察するだけなの?」
防壁の向こうの『アレ』は全てを喰らうかのように貪る。
見ていて良いものではないのだが、目を離したすきにどこかへ行かれても困るし、今は黙って『アレ』を観察していく。
地上の方はサウンドさんの誘導により避難が完了している。
避難場所への入り口はサウンドさんが盾を構え待機し、ナナの方を見ながら盾を上げている。
ナナはティアを残し見張り台から飛び降りる。
風魔法で落下速度を抑えながら地上へ降り立つ。
サウンドさんは驚きながら、「危なくないか?」と声を上げるが、ナナは「大丈夫ですよ。」と答える。
「あと少しで防壁の外に『赤目』の黒熊は黒狼を喰らい尽くします。
サウンドさんも地下へ避難してください。
この入り口も土魔法で入り口を封鎖します。」
「この入り口も封鎖するのか・・・、木製の扉では破壊される可能性もあるしな。
それじゃ、すまんがお願いする。」
「入って左の貯蔵庫には食糧が備蓄してあります。
全員が満足に食べれる程はあると思えるので食事を済ませてください。」
「なんかすまんな、ナナさん達も無理せずにな。」
「了解です。」
サウンドさんが地下への階段を降りるのを確認し、階段の入り口を土魔法で硬く閉ざす。
『かまぼこ』の形の祠は、魔法で囲み石碑っぽく見せる。
『『『『『『がぁぁあぁぁぁ!』』』』』
防壁外の『アレ』と思われる咆哮が響き渡る。
ナナは急ぎ見張り台を駆け上がりティアに状況を聞く。
「どうなった?」
「黒狼を喰らい尽くした途端、姿が形が変質したみたい。
黒熊と黒狼の混ざり合った姿からは想像がつかない異形のモノに変わった。」
ティアの言葉は防壁外の『アレ』を見て納得した。
黒熊の頭部が1つに黒狼の頭部が2つの三つ首の姿になり、身体も黒狼の四肢に黒熊の四肢が組み合わさった、異形の魔物へとなる。
身体の大きさも5mの体躯があり、補強した防壁では足止めも叶わぬ大きさ。
「足回りは2周り大きくなった黒狼の四肢で、移動速度がどれ程のものになるのか想像がつかないな。
それよりも頭部が3つあるのは・・・頭脳も3つという事なのか理解に苦しむな。」
「身体が大きいから・・・強さも倍になっているのかな?」
「さぁーどうだろう。試しに戦うのも見た目があれではなぁ・・・。」
「腕の数も多いし、腕の太さが尋常じゃないな。」
「それと運悪く聖王都からの援軍も来たみたいだな。」
見張り台からギリギリ目視で騎乗した聖騎士団の一団が確認された。
防壁外の『アレ』もこちらに向かってくる聖騎士団の方に向け動き始める。
異形へ進化した『アレ』は最初こそゆっくり黒狼の四肢を動かしていたが、次第に激しく地面を蹴りはじめ、ものの数秒で聖騎士団へ突っ込む!
『アレ』は無慈悲に聖騎士団に突っ込む、巨体で無造作に突っ込むだけで、聖騎士団の一団は吹っ飛ばされ、馬ごと木々へ打ち付けられる。
完全装備で死にはしないが、受け身も取れず撥ねられ弾き飛ばされた聖騎士達は、うめき声を上げなが倒れている。
『『『ぐがぁぁあがぁぐがぁぁぁ』』』
倒れている聖騎士達の見渡しながら『アレ』は笑っているようだった。
鎧を着こんだ聖騎士達を見向きもせず、『アレ』は馬達に喰らい付く。
聖騎士達は目のまで愛馬を喰われるのを黙って見ているしかなかった。
目の前の光景に絶望し気を失う者ばかりであったが・・・。
「あれはダメだ、ちょっと行って来るからティアは待機な。」
「むぅ、了解。」
「さっさと片づけてくるから食事の準備よろしく。」
「任せといて。」
ティアは手を振り、ナナは見張り台から一直線に『アレ』に向かい駆けて行く。
『赤目』の共食い、歪な進化の先に異形な魔物へと姿を変えた『アレ』
生物の進化の先には本能の赴くまま喰い尽くすだけの化け物だけなのか。




