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僕は今日、龍と大空と夢を語った。

作者: 春風 大志

四月の爽やかな風が桜を落とす日、僕はブランコと夢を語った。都営浅草線からは電車が次々と流れてくる。死んだような目で携帯を触るサラリーマンたちの顔が浮かんだ。1限の経営学にはもう間に合いそうにない。大学入学後すぐに大学への期待は、上流から下流へと流れる岩のように日に日に削れていった。7ヶ月目の今、岩はもう人間の視力でギリギリ確認できるほどの大きさになっていた。殆どの学生は単位を取るために学校に向かい、バイトして適当に遊んで就職へと進んでいくらしい。僕はタバコに火をつけ、携帯のロックを指紋認証で開けた。空き時間にはSNSをチェックするのがいつからか日課になっていた。ツイッターはもはや自分の気持ちをありのままに呟くツールではなくなったし、大多数は自分の生活を等身大以上に見せるインスタグラムというツールに移動した。インスタグラム島での移民たちの生活はツイッター島の時より輝いていた。かくいう僕もインスタグラム島に引っ越ししてから幾分か他人にはいい生活をしているように写っているかもしれない。人からいいねが来ると嬉しい。いつしかいいねが沢山つきそうな写真を取るようになった。僕はいくつかのSNSをチェックし終わった後、2本目のタバコに火をつけ、昨日の投稿を確認した。nice photo!という外国人からのコメントと共にいいねが32ついていた。僕はフォロワーが多いタイプではないのでいいねはこれでも多い方だった。自分で投稿した写真を見ると時々急に恥ずかしくなる。もうSNSでは自己承認欲求は満たされなくなっていた。僕のありのままの姿に32のいいねが送られたわけではないのだ。2本目のタバコの火を消し、僕はブランコに別れを告げた。


僕は今とても不思議な世界に住んでいる。一言でまとめると矛盾だらけの世界だ。人を殺せと教えられたり人を殺すなと教えられたり、一部の巨大な力ーもちろんそれはどんな姿でどれくらいの規模なのかをしっているわけではないーの都合で正義や道徳がコロコロと移り変わる。義務教育ではその巨大な力が作り上げた道徳をしたり顔で説明する教師という職業の人間がいて、何も知らない白紙の僕らはいとも簡単に色付けされてしまう。正確に言うと何人かの人間は押し付けられた道徳を自分の頭で噛み砕いて、自分で1つの道徳ブックを作り出し、自分の経験とともに修正を繰り返すことができているようだ。しかしそれらの人間は少数派なので偽りの正義を振りかざした圧倒的大多数の前に部屋の隅っこへと追いやられているようだった。僕はみんながそれぞれ違った容姿や能力を持ってるのに、前習えをして1列に並んでるのに戸惑った。確かそう感じたのはSMAPの世界に1つだけの花が流行った頃だったろうか、見渡してみれば誰かが定義した普通という名の花が日本にはたくさん咲いていた。ちょっとでも色や香りが普通とは違う花が咲いていると一斉に攻撃されていた。中学生の頃、それをメディアや教師はイジメと呼んでいた。イジメが道徳の押し付けによって起こった因果関係なのか、人間の本能的な性分なのかは正直分からなかった。この世界は不思議だ。


生きることは苦しい。なぜ自然は動物から光合成の能力を奪ったのだろう。なぜ命を奪うことでしか生きていけないのだろう。なぜ人間は同じ人間同士で奪い合うのだろう。頭が洗濯機のようにグルグルと回転する。洗濯機と異なるのは、作業終了とともに綺麗でいい香りがする服が出てこないことだ。僕の脳内に残るのは答えと呼ぶには程遠い、後味の悪いりんごジュースのような1つの解釈だけだった。考えても分からないことはそれ以上は散策しない。僕はエスカレーターに足をかけ、しばらく頭を休めることにした。壁に貼っているポスターには「注意!バッグの盗難!」と書いていた。洗濯機がガタガタと音を立てて回転し始めたので僕は素早く電源切った。エスカレーターを降りると、政治家が演説をしている最中だった。「世界平和と、子供が安心安全に暮らせる未来を!」と大きな声で叫んでいた。バカバカしい。僕はすぐさま洗濯機のスイッチを押した。ガタガタと音を立てて徐々にスピードど上げながら回転し始めた。僕らが人間である限り、そんなの無理だ。僕らは奪うことで生命を維持することを可能とする自然というのシステムの中で生きている。綺麗な言葉が光を放ち、人の心を動かすのは、実現出来ないからかもしれない。ピー!という洗濯完了の音が頭の中でこだました。洗濯機から綺麗でいい香りの服は出てくることはなかった。生きることは苦しい。


生きることは楽しい。気持ちのいい朝日と共に起きて、コーヒーにタバコにラジオ。今日はどんな音楽を作ろうかとワクワクする。僕は待ちきれずにバンドメンバー4人のグループLINEに、「完成した曲、ほんと凄いから楽しみにしてて!」と送った。僕にしか出来ないことがある。僕にしか出せない音がある。これが僕の生きている証であり、喜びだ。僕はラジオを消して、ギターを担ぎ、公園に向かった。公園に着くとブランコに座って、昨日完成したばかりの曲を歌い始めた。桜が龍のように舞う暖かい四月の朝、僕はメロディーをつけた言の葉を風に乗せた。僕は今日、龍と大空と夢を語った。


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