愛されない婚約者たち
婚約者の様子がおかしい。
今に始まったことではないが態度がおかしい。
にこやかな笑顔の仮面を貼り付けてそっと私から離れようとする。
微妙な距離をとって立っている長く緩いウェーブの黒髪の女性は私の婚約者こと、ローズ・ウェディントンである。彼女は静かに害のない微笑みを浮かべたまま、ジリジリと距離を置き、華奢な肩をすくませ気配を消そうとしている。
それはまるで動物の擬態である。
「我が婚約者、ローズはどう思う?」
そういう時は話を振り、ローズの腕を引いて腰に手を回し、逃げないようにがっちりと捕まえる。
「わたくしは殿下の意向に従いますわ。」
貼り付けた笑顔の右口角だけをピクリと動かし、当たり障りのない答えをするローズ。
慎ましやかとかではない、消極的な態度には苛つきを覚えるし、このままではよくない。
「何故あのような態度をする。そなたは未来の王妃なのだぞ?」
そう、私は何かない限り王の座を継ぐ、この国の第一王子のレイズ・ヴァン・アルトニアである。
そして、その傍らに立つ王妃にローズはなる。
二人っきりの部屋でローズに少しきつめの口調で言った。
「それならば、いっそのこと婚約破棄してくださいな。」
ローズはまだ笑顔の仮面を貼り付けている。
「ここまできてそれはできぬ!」
「大丈夫ですわ!殿下が他の方を婚約者に据えれば良いのです。殿下はおモテになられますから。」
少々の応酬では厚い鉄仮面はビクともしない。
「これは好きだのなんだなどのは関係ない、家同士、延いては国に関わることなのだぞ。安易に破棄したり他の者を選んだりはできん!」
「だから嫌なのですわ。わたくし、好きだのなんだのをしたいのです。」
ローズの顔が穏やかな笑顔のまま、首を傾げた。
「そんな子どもみたいなことを!」
「だから、わたくしと殿下は相容れないのです。」
「ならば妾でも囲えば良い。」
「それが嫌なので申し上げているのです。」
「ならば私と好いた腫れただのを好き勝手にやればいい!」
「わたくしは好いた腫れたのよりも、もっと深く愛し愛されたいのです。いくらわたくしが愛そうともわたくしを愛してくれる人が居なければ意味がないのです。」
「小賢しいことを。具体的どうすればいいのだ!」
一瞬鉄仮面の剥がれたローズと目が合う。
対面に座っていたローズが王子の傍らに立ち、テーブルの上に置いていた王子の手に自分の手を優しく重ねた。
王子がローズの顔を見上げる。
その顔をローズが両手で迎え入れるように受け入れて優しく抱きしめた。
柔らかくほのかに香るミルクと花の匂い、そして程よく温かい。
王子の知っている女性とはまた違う感じがする。
どうしてこうも心地よく感じるのだろうか。
肩の力が抜けていく。
ローズは少し体を離し、王子の頰に手を寄せた。
震える唇が王子の額に触れる。
閉じたまぶたを開けると、少し頰を赤らめたローズがいた。
「わたくしが愛する人にすることです。」
「私のことか?」
「いえ、違います。」
王子はバッサリとローズに斬られてしまった。
「なら、されたいのか?」
「強制ではなく、自らしたいと思ってくれる人が良いです。わたくしは殿下を愛していないし、殿下もわたくしを愛してはいないのでしょう。」
抱きしめられた時のあの初々しい態度からいつもの鉄仮面のローズに戻っている。
「ならこれから愛し合えば良い。」
「今までお互いに干渉してこなかったのにですか?」
婚約して2年も経つというのに、会話らしい会話をするのは今日が初めてである。
王子はローズに対して興味が無かったし、ローズも避けていた。
「今から始めればいいだろう?」
「わたくしは嫌です。いずれは王子は側室など持つのでしょう?」
「それは御家存続のために…」
「わたくしは生涯の番いを探していますの!だから殿下を愛したりなんかしません。」
王子が深くため息をついた。
「わかった。考慮しよう。何も一気に決めなくともよいだろう?」
「相容れないのであれば、早い方が良いと思いますけれど。」
「何故そうも頑ななのだ。そなたの家は…」
ローズの家は両親は政略結婚であり、互いに妾を囲っているという噂は有名である。
「…反面教師にしました。」
ローズは顔を背け、そう放った。
「反面教師か…」
自分の父と母である現国王と王妃に思いやった。
国父国母としては尊敬できる人たちだ。
現に私をここまで育ててくれた。
それが愛かとは思うが、その前に大切な駒であったとは思う。
ローズの様に抱きしめてもらった記憶などはなく、それが愛ならば愛されたという実感はなかった。
他の側室や異母兄弟からは嫌味を何度となく言われたし、足を引っ張られることも何度もあり、城の中は常にギスギスとしたものが流れていた。
そして、何度も殺されかけた。
次の世代の私達は何をするかなど今までそんなこと考えたことなく、ただ単に受け継ぎ受け入れるだけだと思っていた。
ローズは断ち切るのだな、悪き風習は。
私の育った環境とは悪だったのか善だったのか…
よくわからなくなってくる。
王子はローズの前に立った。
愛とは何だろうか、本当に必要なのだろうか。
「殿下? 」
ローズの上目づかいで不思議そうに王子を見ている。
王子はローズがしてくれた様にローズを抱きしめた。
「鉄仮面の中はこんな顔をしているのだな。」
ローズは真っ赤なって今にも泣きそうな顔をしている。
「何するんですか!」
「そなたのやったことだろう?」
「私は言葉で言い表せなかったのでやってみせただけで…」
「はて、愛を分からぬものでな。なぞってしてみたぞ。」
ローズの頬に手を当て、額にキスをする。
ローズは口をパクパクさせて声にならない抗議をしている。
「では、愛し合うということをやってみることにしよう。」
王子は満足げに笑った。