chapter3-3
フロレアは大通りで色々な人に話を聞いていた。
カンマのことだけでなく、地主のグレゴイルのこと、それ以外の失踪者のこと、光魔法をよく思わない人々の話などを聞いた。
それらの話をまとめると、どうやら失踪した人々は同じ日にいきなりいなくなったとのことだった。
しかし消えた人々は全員が光魔法のことを悪く思っていた訳ではないらしい。
それでも大半がよく思わない人間だったのは事実だった。
その為に光魔道士達が力をつけ、グレゴイルのような横暴な商売をするものも増えてきているらしい。
その話を聞いて、フロレアは今、スヴェートで起きていることに衝撃を受けた。
人が消えていることも衝撃的だったが、それによって違う問題が発生してしまっていることにも驚愕した。
もしや、今、自分達は何かとんでもないことに巻き込まれかけているのではないか。
そんな不安を感じながら、一旦公園に戻ろうと方向転換をする。
すると、遠くの方で人々がざわつく声が聞こえた。
なんだろうと思い、フロレアは騒ぎを見に行ってみることにした。
*
「ガルちゃん!?何してるんですか!?」
騒ぎの中心にいたのは、見覚えのある人物達と、最初に大通りを歩いた時に見かけた光魔道士達だった。
ある光魔道士はラルフに上からのしかかられじたばたともがいており、
またある光魔道士は腰が抜けたのか座り込んだまま動かず、
別の光魔道士はマドーとガルに二人がかりで押さえつけられていた。
そして彼らの足元には、見たことのないような機械が散らばっていた。
「どろぼう!カンマの道具、返せ!」
「ガルちゃんの言う通りです。それはカンマ君の道具だ。返してもらいましょうか」
ガルとマドーは、動けない光魔道士達に機械を返すよう請求する。
しかし光魔道士達は降参しなかった。
「返すわけにはいかない!これを使えば更に光魔法は良くなるのだ!」
光魔道士は不利な状態にあるにもかかわらず、不適な笑みを浮かべガルとマドーを見上げる。
そんな光魔道士の態度にカチンと来たのか、ガルが光魔道士の背中の上でとびはねる。
「返せ!返せ!かーえーすーのー!」
「痛え痛え痛え痛え!」
フロレアはこの状況がさっぱり理解できなかった。
マドーさんとガルちゃんはカンマ君の手がかりを探していたはずなのに、なぜ光魔道士を捕まえているんでしょう…。
それにカンマ君の道具を返せですって?ということはここに転がっているのはカンマ君のものってことですか?
それってつまり、この人達がカンマ君を連れ去った…?
「!!」
フロレアはとにかく必死に思考を巡らせ、ある一つの結論に辿り着いた。
「あなた達がカンマ君を連れ去った犯人だったんですね!」
「はあ!?」
とんちんかんなことを言い出すフロレアに、光魔道士は思わず腑抜けた声を出す。
「ということは他の方達もあなた達が!許しません!許しませんよー!」
フロレアもぎゃーぎゃーと喚き散らしはじめ、さらに騒ぎが大きくなる。
ぎゃあぎゃあと全員が喚く間、腰を抜かした光魔道士が我を取り戻し、
散らばった道具の一部を拾い上げるとその場から走り出した。
「あっ!?どこに行くんですかー!」
その後をフロレアが追いかけていく。
「私達も追いかけなくては…!」
マドーはそう言うと、懐から今度はエメラルドグリーンに輝く本を取りだし、パラパラとページをめくる。
そしてある箇所でめくる手を止めると、魔道士に右手をつき出す。
「うおあ!?」
すると光魔道士は強い風に包まれ、ぎっちり締め付けられる。
「なんだコレ…ッ!?」
「風の拘束魔法です。小一時間ぐらい、貴方は動けないでしょう」
マドーはパタンと本を閉じると懐にしまい、ラルフの下敷きになっていた光魔道士の方を見る。
「あちらの方には必要なさそうですね」
ラルフに長い間のしかかられていた光魔道士は、重い体に押し付けられすっかりバテてぐったりしていた。
しばらくはまともに動くことも出来ないだろう。
「では道具は返してもらいますよ」
マドーは散らばった残りの道具を拾い上げ、懐の中にしまう。
そしてガルに行きましょうと声をかけ、ガルとラルフと共にフロレアと光魔道士の後を追いかけていった。
*
スヴェート南西にある、レイス教団が守る神殿。
アルテミスが示した8つのうちの1つの神殿がそこだった。
その場所で、多数の光魔道士達が一人の青年の前に沈んでいた。
ただ一人、その場に立ちすくむ光魔道士は、口をパクパクさせながら紅髪の青年を見つめる。
「嫌な予感はしたんだよ。でも本当に神殿の力を利用しようと企んでいたとはね」
青年は動けない光魔道士を冷たく見据えながら、そう言い放つ。
*
青年、フレアはマドーの話を聞き、フロレア達に指示を出したあとすぐに神殿に向かった。
スヴェートの郊外から少し歩いた小さな森の中に入り、神殿へ続く小道を歩く。
神殿前に着くと、数人の光魔道士達がこそこそと何かの装置の前に集まり、話し合っていた。
その話を物陰からこっそりと盗み聞く。
「これに光魔法を唱えればいいのか?」
「ああ、そうすれば装置は発動する」
「カンマとかいうガキの道具だろ?光魔法じゃ使えないんじゃないのか?」
「大丈夫だろ、魔法ならなんでもいい」
「これを使えば、神殿の封印とやらが解けて、中に眠る力を我々光魔道士が使えるんだな…」
光魔道士達はニタニタといやらしい笑みを浮かべる。
その中の一人が合図を出すと、一斉にその装置に向けて光魔法を唱えはじめた。
装置が魔法を受けて、金色に輝き始め、ガタガタと振動し出す。
光魔道士達が更に光魔法を強く唱える。だんだん装置の振動が速くなる。
「よし!起動するぞ!」
そう光魔道士が高らかに叫ぶと同時に、光魔道士達の背後から紅い閃光が光魔道士達に襲いかかった。
*
フレアは光魔道士から視線をはずし、レイピアを装置に向ける。
そして勢いよく装置にレイピアを突き刺す。
突き刺された箇所からヒビが装置全体に走る。
レイピアを引き抜くと、装置の一部だった破片がパラパラと落ちる。
「そ、装置が…!」
無残に壊れた装置を見て、光魔道士が落胆の声をあげる。
そんな光魔道士に視線を戻すと、フレアはレイピアを光魔道士に突き付け、冷ややかに告げる。
「君も、こうなりたいかい?」
「ひ、ひい…っ!」
光魔道士はフレアの気迫に圧倒され、後退りする。
その時、街の方から何やら道具を抱えた別の光魔道士がやってきた。
「な…!これは一体どういう…!?」
目の前に広がる光景に、後からやってきた光魔道士は口を大きく開けたままポカンとする。
その後ろから、更に人がやってきた。
「フレア様!?こんなところで何をしてるんですか!?」
「フロレア?君は大通りにいるはずじゃ…?」
フレアは、この場所には来るはずの無いフロレアの登場に驚く。
フロレアも、公園か、街のどこかで待っていると思っていたフレアが光魔道士を追いかけた先にいるとは思わず、驚きの声をあげる。
しかしフレアは、更に驚くことになった。
「フロレア!追いついた!」
「おや、フレアさんもお揃いでしたか」
フロレアの後からしばらくして、ガルとマドーがラルフに乗ってやってきた。
「ガルとマドーさんまで…一体どういうことなんだい?」
「私たちはこの光魔道士を追ってきたんです!彼はカンマ君を誘拐した犯人なんですよう!」
フロレアは少し興奮気味にフレアにそう、説明する。が、すぐに光魔道士が訂正する。
「カンマは誘拐してねえよ!道具を借りただけだ!」
「嘘つかないで下さいよ!じゃあなんでカンマ君の道具を持ってるんですか!」
光魔道士とフロレアがぎゃあぎゃあと口論しだす。
そして更にガルがその喧嘩に参加し「返せ返せ」とうるさく連呼するものだから、ますます騒がしくなった。
「ちょ、ちょっと…全員一旦落ち着いて…」
マドーはすっかり耳を塞いで参加する気がなかった。
フレアがこの騒ぎを静めようと口を開いた時、神殿の中から耳をつんざく大きな声が響いた。
「ああもう!さっきからうるさいですわー!」
全員がびっくりして神殿の方を見ると、
ふわっとした雰囲気の、眼鏡をかけた女性がこちらを見て睨み付けていた。
「貴殿方、ここは神聖な神殿の前ですのよ?少しはお静かにして欲しいですわ!…って、フロレア?」
女性は集まりの中にフロレアを見つけると、
先程とはうってかわって嬉しそうにフロレアに駆け寄る。
「お久しぶりですわ!相変わらず人の話をちゃんと聞かず、元気そうですわね!」
「こちらこそお久しぶりですー!ハトガヤも元気そうでなによりですよう!」
ハトガヤと呼ばれた女性とフロレアは互いに手を取り合うと、キャッキャッと嬉しそうに跳ねる。
そんな様子を見て、フレアは戸惑いつつもフロレアに尋ねる。
「フロレア、この方は…?」
「あっ、そうでしたね!」
フロレアはハトガヤから手を離すと、軽く咳払いし、ハトガヤを紹介する。
「彼女はハトガヤ。スヴェートの神殿の神官なんですよ!」
フロレアの紹介を受けて、ハトガヤは翠のワンピースドレスの裾を軽くつまみ、フレアに会釈する。
「フウカ=ハトガヤですわ。以後お見知りおきを」
ハトガヤの挨拶に、フレアも自己紹介を返そうと口を開く。
「僕は—」
「貴方はヴァルクォーレのフレア王子様ですわよね?アルテミス師団長補佐から話はよく聞いていますわ」
ハトガヤはフレアの自己紹介を遮り、ニッコリと微笑む。
そしてふいっと視線を街に続く小道に移す。
フレアもつられて視線を動かすと、このやり取りに乗じて光魔道士二人がこっそり逃げ出そうとしていた。
「あ、待て…」
「ほうっておいて大丈夫ですわ」
追いかけようとしたフレアをハトガヤが止める。
「彼らは神殿の封印を解きたいようですけれど、私がいる限りはそうはさせませんわ。安心してくださいましてよ?」
ハトガヤは胸を張り、自信満々にそう述べた。
「フレア様、ハトガヤは信用して大丈夫ですよ」
フロレアも自信ありげにフレアに言う。
「だって彼女は、七神獣の一人『風の白虎』の称号を持つ、風魔道士なんですから!」
*
七神獣は、光を除いた七つの属性魔法に長けた者、七人に与えられる称号である。
強く猛りし炎は『朱雀』、
清らかなる水は『青龍』、
疾き翡翠の風は『白虎』、
豪快たる地は『玄武』、
激光たる雷は『麒麟』、
大いなる闇は『大蛇』、
荘厳なる時は『鷲獣』、
の称号をそれぞれ与えられた。
そして称号を持つものは、体のどこかにそれぞれの称号の紋章があるとのことだった。
「ほら、その証拠に私の左手首に紋章がちゃんとありましてよ?」
ハトガヤはそう言うと、左手の袖を少しめくり、手首を見せる。
確かにそこには、白虎をあしらった紋章が刻まれていた。
ニコニコと微笑みながら左手首を見せるハトガヤに、フレアは少しため息混じりに問いかけた。
「称号の話はわかりました。でも、こんな呑気に紅茶なんて飲んでていいんですか」
フレア達は神殿の中に通され、入り口からすぐ入ったところにある部屋で紅茶を出されていた。
部屋は薄い緑の壁紙に白いレースがあしらわれており、置かれている家具類から見るとどうやらハトガヤの私室のようだった。
フロレアは頑なに自分以外の人間を神殿に入れようとしなかったのに対して、
このハトガヤの緩さはなんなんだ…と、フレアは少し頭が痛くなった。
「まあまあ、この国は馬鹿みたいに平和なんですのよ?これくらいしたところでバチは当たりやしませんわ」
ハトガヤはそう呑気に紅茶を飲む。
「ですがハトガヤ、先程の光魔道士のこともありますし、少し警戒した方がいいんじゃないですか?」
そう言いつつフロレアも紅茶を飲み、ほっこりする。
「確かにそうですよ、ハトガヤさん。彼らだけじゃないかもしれませんし」
マドーも紅茶を飲みながら、のほほんとする。
「ハトガヤ!これおいしい!もっと食べたい!」
ハトガヤが出したお茶うけのクッキーをガルが無我夢中で頬張る。
そんな彼らの会話の内容と相反する様子を見て、フレアはますます頭が痛くなった。
「でもフレア君、本当に冗談抜きで大丈夫ですわ」
ハトガヤはそんなフレアの様子を見て、紅茶を飲む手を止めると落ち着いた口調でそう告げた。
「神殿の封印はネビロスを押さえつける強力なものですのよ?そう簡単には解けませんわ。
それに光魔道士達が束でかかってきても、私が勝つ自信はありますわ」
ハトガヤは少しいたずらっぽく微笑む。
やはり称号を持つ者だけあって、それほど腕に自信があるのだろう。
「それより、フレア君も早く紅茶をお飲みになってくださいまし。冷めてしまいますわよ?」
ハトガヤにそう急かされ、フレアもしぶしぶ出された紅茶に口をつける。
紅茶はほんのり温かく、上品な香りに相応しい優雅な味わいだった。
*
フレア達にこてんぱんにされ神殿から逃げ出した光魔道士達は、大通りに戻り作戦会議をしていた。
「くそ!あと少しだったのに!」
「あの紅い男、ヴァルクォーレの王子だったんだな…どうする?」
「それよりも、またカンマの道具を取りに行かないと」
「神殿には神官がいたんだぞ?またやるのか?」
「あんな能天気な神官なら大丈夫だろう。必ず封印を解いて力を手に入れてやるぞ!」
光魔道士達は気づいていなかった。自分達の話を後ろから誰かが聞いていたことを。
その人物は話をしばらく盗み聞きした後、大通りの脇の路地に入っていった。
*
神殿を後にしたフレア達は、スヴェートの街をあてもなくうろつく。
「なんだかスヴェートの神官は呑気だね…。もう二つも封印が破られたと言うのに」
「彼女はそういう人ですから」
フレアが呆れ気味に言葉をもらすと、フロレアは苦笑いしながらそう答えた。
そんなフロレアに、フレアはそういえば、と尋ねる。
「神殿の再封印はしなくてよかったのかい?」
その言葉を聞き、フロレアはああ!と大声をあげる。
どうやらすっかり忘れていたようだ。
「神殿の再封印…ですか?」
その会話を聞き、マドーが質問を返す。
「ああ、僕達は各地にある神殿を再封印する為に旅をしているんですよ」
フレアは、マドーにこれまでの経緯を説明した。
マドーはその説明を聞き、神殿が今どういう状況下に置かれているのかを理解した。
「ということは、神殿を狙っているのは光魔道士だけではないと言うことですか…?」
「そういうことになりますね」
マドーの言葉に、フレアはうなずく。
「ここだけじゃない、他の神殿も狙われてるはずだ。だからこそ封印を強化するため、アルテミスさんから直々に頼まれたんだ」
しかし、とフレアは考える。
神殿の封印を解けば強大な力が手に入ると光魔道士達は言っていたが、そもそも神殿が作られた経緯は彼らも知っているはずだ。
封印を解けばネビロスの力が開放されることはわかっている上で封印を解きたがる理由がわからなかった。
まさか、神殿に封印されているのはネビロスだけではないのか…。
「フレア」
しかし、あの神殿はネビロスを封印する為だけに作られたものだ。
もともとその地にある力を封印したものではない。眠るのはネビロスの力だけだ。
「フレア、フレア」
しかもネビロスは魔竜。すなわちネビロスの力は闇の力だ。
光魔道士の彼らが必要な力とは思えない。
やはり、何か別の力が…。
「フレア!!」
「うわっ!?」
深く考え込んでいたフレアに、ガルが大声で呼び掛ける。
「ど、どうしたんだいガル?」
「嫌な気配、ハトガヤに向かってる」
「なんだって?」
ガルの言葉にフレアだけでなく、フロレアとマドーも目を丸くする。
「え…?だ、だってさっき光魔道士達は追い払いましたし…」
「ガル、気配はよくわかる」
ガルは神殿の方を睨み付ける。ラルフも同じ方向に顔を向け、低くうなり威嚇していた。
野生の勘か…とフレアは思った。世の中では野生の勘と言うものほど、よく当たるものはない。
「…戻ってみよう」
フレアはガルの勘を信じ、神殿へ戻ってみることにした。