chapter3-2
「私はルノマ族のマドーと言います。私は異変が起こる日まで、何事もなく普通に生活をしておりました」
フロレアが連れてきた、青紫のとんがり帽子に紫のコート、中には白いスカーフと紫のベストを身に付け、
少し変わった形の靴を履いたルノマ族—マドーは、落ち着いた声音で異変について説明をした。
「そこのお嬢さん方はご存知のことかと思いますが、私はルノマ族なのに光魔法がとても苦手で、人並みに使えないのです。
ですからいつも仲間には馬鹿にされてきました」
マドーはそう言うと、懐から薄く金色に輝く本を取りだし、パラパラとページをめくり、ある所で開くと、だぼっとし過ぎて手が出ていない右袖をスッと掲げ、力を込めた。
パチッと音がして光が小さく弾けた。が、それだけだった。
「この通りの有り様です」
マドーはそう苦笑しながら本をしまい、話を続ける。
「そんな落ちこぼれの私と唯一仲良くしてくれたのがカンマ君でした。
彼は光魔法は時代遅れだと豪語し、日夜変な機械を作っては壊していたため、変わり者扱いされていました」
これは彼が作ってくれたものです、とマドーは胸元につけた星形のバッジを見せる。
マドーが触れると、バッジは淡く七色に光だした。
「うわあ!綺麗ですねー!」
フロレアが感嘆の声を上げ、ガルも目を輝かせながらバッジを見つめる。
彼女達の反応に、マドーは少し得意気な表情を浮かべる。
「でしょう?でも、これは光魔法は一切使っていないのですよ。彼は光魔道士ではありませんでしたから」
「ええ!?そうなんですか!?驚きです!」
フロレアは、今度は驚きの声を上げる。
フレアも光魔法で作られたものだと思い込んでいたため、マドーの発言に驚愕する。
そんな二人をよそに、マドーは更に話を続ける。
「カンマ君は、光魔法に代わる新しいスヴェートの産業を開発しようと頑張っていました。
私はそんな彼に感銘を受け、よく手伝いに行くようになりました」
マドーは一旦話を区切ると、少し悲しげに瞳を揺らしながら、うつむく。
「彼は私が光魔法を全然使えないことを知っていました。
だからこそ、私に光魔法を捨てて、自分と一緒に新しい力の研究をしようと誘ってくれたのです。
しかし私はこれでもルノマ族。光魔法を捨てることはルノマ族を捨てることと同義なんです。そのため彼の誘いを断り続けていました。
それから私は、自分はルノマ族なんだということをカンマ君に見せてあげようと思い、大通りに屋台を出すようになりました。
その時から、私はカンマ君とあまり会わなくなりました。そして…」
マドーは伏せていた目をフレアに向ける。
「屋台を出すようになってからすぐに、カンマ君が消えました」
マドーの瞳は、不安と後悔で揺らめいていた。
フレアにはそれが痛いほど伝わってきた。自分も同じように、ある日から会わなくなった親友が消えている。そのためか、何故か他人事とは思えなかった。
「そしてカンマ君だけではなく、光魔法に否定的だったスヴェートきっての地主、グレゴイルさんも消えていました。
私が調べてみたところ、どうやら光魔法をよく思わない人々が一斉に消えたそうです」
「え…それって…」
マドーの言葉に、フロレアは不穏な気配を感じとる。
「私もそう考えたくはないのですが…この国は光魔法が全ての国ですから…」
マドーは言いたくないのか言葉を詰まらせる。
しかしマドーが言わなくともだいたい察しはついていた。
「光魔道士達が彼らに何かをした。そう、あなたは考えているのですね?」
フレアの翡翠の瞳が静かに揺らめく。
マドーはフレアに顔をゆっくり向けると、はい、と小さく頷いた。
「グレゴイルさんは、横暴な地主で、光魔法を金儲けの道具としか見ていませんでした。
光魔道士達が新たな発明を考えると、すぐにそれを奪い取り自分の物にして売りさばく。
そして苦情がくれば光魔道士に責任を全て押し付ける。
そんな方でしたから、光魔道士達にはとても嫌われていました」
「うーん、確かにそういう人には、いなくなってほしいと思いますよねえー」
マドーが話すグレゴイルという男の人物像に、フロレアは素直な感想を述べる。
ガルもフロレアに同意するように頷く。 私もそう思いますと、マドーは苦笑気味にフロレア達に言葉を返した。
「とすると、カンマ君も光魔道士達には嫌われていたんですか?」
フレアはグレゴイルの話を聞き、マドーが探しているカンマはどう思われていたのかが気になった。
もし彼も光魔道士達に嫌われていたとしたら、事件に巻き込まれたと見て間違いないだろう。
「ええ…先程も言いました通り、彼は光魔法は時代遅れと豪語していましたから…
あまり彼をよく思っていない光魔道士もいたはずです」
それから、とマドーは付け加える。
「グレゴイルさんやカンマ君達がいなくなって、今は力のある光魔道士達がこの国を牛耳っています」
「ほぇ?それはいいことなんじゃないんですか?」
フロレアは、そのことの何がおかしいのかわからないと言うかのように、小首をかしげる。
しかしフレアにはわかっていた。
今まで自分達を縛りつけていた者がいなくなり、自分達の自由に過ごせる。
そうなれば、必ず人は暴走するものだ。
「光魔道士が国を動かすのはいいことだとは思います。
しかし彼らは最近、度が過ぎたことをしようとしているのです」
マドーはそう言うと、南西の方角を見つめる。
マドーがその方向に視線を動かした瞬間、フレアはなんだか嫌な予感がした。
「…とにかく、私はその国を牛耳る彼らが、カンマ君に何かをしたのではないかと思うのです」
マドーは視線をフレア達に戻すと、またうつむいた。
自身も光魔道士である故に、仲間を疑うのは忍びないのだろう。
そんな感情がフレアにもフロレアにも痛いほど伝わってきた。
「話してくださってありがとうございます。僕らも色々調べてみましょう」
フレアはマドーに優しく声をかけると、フロレアの方に顔を向ける。
「フロレア、君は大通りでそれとなくカンマ君のことを聞いてきてくれ」
「わかりました!」
フロレアはフレアから指示を受けると、小走りで大通りへ向かっていった。
「ガルは?ガルは?」
フロレアが走り去るのを見て、ガルはフレアの袖を引っ張りながら指示を催促する。
「ガルはラルフとマドーさんと一緒にカンマ君のてかがりを探すんだ。
マドーさん、そのカンマ君からもらったバッジをラルフに嗅がせてもいいでしょうか?」
フレアから指示をもらったガルは、マドーに向き直り両手を差し出す。
いいですよ、とマドーはバッジ外してガルに渡し、そのままガルはバッジをラルフに嗅がせる。
バッジの臭いを嗅いだラルフはグォウと一吠えすると、のっそのっそと大通りと反対方向へ歩き出した。ガルとマドーはラルフにゆっくりとついていく。
フレアは二人と一匹を見送ると、南西の方角を見つめる。
「どういうことなのか、確かめさせてもらおうか…」
フレアの表情は、気迫で溢れていた。
*
閑静な住宅街を、ラルフはのっそのっそと歩く。
そのうしろをガルとマドーはゆっくり歩いていた。
ラルフが何かを見つける間、マドーはガルに光魔法を使ったからくりについて話していた。
「ひかりまほーすごい!」
マドーの話を聞いて、ガルは瞳を輝かせる。
「はは…でも私にはそんな技量はないのですがね…」
そう苦笑するマドーは、ガルの言葉がまだ心に残っていたようだった。
「う…ごめん…」
ガルは肩を落とす。
「いや、いいんですよ。それよりも、カンマ君が作るからくりもなかなか面白いものが多いんですよ」
マドーはカンマとの思い出をガルに話し始めた。
*
「あんた、本当に光魔法を使えんの?」
あの日、仲間に言われ渋々屋台を大通りに出し、案の定客も来なければ同業者にも笑われていた。
そんな中、唯一屋台にやってきた客は一通り道具を物色すると、そう尋ねてきた。
もう何度も聞かれた質問だな、とマドーはまた溜め息をつく。
屋台に来る客は、みんな同じことを聞き、マドーを可愛そうなものを見る目を向ける。
この客もそうなんだろうとマドーは思った。
「私は光魔法が苦手なものでして…」
マドーはいつも通り、苦笑しながらそう答える。
ふうん、と相手はマドーを見据える。
いつもなら、客はそのまま申し訳なさそうに去っていくはずだ。
しかし、この客はそうではなかった。
「じゃ、他の魔法は?たとえば火の魔法とか」
まさかの問いかけに、マドーは一瞬戸惑った。
「あ…、風魔法なら少しばかりかじってはいますが…」
そうマドーが答えると、客は目の輝きを変えた。
「ならこんなところで時代遅れな光魔法にうつつを抜かしてないで、僕と一緒に来なよ!」
客はマドーの手をギュッと握ってきた。
「この国は光魔法に依存しすぎてる。光魔法が全てなんておかしい話だよね?
だから僕は光魔法を使わない新しい国の産業を開発してるのさ。
そのためには火とか水とか他の属性魔法が必要なんだよね、だから協力してくれない?」
客はやけに饒舌に一息で自分の目的を語り、マドーに協力を求める。
その勢いにマドーは圧倒されたが、彼の言葉にはどこか共感出来るものがあった。
たしかにこの国は光魔法が全てな所があった。
いや、この国もそうだがルノマ族もそうだった。
光魔法の出来で、族の中での階級が決まっているような風潮があった。
マドーはその風潮が嫌だった。
自分が光魔法が苦手だからというのもあったが、そんな魔法の出来映えだけで人の全て否定するような流れが嫌だった。
だから、客の話を聞いて少し心が揺らいだのかもしれない。
「わ、私なんかで…」
「なに?」
「私なんかでよければ協力させてください!」
マドーは力強くその客—カンマの手を握り返した。
*
「カンマ君は君より少しお兄さんでしてね、彼が作る機械に私たちの魔法を組み合わせて色々なことを試していました」
「色々なこと?」
「ええ。彼の雷魔法を使った移動用の乗り物でしたり、
私の風魔法を使った物を運ぶ装置でしたり、それは色々作ってみたものです」
マドーは目を細め、遠い思い出に想いを寄せる。
「ガル、カンマに会ってみたい!」
マドーの話を聞き、ガルはカンマに興味を寄せていた。
そんなガルに、マドーは優しく微笑みかける。
またしばらく歩くと、ラルフの動きがピタリと止まった。
ラルフが一軒の家を見上げる。
「…これはカンマ君の家ですね」
ラルフが嗅ぎ当てた家を見て、マドーはそう呟いた。
ガルが中に入ろうと、カンマの家の扉に手を伸ばしたその時、
主がいないはずの家の扉が勢いよく開かれ、中から数人の人間がごちゃごちゃした機械を抱えて飛び出してきた。
「うわあ!?」
と、扉が開かれた勢いでガルが尻餅をつく。
「大丈夫ですか、ガルちゃん!」
「大丈夫!それよりもあいつら、何か持って逃げた!」
ガルはその場から走り去る人影を指差す。
「あれは光魔道士…?カンマ君の道具を持っていって一体何を…?」
カンマの家から飛び出した人間達は、いつも大通りに屋台を並べている、見慣れた光魔道士達だった。
マドーは何か嫌な予感がした。
「とにかく、追いかけなくては…!」
「マドー、ラルフの方が速い!」
ガルは後を追おうとしたマドーの袖を掴み、ラルフの方へ引っ張る。
そしてラルフの上にまたがると、マドーにも背中に乗るよう促した。
マドーはガルに言われるがまま、同じように背中にまたがる。
「ラルフ、追えーー!」
そう高らかにガルが指示を飛ばすと、ラルフは光魔道士達の後を走って追いかけ始めた。