chapter3-1
森を抜け、真っ直ぐ伸びた一本道を進むと、大きな黄色い壁が見えてくる。
その壁につけられた門をくぐり抜ければそこは、光魔法の聖地「スヴェート魔道国」であった。
「わああー!相変わらず活気づいてますねえー!」
都市国家であるスヴェートの一番の大通りを歩きながら、フロレアは目を輝かせる。
建物も道も黄色一色で彩られた大通りには、沢山の光魔道士達が屋台を出していた。
「そこの旅のお方!旅のお供にこの光魔法ランプを使ってみないかい!」
「光魔法式浮力を使った道具だよー。ちょっと見ていかないかーい?」
「これさえあれば夜も安心!光魔法の魔物除けだよ!」
光魔道士達は声を高らかに自分達が作ったのであろう道具を宣伝する。
「お嬢さん、この光魔法で出来た花の髪飾りは如何かな?暗くなるとほんのり光りますよ!」
「うわあー、綺麗です!フレア様!これ!これどうですか!」
「フロレア…」
屋台をあちこち駆け巡りはしゃぐフロレアに、フレアは大きくため息をつく。
だいたい予想してはいたが、それ以上のはしゃぎようだった。
「フレア、フレア」
そんな光魔道士達の屋台を転々と見て回るフロレアを見つめていると、
隣にいたガルが袖を引っ張ってきた。
「なんだい、ガル。君も何か欲しいのかい?」
「フロレア、何を見て喜んでる?ひかりまどーって何?」
ガルは一人で盛り上がっているフロレアを不思議そうに指差しながら、フレアに尋ねた。
ああ、そう言えばガルは森から出たことがなかったんだっけ。と思いながら、フレアはガルになるべく分かりやすく説明をした。
「光魔法って言うのは、光属性の魔法のことだよ。
光は魔術において基本的な属性で、誰でも使えるんだけど、
その中でも使う人が限られてくるくらいに高度な光属性の魔法のことを、光魔法って言うんだ」
「まほー?」
「君がいた森で、フロレアが水のバリアをはっていただろう?
ああいうのが魔法で、フロレアのは水魔法だ」
フレアの説明を聞いたガルは、フロレアの方を見つめる。
そしてまた顔をフレアの方に戻すと、瞳を輝かせる。
「フロレアまほー使える!フレアもまほー使える?」
「残念だけど、僕は使えないな。ガルも使えないんじゃないかな」
フレアが苦笑しながらそう答えると、そっか…とガルはしょんぼりと顔を下げる。
しかしすぐに顔を上げ、もう1つの質問を繰り返した。
「フロレア喜んでるの、なんで?」
「この国はね、光魔法で有名な国なんだ。
ここには有名な光魔法の学院があってね、そのためか光魔道士達が沢山暮らしているんだ。
彼らは僕たちの暮らしをより便利にするために、光魔法を使った発明をしているんだ」
ガルはその説明を聞いて、少しぽかんとしていた。
ちょっと難しかったかなとフレアは思い、もう少し噛み砕いて説明した。
「ようするに、彼らはガルや僕たちがもっと楽しく生きれるように、色んな新しい道具を考えて、作ってみているんだ。
そしてその作った道具を屋台に並べて、お客さんに使ってもらいたいんだ」
「楽しく生きる?」
「そう。そんな新しい道具を見て、使ってみて、フロレアは喜んでいるってわけだ」
ガルは納得がいったのか、すごい!と顔を輝かせると、フロレアの方へ駆け出していった。
そしてフロレアと一緒に二人で屋台をあちこち駆け巡っては大はしゃぎする。
「…まあ、少しぐらいならはしゃぐのもありかな。なあ、ラルフ?」
そんな二人を見て、フレアは後ろからのっそのっそと行儀よく、暴れることなくついてきているラルフに声をかける。
フレアの呼び掛けにキャウ!と同意するかのように軽く答える。
「ルノマ族の人々もいるし、この国はいつ来ても平和だね」
フレアは大通りを見渡しながら、一人呟く。
大通りは沢山の人で賑わっていたが、その中には大人の人間の半分ぐらいの背丈の、まるでダボダボの服を着た子供のような魔獣も混じっていた。
彼らはルノマ族と呼ばれ、魔獣の中の"人獣"に分類される、光魔法に長けた種族だった。
人獣に分類されるだけあり、彼らは人の言葉を話し、人と同じように生活を営んでいた。
スヴェートはそんなルノマ族が多く暮らす国としても有名だった。
「あの二人が落ち着いたら、神殿に向かうかな…」
フレアは光魔法で作られたびっくり箱で遊んでいるフロレアとガルを微笑ましく眺めながら、アルテミスから受け取った地図を取りだし、今後の予定を考える。
途中、光魔道士に魔獣用の綺麗な首輪をラルフにいかが?と声をかけられたが、やんわりと断っておいた。
*
「あっ、ルノマ族さんの屋台ですようガルちゃん!」
大通りに出ている光魔道士の屋台を片っ端から見て回っていたフロレアは、大通りの隅に隠れるようにポツンと構えた、ルノマ族の屋台を見つけた。
行ってみましょう!と一緒に見て回っていたガルの手を引き、屋台へ近寄る。
「こんにちはー!ここはどんな道具を置いてるんですかー?」
フロレアがワクワクしながら、屋台の主に話しかける。
屋台の主は、いきなり声をかけられびっくりしたのか、しばらくフロレアを凝視する。
「あの…?」
フロレアが不思議そうに屋台の主を見つめる。
その視線に気がついたのか、屋台の主はハッとして我に返る。
「あ、すいません。ようこそいらっしゃいました。どうぞ見ていってください」
その言葉でフロレアとガルは屋台の主から屋台に並んだ道具に視線を移す。
そこには先程屋台を回って物色していた道具のような綺麗な装飾がほどこされていたり、ギミックが凝っていたりするものではなく、むしろそれらと比べ物にならないような地味で、今にも壊れそうな道具が並んでいた。
「これ…が道具ですか?」
想像していたものとは違っていたため、フロレアは思わず純粋な感想を口に出す。
ガルも口には出さなかったものの、明らかにがっかりしたような表情を浮かべる。
「すいません…私、工芸は苦手なものでして…」
屋台の主は二人の反応に申し訳なさそうにうつむく。
「ああ!すいません!そう言うつもりじゃなかったんです!これは光魔法でどう動くんですかねー!」
フロレアは慌てて屋台の主に声をかけると、並んだ道具の一つの、三角錘の形をしたものを手に取ってみた。
「これはここを引っ張るんですかね?」
フロレアは三角錘の底辺を上に向けて構え、頂点から伸びる紐を引っ張ってみた。
するとパホッとなんとも間抜けな音とともに、底辺が抜け、中からパチッと小さな光が飛び出す。
「……、これだけ…ですか?」
あまりの何もなさにフロレアは、思わず戸惑ってしまう。
ガルはますますつまらなそうな表情を浮かべる。
「……つまんない」
ガルはそう言うと、フロレアの袖を引っ張り、違う屋台へ行こうと催促する。
「ガ、ガルちゃん…!」
フロレアはガルの行動に困惑し、申し訳なさそうに屋台の主を気遣う。
「す、すいません!その…!」
「いいんですよ、私は落ちこぼれですから…」
屋台の主はうつむきながらぽつりぽつりと言葉を絞り出す。
「ルノマ族なのに、光魔法もろくに使えない。そうやって一族の仲間にも馬鹿にされてきました。
そんな落ちこぼれの私が、他の光魔道士の方たちと同じように屋台を並べるなんて、身の程知らずもいいところなんですよ…」
そう言ってズーンと屋台の主は肩を落とす。
「ええええ!そ、そんなことはないですよ!えっと…!」
すっかり気を落としてしまった屋台の主をフロレアは元気づけようと励ますが、なかなか言葉が出てこなかった。
ガルはすっかり飽きたのか、フレアの方へ戻っていっていた。
「やはりカンマ君の言うとおりでした。私には光魔法は向いていない。彼と一緒に新しい研究を続けるべきだったんです」
屋台の主はうつむきながら続ける。
「もう少し早くカンマ君の話に耳を傾けていれば…。
カンマ君が失踪する前に彼に協力をしていれば、カンマ君はいなくならなかったかもしれないのに…」
「え…、人が消えたんですか!?」
フロレアはその話を聞いて、驚きの声をあげた。
「ええ。とある日からカンマ君と言う男の子がいなくなってしまったのです。どこを探しても見つからなくて…」
「そ、それは大変です!私たちも探します!」
そう言うとフロレアは、こっちへ来てくださいと屋台の主の手を引っ張る。
そして二人はフレアの元へ走っていった。
*
次々と声をかけてくる光魔道士の屋台群をなんとか抜けたフレアは、大通りの先にある小さな公園のベンチに腰掛けていた。
ベンチの横で疲れたのかぐったり伏せているラルフの頭を軽くなで続けながら、地図を広げ眺める。
アルテミスがつけた印は、スヴェート首都からすこし南西にずれた位置にあった。
フレアは場所を確認すると地図を畳んで懐にしまう。すると、ガルが屋台物色から戻ってきた。
「おかえり、ガル。もう屋台巡りはいいのかい?」
フレアがガルに声をかけると、ガルは不満そうに頬を膨らませた。
「最後の屋台つまんなかった。だからガル飽きた」
ブーと頬を鳴らす。
そうか、とフレアは苦笑しつつ、フロレアの帰りを待つことにする。
しばらく待っていると、遠くからフロレアの声が響いた。
「フレア様!フーレーアーさーまー!」
フロレアは、とあるルノマ族を引き連れてこちらに走ってきた。
「あ、つまんないやつ!」
ガルがフロレアの連れてきたルノマ族を指差し、つまんないやつを連呼する。
そんなガルを見て、フロレアと共にやってきたルノマ族は少し悲しげな表情を浮かべる。
「こらガル!失礼だろ!」
フレアはそう叱りながらガルの頭を叩く。
「痛い!」
「いいかい?何でも思ったことを口に出しちゃダメだ。それを言われた相手の気持ちも考えろ」
「う…ごめんなさい」
フレアに叱られ、ガルはルノマ族に謝る。
「すみません、仲間が失礼なことを言ってしまったようで」
「いえ、いいんですよ」
フレアの謝罪にルノマ族は気にしてませんから、と返す。
フレアは確実にガルの一言で傷つけてしまったなと思いつつ、今度はフロレアの方へ向く。
「で、こちらの方は…」
「フレア様!この方の知り合いがこの間から行方不明になってるんです!」
フロレアは少し興奮気味にそう告げる。
「行方不明ですよ!事件ですよ!私たちで探しましょう!」
「いや、いいですよ!初めて会った方たちにそんな迷惑はかけられません」
フロレアの提案をルノマ族は断る。
「でも人がいなくなったんですよ!ほうってはおけません!」
フロレアは食い下がる。なんとしてもこのルノマ族に協力をしてあげたいのだ。
「そういう問題ではないのです。消えたのはカンマ君だけではありません」
ルノマ族の言葉に、フロレアは固まる。
「カンマ君以外にも、ある日を境に沢山の人が消えているのです。それも突然に」
「…その話、もう少し詳しく教えていただけませんか?」
フレアは顔をしかめながら、ルノマ族に尋ねる。
「僕はフレア。ヴァルクォーレ国の王子です。ヴァルクォーレの代表として、このスヴェートの事件解決に協力をしたい」
ルノマ族に自分の身分を明かすと、ルノマ族は目を丸くしフレアを凝視した。
「あなたがあのフレア王子なのですか…!」
ルノマ族はしばらく考え込んだあと、意を決したのかフレアに向き直る。
「…わかりました。お話しましょう」
ルノマ族はフレア達にベンチに座るよう促し、この国で起こった事件について話し始めた。