chapter2-2
「キャイン!」
女の子がそこにたどり着い時、目の前には体中を傷つけられ、血塗れになり苦しむ魔獣…"家族"が転がっていた。
「おいおい、あんまり派手に傷つけんなっつったろぉ?」
「いいだろ、こいつは皮があんまりよくねえんだから、爪や骨しか売るもんねえしよぉ」
大きな猟銃を背中に担ぎ、過去に狩猟したのであろう魔獣の皮を被った二人組の大男が、もう虫の息の家族を引きずる。
女の子は目の前の光景に、怒りがおさまらなかった。
「あー?なんだぁー?」
二人組の片方が、女の子と獅子型魔獣に気がついた。
「おい、見ろよ!大型の魔獣だぜぇ?」
「ほんとだぁ、こいつぁいい金になりそうだ。ガキはさっさと殺して持ちかえっちまおうぜぇ?」
ゲヘヘ、と汚い笑い声を上げながら銃を構える男達に、女の子はとうとう怒りを爆発させた。
「人間、許さない!人間殺すッ!!」
女の子の咆哮を合図に、獅子型魔獣は男達に向かって走る。
男達は臆することなく猟銃を魔獣に向けて撃ち放つ。
しかし魔獣はそれを左右に移動しながら華麗に避け、どんどん距離を詰めていく。
そしてある程度距離を詰めると、男達に向かって飛びかかった。
「ッチィ!ちょこまかと避けやがってぇ!」
男は飛びかかる魔獣に照準を合わせる。
「でも空中じゃ流石によ蹴れねえよなあ!」
そう叫び、男が猟銃を轟かせる。
パァン!と乾いた音が響き渡る。
撃たれた弾は、魔獣の右胸に当たり、深くめり込んだ。
「グギャウ!!」
魔獣は悲鳴をあげたが、飛びかかるスピードを緩めることなく、そのまま銃を撃ち放った男に襲いかかる。
「なっ…こいつ強いぞ!!」
男の顔が恐怖にそまる間もなく、銃を撃った男は魔獣に肩を噛みつかれる。
声にならない悲鳴をあげ、男は魔獣を離そうと猟銃の持ち手側で魔獣の頭を叩く。
「ラルフの頭叩くなああああ!!!」
女の子は魔獣の頭を叩く男の腕を掴むと、思いっきり噛みついた。
「いってえええええ!?」
男は今度は女の子を離さんとばかりに腕を上下に振り回した。 が、女の子は噛みついたまま離れない。
「じっとしてろ!そいつら撃ち殺す!」
魔獣と女の子に噛み付かれた男に、もう片方の男が叫ぶと銃を構える。
「大人に逆らうんじゃねえクソガキィ!」
魔獣と女の子に照準を定め、男は思いっきり猟銃の引き金を引いた。
「させません!"アクアリングガーディア"!!」
魔獣と女の子の目の前に、白い衣服に青い長髪の少女が水のバリアーとともに飛び出してきた。
バリアーは放たれた弾を優しく包み込むとその威力を殺し、弾はそのまま地面に落ちた。
「なっ…?」
弾をガードされた男は何が起きたのか理解できず猟銃を下ろしかけた。
その瞬間、男の背後に紅い閃光が回り込み、男の左腕を掴み背中を押し、男を地面に押し付けて一本締めにする形で男を締め上げた。
「君達、なにしてるんだ?」
凛々しくも低い声が男に問いかける。
「なっ…その声は"紅蓮の王子"っ…!?」
男の顔からサーッと血の気が引く。
「君達が彼女の家族を傷つけたんだな?」
ギリギリと男の左腕を引っ張り、締め上げる。
「な、なんのことだかさっぱりっ…!」
「しらばっくれても無駄だ」
フレアが、男をどんどん締め上げていく。
「そこに転がる魔獣の亡骸が、何よりの証拠じゃないか!」
フレアはそう叫ぶと、男の左腕を本来なら曲がるはずのない方向へ思いっきりへし折る。
男は激痛に絶叫すると、白目を向き、泡を吹いて気絶した。
魔獣と女の子に噛まれたままの男はその光景を見て、恐怖で顔がひきつり、体が震えていた。
「見てましたかー?今の!」
男の前に立つフロレアが、笑顔で男に振り向いて言う。
「自分の欲の為に他人を傷つければ、ああやっていつか自分に返ってくるんですよ」
フロレアは今にも恐怖で泣き出しそうな男に、ニコニコと笑いながら続ける。
「だから、あなたは死んでも文句言えませんよね。さようならー!」
そう言ってフロレアが魔法杖を男に向けると、男は恐怖に負け、その場で失神した。
*
「ギャオオウ!!」
「んもう!じっとしててくーだーさーいー!」
森の中心にある大きな枯れ倒木の近くで、獅子型魔獣はフロレアに傷の手当てをしてもらっていた。
幸いこの森は薬草も豊富だったため、簡単な消毒薬等は容易に作ることが出来た。
「はい、すこーし滲みますけど我慢してくださいよー?」
フロレアがもう一度、薬草を磨り潰し水で溶いて作った消毒薬をハンカチに染み込ませ、魔獣の右胸の患部に当てる。
「ギャアアアウ!!」
「わあああ!だから我慢してください!」
そんな魔獣とフロレアのやり取りとりの横で、フレアと女の子は倒木前に小さな墓を作っていた。
その墓には、先程あと少しのところで間に合わず、男たちから助けられなかった魔獣が眠っていた。
「これでよし、と」
フレアは最後に、近くに咲いていた春紫苑を墓の前に添えると、少し盛り上がった土の上をそっと撫でた。
女の子は前に二人に襲いかかった時のような蔑み憎む表情ではなく、少し複雑そうな表情でその様子を見ていた。
「理解できない、っていう顔だね?」
突然話しかけられ、女の子はバッと声の主を見る。
赤い髪の声の主は、軽く微笑みながら女の子の顔を覗きこんでいた。
女の子はますます複雑な感情になる。
「だって人間、魔獣殺す。魔獣助ける人間見たことない」
「そうか。でも今君の目の前にいるのは、魔獣を助ける人間だろう?」
そう言ってフレアは目線を後ろにやる。女の子も釣られてフレアが見る方へ目線を動かす。
確かにそこには、一生懸命魔獣の手当てをするフロレアの姿があった。
女の子は思わずうつむく。
「…ガル、昔人間に捨てられた」
女の子はポツリ、ポツリと自分の境遇をこぼしていく。
「ガル、昔は人間だった。でも人間、ガルをここに捨てた。
そして、ガル、魔獣に拾われた。魔獣、ガルを捨てない。ガル、魔獣になった。魔獣、家族になった。
でも家族、人間に殺された。人間、ガルをいじめる。ガルから全て奪う。
ガル、許せない。人間、許せない。人間、殺す」
女の子はうつむいたまま、静かに自分の気持ちを、思いをフレアに伝えた。
女の子は自分を捨て、そして自分の"家族"を奪った、"自分勝手"な人間達がいつまでも許せなかった。
だから人間であるフレア達にも襲いかかったのだった。
フレアは自分の隣で俯きながら小さく震えているまだ幼い女の子の話を、ただただ優しく見守りながら聞いていた。
「でもガル、人間全て悪いと思わない」
女の子はそう言うと、フレアの方をまっすぐ見すえた。
「ガル、やっとわかった。人間にもいいやついる!お前とお前、いいやつ!」
女の子はフレアとフロレアを指差しながらにかっと笑った。
「だからガル、お前らは襲わない!お前らガルの家族守ってくれた!人間に怒ってくれた!」
女の子はフレアの手を取ると、ブンブンと上下に激しく振った。おそらく握手のつもりなのだろう。
「それは良かった。嬉しいよ、君にそう思われるのは」
フレアもにっこりと女の子に笑みを返す。
女の子はますます顔を綻ばせ、握手を激しくする。
「ふう!完了です!」
その声に女の子とフレアがフロレアの方を見ると、魔獣の応急処置が完了したようだった。
フロレアがもしもの為にと持ってきていた包帯を右胸に巻き、魔獣は安心したかのように座り込んでいた。
「あなたは魔獣ですから、体内に残っている銃弾もそのうちあなたの魔力で消滅するでしょう。
よく我慢しましたねー、偉いですよう!」
フロレアはそう言いながら、手当てをしてやった魔獣の頭を撫でる。
魔獣も嬉しそうに自分を撫でるフロレアの手に頭を擦り寄せる。
その様子を見て、女の子は驚きの声をあげた。
「ラルフ、人間、受け入れた…!?」
女の子はラルフと呼んだ獅子型魔獣のもとへ駆け寄る。
そしてラルフを撫でるフロレアの手の上に、自分の手を重ねる。
「あった、かい…!」
それは女の子が…ガルが初めて触れた、人の優しさだった。
「ふふ、ガルちゃんでしたっけ?あなたも家族の為によく頑張りましたね!偉いです!」
フロレアは優しく笑うと、空いている手でガルの頭も撫でる。
ガルは生まれて初めての人の温もりに触れ、泣き出しそうだった。
*
「わざわざ見送りまでありがとう、ガル」
騒動の後、ガルとガルの"家族"達に護衛され、フレアとフロレアはガル達と共に残りの1回の夜を過ごし、3回目の朝を向かえ森の出口へたどり着いた。
その道中、例のフレアを転ばせた土竜型魔獣がひょこっとフレアの目の前に姿を表し、申し訳なさそうに頭を下げた。
フレアはもう気にしてないと、土竜型魔獣の頭を優しく撫でてやった。
「じゃあ、僕たちはスヴェートへ向かう。君達もどうか達者で」
「この任務が終わったら、また遊びに来ますねー!」
フレアとフロレアは、森の住人達に手を振る。
そしてそのまま、前を向こうとしたときだった。
ドンっと後ろから何かがぶつかってきた。
二人が振り向くと、二人の背中にガルがしがみつくようにくっついていた。
「ど、どうしたんですか!?」
フロレアが少し戸惑いながらガルに尋ねた。
「…ガルも行く」
「…え?」
「…ほぇ?」
ガルの申し出に、二人は思わず変な声を出してしまった。
「ガル、フレアとフロレアともっといたい!だからついてく!」
「えええ!?」
フロレアが慌てる。
「だっ、駄目ですよう!だって危険な旅になるかもしれないんですよ!?」
「大丈夫!ラルフも一緒!」
うええ!?とフロレアがガルの後ろを見ると、ラルフがガルのすぐ後ろに立っていた。
どうやらラルフも行く気まんまんのようだ。
どうしましょうフレア様ぁ…とフロレアが困り果てた顔でフレアを見る。
フレアはゆっくりガルに近づくと、ガルの目線に合わせるようにしゃがんだ。
「…この旅は遊びじゃない。だからこの先、君を必ず助けられるとは限らない。
それでも君はついてくるのかい?その覚悟があるのかい?」
フレアは翡翠の瞳をまっすぐ向ける。
「ガル、本当のこと知りたい。人間の本当の気持ち知りたい!」
その眼差しに答えるかのように、少し茶色味を帯びたガーネットのように煌めく瞳でフレアをまっすぐ見つめる。
「…わかった。いいよ、ついておいで」
フレアはガルの覚悟を受けとると、手を差し出した。
ガルはパアアと顔を輝かせると、すぐさまその手を受け取った。
フロレアはその様をふふ、と微笑みながら見守ると、ラルフの方を向いて言った。
「あなたも一緒ですよう、ラルフ君!」
「ガウ!」
ラルフは嬉しそうに吠えフロレアの背後に回ると、フロレアの足の間に頭を入れフロレアを上に持ち上げる。
ふええ!?と驚くフロレアをそのまま頭の上から背中に滑らせ、自分の上にまたがらせる。
「わわ!いいんですか!?」
「ガウウ!」
フロレアの問いかけに満足気にラルフは吠えると、前にいるフレアにも同じことをした。
うおっ!?と驚くフレアを背中にのせ、最後にガルがそこにまたがる。
「スヴェートまで!しゅっぱぁーつ!」
ガルがそう叫ぶと、三人を背中に乗せたラルフは森の魔獣達に見送られながら、スヴェートまでの道を駆け出した。