chapter2-1
アルテミスから命を受けて、早3日。
フレアとフロレアは、ヴァルクォーレから西に真っ直ぐ進み、とある森の中を歩いていた。
まるで、緑のトンネルのような木々から漏れる木漏れ日が、とても暖かく、
また時折そっと優しく撫でる風が涼しくて、とても気持ちよかった。
「森っていいですよねえ〜」
フロレアが呑気にそんなことを言うものだから、フレアはすっかり気が抜けてしまった。
「このままずーっと、森林浴してたいですう」
「そうだね」
「ところで、道はこっちで合ってるんですか?」
フロレアの問いかけに、フレアはアルテミスから貰った地図を懐から取りだし、広げ見る。
アルテミスはご丁寧に神殿がある場所に印をつけておいてくれた。
そして既に破壊され、こちらはアルテミスがなんとかすると言っていた「はじまりの村の神殿」の場所と、既にフロレアが再封印をした「ヴァルクォーレの神殿」の場所には×印がつけられていた。
おそらくここの再封印は不要、と言うことなのだろう。
そしてその2つを除いた残る6つの神殿のうち、一番近くにあるのが、ヴァルクォーレから西に行き、この森を抜けた先にある光魔法の先進国、スヴェート魔道国にある神殿なのである。
「ああ、合ってるよ。この森で迷っていなければ、スヴェートまでは一本道で行けるはずだ」
ほら、とフレアはフロレアに地図を見せ、ルートを示す。フロレアはそれを覗きこんで確かめる。
確かに地図の上では、ヴァルクォーレからスヴェートまではほとんど一本道だった。
「スヴェート魔道国ですかあ…あそこ、光魔法で盛んな国なんですよね!」
フロレアは顔を輝かせながら言う。
「あのね、フロレア。僕たちはスヴェートに観光目的で行くんじゃないんだよ」
フレアは少し呆れ気味にそう言う。
「わかってます…再封印に行くんですよね…うう、観光したかったなあ…」
急にテンションが下がるフロレア。
「……別に観光するな、とは言ってないだろう…」
「えっ、観光してもいいんですか!?」
今度はパアアと顔をほころばせるフロレア。
いったい彼女の情緒はどうなっているんだと、フレアはため息をついた。
そして何気なく、森の木々を見る。
「…!」
ほんの一瞬だった。
木々の中を、人影が走り抜けて行くのが見えた。
「フレア様?どうしたんですか?」
「今、人が…」
「人?」
フロレアが辺りをキョロキョロ見渡す。
「うーん、私たち以外誰もいなさそうですけど…?」
「気のせい…、か…?」
しかしフレアは納得がいかなかった。一瞬だったが、確かに見たのだ。
少し慎重に動いた方がいいかもしれない、そう思い、フレアは辺りを警戒しながら進んでいった。
フロレアは相変わらずのほほんと後をついてきた。
*
森の中心にある大きな枯れ倒木に、魔獣達が集まっていた。
鳥類型の魔獣、獅子型の魔獣、様々な種類の魔獣が倒木を取り囲むように座っている。
その魔獣達が囲む倒木の上には、褐色の肌にギラついた赤茶の瞳。茶色の少し巻かれた髪に大腿骨のような髪飾りをつけ、後ろを3つに結んでいる、小さな女の子が座っていた。
その女の子に向かって、一羽の鳥類型魔獣が飛んで来る。
鳥類型魔獣は女の子が差し出した腕にとまると、彼女の耳もとで何かを囁く。
それを聞くと、女の子はすっくと立ち上がり、ある方向を睨み付ける。
「また、人間、来る…。ガル、人間殺す…!」
幼いながらも、魔獣達でさえ思わず凄んでしまう殺気を放ちながら、女の子は一番近くに座っていた獅子型魔獣の上にまたがる。
獅子型魔獣に合図を送ると、魔獣は女の子が睨み付けていた方向へと走り出した。
その方向は、フレアとフロレアがいる方向だった。
*
森はとても広かった。
通り抜けるだけでも3回の朝と昼、2回の夜を迎えなければならないと、旅人や商人達の間で言われており、確かにその通りだった。
フレア達が森に入ったのは朝。それから1回の夜を迎え、今は2回目の昼を迎えていた。
「うう、食料とか持ってきててよかったですう…」
フロレアがうう…と呟く。
フレアは食料や寝る場所については、現場調達や野宿をすればいい話だからと特に気にはしていなかった。
が、フロレアはそうではなかった。
『食料持っていかないとかバカですか!?もし途中で飢え死にしたらどうするんですか!?』
と、すごい剣幕で捲し立て、町で非常食として大量にパンや果物、そして飲み水を買っていた。
ちなみに、彼女も寝る場所については、野宿すればいいからとあまり気にしてはいなかった。
「仮に食料が無くても、この森には木の実が多いからそれで大丈夫だろう」
フレアは小道の脇に生えている木の枝からぶら下がる、赤いつやっとした木の実を見ながら言った。
「あとは…少し気が引けるけど」
フレアは木の実から正面へと目線を戻すと、少し俯きながらこう続けた。
「この森には魔獣が多いって聞くから、いざとなったら魔獣を倒して…」
「魔獣の肉を食べる気ですかあ!!?」
フロレアが信じられないと言わんばかりにすっとんきょうな声を出す。
「魔獣の肉なんてゲテモノ中のゲテモノですよ!?それを食べるなんて嫌ですよ!」
「あくまでこれは最終手段だ!流石に僕だって魔獣の肉は嫌に決まってるさ!」
フレアも流石に魔獣の肉は食べたくなかった。
そのため内心、フロレアが食料を持ってきてくれたことに感謝していた。
これで最終手段とは言えど、魔獣の肉を食べることはほぼなくなったからだ。
魔獣の肉は、鶏肉や豚肉、牛肉などの一般的な肉に比べて臭みが強く、味もあまりよろしくなかった。
どちらかと言うと魔獣の血と共に、漢方薬や調合薬の材料として使われることの方が多かった。
血や肉だけでなく、魔獣の鱗や爪、皮、骨などは全て漢方薬や調合薬の材料になり、高級素材として高く売れた。
そのため一時期は魔獣の乱獲があちこちで起こり、魔獣の数がごっそり減ってしまったのである。
人々は魔獣は魔物と違い友好的で協力しあえることから、これ以上数が減るのは避けたいと狩猟を控えた。
しかしいつの時代にも金にがめつい輩というのはいるもので、度々乱獲騒ぎが起こっていた。
フレアが気が引けると言ったのは肉の味のこともあるが、こういった現実問題もあったからだった。
「魔獣がいる森だなんて、なんだか密猟者がウロウロしてそうです…」
フロレアが不安気にそうこぼす。
それを聞き、フレアは先程見かけた人影を思い出す。
(あれは密猟者…だったのか?)
なんにせよ、見つからずにこの森を抜けなければ。
そう思い、フレアは足を早めた。
その時だった。
「見つけた!人間!」
甲高い声が響き渡った。
フレアとフロレアは声の主を探す。
その刹那、上から物凄い殺気を感じ取った。
「死ねえええええ!!」
怒号と共に、大きい薄青緑色の獅子型魔獣が上から飛びかかってきた。
その前に恐ろしいほどの殺気を感じ取っていた二人は、左右に別れるようにバッと横に飛び、魔獣の攻撃を避ける。
魔獣が地面にズシンと降り立つと、その衝撃で辺りに砂煙が舞った。
その煙が晴れたとき、二人の目に信じがたい光景が映った。
「子、供…!?」
二人に襲いかかった獅子型魔獣の上には、褐色の肌に赤茶の瞳、茶色の髪を後ろで3つに結んだ、まだ10もいかないぐらいの女の子がまたがっていたのである。
*
「人間!殺すッ!」
大きな薄青緑色の獅子型魔獣にまたがった女の子は、フレアとフロレアに強い侮蔑の眼差しを向けそう叫ぶと、腕を空高く突きだし、勢いよく前に倒した。
それが合図だった。
次の瞬間、彼女がまたがる魔獣はフロレア目掛けて飛びかかった。
「フロレア!」
フレアがフロレアの元へ駆け寄ろうとした時、地面から出てきた土竜型魔獣に足を捕まれ、そしてそのままフレアは盛大にスッ転んだ。
ゴシャア!と顔面が地面に埋まり、そのまま静止するフレア。
そんなフレアの様子を見届けると、その犯人の土竜型魔獣はニシシシと笑いながら土へ戻っていった。
「ひゃあああー!ごめんなさいごめんなさいごめんなさぁーい!!」
フロレアは襲いかかる獅子型魔獣に対して、ただただひたすら訳もわからずに謝っていた。
しかし魔獣は止まるはずもなく、フロレアの前に立つと鋭い爪が光る大きな右前足を、高く振りかぶった。
「いやあああ!!清らかなるせせらぎよ我を護る盾となれぇーっ"アクアリングガーディア"!!」
フロレアは聞き取れないくらいの早口で呪文を唱えると両手でぎゅっと握りしめていた魔法杖を魔獣の前にバッと掲げる。
すると魔法杖を中心にして大量の水が溢れだし、水のバリアーを作り出した。
バリアーは魔獣の攻撃を優しく包み込むと、ゴムの反動のような原理で攻撃を跳ね返した。
「グルゥ!?」
「うわぁ!?」
攻撃を跳ね返された反動で魔獣は体勢を崩し、後ろにまたがる女の子もろともひっくり返ってしまった。
「フロレア…大丈夫か…」
「フレア様!大丈夫でブフゥ」
フレアの声に振り向いたフロレアは、思わず吹き出した。
よろよろとこちらに向かってくるフレアの顔面は、見事なまでに泥だらけだった。
「そ、の、顔…くふぅ、…ど、うした、ん…ふっ!です、かはははは…っ!」
「笑うならちゃんと笑いなよ…。あんな派手に転ぶとは、不覚だった…」
それよりも、とフレアは笑いを堪えて変な顔になりつつあるフロレアをよそに、
ひっくり返ってじたばたしている魔獣と、その下敷きになって同じくじたばたしている女の子を見る。
「この子に色々聞かないといけないね」
*
「で、君はなんで僕たちを襲ったのかな?」
フレアとフロレアは、大きな木に巻き付いていた長い蔓で獅子型魔獣を木に繋ぎ距離を取り、女の子はあまった蔓で両手を動かせないように縛り、近くの切り株に座らせた。
女の子は歯を食い縛り、獣が唸るような声を出しながらフレアを睨み付け、威嚇していた。
「…おい、答えろ!」
なかなか答えない女の子に、先程魔獣に転ばされたこともあって少し不機嫌になっていたフレアはイライラし、声を荒げた。
「フ、フレア様…!そんなに怖い顔をしたらその子も答えられないですよ…!」
フロレアが慌ててフレアを諭す。
そして女の子の方を向くと、優しく微笑みながら問いかける。
「ねえ、あなたはどうして私たちを襲ってきたんですか?」
すると女の子は二人を睨み付けたまま叫んだ。
「お前ら人間がいけない!!お前ら人間、ガルの家族傷つける!!」
女の子は後ろの拘束を解こうと激しく暴れる。
「ガル!許さない!人間許さない!人間殺すッ!!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ…!あなただって人間じゃないですか!」
フロレアは女の子の主張に戸惑う。
人間許さないと言っている女の子は、どこからどうみても自分達と同じ人間だった。
「ガル人間じゃない!!」
女の子はフロレアの発言に素早く噛みついた。
そして彼女が発した次の言葉に、フレアとフロレアは衝撃を受けた。
「ガルは…人間じゃない…!ガルは…魔獣なの!」
ガルは魔獣なの。
その言葉に、二人は目を丸くした。
「魔獣…だって?いや、君は人間だ!」
「違う魔獣!まーじゅーうー!」
女の子は主張を曲げる気はないと言わんばかりに、じたばたと暴れながら自分は魔獣だと繰り返す。
「どういうことなんだ…?」
フレアは目の前で暴れる女の子を見ながら困惑する。
これじゃ会話にならない。
その時。
パァン……
「銃声!?」
遠くの方でかすかに乾いた銃声が聞こえた。
フレアは思わず銃声がした方を向く。フロレアと女の子にも聞こえたらしく、彼女たちも同じ方向を見つめていた。
「まさか…密猟…」
そうフロレアが呟くと、女の子は先程よりもさらに怒りに満ちた表情で吠える。
「また人間、ガルの家族傷つけた!許さない!ガル人間殺すッ!!」
女の子は思いっきり両腕を左右に広げ、自身の両腕の自由を奪っていた蔓を引きちぎり、木に繋がれている獅子型魔獣の元へ駆け寄る。
獅子型魔獣を繋ぐ蔓を大胆にも噛み千切り、上にまたがると腕を上げ合図を送り、銃声のした方へ走り出していった。
「僕達も行こう!」
「はい!」
フレアとフロレアも女の子と魔獣の後を追いかけ、銃声のした方へ向かっていった。