chapter5-6
隠し通路の突き当たりにひっそりと建てられた奥の部屋は、ひんやりとしていた。
長年の劣化で崩落したのか、部屋の中心部分の天井は崩れ落ち、そこからうっすらと光が差し込んでいる。
その光を囲むように、透明なケースが四つ置かれていた。
ルークたちは一人一つずつケースにおずおずと近づく。
四人がそれぞれをまじまじと見つめ、ふいにフォルテがケースをさわって確認する。と、カコンとケースは簡単に外れた。その様子を見て、他の三人もケースを外してみる。
ルークのケースには、サファイアのように蒼く輝くブレスレット。
フォルテのケースには、琥珀のように黄色に煌めく、少し大きい扇状の魚の鱗のようなもの。
ツェンのケースには、ルビーのように紅く燃える、フォルテと同じような魚の鱗状のもの。
アヌのケースには、エメラルドのように翠に佇む、棒が二本。
これが宝物、なのだろうか。
蒼いブレスレットはまだ宝物と言えるような形状だったが、他の三つはなんとも言い難かった。だが、宝石のように輝き、煌めき、燃えるように佇むそれらは、売ればそれなりの値打ちにはなりそうだ。
だったが。
彼らは、まるで吸い寄せられるように自身の目の前にある宝物を各々手に取る。
そして、それが何の為の道具であるか最初からわかっていたかの如く構えた。
*
フレア達は苦戦を強いられていた。
目的地が別だった獣人達を先に行かせたのはいいものの、自分達はこのヒドラを倒さねば神殿の内部には入れない。
やはりヒドラは遺跡よりも神殿に執着しているようだった。
フレアはマドーやフロレアの風魔法、水魔法による飛び台を利用して、どんどん細くなりレイピアでも切れるようになってきたヒドラの首を、右へ左へ切りつけながら飛び回る。
しかし、切った部分から直ぐに相手は再生し、新しい首が生えてくる。新しい首はそのままフレア目掛けて襲いかかる。
すかさずフロレアが水のバリアをフレアの前に張り、首を包み込み衝撃を吸収する。首の動きが一瞬鈍くなった隙を逃さずにマドーが風魔法をぶち当てて首ごと吹っ飛ばす。
しかし、またその首を失った根元から、新たな首が生えてくる。
──キリがない!
増える首は足元で駆け回るラルフに噛みつこうとグネグネ動き、お互いがお互いに絡まってたまに動けなくなっている。
そうやって一ヶ所にまとまった首を目掛けてガルが雄叫びをあげながら地魔法を纏った拳を叩き込み一気に潰すが、やはり首はスルスルと新たに生えてくる。
「フレアさまぁー!キリがないですよぅ!」
「ツチマホーーーッ!!!」
「フレアさん!今度は心臓を狙ってください!」
「やってるさ!でも首が邪魔をするんだ!」
マドーの言う通り、フレアは先程からヒドラの心臓を狙っていた。
首は切っても粉砕しても何又にも分かれて増える一方なら、先にコアである部分、すなわち心臓を潰せばいい。だが、いかんせん首が増えすぎた。ヒドラも心臓だけはなんとしても守りたいのか、首が行く手をはばみ、結果また首が増えていく。
幸い、切り落とした首から再生はしないのが救いだろうか。やはり心臓と繋がっている限り再生を繰り返すようだ。
水が舞い、風が荒れ、紅い閃光が駆け巡り、橙の流星の衝撃が走り続ける。
長く続けば続くほど、首は増えていく。
「こんな時、炎魔法を使える人がいれば全部燃やせちゃうんですけど……!」
フロレアが苦しそうに水魔法で首からの攻撃を受け流しながら呟く。
確かに炎魔法があれば体ごと燃やすことは可能だろう。あるいは雷魔法でも感電させることはできるかもしれない。だが貫くことなら他の魔法でも出来ないことはなかったが、フロレアの水魔法は流動体で貫くには不向き。マドーの風魔法は首は切れるが、その首が身を呈して胴体を守るものだから心臓に当てられない。ガルに至っては魔法を覚えたと言っても、自身を怪力にする自強化魔法だけ。唯一、貫く矛を作り出せそうなルークとは直前で別れてしまった。
なす術はないのか、そう、全員が諦めかけていた時だった。
「助けに来たぜぇぇ!!」
聞き覚えのある声と共に、音が飛び込んできた。
それは激しく力強い音。
リュートのような弦楽器よりも強く鋭い、痺れるような音。
それよりも低く唸るようで、でもひとつひとつはっきりした音。
流れるように戦慄を奏でる、七色の音。
全てを支えるように、力強くリズムを刻む音。
どう聞いても音楽だった。
驚いたフレア達が声のした方を振り向くと、獣人達がいた。
ルークは右腕に蒼いブレスレットをはめて、薄く七色に輝く、円状にルークを囲むピアノの鍵盤のようなものを弾き、
フォルテは琥珀のごとく煌めく、リュートよりも大きく、バイオリンの形に似た弦楽器をかき鳴らしている。
ツェンもフォルテと同じような紅く燃える楽器を弾いていたが、よく見るとフォルテのものより張られている線が少ないようだ。
アヌはルークの鍵盤と同じように薄く七色に輝く、複数の打楽器と思われる形状の光に囲まれ、それを翠のバチで叩いている。
と、ヒドラが急に奇声をあげ苦しみだした。
獣人達の奏でる音楽に合わせて体を左右に激しく振り、もがく。その姿はまるで踊るかのように激しく、叫び声は歌うかのように悲痛だった。
「これは……音に反応しているのか!」
蛇は、音に敏感な生き物である。
耳にあたる器官はないのだが、音を発した際に生じる空気の振動を全身で感知し、音として認識する。
そうしてわずかな音でも察知できるわけだが、当然、その音が大きければ大きいほど受ける衝撃も大きくなるわけで。
「こんだけ爆音を間近で浴びりゃあ、テメーもおとなしくならァ!」
ツェンが得意気に叫びながら楽器をギュインとまるでヒドラに音を当てるかのようにかき鳴らす。ヒドラは先程より大きくもがき暴れる。
ギギギギィと悲鳴をあげながら、首が絡まるのもお構いなしにヒドラはのたうち回る。
「でも、同じ音なのにどうして私たちは無事なんでしょう……?」
獣人達の演奏を見ながら、フロレアが不思議そうに呟く。
「それは君たちにとっては音楽だから!」
ルークが演奏をしながら、フロレアに答えた。
「僕らが奏でているのは音楽だ!だけど、それを音としか認識しないやつにはただの不快な音と痛みでしかないのさ!」
「ただ違うのは、その不快な音として認識させたい対象を選べるってところと、元の音楽が素晴らしければ素晴らしいほどダメージが大きくなるってところ!」
ルークが説明しながら鍵盤で和音を奏でると、ヒドラはギギァと痛みを紛らわすかのごとく己の首を一本噛み千切る。
と、同時に獣人達は確信した。
「魔法だよ。新たな属性魔法。この魔法こそが遺跡が守っていた財宝、名付けるなら音魔法だ……!」
魔法はまだまだ未解明の部分が多い分野だ。
光、闇、炎、水、風、地、雷、時。
これらの属性だけが魔法の全てと言うわけではない。あくまでも基本的な属性と言うだけであって、これら以外にも属性魔法は存在し、まだまだたくさんあるとされている。
そんな既存の属性とは全く特性が異なり、説明がつかないような魔法は新属性となり、今後はそう分類されるのだ。
つまり音魔法は、今までの属性魔法では説明のつかない、全く異質な魔法だった。
ルークは他の三人に目配せすると、三人は頷き楽器を構え直す。
そして、フォルテが高らかに声を張り上げた。
「続けて行くぜぇ!交響曲第九番≪歓喜の歌≫!」
先程までの激しくも勇ましいメロディから、高らかに謳歌するような歓喜のメロディに切り替わった。
とたん、ヒドラは一層苦しみだす。
ルークの言う通り、元の音楽が素晴らしければ素晴らしいほど──たくさんの人々に愛された音楽であればあるほど、相手にはより不快な音になるようだ。
キシャアアアとヒドラは少しでも抵抗しようと試みたのか、のたうち回りあちこち引っかけ、痛みに耐えようと噛みついてボロボロになりながらも再生を続ける首達が獣人達に向けて襲いかかる。が、その直前でガルが雄叫びをあげながら拳で粉砕する。
「じゃまっ!!させない!!」
ガルに続くように、フレアとフロレア、マドーも、レイピアと水魔法、そして風魔法で首の攻撃を捌く。
攻撃をはじかれ、一つ、また一つと首が失われては再生する。だがしかし様子が変だ。首の再生する速度が、明らかに遅くなっていた。
ヒドラが再生しているのは首だけではなかった。今までは傷一つついていなかった体が、今は引っ切り無しに傷口を増やしては癒えていく。
音魔法による攻撃とでもいえばよいのか、音楽が体を貫いてボコボコと傷を生み出しているようだった。
「おお?もっと激しいのが好みかい?アヌ!やってやれ!!」
フォルテが楽しそうに叫ぶと、アヌはそれに答えるように更に激しく軽快にビートを刻む。そのリズムに合わせて、ヒドラがぐぎゃ、ぐぎゃと血を吹き出す。
「……内臓、逝ったなこれ」
アヌがぼそりとつぶやく。確かに今の攻撃でヒドラの再生速度がさらに鈍くなった。やられた内臓の再生を優先したようだ。
今なら、首を減らせるはずだ!
全員が同じことを思ったのだろう。マドーはすぐさまフレアを風で押し上げ、その勢いでフレアは次々に首を切り落としていき、ガルもラルフとともに暴れ首を潰していく。それでもまだ抵抗する首からフロレアが水魔法で味方を守る。
しばらくすると、内臓が復活したのかヒドラは首と体の再生を始めようとするが、すぐさまアヌが大きく打楽器を打ち鳴らして内臓を破壊する。
そうしてヒドラは首の数を減らしていき、曲が終盤に近付いてくると、とうとう最初に遭遇したときと同じく三本の首だけになった。
だんだん再生する力自体が落ちていったのか、血は止まらずに滴り、切り傷は生々しく残ったままだ。
それでもまだ抵抗する。残った首は元々生えていた首だったのか、硬く、力強く攻撃を続ける。フレア達はその攻撃を獣人達の演奏が完了するまで捌き続ける。
曲が盛り上がる中、捌いて、捌いて、捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて捌いて
「これで!フィニッシュだ!」
ルークの声とともに、曲の最後の音が奏でられると同時に、見えない何かがヒドラの体を、心臓を貫いた。
それは一撃必殺。どこかにあるとされる必ず目標を抉る魔槍のように、狙ったものは絶対に外さない神の矢のように、ヒドラの心臓だけを貫いた。
そして獣人達が楽器を下ろすと、それに合わせるかのようにヒドラの体がずしんと地面に沈んだ。
*
神殿の内部は、当然のように荒れ果てていた。
時折巨体を引きずったような跡が残っていたのを見ると、ヒドラがここを寝床にでもしていたようだった。その証拠とでもいうかのように、すっかり乾ききった血痕と古い布切れもちらほら残っていた。あまり考えたくはないが、きっとここに派遣された神官たちは全員ヒドラの腹の中へと行ってしまったのだろう。
ヒドラが神殿に執着していた理由はこれだろう。寝床と、餌場を守りたかったのだろう。
「やっぱり封印は弱まってますね。ヴァルクォーレとスヴェートと違って完全に解けていないだけよかったのでしょうか……」
フロレアが祭壇を調べた限りでは、ヒビが入ったり欠けたりはしているものの、封印自体は解けてはいないようだった。だが神官がずっといなかったせいかすっかり力は弱まり、ちょっとした衝撃でもすぐに解けてしまいそうとのことだ。
よって、封印の更新作業はここでもどうしても必要だった。
「フロレア、出来そうかい?」
「うう、正直なところ、前回も前々回も桃色のかけらのおかげでできたようなものなので……私ひとりじゃ無理な気がしますよう!」
「桃色のかけら……?それってこいつのことかァ!?」
相変わらず自信がないと泣き言をいうフロレアの言葉に反応したフォルテが、ごそごそと腰の袋から見覚えのある小さな桃色の水晶を取り出した。
「!?そ、それですよ!でもどこで!?」
「なんかヒドラの体内から出てきたんだわ。こいつがヒドラに再生能力を与えてたみたいなー」
大したことでもないかのようにヘラヘラ笑いながらフォルテは笑う。
そのフォルテの話を聞いて、フレアとフロレアは確信した。この桃色の水晶はただの水晶ではない。理由や原理はわからないが、力を増幅させる効果がある。それは単純な能力の強化だったり、新たな能力の付与だったり……。
と、フォルテが「ほい」とフロレアに水晶を投げ渡す。あわわ!とフロレアは受け取りつつぺこりと頭を下げると、水晶を握りしめ祭壇に向かい封印の強化を始めた。
それが終わるまで、フレア達は遠くから見守った。
「……封印が弱まってる、か」
ルークがぼそりとつぶやいた。
「魔法が弱まる、なんてことあるかな……ましてや封印なんていう、絶対に解かせないつもりの強大な魔法が……きっと誰かが──」
あまりにも小さな独り言だったので、最後のほうはフレアには聞こえなかった。
*
広い砂漠の真ん中で、四人の獣人は楽器を手に取る。
「イエーイ!!ノってるかぁいみんなぁー!!二階席ィー!!」
「二階席ってなんだよ馬鹿か」
黄色い「ギター」をかき鳴らし暴れるフォルテのコールをツェンが冷たくあしらいながら、赤い「ベース」を構える。ルークも薄い虹色の、円状に広がる「キーボード」を展開させ準備する。
「いいのかい?僕らの自己満足につき合わせてしまって」
フレアが獣人達に改めて尋ねる。
封印の強化が終わり、神殿と遺跡から出た一行は、フォルテが開けた大穴からルークの地魔法で地面ごと押し上げてもらい地上に戻ってきた。
それから、フロレアがヒドラの犠牲になった神官たちを同じ神官として弔いたいと、獣人達に鎮魂歌のリクエストをしたのだった。
獣人たちは快く引きうけてくれ、今は演奏のためにもう一度楽器を準備しているところだ。
彼らが遺跡で見つけた宝物は、それぞれの楽器を演奏するために必要なカギだった。
ルークの蒼いブレスレットは腕にはめて回すと七色の円型の「キーボード」が出現し、
フォルテとツェンの黄色と紅の扇形の道具は「ピック」で、それを持って楽器を弾くように構えると「ギター」と「ベース」が出現した。
最後に、アヌが翠のバチを上に掲げて構えると、すう、とアヌの周りに複数の打楽器が──「ドラム」が出現する。
「それでは聞いてくれ!鎮魂歌第十四楽章《青の祭典》」
それは鎮魂歌というにはあまりにも華やかな、光と闇、夢と花を思わせる青の宴のメロディーだった。
歓喜の歌(Ode to Joy)
ベートーヴェン交響曲第9部第4楽章の第一主題




