chapter5-4
遺跡の中を、フレア達は進んでいく。
フォルテの仕業によりルークと分断された岩の通路を進むと、先ほど転がってきた岩が通路を塞ぎ、行き止まりになっていた。岩をどかさないと進めない様子に、さんざん罠に引っかかりうんざりしていたツェンの苛立ちが爆発し、岩をフォルテの爆弾で破壊した。吹き飛んだ岩の先には、入り口が少し小さくなった通路。この大きさの差によって、わざと岩が引っ掛かる仕組みになっていたようだ。
そのまま進み、行き止まりに当たればイライラが収まらないツェンが、フォルテから爆弾を奪い取り大筒に込めると壁を破壊し強行突破を図る。壊れた壁の先にはまた別の通路。その通路を進んで行き止まりに当たればツェンがまた破壊し別の通路とつなげる……それの繰り返しだった。
「ちょっと、いいのかい遺跡を破壊してしまって……」
平気な顔をして遺跡をどんどん破壊していくツェンに、フレアが若干引き気味に尋ねる。しかし当のツェンは苛立ちをぶつけるものができたおかげか、清々しい表情で「いいんだよ気にすんな!」と爽やかに答えるだけだった。
「大丈夫、壊したらダメなような壁は俺が全力で止めるから」
フレアの後ろから、アヌがこっそり耳打ちしてくれた。この様子から、ツェンの破壊癖は昔からあるようで、今はもうすっかり慣れているようだった。
もう一人の問題児、フォルテのほうは、何か押そうとするたびにフロレアに杖で叩かれていたので、あれ以降おかしな事態に発展することはなかった。
「ところで皆さんは匂いを辿らないのですか?ルークさんは匂いを辿っていましたが」
ルークと違い、鼻を鳴らすような動作をしない獣人達を見て、マドーが不思議そうに首を傾げる。それにフォルテがいやいやと羽をばたつかせながら答えた。
「獣人はみんな鼻が利くとは思わないでほしいね!あれはルークが犬型だからできることだよ。俺は見ての通り鳥だぞ?鳥だから匂いはどーでもいいんだよねえ~」
「俺も、一応匂いはわかるけど、吸盤で触らないとわからないな……」
アヌはそうぺたりと吸盤がびっしりついた手のひらを壁に当てると「ほこりっぽい」と顔をしかめた。
なるほど、鳥と蛸には匂いはあまり重要ではないのだろう。そうマドーは納得すると、ツェンのほうをじっと見た。
「あのなあ、俺は猫だぞ。犬と一緒にすんな。人間より少し鼻がいいだけだっつの!んなアホみたいに遠くの匂いだとか、微かな残り香まではわかんねえよ」
ハン、とため息混じりに答えられ、マドーは「そうですか……」と残念そうに俯く。その様子に「つーかよぉ」とツェンが言葉を続けた。
「匂いならそこの魔獣さんに辿ってもらえばいいじゃん。俺らより獣だし?そもそも俺ら獣扱いしてほしくないし?」
確かにツェンの言う通り、魔獣で鼻の利くラルフに匂いを辿ってもらえば早い話だった。しかしラルフは先ほどから、ガルとは別の何かの匂いが気になってしかたがないようで、ずっと低く唸り威嚇を続けている。そのため一行はとにかくまっすぐ先へ進んでいた訳なのだが。
「んー、さっきから俺を威嚇してんのかなって思ってたけど、こりゃ別っぽいね~」
フォルテもラルフの状態に気づいていたのか、ラルフが睨みつける先を同じように見つめる。一見何もないただの壁のようだが、ラルフはずっとこの壁を睨んでいる。
「ここに隠し部屋があるんでしょうか……あ、フォルテさん、スイッチは押したらダメですからね!」
フロレアは軽くフォルテを牽制しつつも、件の壁に耳を当ててみる。こお、と岩壁独特の空気が通る音の奥の方から、ずる、と小さく何かが這いずるような音が聞こえたような気がした。
「あれ、今……」
と、フロレアが顔をあげると、いつの間にか隣で同じように壁に耳をつけていたツェンが、顔をひきつらせている。
そうだった。彼は猫だ。人間の何倍も耳がいい。
「おい、この奥、いるぞ」
彼がそう言い終わるや否や、ガン!と壁の内側から衝撃が走る。
中にいる何かがこちらに気づいたのか、バン、バン、と壁に体当たりをしているようだ。
ひえええ!とフロレアが素早く壁から飛び退く。と、すかさずフォルテが爆弾を用意し始めた。
「!?!?!?フォ、フォルテさん!?まさか壁を壊すつもりですか!?」
フロレアがビックリしながらフォルテに問いかける。フォルテはニッコリと楽しそうに笑うだけだ。
ツェンも背負っていた大筒をガチャンと組み立てると、壁に砲口を向け、フォルテの爆弾を受け取り後ろから大筒に込める。
「本気ですか!?」とあわあわするフロレアをよそに、フレアとマドーも各々の得物を取り出すと迎撃体勢に入った。
「ほら、あんたも構えないとやられるよ」
同じようにズズズと影をざわつかせるアヌが、フロレアにも構えるように急く。それでもまだ覚悟が決まらないフロレアに、フレアが声をかけた。
「フロレア、先手必勝だよ。どちらにせよ、この奥の何かとはすぐに戦うことになるんだ」
ツェンが頭のゴーグルを下ろし、砲撃体勢に入る。
「覚悟を決めるんだフロレア!」
ドォン!とツェンが大筒を放つと同時に、マドーが風のバリアを展開させ壁が吹き飛んだ衝撃から全員を守る。と、突如別の衝撃がバリアに襲いかかった。
ビタン!と細長い胴体がバリアに当たり跳ね返る。その反動でバリアがふっと消え、その隙をついたのか、奥にいたそれはシャア!と鋭い鎌首を一行へ突き立てる。ガキンとフレアがレイピアでそれを器用に受け止めると、その間にアヌが影をシュルルと伸ばし首と胴体に巻き付いてギチっと動きを縛る。
奥にあったのは、大きく開いた吹き抜けの広場。その広場から更に奥へ伸びる通路を守るようにいたのは、巨大な蛇だった。鋭く赤い瞳に、黒々とした長い胴体が、ギチギチと影に締め上げられている。が、蛇の方が力が断然強いようで、すぐにブツリと影を引きちぎり体をうねらせる。そして蛇の牙を受け止め続けるフレアをレイピアごと噛み砕こうと顎に力を込めた。
フレアがレイピアの向きを変え牙から外し、そのまま一気に身を引くと、フレアの鼻を掠めるようなギリギリな位置でガチンと蛇の口が勢い良く閉じる。
「フレア様!」
フロレアが声をあげてフレアに近づく。蛇は口を閉じたままゆっくりと鎌首をかかげると、フレアとフロレアを赤い瞳で睨みつける。
蛇に睨まれた蛙、とはこのことか。なんてフレアが考えていたのも束の間。再びギラついた鋭い牙がフレアに襲いかかる。
「さっ、させませんーー!!」
そう叫びながらフロレアがくるくると杖を回転させ、ダンッと足元に柄元を突き立てる。
「清らかなる巨大な滝よ、逆流せよ!吹き飛ばしてくださーい!アクアウォール!!」
刹那、ドパアと柄元から水の柱が鎌首を目掛けて吹き出し、そのまま押し上げる。
水の勢いに押されるがまま、体を大きくのけ反らせながら蛇は頭を弾かれ真上に口を向ける。
すると、まるでそのタイミングを待っていたかのように、マドーの風魔法で天井近くまで飛び上がったフォルテが、蛇の口の中を目掛けて爆弾を投げ入れた。思わず蛇はそれをばくんと飲み込む。
「はい、一丁アガリィ!」
フォルテがたん、と着地すると同時に、バァンと蛇の頭が吹き飛んだ。ボタボタと肉片と血を飛び散らせながら、巨大な胴体がどぉんと沈んだ。
倒れた巨体に全員が駆け寄ると生死を軽く確認する。流石に頭を吹き飛ばされたせいか、蛇はピクリとも動かない。
「ふーん、なんか呆気なかったね」
そうフォルテは死骸を一瞥すると、くるりと向きを変え奥の通路を見やる。
「ん!?んーー、んんん!?」
そのまま羽を額に当て、目を凝らすような動作をするが即座にツェンから飛び蹴りを食らう。
「やめとけ馬鹿!お前も俺もド近眼だろうが!こういう時はアヌ、お前の出番だ」
ツェンが顎でアヌに来い、と指示を出すと、アヌはこくりと頷き通路の入り口まで進む。
そして、目を閉じると再びその吸盤だらけの両手のひらを、今度は通路の奥にかざすように広げた。と、ぎょろり、と吸盤から一斉に目玉が現れる。
ぎょろぎょろと目玉達が通路を見渡すと、突然カッと全ての目玉が同じ方向に目を剥いた。
「ん……奥に、何かある。広い……空間。あと、これは……崩れてるけど、祭壇……?」
祭壇。
そのワードに、今度はフレア達が一斉にアヌの方へ目を剥く。
「ついに……!この奥に神殿があるんですね!!」
フロレアが嬉しそうに飛びはねると、たたたっとアヌの横を抜けて通路を進もうと駆け出す。
「待ってください」とマドーも後を追いかけたので、フレアもついていこうと足を踏み出したその時。
「バァウ!!」
ラルフが吠えながらダダダとフロレアに駆けていき、服に噛みつくとぐいっとフロレアを広場まで引き戻した。
それと同時に、先程までフロレアがいた通路の壁から、ドガァ!と黒い尾が飛び出した。
「なっ……!」
絶句するフレアの背後で、ゆらり、と頭のない首が持ち上がる。
ゆっくりと振り返りながら、フレアは気づく。
そういえば、先程は蛇の尻尾は見かけなかった。
ぼこっ。
ぼこぼこぼこぼこ。
頭が吹き飛んだ断面が、瞬く間にぼこぼこと膨れ上がる。
ぼこぼこぼこぼこ。
にゅるん。
「おいおい、嘘だろ……頭が治っちまった」
ツェンの言葉と同時に、ガァン!と通路の入り口の左側の壁が崩れる。
そこからにょろりと姿を現したのは、更に巨体をくねらせた、赤い瞳に黒い体、そして三本の首を持った大蛇だった。
「ヒドラ……あれは、危険度S級魔物のヒドラだ」
フレアの言葉が終わる前に、治った首がフレアを再び襲おうと飛びかかる。が、ラルフが首に思いっきり体当たりをし、軌道をフレアから外した。
ドガァと床に牙を立てた首を抑えようと、アヌが素早く影をヒドラに飛ばした。が、本当の胴体と共に現れた二つの首が、ぬるりと治った首を守るように這い出るとそれを器用に弾く。
そして、二本の首はアヌを目掛けて襲いかかった。
「さ・せ・ま・せ・んーーー!!アクアリングガーディア!!」
フロレアの詠唱と共に、アヌの前に水のバリアが張られる。バリアは勢い良く突っ込んだ二本の首を優しく包むと、ゴムの反動のように勢いをそのまま弾き返した。
再び口を開けたまま大きくのけ反った二本の首それぞれの頭上に、マドーの風魔法で同じように飛び上がったフォルテと今度はツェンも、爆弾とそれを装填済の大筒をそれぞれの口の中目掛けてぶち込んだ。
二本の首は突然飛び込んできた爆弾を思わずばくんと飲み込む。と、たちまち爆発し、最初の首と同じように頭だった肉片が辺りに飛び散る。が、先程と違うのは、すぐに再生が始まりあっという間に頭が元通りになったことだ。
「「うっそだろ!」」
思わずハモるフォルテとツェンに二本の首がそのまま襲いかかる。空中で身動きの取れない二人の足を、アヌが影で掴むとビュンと引き寄せた。がちん、と蛇は空を噛み砕いた。
が、床から牙を外した残りの一本の首が、引っ張られている最中の二人目掛けて牙を向いた。
アヌが急いで方向を変えようと動くと同時に、た、た、たんと赤い閃光が首を駆け上がり、頭上に着くと勢い良くレイピアを脳天から突き刺した。
キシャアアア!と蛇は痛みに頭を大きく揺らしレイピアを抜こうとする。しかしフレアはレイピアにしっかりしがみつき振り落とされないように踏ん張りつつも更にレイピアを深く差し込んでいく。
そんなフレアに、フォルテ達から狙いを変えた二本の首が牙を尖らせ噛み付こうと迫ってきた。
あと少しでフレアに届きそうなその瞬間、マドーが風のカッターを二本の首に目掛けて撃ち放つ。そのままスパッと首を撥ね飛ばすが、やはりすぐさま再生し、何もなかったかのようにフレアを狙い続ける。
ギリギリの位置でフロレアがフレアの前に水のバリアを張り、反動で首が跳ね返りのけ反っている間にフレアは素早くレイピアを頭から抜き下へ降りる。
フレアのレイピアが刺さった痕も、シュウウと蒸気を発しながら塞がっていった。
「待ってくれよ、こんなの卑怯だって……!」
瞬く間に傷が完治するヒドラに、フォルテは苦笑いをする。それはフォルテだけではなく、他の仲間も同じだった。
「……首を三つ同時に破壊すれば、なんとかなるかもしれない」
フレアはレイピアを軽く振って構え直す。
「二つまでは、フォルテとツェンの攻撃でなんとかなる。ただ、マドーはその間二人を上にあげる為に動けないから、残りの一つを風魔法で切断するのは無理だ。
フロレアとアヌの魔法も、破壊できるような種類じゃない。かといってラルフが噛み千切るにしても大きすぎるし、僕のレイピアも突き刺して動きを封じるのが関の山だ……」
ぶつぶつと状況を整理しながら、どうするべきかを考える。
考えろ、考えるんだ。でも、これは僕たちだけでは……。
「フレア様っ!」
ああ、尻尾を忘れていたよ。
いつの間に回り込んだのか。ツェンが開けた入り口を背に、三本の首から距離を取っていたはずだったのだが、そんな彼らの背後からぬらりと尻尾が持ち上がり、ビタンと勢い良く一行へ振り下ろされる。全員、その場からすぐさま飛び退き散った。ヒドラにしてみればそれが狙いだったのかもしれない。
「ラルフ!」
逃げた先が悪かったのか、ラルフが尻尾を避け顔をあげるとすぐ上には三本首。
急いで引き返そうとするも、ヒドラの胴体が素早くラルフの周りを取り囲み、ヒドラがとぐろを巻いたその中心に閉じ込められる形になる。
フレア達が助けに向かおうと近づこうとするが、それを尻尾にぶんと凪ぎ払われ阻まれる。
三本の首が、もはや逃げ場もなす術もないラルフにとどめを刺そうと、一斉に牙を向いたその瞬間。
「ツチマホーーーーッ!!」
見覚えのある橙の流星が、首の一つを粉砕した。




