chapter5-3
さらさらと天井から滝のように流れる砂は、その隙間から漏れる光でキラキラと煌めいている。
その煌めきの中で静かにたたずむ、緑に苔むした岩壁の重々しく立派な正門。ツェンが開けた大穴から差し込む光に照らされ、砂漠の地下洞窟とは思えないほど幻想的な風景が広がっていた。
ルークはまっすぐにその遺跡の門ヘ近づき中をうかがう。ひんやりとした、冷たい空気で満たされ、少し肌寒い風が小さく吹いている。
入口のすぐ近くの通路は、当然というべきか、砂が入り込んでいた。石畳の上にざらざらとした細かな粒が敷き詰められている中に、綺麗に砂が切り取られている部分が数か所。ぺたぺたと、それは遺跡の奥へ続いているかのよう。
ルークは、くん、と鼻を鳴らす。
「ルーク、何か見つけたのかい?」
バタバタと後ろからフレアたちがやってくると、すぐさま砂に残された小さな足跡に気づく。
まさか、と息をのむ一同に、とどめを刺すかのようにルークが付け加えた。
「かすかに匂いがする……やっぱり、ガルはここに落ちて、そのまま遺跡の奥に入っていったみたいだ」
それを聞いた瞬間、ラルフがバッと奥へ駆け入ろうとフレアの横から飛び出す。が、すぐにぐっと動きが止まる。アヌが影でラルフの足をぎちっと拘束していた。しかしそれでもラルフは抵抗し、なお遺跡へ向かおうとするので、アヌも引き戻そうと影に力を込め、拮抗していた。
「ラルフ、気持ちはわかるがそれはだめだ。君までいなくなったら、ガルが戻ってきた時に悲しむよ」
フレアが優しく言い聞かせると、ラルフは抵抗をやめフレアの後ろにおとなしく下がる。
きゅうん、と心配そうになくラルフに、フレアは「僕もだよ」と頷いた。
「で、どうすんのさ?俺たちは宝を探しに来たんだ、迷子を捜しに来たわけじゃねえぞ?」
ケッと嫌味っぽく吐き捨てるツェンを、ルークがまあまあとたしなめる。
「確かに僕らは宝を探しに来た。でも、その宝もこの遺跡の中だろうし、ガルを探しながら一緒に探せばいい」
それに、とルークは続ける。
「宝よりも人の命のほうが優先、だろう?」
そう言うとくるりと向きを変え、ルークは遺跡の中へ入っていった。フレア達も、なるべく離れないように固まりながら、そのあとに続いた。
*
「ねえ!!ガルは!!本当に!!この道を!!通ったっていうのかい!!」
ゴロゴロゴロと細い通路を転がる大きな岩玉に追いかけられながら、フレアは絶叫する。
「そうだよ!!多分!!匂いはこっちからするし!!一応!!」
同じく全力で岩から逃げながら、ルークは途切れ途切れに叫ぶ。
一行はルークにガルの匂いをたどってもらい、それに従い遺跡の中を進んでいた。
遺跡の中は薄暗く、明かりを持ち歩かないと前が見えないくらいだった。
なので獣人達は各々カンテラを持ち、フレア達は彼らから離れないように慎重に進んでいたのだが、やはりというべきか、遺跡の中は罠だらけだった。
突然通路の床が抜け、針山が待ち構える穴に落ちかけ危うく串刺しになるところだったり、
急に天井からギロチンが落ち、もう少しで体が真っ二つになるところだったり、
壁穴から毒矢が飛び出してきて、すんでのところで体が動かなくなるところだったり、
上から大量の砂が流れ落ち、そのまま生き埋めになるところだったり。
今も絶賛岩に潰されそうになっているが、とにかくことごとく罠に引っかかっていた。
それも全部──
フォルテが怪しいスイッチを全て押していくのが悪い。
「フォルテェェェェェェ!!テメェいい加減にしろよォォォォォォ!!」
「ギャハハハハハハハハハハハハハハ!!」
走りながら激怒するツェンの怒号を背に、完全に変なスイッチが入ってしまったフォルテが高笑いしながら、これまでの罠のせいですっかりバテてしまったマドーとアヌを両脇に抱えて岩から逃げる。
「うう……申し訳ありませんフレア王子……あなたは王子なのに、こんな……」
フォルテとツェンの後ろから、同じく体力が切れて動けなくなってしまったフロレアを、フレアがおぶって走る。その隣でラルフもフォルテを恨めしそうに睨みながら走る。
と、先頭を走るルークが声を荒げた。
「みんな!右に曲がるよ!右だよ右!」
そう叫んだルークは宣言通り細い通路よりさらに細い、右に伸びる道に入る。そのあとに全員が続いて曲がると、岩はそのまま通路を直進していった。はぁー、と全員が床にへたり込み、同じようなため息をつく。なんとか岩に潰されずに済んだようだ。途端、ツェンがフォルテに掴みかかる。
「テーメェ!!スイッチに触んなっつっただろうがよォォォォ!!」
「すまんすまん手が滑っちゃって☆」
「ぶっ殺すぞ!!」
いつもならここでルークがツェンをなだめるのだが、もはや正論過ぎてそんな気も起きないのか、彼も深いため息をつくだけだった。アヌに至っては床にへたり込んだ際にフォルテに投げ捨てられたまま微動だにしない。ちなみに、同じく投げ捨てられたマドーも全く同じ状態だった。
「あの、フォルテさん……本当にもう二度とスイッチに触らないで欲しいです……」
フレアの背から降りたフロレアが肩で息をしながらフォルテに頼む。さすがにフロレアからの言葉は効いたのか、フォルテは真面目な顔をして「ごめん気を付ける」と返した。
と、再びルークがくん、と鼻を鳴らし、よろよろと立ち上がると先ほどの岩が転がっていった通路に出る。
「この岩の通路の先から強い匂いがする」
ルークの後に続いて、全員が岩の通路に戻る。
匂いが強いということは、この先にいよいよガルがいるのだろう。
マドーとアヌもなんとか立たせつつ、一行は少し駆け足気味に岩の通路を抜けようと進む。が、あいつは学習をしてくれなかった。
「おん?なんだこれ」
フォルテは横に通路が伸びていた個所から少し進んだ先の壁にあった、怪しげなスイッチを躊躇なく押した。
ガコン!と大きな音がすると同時に、先頭を進むルークの足元に地面がなくなる。
「フォルテェェェェェェェェェ!!!!」
ルークは大きな怒号とも悲鳴ともとれる叫び声とともに、深い闇へ吸い込まれていった。慌ててあとをついてきたフレア達が駆け寄るが、時すでに遅し。ルークはすっかり穴の底のようだった。
「ごっめーん」
フォルテがへらりと謝った。
「ちょっと!!大変ですよう!!ルークさんが!!ルークさんが!!」
フロレアは突然の事態に混乱し、穴に飛び込もうと身を乗り出した。が、すぐさまフレアとアヌに取り押さえられる。
「君まで飛び降りてどうするんだ!!とにかく、ロープの代わりになりそうなものを……そうだ!アヌ、君の影を伸ばしてルークを引っ張り上げれば」
「んなことする必要ねえよ。あいつなら大丈夫だろー」
フレアの言葉を遮るようにツェンが言った。
それに続けて、フォルテとアヌも頷きながら「ルークなら余裕だな」「ルークなら平気」と同調する。
「な、なんで皆さんそんなに冷たいんですか!仲間なんでしょう!?」
そのまま何事もなかったかのように三人が先に進もうとするので、フロレアがわめいて引き留める。
だが、三人は止まろうとしなかった。
「だーかーらー、大丈夫だって!ルークは“地の玄武”だからこれくらい余裕で戻ってこれるっしょ」
「!?」
フォルテが何気なく放った返答に、フレアとフロレアは絶句した。
地の玄武。
七神獣の称号のうちの一つで、豪快たる地魔法の一番の使い手に与えられる称号。
同じ七神獣の“風の白虎”の称号を持つ、スヴェートの神官のハトガヤは、その称号に恥じないような実力の持ち主だった。
あの時の戦いで目が覚めた時に一度魔法をちらっと見ただけだったが、広範囲を覆うように風のドームを展開させ、攻撃を一切通さないバリアを作っていた。また後からガルから聞いた話では、マドーの魔法の何十倍も大きな竜巻で、あの硬い機械の巨体を雑巾のように捻りつぶしていたそうだ。
つまり本当にルークが玄武なのであれば、彼はそれぐらいの魔法の使い手だということだ。
獣人達が話を盛っているのではないかとも思ったが、そんな様子はなかった。というよりも、この状況でそんな嘘をついても彼らにメリットなんてない。
「あんたらのその顔、“玄武”の意味がわかってるっぽいな」
なかなかついてこないフレア達が気になり振り返ったツェンが、その様子を見てふむ、と呟く。
「わかってんだったら話は早い。あいつはすぐに追いついてくる。この先に目的のものがあんのもわかってんだったら、そっち優先だ。先にガルんとこ行って、あとでルークと合流すんのが早え。だろ?フォルテ、アヌ」
「ツェンの言うとおりだね!ルークは俺らがいなくても大丈夫だしね~」
「ああ、そうだな」
三人がそこまで言うのなら、ルークはきっと大丈夫なのだろう。とにかくこれ以上誰かとはぐれるのはまずい。そう判断したフレアは、体力が回復してきたマドーとラルフに目配せすると、まだ納得がいかない様子のフロレアを引きずるようにして獣人達の後をついていった。
*
がるはよわいこです。
あのもりでたすけてもらってから、ふれあとふろれあのてつだいをしたくてついていくことにしました。
でも、がるはよわかったです。
ふれあはけんでまものをどんどんやっつけるし
ふろれあもまほーでみんなをまもってる。
まどーもさいしょはよわかったのに、まほーでまものをふっとばしててすごい。
はとがやも、るーくも、ふぉるても、つぇんも、あぬも、みんなたたかうちからをもってる。
がるは?
がるはなにももってない。
たたかってるのはらるふだもん、わたしじゃない。
そう、わたしはたたかえない。
ちからがあるのをみせたくて、ひとりでいせきにはいってしまったけれど、だめだった。
ひとりじゃ、なにもできなかった。
たたかうちからがほしい。たたかうちからをとりもどしたい。
わたしも、みんなをまもるためにたたかいたい。
*
「いてて……フォルテのやつめ……あとでサンドワームの睾丸食わせてやる……」
そう吐き捨てながら、ルークは天井にぽっかりと空く、落ちてきた穴を睨みつける。
運良く割れずに済んだカンテラを掲げ、軽く周りを照らしてみる。ここには他の落とし穴のように針山は仕掛けられていなかった。それどころか、落ちた先から更に薄暗い通路が伸びている。どうやら落とし穴ではなく、隠し通路の入り口だったようだ。
落ちた際に強く打ち付けた腰を擦りながら、ルークはよいしょと立ち上がり、くん、とまた軽く鼻を鳴らす。
「上にいた時よりも匂いが濃い……。そうか、あの子もここに」
カンテラを持ち直し、前方を照らしながら匂いを頼りにルークは通路を進むことにした。
匂いの主は、すぐに見つかった。
「……探したよ、ガル」
「ルーク……っ!」
落下地点から少し出た通路の脇に、三角座りで縮こまるガルがいた。ガルはルークに気づくとパアッと顔をほころばせたが、すぐさまハッとした顔になるとそのままふいっと顔を背けてしまった。
「どうしたんだい?」
ルークが心配そうにガルの顔を覗きこむ。ガルはしばらく無言だったが、ぽつりぽつりと話し始めた。
「あのね、ガルね、ひとりじゃ戦えない。フレアとフロレア、手伝いたくて一緒に来た。でも、戦ってるのはラルフ。ガルはラルフにお願いするだけ。ガル、なにも手伝えてない。ガル、何もできてない」
だからね、とガルは続ける。
「ガル、ひとりで戦えるようになりたい。ここに入ったのも、先に神殿見つけてフロレアに教えたかった。でも、ひとりじゃ無理だった。暗くて、さみしくて、心細くて、魔物とあってもガル、戦えなくて、逃げて、迷って……」
ルークは、ぽろぽろと涙をこぼす小さな女の子の話を、真剣に聞いてあげた。
正直、ルークにはこの子とあの王子たちの関係性ははっきりとはわからない。だが、その王子たちの手助けをしたいのに、自分だけ何もできていないこの状況が悔しくて、悲しいのだろう。
ガルの助けるために強くなりたい気持ちは、ルークにもよくわかる。他の三人よりも体が弱かった彼は、爆弾を扱う技術も、大筒を操る才能も、影を動かす特殊な魔法も、何も人より得意なものがなかった。だけどみんなと並びたくて。守ってもらうだけなのは嫌で。自分だってみんなを守りたくて。そうして唯一使えた地魔法を極めていった結果が“地の玄武”という称号なのだ。
ルークは、手袋の下の右手のひらに刻まれた、玄武の紋章を軽くさすった。
「……ガル、君の気持ちはよくわかったよ。僕もそうだったから。だから、僕と同じことをしよう。」
「おなじこと?」
きょとんと首をかしげるガルに、ルークは右手を差し出す。ガルが素直にその手を受け取ると、ルークはガルを引っ張って立ち上がらせる。そしてまた、くん、と鼻を鳴らした。
「ルーク?ガルの匂いがどうかしたか?」
「うん、やっぱりそうだ。実は最初から気になってたんだ。でも、これで君は一人でも戦えることがわかったよ」
「ほんと!?なんで!?」
嬉しさと驚きを混ぜたような声と表情を出すガルに、ルークは深呼吸をしてから、その理由を告げた。
「ガル、君、使えるよ。“地魔法”が」