chapter5-1
暑い。
とにかく暑い。
暑すぎて溶ける。
茹だるような、むしろ暑いと言うより熱いと言った方が正しいのではないかと思ってしまうような暑さの中、フレア達は進んでいた。
スヴェートの南に広がる広大な砂漠地帯であるロカーム砂漠は、どこまで歩いても砂、砂、砂で砂だらけ。地平線もいつまでも水平なままで、今自分達がどこにいるか、どこを目指しているのかもわからなくなるほどに砂しかなかった。
「あついー。あーーつーーいーー」
砂漠地帯に入ってから約三日。ガルはずっとこんな調子で「あつい」を連呼していた。
ガルを運ぶラルフも、舌をダランと出しながら歩く。魔獣も暑さには降参なようだ。
「ああ、本当に暑いね……また休憩にしようか……」
フレアも暑さに耐えかね上着とマントを脱ぎ、前髪も上げてカチューシャで留めるなどしていた。こんな姿をもしヴァルクォーレの人々に見られたら、きっと皆ひっくり返ってしまいそうだ。
「……君達はいいよね、属性魔法の恩恵を得られて」
フレアは少し皮肉っぽく、長髪だったり厚着にも関わらず涼しい顔で歩くフロレアとマドーをジトッと見やった。
フロレアはよく見ると自身の周りに薄く水魔法のベールを張っており、マドーは何もしていないつもりらしいが、近づくとひんやリとした風を纏っているのがわかった。
「いえいえ、これはこれで結構魔力を使うんですよ?私一人で精一杯です!」
「わ、私のは本能的なもので不可抗力ですから……!」
「わかったよ……とにかく一旦休憩だ。フロレア、頼むよ」
フレアはガルにラルフを止まらせるように促す。ガルがそれに従い、ラルフを止めると、フロレアが杖で砂の地面をコツンと叩いた。すると叩いた箇所から、水が霧吹きのように吹き出す。簡単な冷房施設の出来上がりだ。
「あーー!すずしいーーー!」
休憩でこれをする度に言うガルのお決まりのセリフも出たところで、フレアが荷物から人数分の水を取り出すと全員に配る。
もちろんラルフにも、スヴェートで購入した少し大きくて底の浅い器に水を入れて渡す。
「しかし、わかってはいたけど広いねここは……」
フレアは水を一口ぐびりと飲み込むと、三百六十度全く景色の動かない地平線を見てため息をつく。
前まではスヴェートが見えていたはずだが、それも今はすっかり見えなくなった。
「フレア様、本当にまっすぐ進めば神殿があるんですか?」
フロレアが不安そうにフレアに訊ねた。
「物資も数が限られています。早く神殿を見つけないと、私達干からびて魔物になっちゃいますよ……」
「わかってるよ。地図を信じるならまっすぐなんだけど、手がかりが無さすぎる……」
フレアは再びため息をつく。
「困りましたね……ラルフさんに臭いで見つけてもらったりとかはどうでしょうか?」
「むり。ラルフもガルも、しんでんの臭いわからない」
「スヴェートにあった神殿の臭いじゃダメなのかい?」
「ダメ。その臭いしない。だからきっと違う臭い」
今度は全員がため息をついた。
その瞬間。
突然、地面が激しく揺れ出し、フレア達の周りでもこもこと何かがうねりながら移動するように砂が持ち上がる。
それぞれ武器を取り出し構え、警戒の体制を取る。
すると、パシャンと砂が弾けるように吹き出したかと思えば、砂ぼこりの中から黄色い巨大なムカデが飛び出してきた。
「サンドワームか!」
フレアがムカデの正体を確認したと同時に、サンドワームはその鎌首をフレア達に向け狙いを定め、一気に襲いかかる。
「聖なる流れに……ああもう!詠唱なんて飾りです!“アクアリングガーディア”!」
フロレアが早口で杖をクルクルと回しながら魔法を唱え、水のバリアをサンドワームの前に張る。
サンドワームはそのままの勢いで水のバリアに頭を突っ込むと、その反動でバインと跳ね返され、ぐらりと体のバランスを崩した。
「やっちゃえーー!!」
その隙を逃すものかと、ガルがラルフにGOサインを出した。
ラルフは勢いよく飛び出すと、サンドワームの腹部分にガブリと噛みつく。キシャアアアと悲鳴を上げながら、サンドワームは体を激しく揺らしラルフを振り払おうとするが、ラルフはガッチリ噛みついたまま離れない。それどころか、振られるうちに地面に足がつくと、ぐっとそのまま浮かないように踏ん張りサンドワームの動きを止めた。
「フレアさん!今です!」
マドーが本能的にサンドワームの前に風でできたトランポリンを敷くと、フレアはダッとそれに飛び乗る。
そのまま風魔法の効果でブワッと高く飛び上がると、レイピアをサンドワームの頭に狙いを定めて構える。
と、同時に何もない空中に浮く自分の足元に、バネが作られたような感触がした。
瞬時に体が反応し、足に力を込めてバネに負荷をかけ、びよんとバネが戻る反動を利用して素早く頭に飛びかかり、切る。
頭を切り、通過した先で再び風のバネが作られたので、くるりと体制を変えまた同じように反動を利用して今度は喉元を切る。
そうやって四、五往復ほど赤い閃光がサンドワームを切り落としながら地面に着地すると同時に、サンドワームがバラバラと崩れた。
ドシャアと激しい音と大きな砂柱を立てながら、体は砂に沈んでいく。
一段落ついたと、フレアがレイピアを鞘に戻そうとした瞬間。
「フレア様!!離れてください!!」
「え、うわっ!?」
フロレアの叫びに首を傾げる間もないまま、サンドワームが沈んだ砂がめこっと凹んだかと思うと、そのままザザザと砂ごとフレアを中心へと吸い込んでいく。
その中心から、大きなクワガタのような虫型の魔物がボコッと顔をだすと、フレアを待つかのように鋏を構えた。
「しまった!蟻地獄……っ!」
フレアは急いで脱出しようともがくが、流れる砂で足がもつれて上手く動けない。
マドーも風魔法でフレアを浮かそうとするも、その度にクワガタに的確に砂を吐かれて相殺される。
「フレア様!フレア様ぁぁ!」
フロレアの悲痛な叫びに、僕もここまでかと覚悟を決めたその時だった。
「だーめだめだめ!!そいつには爆弾投げないとあっぶなっいよーん!!」
ギャハハハハと楽しそうに笑う大きな声と共に、どこからか黒くて丸い典型的なあの爆弾が、蟻地獄に投げ込まれ吸い込まれていった。
と、蟻地獄の内部で爆発した。
爆風でフレアは吹き飛ばされ、蟻地獄から脱出する。上手く着地し蟻地獄の方を見ると、クワガタは粉々に吹き飛び、四散したぐちゃぐちゃな死体だけが残り、蟻地獄は消えていた。
爆発の残り香のように、砂ぼこりが舞う。
フロレア達がフレアに駆け寄り安否を確認していると、砂ぼこりの奥から四つの影が近づいてきた。
ぶわっと砂ぼこりの中から出てきた彼らは、見たままを言えば人ではなかった。
*
「あんたらそんな準備もしないで砂漠に来たの!?バッカじゃねぇの!?」
頭にゴーグルをかけ、肩までありそうなミディアムヘアを後ろで雑に縛った、黒く三角な耳に細長い尻尾の生えた黒猫の男が、琥珀色に煌めく瞳を見開いて怒鳴る。
「いやぁ、知らなかったんでしょ……あいつらが活性化したのも、爆弾がいいってわかったのも最近だしさ」
ボサッとした黒髪に白い耳が生え、こちらはきちんとゴーグルを装着し、白いふさっとした尻尾を持った白い狼の男が、黒猫を宥めるように言う。
「はっはっは!!とにかく俺の爆弾は凄いってことがこれで証明されたな!!」
そんな狼と黒猫の話を一切無視して一人得意そうにゲラゲラ笑う、羽飾りのついた茶色の長髪に顔が半分隠れる大きさの嘴がついた仮面をつけ、まるで雄鶏のように腕から手先まで羽で、筋張った足と鋭い爪に赤いふさふさとした尾を持った男。どうやら彼が爆弾を投げ込んだ張本人のようだ。
そして先程から一言も喋らない、マドーのように真っ黒な顔にポツリと浮かぶ緑のダルそうな瞳、吸盤付きの手足と腰からだらんと垂れる四本の吸盤足。更に髪の毛に混ざって生える二本の吸盤付きの触覚の、計十本の吸盤付きをもつ蛸の男。
─どこからどう見ても彼らは獣人族だった。
獣人族とは端的に言えば魔獣に人の血が混ざったもの。似たような人獣であるルノマ族は純粋な魔獣であるが、獣人族は魔獣と人のハーフのようなものと言えばわかりやすいだろうか。
もちろん、人の血が入っているので人の言葉を喋ることもできるし意思疏通もできる。見た目が獣の血が濃く出るだけで、中身は人そのものだ。そんな彼らは人に溶け込むように街で暮らし、生きている。ヴァルクォーレにもそこそこの獣人族が暮らしていた。
ただ、彼ら獣人族の詳しい出自は解明されておらず、本人達もわからないという。
「先ほどはありがとうございました。あの、皆さんはいったい……」
フレアは助けられたことに礼をしつつも、明らかに砂漠が似合わない獣人族達に訊ねた。
「フフン!気になる?気になるんだな!いいか!俺達は!!!」
「あ、オレらこの砂漠でトレジャーハントしてるものでぇーす」
「あの、遮らないで」
勢いよく羽を上に突き上げ得意そうに名乗りをあげようとした雄鶏を遮って黒猫が自分達の目的を明かした。
「まあ、簡単に言うとそうなりますね。僕はルークです」
黒猫の言葉を肯定しつつ、白い狼──ルークが、フレアに握手を求めて明らかにサイズが合っていないダボッとした大きな黒い手袋を嵌めた右手を差し出す。
「僕はフレアです。よろしく」
「フレア……?じゃあ、あんたがあの“紅蓮の王子”?マジかよサインください!!!」
フレアの自己紹介を聞いて、雄鶏がまた騒ぎ出す。
「あー、えーっと、このうるさいのはフォルテシモ。フォルテって呼んでますね」
「ふははは!よろしくぅ!!!☆」
ルークの雑な自己紹介に雄鶏──フォルテは、バチコンとウインクを決めて挨拶をする。
「で、口が悪いこいつがツェン」
ルークは続けて黒猫──ツェンを紹介する。
「あ゛ぁ゛!?誰が口悪いんだよ殺すぞテメェ」
「こんな感じですぐ突っかかってくるから気を付けてください」
紹介されるや否や即座にルークの胸ぐらを掴んで絡むツェンを、まるで何もなかったかのようにルークは紹介を続けて流す。
しかしルークもルークだ。なんだか絶妙に仲間を貶しながら紹介していないか?
「とっても愉快な人達ですねえ!私はフロレアです!この子はガルちゃんで、こちらはラルフ。で、こっちのルノマ族の方がマドーさんです!」
紹介を受けて、フロレアもガルとラルフ、マドーを紹介する。それに合わせてマドーもペコリとお辞儀をした。
「そちらさんには魔獣とルノマ族がいんの!?すげー!すげー!俺あっちに乗り換えようかなー」
パアアと顔を輝かせたフォルテに、ルークが「やめて」と即答するものだから、一瞬でフォルテの表情がしゅんと寂しそうなものに変わる。どうやら彼もフロレアと同じで表情がコロコロと変わる忙しいタイプのようだ。
「で、そう。あと一人……あのさっきから全然会話に参加しない蛸がアヌホテプ。アヌです」
ルークがまだ一言も喋っていない蛸──アヌを紹介すると、アヌは軽く会釈だけする。
とまあ、こんな僕ら四人でロカーム砂漠で宝探しを続けている感じです。と、ルークは紹介を終える。
「ところで、あなた方は何しに砂漠へ?スヴェートから来たようですけど、フィオーレへ行くのなら、迂回した方が良かったのでは?」
ルークはやれやれと言うように首を振る。
確かにスヴェート魔道国からロカーム砂漠を南に進むと、フィオーレ花国に辿り着く。そこにも神殿の一つがあるのでいずれは行かねばならない場所ではある。が、
「実はフィオーレへ向かうだけが目的ではなくてね。この砂漠のどこかにある神殿に用があるんだ」
そう、フレアが告げた瞬間、獣人達の目の色が変わった。
「なに?あんたらも神殿探してるわけ?それとももうどこにあるか知ってたり!?」
フォルテがずずいっとフレアに詰め寄る。
「いや……場所までは……。ってまさか君達、神殿の封印を解く気じゃ」
「そんなことするかっての!俺らが用があるのはその周りの遺跡!」
遺跡?と、フレアは首を傾げる。そしてフロレアに視線を向けてみるが、フロレアも何も知らないと首を振った。
その様子に、フォルテが「あんたらモグリかよー」と肩を竦めてから説明を始めた。
フォルテが言うには、遺跡は神殿をぐるりと囲むように建てられており、その中には罠がたくさん仕掛けられている。そしてどこかに、中心への抜け道──つまりは神殿への入り口が隠されているらしい。
しかしフォルテ達が興味があるのは神殿ではなく、遺跡の方だと言う。昔この砂漠でとある文明が栄えた。遺跡はその時に建てられた巨大な墓であるらしく、墓の主と共に財宝が眠っているらしい。フォルテ達はその財宝が目的なのだ。
また、神殿は後から侵入者を防ぐためにわざと中心部に建てられたと言う。その時に遺跡の調査もレイス教団により行われたが、罠の存在と墓であるという情報しか得られず、財宝は見つからなかった。
「ああ……そういえばそんな報告書が教団の資料室にあったような気がします……あんまり気にしてませんでした、就くことになったら読めばいいと思いまして」
フロレアがぼんやりとした記憶を思い出しながら言う。
「お前レイス教団の人間なのに知らなかったのかよ、勉強しとけよ」
ツェンの舌打ちにフロレアは「返す言葉もございません……」とうつむく。
するとルークが何かを思い付いたかのように、ぽんと右拳を左手のひらに向けて打つ。
「レイス教団の人なら、神殿の位置が察知できるんじゃない?フロレアさんお願いします!僕らも見つからなくてぐるぐるし続けてて!」
ルークの言葉に、他の獣人達も「なるほど」と言う顔でフロレアに期待の眼差しを向ける。が、フレアとフロレアとマドーは苦笑いするしかなかった。
彼らは知っていたのだ。砂漠に入った初日に、フロレアから聞いていたのだから。
「……すみません、レイス教団の人間にそんな力はありません。精々自分の担当の神殿の位置ぐらいしかわからないです」
「えーと……つまり?」
「神殿の位置は私もわからないです!」
獣人達は一斉に大の字になりながら仰向けに倒れた。
ラルフが暇そうにくああ、と欠伸をした。




