chapter4-3
マドーは、翡翠の魔道書を片手に持ち、“元”同族の成の果ての黒い化け物にもう一方の手をかざす。
化け物はその姿に少しだけ動きを止めた。
【ナゼ、否定スル】
低く重い、唸りにも似た声が、響く。
【オマエハ、我ラト同ジダ。ナゼ否定スル。ナゼ捨テル】
化け物は腕をゆっくり頭上に上げていく。
【ナゼダナゼダ何故ダナゼナゼ何故なゼナゼ何ゼなぜ何故ナゼナゼナゼナゼナゼなゼナゼnnnnnnnNNNNNNNNNNNN】
一番高い位置まで腕を上げると
【光ヲナゼ捨テルノddddddDDDDDDDD!!】
咆哮と共にマドーめがけて拳を振り下ろした。
ドォンと床が割れる轟音と地響き。衝撃で砂ぼこりがブワッと舞い上がり、風のドームに襲いかかる。
「マドー!!」
辺りが一瞬にして見えなくなると、ガルは声を張り上げ再びドームの外に出ようとする。しかし、ハトガヤに体を掴まれ動けない。
「なんで!なんで!マドー!!マドー!!」
「大丈夫ですわ」
ハトガヤには、その一瞬が見えていた。
砂ぼこりが落ち着き、視界が晴れていく。すると、そこには何もない場所に拳をめり込ませる怪物と、その拳のすぐ横で目を白黒させている無傷のマドーがいた。
「マドー!?」
「わわわわわわ私は今いったい何を……!?」
マドーは何が起こったのかわからず混乱している。
拳の横であわあわと魔道書をバタバタ開いたり閉じたりしていた。
しかしまたすぐにその拳が地面から引き抜かれ、マドーに狙いを定め振り下ろされる。
「マドー!!また……っ!」
「っ!」
マドーは流れるようにパラパラと魔道書のページをめくると、とあるページで止める。
そして空いた手を自身の足元へかざした。と、同時に勢いよく風魔法を地面にぶつける。
その反動で、マドーはビュンと空中に飛び上がった。その直後、マドーがいた場所に拳がめり込む。
スタッと拳のすぐ横に着地すると、マドーはおずおずと魔法を繰り出した自身の手を見つめた。
「……なるほど、そういうことでしたか」
マドーは何かを理解すると、今度は混乱せずに化け物に臨戦態勢を取った。
「ルノマ族は、魔法が得意な種族ですわ」
なにがなんだかついていけないガルに、ハトガヤがぽつりと呟く。
「基礎である光魔法なら、人間より得意だと言われていますの。でもそれは光魔法しか使えないと言うことではありませんわ」
化け物は再び拳を引き抜き、今度は引き裂くようにマドーに腕を振り上げる。
「人間のように、ルノマ族にだって他の魔法が得意だったり個体差はあって当然ですわ。それに」
マドーは腕に向けて手をかざす。
「“魔獣”なんですもの。無理矢理魔法を使おうとするのではなく、獣の本能のままに魔法を使えば、本来の力が出るってものですわ!」
マドーの手から暴風が吹き荒れ、化け物の腕を弾き飛ばした。
バランスを崩した化け物に、マドーは魔道書の別ページを開き追撃をしかける。
今度は手を横に振り、無数のエメラルド色に輝く光で出来たランスを目の前に生み出した。
そのままスッと上に手をあげ振り下ろすと、光のランスは風を纏いながら勢いよく化け物へ飛んでいく。
ズガガンとランスは化け物の体へ突き刺さり、そして刺さったと同時にパアンと弾け、暴風による無数の切り傷をつけると消えていった。
化け物はヨロヨロと崩れ、ランスが刺さった箇所から黒い血と、同じ色の腐敗した泥のような、または肉塊のようなものがベチャベチャと零れ落ちる。
「な、なんだあの魔法は……!」
「我が同胞にあんな使い手がいたとは……!」
先程まで喧嘩をしていたはずの光魔道士とルノマ族たちも、目の前の強大な風魔法の攻撃に同じような顔をして魅入ってしまう。
化け物はうめき声をあげ、再び腕をマドーへ振り下ろす。
マドーはまた流れるように別ページを開く。今度は腕を頭上でくるくると回した。すると、マドーの手に風が集まり、大きなロープのような形を形成していく。
回していた手をグッと握ると、勢いよく振り下ろし、風で出来た大きなムチを化け物の腕へ打ち付けた。
ムチが当たった場所から、綺麗に化け物の腕が切断される。
【RRRRRRRRRR──!!】
化け物の腕がボトリと落ちる。
断面からは黒い血と塊がベチャベチャと落ち、崩れていく。
「いいぞマドー!やっちまえ!」
「いけマドー!我等の同胞よ!」
光魔道士とルノマ族は、喧嘩などなかったかのように仲良くマドーを応援しだした。
「全く、現金な連中ですわね……と、あら?」
ハトガヤがその様子に呆れていると、フレアがゆっくりと身を起き上がらせた。
「やっと起きましたわねフレア様」
「ぐ、僕は……」
フレアはまだぼんやりする頭をハトガヤに向け、次に外に向ける。
外では、マドーが戦っている。
「!?マドーさん!何故……」
「フレア!!起きた!!」
急いで助けに向かおうとした瞬間、間髪入れずにガルが抱きついてくる。
「ガル!マドーさんが」
「だいじょぶ!見てて!」
ガルは今にも外に飛び出しそうなフレアを押さえ込むかのようにきつく抱きつく。
身動きが取れないまま、フレアはガルに言われた通りにマドーを見た。
化け物は残ったもう一方の腕でマドーを潰そうと振り回す。
しかしマドーはそれを風魔法で弾いて弾いて弾いて弾いて距離を取ると、目を閉じて手先に魔力を集中させ、そのまま魔力を化け物へ向けて放出する。
ゴオッという音と共に、化け物を包むかのように竜巻が発生する。閉じ込められた化け物が声にならない悲鳴をあげながら切り刻まれていく。
「あのマドーさんが……!?」
「な、なんですかこれぇっ!」
聞き覚えのある声にフレアが振り向くと、フロレアが目を丸くしながらマドーの戦いを見ていた。
「あら、フロレアも起きましたのね」
「ハトガヤ!あれ!あれ!なんですか!ハトガヤの仕業ですか!?」
フロレアはブンブンとマドーを指差しわめく。
ハトガヤはニッコリ笑いながら首を横に振った。
「違いますわ。あれは彼自身の力」
そしてゆっくり、視線を外に戻す。
「彼、随分と不器用さんですわね」
フオッと風の音がやむと、ベシャリと切り傷だらけの黒い塊が地面に落ちた。
ドロドロと体が溶けていき、カランと何かが落ちる音と共に中からリーダー格が現れた。
マドーはゆっくりリーダー格に近づくと、気絶しているだけだと確認する。そして、そのすぐそばに転がる、桃色の欠片を拾い上げた。
「なんでしょうか、これ──」
言い終わる前に、マドーの腰に強い衝撃が走る。
「マドー!すごい!でかいのたおした!すごいすごい!」
ガルは目を輝かせながらマドーに勢いよく抱きつく。
その後ろから、バタバタとルノマ族たちもやって来た。
「すごいな我が同胞!まさか光魔道ではなく風魔道を極めるとは……!」
「誤解していてすまなかった!我々も光以外の魔道にも寛容になるべきだな」
「彼は大丈夫なのか?ネビロスは出ていったのか?」
わいわいとルノマ族達がマドーを囲み話しかけていると、さらに後ろから光魔道士たちが気まずそうに近づいてきた。
ルノマ族たちはザッと警戒体制に入る。
「待ってくれ!喧嘩する気はない!」
光魔道士たちは手を大袈裟に振ると、ルノマ族達に近づき、そして頭を下げた。
「すまない!君たちを差別してしまって……君たちが魔獣なのに人間より魔法が使えるのが気に食わなかったんだ」
ルノマ族たちは光魔道士たちの行動に目を丸くしたが、直ぐに落ち着くと静かに話を聞いた。
「スヴェートは魔道都市国家。集まるのは同じ志を抱いた同士だと言うのに、我々は魔法が少し上手くなかったから、君たちが羨ましく嫉妬していたんだ。だから魔獣の部分を取り上げて、少しでも君達よりも自分達が優位だと思いたかったんだ」
「なんだと?たったそれだけで我々のことを否定したのか?」
ルノマ族たちは魔道書を構える。
「そんな謝罪で我々の怒りが収まるとでも!?」
「わかってる!わかってるがそれでも謝りたいし、仲良くなりたいんだ」
ルノマ族たちは思わず固まる。
「さっきのあんた、凄かった!あんな風魔法は見たことがない!我々も風魔法はからっきしなものだから、純粋に尊敬した!それに本能のままに魔法を操れるなんて、人間にはできない芸当だ!そんな素晴らしい使い方が君たちは出来ると言うのなら、我々は完敗だ。今後は魔法を我々に教えてほしい」
光魔道士たちはワッと言いたいことを言うと、わらわらとルノマ族たちに混ざってマドーを囲む。
さっきのは凄かった!芸術的だった!ルノマ族はみんなあんな風に魔法を使えるのか?我々にも教えてほしい!と口々にマドーに声をかける。
あわあわと狼狽えるマドーの代わりに、ルノマ族の一人が口を開いた。
「……仲良く出来ると思っているのか?」
その言葉に、両者とも口を閉ざす。シン、と少しの間静寂が生まれる。その静寂を破ったのは光魔道士だった。
「わからないさ。そう簡単に埋まる溝じゃないだろう。でも、我々だけでも仲良くしたい。スヴェートにいる魔道士の中のほんの一握りにすぎないし、我々から全てが変わるわけでもないかもしれない。それでも、君たちに協力したいと思う人間がいるということを、知っていて欲しいんだ」
そう告げると、光魔道士はルノマ族に手を差し出した。
ルノマ族たちは差し出された手をしばらくじっと見つめる。そして、スウ、と深呼吸すると、その手を握り返した。
「……知る努力は、しよう」
わあっと光魔道士たちと、マドーとガルから歓声が上がった。
「まったく、雨降って地固まるとはこのことですわね」
ハトガヤは風のドームを解除すると、遠くから眺めていた一連の流れにやれやれと首を振った。
フロレアはわあ!と両手を叩いて喜びそのまま自身も輪の中へ向かい、フレアは、安堵のため息をつく。
と、ハトガヤが思い出したかのように大声をあげた。
「って祭壇!結局あのリーダーのおバカさんのせいで封印が解かれちゃいましたわ!フロレア!!あなたこれを見越して防ぎに来たんじゃないんですの!?!?」
ハトガヤが輪に加わりに行ったフロレアに向かって呼びかける。フロレアも「はわ!」とオロオロしだした。
「そうでした私祭壇の様子を見にきて、危なかったら封印の強化をと…!」
だが、ヴァルクォーレで再封印をした時、彼女はとある力を借りて行った。自分自身の力でしたわけではないことを思い出していた。
今回は、前回のように力を増幅させるようなものがない。アルテミスはフロレアならできると任せてくれたが、自信がなかった。
「そうだフロレアさん、こんなものを拾ったのですが…」
一人わたわたするフロレアに、マドーが桃色に輝く欠片を渡した。
その渡された欠片を、フロレアは驚いたように受け取る。ヴァルクォーレでアルテミスから渡された欠片そっくりだったからだ。
「これがどこから出て来たものかはわかりませんが、もしかすると祭壇の封印の鍵ではと……」
「案外当たりかもしれません。ありがたく使わせていただきますよう!」
フロレアはマドーにぺこりと一礼すると、祭壇に向かい、欠片をかざした。
真ん中からばっくりと割れてしまった祭壇に向けて、魔力を込める。
フロレアが封印作業に入ったのを見届けると、フレアはマドーに近寄り話しかけた。
「ところで、先ほどの魔法をもう一度見せてもらうことはできますか?」
「ええ、いいですよ。やってみましょう」
マドーは二つ返事で頷くと、パラパラと魔道書をめくりページを開き、開けた空間に向けて空いた手をかざす。
が、何も起こらない。
おや?と不思議に思いながら、今度は別のページを開き再び試す。が、やはり何も起こらなかった。
全員が黙ってマドーをじっと見つめる。マドー自身も、しばらく何も起こさない自分の手を眺め、はっはっはと笑い出した。
「すみません、やはり私は使おうと思って使うときちんと魔法が使えないみたいです。まだまだ落ちこぼれですね」
はははと朗らかに笑うマドーに、フロレアとハトガヤ以外の全員がずっこけた。
ハトガヤだけはやっぱりねと苦笑いを浮かべていた。
*
ヴァルクォーレの時のように、フロレアが再封印を終えると、一行はハトガヤに強制的に病院へ連れて行かれた。
フレアとフロレアは内臓に影響があるかもしれないと、しばらくそこで療養をするように勧められ、ガルとラルフも戦いで受けた傷を包帯でぐるぐるに巻かれ安静にするように伝えられた。
そうして、傷を癒しながら一週間ほど滞在し、一行は次の場所へ向かう準備を始めた。
「なんだか色々あって楽しかったですねえ」
と、フロレアが呑気にいうものだから、フレアは苦笑した。
「でも、早く次の場所へ行って様子を見ないと。ここと同じようなことが起こっていたら、手遅れだからね」
「はい!そうですね!」
スヴェートの入り口まで移動し、フレアが地図を広げると、フロレアとガルとラルフも後ろからひょこっと覗き込む。
アルテミスがつけてくれた印の中で、次に近い場所はロカーム。南に少し下った位置にある、砂漠だった。
目的地を確認し、出発しようと足を踏み出した瞬間、
「待って!待ってくださいーー!」
背後からトタトタと何かが走って来る足音。
一行が振り返ると、大きな荷物を背負ったマドーが息を切らしながらこちらに向かって来ていた。
「マドーさん!?その荷物は一体……」
「ゼェェ……ゼェェ……みなさんが退院されてここから去ると聞いて……慌てて来ました……」
ゲホゲホと咳き込みながら、マドーは息を整えると、バッと頭を下げた。
「私も一緒に連れて行ってくださいませんか!」
「ふええええ!?!?」
フロレアがびっくりして素っ頓狂な声を出す。
ガルも目を丸くしていたが、すぐに顔をほころばせると
「マドーも一緒に行く!フレアお願い!ガルの時みたいにマドーも連れてけ!」
とフレアに頼む。
「それは……むしろこちらからお願いしますよ」
フレアの言葉にマドーはバッと顔を上げる。
「いいんですか!?」
「ええ。貴方の魔法が必要です。僕たちに力を貸してください」
「ありがとうございます!」
マドーは嬉しそうにタタタとフレアたちに駆け寄り加わった。
「カンマ君のいう通りでした。これから、風魔法で旅をお助けいたします!」
「はい!こちらこそよろしくお願いいたします!」
「よろしくマドー!」
こうして、フレアたちは新しい仲間を一人加えて、次の神殿があるロカーム砂漠へと旅を再開した。