chapter1-1
眠れ 眠れ 亡国の強者よ
貴方の怒りは 剣と共に
貴方の悲しみは 水晶の中に
沢山の記憶が 世界に散らばっている
眠れ 眠れ 愛し子よ
救世主が欠片を集め 納めるその時まで
*
聖なる王国、ヴァルクォーレ。
永久の平和を約束されていたこの聖国では、とある事件のせいで騒ぎが起きていた。
「これで全部か?」
炎のように赤い短髪を風になびかせながら、ヴァルクォーレ次期国王候補である「紅蓮の王子」フレアは、兵士とともに城下町を巡回していた。
「はい、おそらく…」
フレア達は、昨夜突然降ってきた隕石の回収にあたっていた。
隕石は小さいものばかりであったが、かなりの数が落ちてきたようだ。
「おそらく?」
「ええ…城下町に落ちたのはこれで全部かと思いますが…」
兵士が口ごもる。
ああ、そういうことかとフレアは察した。
「神殿付近、か?」
世界には8つの神殿がある。
過去、極東にあった倭ノ国を破壊し、そのまま世界をも破壊せんと目論んだ魔竜ネビロスを封印するために作られたものだった。
そしてその一つがヴァルクォーレにもあるのである。
「はい、あそこには我々は近づけないので…」
「レイス教団管轄の場所、だからだろう?」
神殿は、永久中立を掲げる独立団体、レイス教団の管轄だった。
レイス教団はその立場から、他の国や団体の干渉を一切許さず、神殿付近にも団員以外は許可がおりない限り近づくことさえ許されなかった。
しかしレイス教信者や一般市民には開放的で、神殿前で度々教えを説いていた。
「そういえば、あそこにはかなりの大きさの隕石が落ちたとか聞いたな」
フレアは先程町民から聞いたことを思い出す。
彼の話によると、神殿に大きな隕石が落ちてきて、それ見たさに人が押し寄せ、神官がパニックになっているらしいとのことだった。
「わかった。僕が様子を見てくるから、君達はもう一度町を見てきてくれ」
「了解です!」
フレアは兵士に指示を飛ばすと、神殿の方へと足を運んだ。
*
「おい!減るもんじゃねえんだし見せろよ!」
「そうよ!大きな隕石が降ってきたんでしょう!」
「駄目です!これ以上は近づかないでください!決まりなんです!」
神殿前は沢山の人々で溢れかえっていた。
その中心で蒼く長い髪を揺らしながら一人の少女が叫んでいた。
「とにかく駄目なんです!神殿は神聖な場所なんです!入れるわけにはいきません!」
少女は野次馬達を追い返そうと必死に訴える。が、野次馬達も足をひかない。
「レイス教はいつもそうだ!そうやってなにもかも隠そうとする!」
「そうだそうだ!そうやって都合のいいことを言って自分達にだけ利益があるようにしてるんだろ!」
「ち、違います!ただ決まりなんです!…ちょっと!入らないで下さいよ…っ!」
「いい加減にしたらどうだい?あなた達」
凛として通った声に、野次馬達は一斉に振り返る。
「フ、フレア様…!」
そこには腕をくんだフレアが立っていた。
「神官が入らないでって言ってるんだ。諦めたらどうなんだい?」
「ですが…」
「見たい気持ちはわかるが決まりは決まりだ。あなた達はそんなに決まりを破りたいのかい?」
野次馬達は口をつぐんだ。
「わかったらさっさとどいてもらえないかな。僕は神官殿に話があるんでね」
さあ帰った帰ったとフレアが野次馬達を追い返す。野次馬達はしぶしぶその場を立ち去っていった。
「全く、みんな呑気なもんだね」
フレアはため息混じりにそう呟いた。
「あの…」
神官の少女がおそるおそるフレアに話しかける。
「ありがとうございました。私一人じゃ無理でしたから…」
「ああ、いいんだよ。それよりも君、見たことない顔だね?」
「あ、はい!私先日からここに配属されたばかりなんです!」
少女は背筋をピシッと伸ばしてかしこまって答える。
「レイス教団アルテミス班所属、フロレア・ヴィオランテと申します!」
「アルテミス班…」
フレアは神官—フロレアが口に出した名前に覚えがあった。
「そうか、あの人の…」
「あ、あの!あなたはフレア王子様…なんですよね!」
「ん?ああ…僕はフレア。フレア・ロッソ・プロメテウスだ」
フレアは軽く微笑みながら、フロレアに手を差し出す。その手を受け取り握手を受けたフロレアは少々困惑気味に聞き返した。
「ロ、ロソ…ぷろ…め?」
「はは、いいよフレアで。自分でも難しい名前だと思ってるから。ところで…」
握手をしたあと、フレアは本題に入った。
「隕石が落ちたって聞いたんだが、本当に落ちたのかい?」
「…はい、落ちました。お陰で大きな穴が空いちゃいまして…」
フロレアは肩を落としながら答えた。
「ついてないです…配属された途端にこんなことになるなんてぇ…」
フロレアは今にも泣き出しそうだった。
「災難だったね。その穴っていうのを見せてもらえるかい?」
「それは駄目です!」
いきなり顔をあげ声を張ったフロレアに、フレアはビクッと肩をはねらせる。
「いくら王子であるフレア様でも、決まりは決まりです!侵入は許されません!」
「…そうか」
はあ、前の神官は快く中に入れてくれたんだが…新しい神官は生真面目そうだな…。そう思いながらフレアはため息をついた。
「それじゃしょうがない。決まりは決まりだからね」
フレアはマントをばっと翻し、フロレアに背中を向ける。
「まあ、何か困ったことがあったら僕に言ってくれ。手を貸すことぐらいなら出来るだろう」
「それはありがとうございます。でも中には入れませんからね!」
町へ戻るフレアの背中に、フロレアはそう続けた。
「夜に神殿に侵入を試みようなんて思わないでくださいね!絶対に入れませんからね!」
全くしつこいな、そんなに僕が中に入りたいように見えるんだろうか。はあ…とフレアはため息をついた。
しかし夜に侵入か…確かにどれくらいの被害なのか確認したいし…それもありかもしれないな。
フレアは軽く笑みを浮かべた。
*
夜。
全ての住民が寝静まった頃、誰もいない眠った町の中を一人駆け抜ける人影があった。
炎のように赤い髪、淡い朱色のマントをなびかせ、フレアは神殿に向かっていた。
「昼間に散々入るなって言われたけど、あれって入ってもいいよって言ってるもんだよね…」
神殿前にたどり着くと、昼間に神官としたやり取りを思いだし、はあ、と溜め息を漏らす。そして神殿の周りに誰もいないことを確認しつつ、入り口を見上げてみる。
「…入るか。とは言っても確認だけだし、大丈夫だろう」
フレアはゆっくりと、神殿の中へ足を踏み入れた。
*
神殿の内部は妙に埃っぽかった。
前に入ったときはこんなに埃っぽくはなかったことから、やはり隕石が落ちて、その土煙が残っているんだろう。と考える。
フレアが辺りを確認しながらゆっくり奥へ進んでいくと、すぐに異変が見つかった。
「これは…酷いな」
入り口から入ってすぐの所に大きな大穴がぽっかり開いていた。
穴の上から中を覗いてみると、底には見えない闇が広がっていた。
「そうとう深く落ちたのか…」
ふむ…とフレアは口元に手をかざす。
幸い祭壇に落ちなかったことが唯一の救いではあるが、これは流石に神殿を建て直さないとまずいだろう。
そんなことを考えていたフレアの背後に、何者かが忍び寄っていた。
しかしフレアは深くこれからのことを考えていたため、全く気がついていなかった。
そんなフレアを、何者かが後ろからドンっと押した。
「…なっ!?」
誰かに押されたフレアは、抵抗する間もなく穴に吸い込まれていった。
*
「痛っ…、こ、ここはどこだ…?」
何者かによって穴に落とされたフレアは、思いっきり体を地面にぶつけてしまった。
が、幸いなことに穴は思っていた以上に深くなく、またすぐに受け身の体勢に入れたこともあって、たいした怪我はしなかった。
立ち上がり、辺りを見回す。
「…?なんだ?洞窟…みたいなところだな…」
フレアが落ちた穴は、左右に道が広がっていた。ところどころに照明代わりの松明も置いてあった。
「神殿の下にこんな通路があったとは…」
フレアが他にも何かないかと辺りを見回すと、通路の壁と色の違う、大きな岩の塊があることに気がついた。
「なるほど、これが神殿に落ちた隕石か」
隕石は、昼間にフレア達が町で回収した小さな隕石と比べ物にならないほど大きかった。そのことから、フレアは町に落ちた隕石は、この大隕石の破片なのではないかと考えた。
そんなことをフレアが考察していると、背後に人の気配を感じた。
「あー!!やっと見つけましたよ!!」
大きな声にフレアがバッと振り返る。白い衣服に青く長い髪、目が隠れるまで伸ばされたぱっつんの前髪。
その姿は昼間に見た神殿の神官、フロレアだった。
「全く王子様なのになんてことするんですか!?」
フロレアはずかずかと歩み寄ってきた。右手には昼間には見なかった、先端が独特な形をした魔法杖を持っている。
「す、すまない。ただ、隕石が気になって…」
「侵入だけならまだしも!まだしもですよ!?その上私を穴に落とすなんてサイッテーです!!」
「…?ちょっと待ってくれないか」
今フロレアは穴に落とされた、と言わなかったか?まさか、彼女も自分と同じく誰かに押された、ということなのか?
「君も穴に落とされたのかい?」
「落とされた!?いや!あなたが私を落としたのでしょう!?」
フロレアは怒りで興奮していた。右手に持つ杖をブンブンと上下にふり、ギャーギャーと喚く。
「いくらこの国の王子様と言えど、やっていいこととわるいことぐらい、わかりますよねえ!?」
「ちょっと待つんだフロレア!一旦落ち着いて、僕の話を聞いてくれ!」
フレアが大きな声でそう言うと、フロレアはビクッと肩をはねらせ、杖を持つ右手を下ろした。
「確かに僕は神殿に侵入した。でも神殿の中では君に会った覚えはないんだ」
フレアは続ける。
「そして君は穴に落とされたって言ったね?僕もそうなんだ。誰かに押されてここに落ちたんだ」
「誰か?誰かって誰なんですか!?」
フロレアが噛みつく。
「それはわからない。でも確かに言えるのは、この神殿にはもう一人侵入者がいるってことだ」
フレアは腕を組み、そう言いながら頷く。そしてこう続けた。
「だいたい、君も顔は見てないんだろう?君を押した犯人の顔は」
「そう…ですけど…」
フロレアの声がだんだんしぼんでいく。
「なら侵入者がもう一人いるって考えた方が妥当だと思うけど?」
「うう…でも!」
フロレアはフレアを指差し、興奮気味に喚いた。
「あなたも関係者以外立ち入り禁止の神殿に侵入してるんですからね!そこは忘れないでほしいですからね!」
「わかった、わかった。その罰はちゃんとあとで受けよう」
フレアは両手でどうどう、とフロレアをなだめる。
「今はそれよりも、ここから脱出することを考えないかい?」
フレアは改めて周りを見渡す。人工的に作られた通路のようにも見えるが、どこに繋がっているのかわからない。闇雲に歩き回れば、きっと道に迷ってしまうだろう。
「ああ、それなら心配いりませんよ」
辺りをキョロキョロするフレアに、フロレアは得意そうに胸を張る。
「この通路は神殿の非常用通路なんです!だからこっちに行けば地上に出られますから!」
へへーん、とフロレアが鼻を鳴らす。
「そんなものがあったのか…」
「ええ、今回みたいな“非常時”に使う脱出通路です」
そう言いながらフロレアは軽くフレアを睨み付ける。その様子から、本来この通路は、侵入者から逃れる際に使われる通路なんだろうなとフレアは察した。
*
暗い通路を、フレアとフロレアは進んでいく。
「結構長いんだな」
「ええ、なるべく遠くへ脱出出来るように作られた通路ですから」
ひたすら二人は長い通路を進んでいった。
ほぼ一本道であるため、迷うことはなかったが、なかなか地上に繋がる出口が見えてこなかった。
「本当にこっちであっているのかい?」
「あってます!あってます!」
フロレアがそう返した時、ドオンと低い地響きが鳴り響いた。
「…?今のは…!」
フレアは、なんだか嫌な予感がした。そしてその予感は当たっていた。いきなりフロレアが地面に座り込む。
「フロレア!?」
「あ…ああ…嘘ですよね…」
今にも泣き出しそうな声をあげながら、自分の頭をクシャクシャっとかき回すフロレア。
「フロレア、いったいどうした…」
「フレア様、急いでここから出ますよ!」
フロレアはすっくと立ち上がると、走り出した。フレアも急いで後を追いかける。
「フロレア!何があったんだ!」
「フレア様…落ち着いて聞いてくださいね」
走りながら、フロレアがゆっくり告げた。
「緊急事態です。神殿の祭壇が…何者かによって破壊されました!」