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転生怪盗夢に舞う  作者: マグネシウムZ
第1ー1章 神の記憶より進んでいた異世界と怪盗誕生の背景
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第8話 『幻影』生誕

終わった!終わったよ!

深夜十二時。『貴族』ダーヴィッツ家の屋敷は異様な空気に包まれていた。

闇の中で蠢くたくさんの人間。そのほとんどは『治安維持局』の刑事である。彼らは『紅の婚約指輪(エンゲージリング)』を何者かに盗まれるのを防ぐために警備をしている。

そんな頑張る刑事達を見下ろしながら、クリアムドは言った。

「気にくわないな」

自分の屋敷内を知らない人間がウロウロしているのもそうだが、何よりこの国内有数の『貴族』、ダーヴィッツ家に予告状を送ってくるなめた真似をするやつが気にくわない。クリアムドはそう思った。

「ええ、まったくですな」

ゴンゾーは答えた。このような『治安維持局』をなめた真似をするやつに腹が立つ。一体自分達をなんだと思っているのか。

「ゴンゾーさん」

クリアムドが呼び掛けた。

「私は負けず嫌いでね、仕事柄か競争が多い。やられっぱなしは嫌いなんだ」

突然自分のことを話始めたクリアムドにゴンゾーは

「はぁ、そうですか」

としか言えなかった。確かに『貴族』は今ではこの国の経済の六割近くを回しているが、全ての『貴族』が最初から大きな力を持っていた訳ではない。ダーヴィッツ家並の『貴族』は国内でも五十あるかないかだ。ここまで大きくするにはゴンゾーには思いもつかない苦労があったのだろう。

「必ず、捕まえてくれ。こんなふざけたことをするやつを」

クリアムドはゴンゾーに言った。

「最も、刑事さん達の出番はないでしょうが」

最後に嫌みを付け加えて。








「…よし問題なし」

俺はダーヴィッツ家の敷地内で呟いた。

現在俺は屋敷の塔への侵入に成功していた。ただし、絶対に巡回している警備員に見つからない場所。

建物は構造上、必ず空気の通り道が存在する。いわゆる換気扇や通風口と言われるものだ。それはこの塔も例外ではない。

そう、俺は塔の排気口内に潜入している。わりと広く、人が一人通れる広さはあった。アルムの計画では高い塀を乗り越えてから塔の扉を魔法で破壊。二階の扉の鍵を魔法による干渉で解除し、ゲージを魔法で破壊して指輪を確保。その後来た道で逃走してお家に帰るというプランだった。

しかしこれだと魔法頼み過ぎる。なにより雑だ。そこで俺は塔の見取り図から排気口が塀の側にあり、本邸から死角になっていることをみつけた。草木が適度に茂っているため夜は見にくい。アルムの確認を取った上でいけると思った。

塀は意外と軽く超えることができた。ドライバーのようなものを使い排気口のふたを外す。少しホコリっぽいので衣装が汚れるかと思い、仮面を外す。すると何も見えなかった。暗い、狭い、しかし文句は言えない。ほふく前進で進んでいくと少し広い空間に出た。おそらく業者の点検用の空間だろう。梯子が壁にかかっていて上へ高く、闇の中へ伸びている。少し光が溢れているのは排気口から部屋の光が漏れているのだろう。

俺は梯子に足を掛けるとギイッと音がしてわずかに揺れた。あまり使われていないことがわかってしまった。怖い…。

「よし、大丈夫!」

こみ上げる恐怖を抑えて梯子を登って行く。ギイッギイッと軋む音が響く。ある程度登ったところで下を見てみた。何も見えない。外で見張っている警備員達の喧騒はほとんど聞こえてこない。そのことに少し焦りを感じる。頭を振ってその考えを消す。ただひたすら上へ登る。




大丈夫かしらとアルムは心配していた。もちろんカイのことだ。一人でやると言って俺を信じろという戯言(たわごと)を吐き、本当にあのダーヴィッツ家に侵入してしまった。

不思議な人だ。それがアルムのカイに対する印象だった。コンロも知らないほど世間から隔離されていたかもしれない『魔法使い』(ヘレティッカー)なのにこうして隠していた秘密の計画までしゃべってしまう。彼には何か特別な空気を感じる。他の人とは違う、居心地のいいもの。

「私、おかしい?」

アルムは呟く。そして自嘲気味に軽く笑う。その目は自分では気付いていないが優しく光っていた。

アルムは気付いていない。自分が思っていた以上に信頼できる人、友達を欲していたことを。これをハナエさんが知ったら大喜びするであろうことを誰も知らない。

アルムは双眼鏡を目にあて、生い茂る葉の隙間から(・・・・・・・・・・)ダーヴィッツ家の塔の中のカイ(・・・・・・)を観察する。もしものために備えて。





天井裏はホコリっぽい。しかもかなり。やはり塔というよりアパートのような作りをしている。ここで寝泊まりする事を考えていたのだろうか。

排気口は天井裏に繋がっていた。俺はそこから漏れる光を頼りに進み、そこを覗く。ちょうど真下にあった。

「間違いない、あれだ」

アルムのファイルで写真を確認した通りの赤い、輝く石。夜だからかより怪しく輝いて見える。

あれこそが『魔結晶』。ハナエさんを救うための、アルムが犯罪を犯してまで手に入れたかったもの。どんなものかはよく分からないがとてつもなく価値のあるものなのだろう。しかし、こちらは人の命と未来がかかっている。この世界でも『盗み』は犯罪だと分かっていてもやるしかない。

俺は天井の排気口のふたを苦労しつつ外す。ふたが落ちそうになったので、慌ててふたを掴んでそれを防ぐ。天井の高さは床から約四メートル、ゲージの高さは約一メートル五十センチ。つまり天井から指輪まで約二メートル五十センチ。俺の力の条件②、射程はクリアしている。もちろん①もだ。

③についてだが、これはすでに満たしている。予告状にアルムとの会話、もうすでに『紅の婚約指輪(エンゲージリング)』を十二時に『盗む』(取る)と宣言―――いや、予告している。

「さーてと、やるか!」

排気口から体を少し出して右手を伸ばす。深呼吸して精神を統一する。周りの音が鮮明に聞こえる気がする。

「はっ!」

息を鋭く吐き、力を入れる。指輪は青白い光に包まれ―――なかった。

「…は?」

ええとちょっと待って、何がダメなの?俺は困惑する。

目視はしている、射程も問題なし、宣言もした。

「なんで?」

何故何故何故?考えれば考えるほどわからなくなる。すでに時間もない、早くしなければ見つかってしまう危険性が高まる。このままでは計画が失敗する。俺は捕まって収容所に行って―――どうなる?解剖されるのか?

18禁の映像が頭に浮かんでくる。自分のことだとは到底思えなかった。体が震えてくる。恐怖によるものだろうか。

「違う、この体勢きつい‼」

分かりにくいと思うけど今俺は足腰だけで体重を支えている状態だ。左手はふたを持ち、右手は下へ伸ばしている状態なので血が指先に集まる。手が辛い。

右手を上げようとしたその時、

ゴーン、ゴーン

鐘の音が響く。十二回、重く響く。

「十二時か…」

予告状に書いた時間になってしまった。別に時間は適当にそれっぽいものを書いたのでどうということはないが―――と思っていると

「ん?」

右手が青白い光に包まれた。それと同時に指輪も青白い光に包まれ、一瞬にして指輪は俺の手元に移動した。

「わっととととと…」

突然移動したので慌てて指輪をキャッチしようとする。しかし、不安定な体勢だったのでうまく取れず。

「あああー!!」

そのまま落下してしまった。

そのあとはもうてんやわんや。腰をしたたかにゲージに打ち付ける。ブザーが鳴る。慌てて指輪をアルムから借りた『魔法の麻袋』(四次元ポケット)の中にしまう。ドタドタ足音が聞こえてきたので慌てて仮面を着ける。紫色の光に包まれてスーツやシルクハットが装着される。

「ヤバいな…」

この状態からどうにか逃げなければならない。俺はゲージに体重を預けて考える。




警報が鳴ると同時にゴンゾーは部下と共に塔の中に突入していた。クリアムドに嫌みを言われるぐらいならと外の見回りに出ていたことが幸いした。一体どうやって二階の扉にいた刑事に気づかれずに侵入したのか分からないが、今捕まえれば関係ない。

ドアが開く。一斉に突入する。そして―――ヤツはいた。ゲージに体重を預けて、こちらを見ても微動だにせず、ただ灰色の仮面越しにこちらを見つめている。その姿にゴンゾーは圧倒的な圧と相手の余裕を感じた。『治安維持局』など相手ではない、と。

「何者だ!?」

ゴンゾーは絞り出すような大声で言った。ヤツは一瞬の沈黙の後、ふっと笑って言った。





いや本当に困った。部屋の窓から飛び降りて逃げようかなぁ。でも確かあそこすぐ地面なんだよな。

俺はそんなことを思いながら腰の痛みに耐えていた。これは後からくる鈍い痛みだ。

だから扉が開いてたくさん人が入って来たとき、全く実感が湧かなかった。突然のことに思考がフリーズしたのだ。

「何者だ!?」

茶色いスーツを着た人が聞いてきてやっと思考が周り始めた。俺は―――

『幻影』

ふと聞こえてきた。それは、覚えていないはずの夢の中の会話。

お前の叶わぬ『幻影』()

その言葉は何故か、妙に引っ掛かった。

「幻影…」

呟く。

違う、今の俺は、

「怪盗ですよ。怪盗ファントム(・・・・・・・)

「かい…とう?」

茶色いスーツの人が困惑している。何故か敬語になってしまった。だが、これでこそ怪盗だ。(・・・・・・・・)俺はそう思い直して続ける。

「『紅の婚約指輪(エンゲージリング)』、確かに頂きました。それでは」

俺はそう言って人混みに向かって一気に突っ込む。速い。走っている俺でさえそう思った。小学校の徒競走以来の加速感だ。警備員達は突然の行動に動けなかったようだ。人混みをかき分け一気に走り抜けて行く。警備員達が動き始めた時には俺はすでに廊下へ出ていた。

「追え!ヤツを捕まえろ!!」

動き始めた警備員に叫んだのはあの茶色いスーツの人か。廊下の窓を開けて下を見た。すぐ下は本邸の屋根だ。しかし、高さがあることと夜で視界が暗いのが恐怖を煽る。着地を失敗するとおそらく腰の痛みじゃすまないだろう。

後ろには警備員、前には空中。まさに前方の狼、後門の虎。どちらも喰われるなら可能性がある方に突っ込む!

「アーイ、キャンッ!フラアアアアアイ!!」

自分を鼓舞して飛ぶ。一瞬の浮遊感とそのあとに感じる落下感。足を下にしようとするが、体勢を立て直せない。頭が若干下になる。ヤバい!もうダメ!目をつぶる。




時間にして一瞬だっただろうが、俺には永遠に感じた。

何も痛みが無いのでおそるおそる目を開けると、俺は屋根から五センチほど(・・・・・・・・・・)浮いていた。(・・・・・・)

俺が困惑しているとフイッと音がした。そして

「イテッ」

屋根に落ちた。

「ヤツを捕まえろ!」

考える暇もなく大声が聞こえる。俺は慌てて走り出す。


当てられる照明、飛び交う怒号。俺は屋根から塀へ飛ぶ。周りを見ると警備員の唖然とした顔。

何かこみ上げるものがあった。自然と笑っていた。笑い声が聞こえた。誰の声かと思ったら、自分の笑い声だった。

追いかけてくるパトカーらしき車、何か言っているが屋根づたいに走っている俺には聞こえない。いや、耳に入らない。

「ハハハハハハハハ!ハハハハハハハハ!」

俺は笑う。成功させた喜びか、もう戻れない悲しみか、元の世界への未練か、俺を追うものへの哀れみか、『力』を使いこなした達成感か。

適当な裏路地に隠れて俺は仮面を外す。不思議と仮面を外すとこみ上げる感情はなくなっていた。あるのは達成感と疲労。

「帰るか」

俺はサイレンの音をBGMに夜の闇へ消えた。













散々な目にあった。各々がそう思った。

「ゴンゾーさん、私は負けず嫌いでね」

ある男達はこう言った。

「必ずアイツを捕まえましょう。我々『ダーヴィッツ家』は全力で支援します」

「ええ、必ず!この屈辱を晴らしましょう!」


またある少女と少年は言った。

「これ、『魔結晶』じゃない」

「えっ?嘘でしょ?」

「これはただの宝石。これじゃない」

「えー!俺の頑張りは?どうすんの?」

「また別の探す」


またある者は言った。

「どうやってゲージから指輪を出したんだ?」

曲解率(ディストーション)の変化はあるけど魔法反応がほとんどないぞ」

「じゃあ不正魔法具(インジェクション)を使っていないってことか!?」

「まさか…俺たちが見たのは幻、とか?」





この日、アーシック王国を揺るがす『幻影』()が生まれた。

その名は怪盗ファントム(幻影)。文字通り、皆に(幻影)を見せる『魔法使い』。

その魔法は希望か。それとも―――。












「アルム、あの時は助けてくれてありがとう」

実行日の翌日、カイはこう言った。私が新しい『魔結晶』の情報を集めようと思った時だ。

「あの時、俺が窓からダイブした時に発動した『魔法』。アルムがやってくれたんでしょ?」

そう、確かに私は屋敷の近くの木から見ていた。『透視鏡』を使ってカイが何をするか見ていたのだ。

私が答えずにいるとカイは笑って言った。

「お守り、効いたな」

カイの首にかかっているネックレス。私があげたネックレス。

「とうぜん。私が作ったから」

えっへん、私は自慢気に言う。自慢じゃないけど私はかなりのレベルの『魔法使い』(ヘレティッカー)。『魔法の麻袋』を作るぐらいなら朝飯前な『魔法使い』(ヘレティッカー)。忌み嫌われる『魔法使い』(ヘレティッカー)

「だろうな」

カイは笑った。そして

「ハナエさんが治るまでだ」

私の目を見つめて言った。真剣な、すごくきれいな目で。

「それまでなら協力する」

「あなたに関係ない」

私は言った。何故か分からないけどつい冷たい言い方になってしまった。

「次は私がちゃんと一人でやる」

もう失敗しない。ちゃんと考えて、計画ももっと細かく詰めて、次は成功させる。

そう言ったらカイはきょとんとした顔をした。そしてひととおり笑った。

「もう一人じゃないだろ?」

そんな事言ってきた。こんどは私がきょとんとした。

「んじゃ、俺キナカさんところ出かけてくるから」

私は尋ねた。

「どうしてそこまでしてくれるの?」

見ず知らずの、しかも『魔法使い』(ヘレティッカー)の私に、どうして自分の身を張って助けようとか思うの?そんな人会ったことなかった。そんな優しいというか、愚かしい人いない。

「あなた一体何者なの?」

カイは少し考えた様子で、ふっと笑って言った。

「異世界からの勇者様、って言ったら信じる?」


バカじゃないのあいつ。冗談下手くそ。

カイが部屋を出てから私は変な気分になった。なんだか胸のあたりがムズムズして、体があったかくなって、締め付けられるような気持ち。でも不思議と不快じゃなくて、ずっとこのままでいたいような。

「私、おかしい?」

自然と呟く。気づいたら笑っていた。やっぱり

「私おかしい」

窓から光が射し込み、柔らかく私を照らしていた。外を見ればカイがいた。手を振ってきた。私も軽く振り返した。









アルムの家が見えなくなったところで岸本海は呟いた。

「…何が勇者様、だよ」

そう言って彼は歯を食いしばった。そして歩き始めた。ほとんど元の世界と変わらない、異世界の道を。
























やっと1ー1章が終わりましたが、まだまだ続くこの作品。どうか長いお付き合いをよろしくお願いいたします。長くなるのは(さが)です。

感想、批評大歓迎です!よければコメントお願いいたします!

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