第7話 仮面を着ける決意
文字数を押さえた。
よし、これぐらいは書けるようにしよう
会話文多い気がする…
泣きつかれたのか、アルムはすーすーと寝息を立てて眠ってしまった。俺はそんなアルムを家に連れて帰った。あれだな、おんぶは相手に運ばれる意思がないと大変だな。
家に帰った時にはすでにハナエさんは寝ていた。
「よいしょ…」
俺はアルムをベッドに寝かせ、自分も寝ようとした。アルムを降ろして横たわらせ、布団をかける。
「…ふう」
さて、俺も寝るか。そう思ってアルムの側を離れようとする。
「ん…?」
が、袖口をアルムが引っ張っていた。これじゃ動けない。
俺はアルムの顔を見る。とても安らかな寝顔をしていた。さっきまでわんわん泣いていたとは思えない。
「…しゃあない」
俺は椅子を持ってきてベッドの側に座る。袖口を離してくれるまで待とう。そう思った。
「カイ…」
寝言でそういうことを言うのはマジやめてほしい。すげえかわいいから。
「落ち着け、落ち着け」
心を落ち着けるために一度目を閉じる。
しかし、実際これからどうするのか。俺は考える。俺がアルムを止めたのは『魔力観測装置』の件もあるが、一番は―――何でだろう?自分の行動の理由が分からない。
まあいいや。俺は目を開ける。するとアルムの側に何か落ちていた。あの『魔法の麻袋』から少し物がこぼれているようだ。
「…これは、仮面?」
アルムに貸してそのままだった仮面だ。落ちている角度の関係で、こちらを見つめているようにみえる。
このままでいいのか?
声が聞こえた気がした。周りを見るが、部屋には寝ているアルムと俺しかいない。
「誰だ?」
俺は聞く。しかし、声は無視して、
このままあの少女の祖母を見殺しにしていいのか?
と聞いて来た。
「そんなの、いい訳がない」
俺は言う。
ならどうする?
声は聞く。考えるまでもない。アルムとハナエさんには恩がある。見知らぬ異世界で、助けてもらった恩が。それに、泣くほど困っている人をほっとけない。
「俺は助けたい」
誰を?
声は聞いてくる。
「アルムとハナエさん、両方だ」
一人であんなに思い詰めていたんだ。あの叫びを聞けばそう分かる。教えないといけない。アルムは一人じゃないことを。
決意を固めたところで声は言った。
お前にできるのか?そんな大層なことが。
「…どういうことだ?」
お前が元の世界にいた時のことを思い出せ。そんな綺麗事が言える立場か?
「やめろ」
頭に浮かぶ景色。ざわつく教室。薄ら笑いを浮かべるクラスメート。
どうだ?見てみろ自分を
そう聞こえた時、意識が飛んだ。
殴られる一人の男子、殴った男子グループは続けて殴る。
「やめて、やめてよ…」
その子は殴られ続ける。周りの人は皆、笑っているか見てみぬ振りをしている。
―――おい、なにやってんだよ!
俺は思う。しかし、体が動かない。
殴られている男子は助けを求めるようにこちらを見る。しかし、誰もそれに答えない。その中に、
―――あっ…。
俺だ、俺がいる。そしてわかった。
そうか、これは俺の記憶だ。助けを求められても動かない、知らない振りをしている。
そう、それがお前だ。
声が聞こえた。
助けを求められても自分を守るために『仮面』を着けて、都合の悪いことは見ない。自分は知らないという『仮面』を着けて平穏に振る舞う。
―――そうだな。確かにそうだ。
俺は言う。
―――クラスのいじめを止めることもできない、人を助けるなんて考えつかない。自分のことだけで精一杯。みんな『仮面』を着けて自分を守る。
俺もそうだった。でも、
―――今は違う。
俺は一歩、右足を出す。死んでしまって、異世界転生して、アルムと出会って、確実に変わった。
何が違う?今でも『仮面』を着けているじゃないか。
声は聞く。
―――そうだな。何が違うかと聞かれたら答えづらいけど。
俺は記憶の中の俺の右肩に手を置いて言う。
―――『仮面』を着ける目的、かな。
そして、記憶の中の俺は動いた。「もうやめろよ、そんなこと」いじめグループに向かってそう言った。
いいだろう。
声は言った。
お前にはその力がある。悪で人を救う力が。
声は遠ざかりながら聞こえた。
さあ見せてくれ。お前の叶わぬ『幻影』を。
目が覚めた。朝日が射し込み、部屋を明るく照らす。
「夢か?」
体からパキパキ音がする。座ったまま寝ていたからだろうか。
ふと目を向けると仮面が落ちていた。灰色の、目元を隠す仮面。
俺は立ち上がってその仮面を拾う。
「…もう、『仮面』を着けるのはやめよう」
自分のための『仮面』は外そう。装うのはやめだ。これからは別の『仮面』を着けよう。
俺は仮面を着ける。紫の光が俺を包み、シルクハットとスーツ、マントに一瞬で変わる。
さあ、仮面を着けろ、誰かの為に。
「失礼します」
男は玄関先で言った。茶色いスーツに身を包んだ中年の男だ。その胸には五角形の中に星形のマーク、剣が一本描かれたバッチが光っている。
「『治安維持局』の、ゴンゾーです。わざわざ『ダーヴィッツ家』の御当主にお迎えいただけるとは光栄ですな、クリアムド・ダーヴィッツ殿」
「いやいや、『治安維持局』の方をお迎えするのは当然のこと。ささ、どうぞこちらへ」
クリアムドと呼ばれた男は高級な服に身を包んだ中年の男だ。その立ちずまいからは貫禄を感じる。口調は丁寧だが、その端々に『貴族』の独特の空気を感じる。
とても広いリビングに通されたゴンゾーは置いてあるソファーを見て月収何ヵ月分かを計算し、自分の境遇に虚しさを覚えた。
「見ていただきたいのはこちらです」
クリアムドは一枚の紙を執事から受け取りゴンゾーに渡した。ゴンゾーはそれを受け取り、目を通した。
《今晩の十二時。『紅の婚約指輪』を頂きます》
「これは…?」
「今朝届いたものです。まあ、見た通りの予告状です」
クリアムドは対して気にしてなさそうに言う。
「いたずらかと思いましたが、最近不審者の目撃情報がありましてね。一応連絡をしたわけです」
ゴンゾーは予告状を机に置いて言う。
「わかりました。一応付近の警備とその、『紅の婚約指輪』とやらはどこに?」
「敷地内の展望塔です。案内させます」
執事に連れられゴンゾーは展望塔に着いた。塔というより時計台のような形をしている建物だ。
「塔の入り口はここだけです。三階建てで、二階が宝物庫で、そこに保管してあります」
塔の一階には何もなく、がらんとした空間が広がっていた。階段でしか上に上がる手段がなく、昔住んでいた安いアパートを思い出した。
「二階と三階には窓が一つ付いています。美術品は扱いに気をつけねばならないので」
二階につくと、やたら大きな扉に不釣り合いな『魔錠』が付いていた。
「最新のものです。専用キーは私が持っているものと執事が管理しているもので二つあります」
クリアムドは鍵を取り出して扉を開けた。シュウィン、という独特の音がして扉が開く。
「これが、『紅の婚約指輪』です」
それは部屋の中心で、透明なゲージに入れられていた。リングには細かい造形が施され、その周りに赤や橙色の石が散りばめられていた。
なによりも目を引くのは中心の大きな石だ。
「素晴らしいでしょう?中心の紅石を邪魔しない見事な宝石の配置。それを引き立てているこの美しい造形。しかもこの中心の紅石、あの『魔結晶』かもしれないのです。ああ触らないで、警報がなりますから。鑑定待ちで二日後には国立美術館に運ばれるのですが、その間に盗まれるようなことがあれば、美術商『ダーヴィッツ家』の名に傷が付きます」
聞いてもいないことをべらべらと自慢げに話すのは『貴族』だからか。ゴンゾーはクリアムドに目を向けて聞いた。
「他に対策は?」
クリアムドは目を細くして言った。
「いらないとは思いますが、『魔力観測装置』を扉に取り付けました。近頃の盗人は忌々しい不正魔法具を使うらしいですからね」
クリアムドの目には嫌悪感が表れていた。無理もない。
『貴族』に関わらずこの国の国民は皆、『魔法使い』は世界の悪者として教えられている。ゴンゾーもそうだった。『魔法』は国が管理しなければならない禁忌の技術だと。
しかし、世の中には穴がある。犯罪者は『魔法具』の技術を悪用し、様々な犯罪を行っている。それを取り締まるのがゴンゾー達『治安維持局』だ。
務めてはや二十五年。この仕事に誇りを持っている。
「まぁ、これだけあれば侵入する盗人もいないでしょうが、一応念のためです。よろしくお願いします、局員さん」
いくら皮肉を言われても、ふざけた犯罪者達を捕まえるのがゴンゾー達の使命!
「お任せください、この十六番隊隊長、ゴンゾーが必ず、指輪を守って見せましょう!」
敬礼をして答えるゴンゾー。クリアムドは微笑んで一瞥し、呟いた。
「全く、一体どこの馬鹿なんだ?こんなことするのは…」
そのバカは今、
「バカじゃない!?」
アルムにバカと言われていた。
「声が大きい、耳がー」
キンキンする。あー聞こえない。
「なんで予告状なんて出したの?警備が固くなるだけ。意味が分からない」
ええ、おっしゃる通りです。俺はぐうの音も出ない。
「それになに?」
アルムは俺の目を見つめて言う。
「ひとりでやるって…」
「ああ」
「なんでそんなこと」
「いくつか理由がある」
まず一つ。俺の力はゲージを壊さないで『魔結晶』のついた指輪を盗める。次に、
「アルム、運動苦手でしょ?」
アルムは少し黙ってから
「…そんなことない」
「本当に?」
アルムの計画は、侵入経路はすべて魔法でなんとかしようとしている感じだった。いかに『魔力』の消費を少なくするか、いかに素早く盗むかが研究されていた。そんな子が運動が得意だとは思えない。
「本当に?」
アルムの目を見つめてもう一度聞く。
「な、なに?」
少し恥ずかしそうに言うアルム。俺は何も言わずただただ見つめてる。
アルムが目を反らした。
「ほら、嘘じゃん!」
「ちがう!そういうわけじゃない!」
アルムは全力で否定する。まあ、そういうわけだ。
そして三つ目。これは俺の完全なわがままだ。だがこれが一番大きな理由だ。
「もし失敗した場合、アルムへの影響が少ない。捕まっても俺はお前のことは言わないしその場合は俺の荷物全て売ってくれ」
勝手に一人でやるのだからこれは当然のことだ。しかし、
「それって、私におばあちゃんを助けるな、ということ?」
「そうだ」
「ふざけているの?」
何日も何ヵ月もかけて作った計画を否定されたあげく、その目的すらやるなと言われる。ふざけているのは確かだ。でも
「信じてもらうしかない。俺は必ず、指輪を盗んでやる。失敗してもアルムに損はない。どさくさに紛れて侵入するのもいいかもな」
最後の方は冗談交じりに言う。これが今考えつく最善の方法だ。
「受け入れられないのは分かる。出会って三日の男を信じろというのも無理な話だ。でもお前が捕まったらハナエさんが悲しむ」
アルムは少しうつむいて
「そういうことじゃない…」
小さな声で言った。
「わかってる?捕まったら『魔法使い』のあなたは国の収容施設に入れられてひどいことになる」
アルムはこちらを見つめる。その目は悔しさと、心配と、疑問とで複雑な色をしていた。
そんな目で見られたのは初めてかもしれない。何故かそんな目をさせてはならない。そう思った。
「そんなに心配なら首輪でもつけとけば?」
この微妙な空気を払拭するために軽いことを言ってみる。するとアルムは立ち上がってどこかへ行った。しばらくすると何か手に持って帰って来た。
「これ」
そう言って俺に渡してきたのは…
「ネックレス?」
おい、俺は冗談で首輪って言ったんだ。まさか本当に持ってくるとは思ってなかった。
普通の鎖に銀色の不可思議な模様が描かれたペンダントがついたものだ。手にとってみると意外に軽い。
「私が作ったお守り。あげる」
アルムは言った。
「首輪をつけたからあんしん。これなら信じてもいい」
「俺はペットかよ」
俺が言うとアルムは笑った。いままでと違う、心からの暖かい笑いだった。
この笑顔を見たら、失敗できる訳がない。俺は決意を込めて呟いた。
「さぁ、やるぞ」
そして、夜がやってくる。
人のためにと『仮面』を着けた、『犯罪者』を引き連れて。
夜は静かにやってくる。
次でタイトル詐欺は終わる
やっとだよ、やっと怪盗できる!