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2-5

「聞き込み調査のつもりなら、随分物騒ではないか。その娘を放しなさい。武器を持たぬ者に剣を向けるのは、果たして騎士のすることか」

 アルミナが毅然として言い放つ。黒衣を纏う彼――オニキス・サードニクスは、うっそりと笑って、村人に向けていた剣を逸らした。そこから慌てて逃れる彼女にアルマンダインは「急ぎなさい」と声をかけた。彼女はこくりと一つ頷いて、慌ただしく去っていった。

「まあ、よろしい。俺の任務はそこの小僧の首をとることです。魔眼の王女よ、なにするものぞ。これはアレクサンドル王子殿下の命令である。いかに王女といえど邪魔だてするなら容赦はしませんが」

 アルマンダインがごくりと息を呑む。この男の武勇は、誰もが知るところである。ルベウスとはまた別の容赦のない恐ろしさは、敵に回すと厄介なものだ。

 とはいえ、アルミナとて背中を見せられるわけもなかった。アルマンダインは味方となってくれる貴重な人間だ。王となる器がある自信はないが、アルマンダイン一人守れずして何が王族か。

「残念ながら退くことはできぬ。アルマンダインは私の臣である。尤もらしい理由もなしにそのような横暴には従えぬ」

「さようですか。しかし我々も退けませぬ。であれば――」

 オニキスがアルミナに剣を向ける。




 どうにも、彼にはアルミナを捕縛せよとは命令されていないらしい。それが行き違いなのかはたまた別の事情があるのかは不明だが、加減はされないということだ。この男はアルマンダインを殺すために不要なものは、徹底的に殺し尽そうとする。

 アルミナを庇うようにルベウスが一歩前に出た。

「この俺がいることを忘れるなよ、オニキス。アルミナ様と身内に手を出すやつは全員俺の敵とみなす」

「面白い。アレクサンドル殿下に歯向かうことは、即ち大逆である。いいだろう、前々から貴様をこの手で下してみたいと思っていたところだ――どのような形であろうとも」

 陽が傾きつつあった。オニキスが腕をあげると、彼の後ろに控えていた騎士たちがおもむろに剣を抜き、その刃が夕暮れの橙に染まる。

「一騎打ちができぬと言うか」

「いいや、貴様一人を抑え込むだけであれば、この俺一人で充分だとも。しかしだ、これは決闘ではない。いかに天下無双のルベウスといえど、足手まといの魔女姫と甥を庇っていては本領は発揮できまい。十人もいればたかが三人くびり殺すには足りよう――俺は与えられた任を果たすことを重要視する」

 オニキスの剣がルベウスに迫る。それを槍でいなすが、予想以上に一撃が重く、そして素早い。無論力で負けるルベウスではないが、どうにも手応えが薄い。ルベウスが思いきり決定打を入れようとすれば上手く逃げられてしまうが、かといって背を向けることは許してくれる相手ではない――いかに対応しようとも、オニキスの力量を前にしては彼だけに集中せざるを得ない。ルベウスの槍を逃れた他の騎士たちが背後のアルミナたちに襲いかかる。


「アルミナ様っ! アルマンダイン!」

「こちらにかまうな、そなたは目の前だけを見よ! スカーフェイスもまた勇者であるぞ!」


 事実アルミナの言うとおり、オニキスの攻めは容赦がない。後ろにはアルミナとアルマンダインがいる。できることなら彼女らに負担をかけたくはなかったが、どうやら悠長なことも言っていられないらしい。有象無象を始末するには、まず目の前の厄介者を斬らねばならぬ。

「ああ、愉快だよルベウス。貴様がそう焦る顔など、滅多に見られるものではないからな!」

「なんとでも言え、アルミナ様のためオニキス、貴様は疾く斬り伏せる!」

「果たしてそれができようか。いかに貴様が勇猛であろうとも、そう焦っていては全くもって無意味であろう。その槍、面白いほど揺らいでいるぞ!」

 鋼同士のぶつかる音がよく響く。オニキスとルベウスの激しい斬り合いの後ろで、アルミナたちもまた抵抗を続けている。

 アルミナとアルマンダインは背を合わせ、護身用の剣でもって敵の剣をいなす。それがルベウスほどの手練れではないにせよ、そもそもが鍛錬を積み重ねた戦士たちであるのは間違いない。明確な殺意を向けられて、気を抜くことは全くできない。相手が殺しにかかってきている以上、こちらとしても殺すことを厭わないくらいの心構えをしておかなければ気圧される――技量ではそれこそ何度も不利な状況に挑んできたアルミナである。一人一人に負けるとは思わないが、何せ相手の数が多すぎるのだ。素人の山賊たちとはわけが違う。全くもって劣勢である。


「アルマンダインよ、そなたはこの状況を何とする。こういうのは危機といって差し支えない気はするが」


「ええ、それ以外に適切な表現はございませんとも。されどそれをどうにかするのが、あなたの臣下の役目です。もう暫し耐えてくださいっ」

「時を稼げばどうにかできる話か?」

「無論ですとも、あとほんの僅かなことですが!」

 アルミナの背で必死に剣を振っているアルマンダインのその言葉には、不思議と力強さを感じた。未熟な少年は、アルミナにも及ばない拙い剣技で、それでも生を掴みとるために足掻いている。間違いなく押されているし、逆転など難しいようにも思える。けれど――これは信じて良いものだ。もっと正確に言うのなら、信じたいと思わせてくれるものだ。

「そなたは我が臣下として振る舞うことに、迷いはないようだ」

「ベルトラン殿下の信じたあなたに、大道を歩んでいただく。それが僕のなすべきことと信じておりますれば!」

「――ならばよろしい。そなたの期待に応えるためにも、私は迷いを捨てよう――そもそも迷うことができるだけの余裕など、私には与えられていなかったのだ。歩むべきは覇道であった。罪を恐れることさえ許されぬ」

 アルミナの目が、青く輝く。視界が変わる。赤と黒の糸が命に絡み合うのが見える。忌むべき魔眼であるかもしれぬ、されど未来を掴むために、これを利用する。




「私は未来に王となる者、アルミナ・ルチル――否、アルミナ・エメリー・ベルゼアである! この私に剣を向けることは、王に逆らうことと知れ。我が道を阻むものは、この魔眼が呪いをもたらすぞ!」




 彼女がそう高らかに宣言したその時、騎士たちの中に動揺が走ったようだった。皆青い目を恐れている。王都では特にそういった信仰は厚かった――ならばこれは好機である。この目の恐ろしさによって、騎士たちの剣技に隙ができている。戦いの質が変わった。アルミナが恐れるほどのものではない――!

 一人の騎士が、恐怖を抱いたまま、それを振り払おうと叫びながら向かってくる。その顔をアルミナは知っていた。兄弟の多い家の末息子だったはずだ。家の領地は他の兄たちのものだから、彼には何もなかった。アルミナと同じように、戦うことでしか居場所を作ることができなかった男。けれどアルミナと違って、ベルトランではなくアレクサンドルに与した男。

「そなたのこれまでの王家への献身、その尊さを忘れはしまいが、敵に回るのであれば容赦はできぬ。そなたの運命を食らい尽くして、私は生き延びよう――」

 アルミナが剣を向ける。切っ先は彼の赤い糸を斬った。本来ならば手練れの騎士の刃は、本来ならアルミナを貫いたのだろう――けれどそれは、足元の小石を避ける程度の、ほんのわずかなぶれによって届かない。そのほんの僅かながらの隙があれば、充分に――アルミナの剣で、断ずることができる。

「な――」


「私に剣を向けた罪は、これで洗い流されよう。ああ、存分に私という理不尽を恨むがいい。その心は正しかった。そなたはただ、信じる道を歩んだだけなのだから」


 アルミナの剣が、鎧の防御をすり抜けて、僅かな隙間から男の首へ突き刺さる。鮮血が剣を濡らす。アルミナの頬を濡らす。これは覇道を進むうえで逃れようのない、侵さざるを得ない彼女の罪である。そうなるように、彼女の魔眼は敵の運命を切り裂いた。

 オニキスの配下たちが怯んでいる。年若い少女の姿をした魔女を恐れている――それでいい。怯えたまま、手を出さないでいてくれれば一番いい。手を出してくるなら、今斬った男のように殺さねばならなくなる。しかしながら、やはり、彼らもまた易々と退くこともできないに違いないのだ。

 剣の血を振り払いながら、じりじりと距離を詰める。彼らの運命の色はまだ赤く見えている。あれを全て断ち切ってでも、アルミナは背中のアルマンダインを守らねばならない。この少年は、大切な臣下なのだ。その策とやらがどんなものか、見届けなければならない。

 それは果たして、どれほどの時間だったろう。瞬きの合間というには長すぎるが、一刻というには短い。ルベウスとオニキスの斬り合いも、未だその凄烈さは保たれたまま。

「怯むな、勇者たちよ! 正当性は我らにあり! 我らが主はアレクサンドル王子殿下ただ一人、任務を妨害するものは全て排除せよ!」

「何を言う、貴様のそれは独断であろう。王族に剣を向けることは罪であると知らぬ貴様ではあるまい」

「ここで死に絶えるなら、それはたまたま足を滑らせて、崖から落ちるのと同じこと。表に出ない真実は罪に問われるものではない。さあどうしたルベウス、俺に背を向けて王女を守りにいかないのか?」

 挑発されている。なんともたちの悪いことだ。アルミナたちを守りたければ、彼女らを取り囲む騎士たちを排除せねばならないが、今背を向ければルベウスは斬られるだけだ。ルベウスを失えば王女はいよいよ窮地に立たされる。今はまだ命の使いどころではない。先にオニキスをどうにかしなければ、早く、早く――。




 ――ルベウスが焦燥を感じていたその時である。




 ヒュン、と風を切る音がする。蹄鉄の響く音がする。アルミナたちへの攻撃を躊躇する騎士たちに向かって馬上から、崖の上から、射かける者たちがある。

「アルミナ殿下、こちらへっ」

 アルマンダインに引っ張られて、アルミナはそれに従って身を引く。気が付けば、石榴号グラナートがすぐ傍までやってきていて、アルミナたちはその背を借りる。

 矢の雨は騎士たちを的確に狙って襲う。武装した者たちは、よく見れば男のみならず、女や子供も混ざっている。

「何だと、どこにこれだけの兵士を隠して――」

 オニキスが動揺している。ルベウスの心の隙を突いて攻勢を強めていたはずの彼は、今や防戦に徹している。

 とはいえ、アルミナもルベウスもどこからこの援軍が現れたかわからない――知っているのは、アルマンダインただ一人。




「名高きサードニクス卿は、ここがどこで、我々が何者であるか、きちんと理解しておられなかったようだ。ここはグロシュラ、我が領地! この場において、我々がただ獲物にされることはまずありえないと心得ていただこう。今この場で戦って死ぬか、生きるために逃げ帰るか、さあ、お選びなさい!」




 状況は、あからさまに逆転した。オニキスは、僅かに生き残った騎士たちを引き連れて、元来た道を戻っていく。追撃しようとするルベウスを、アルミナが引き留める。

「追うな。今は」

「――かしこまりました。アルミナ様のお言葉ならば、従いましょう」

 ルベウスはようやく槍を下ろす。その場に残るのは、アルミナが斬った男と、矢の雨に首を貫かれた男が三名。あとは全て逃げ帰った。

「よもや援軍を呼べるとは思わなんだ。あれがそなたの奥の手というやつか。ざっと見たところ百人はいるようだが、よくすぐに呼び出せたものだ」

「あれはほとんどグロシュラの民です、殿下。あとは傭兵が少しと、カルブンクルス家の兵士が少し。元々グロシュラは旅の中継地点ですが、この辺りは何かと物騒なので。村や財を守るために、誰もかれも皆戦うことを知っているのです。尤も、普段は武器なんかは隠しておりますから、準備に手間取ってしまいますが」

「時間稼ぎとはそういう意味であったか……いや、なるほど、確かに悲鳴を上げて逃げる民たちが兵士の顔をして戻ってくるなど、あやつらも予想外だっただろうしな」

「こちらは奇襲を受けたようなもの。であれば奇襲で返すものです」

 アルマンダインは「アルミナ様のご無事のためなら何でも使わなくては」と言う。幼い少年の顔をしているが、この男は、思ったよりずっと強かであるかもしれない。

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