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2-3

 嫌な予感というのは的中しやすいものだ。アルマンダインが石榴号グラナートと共に街道を進んでいくと、グロシュラの手前で道を塞いでいる集団と出くわした。

 ざっと二十人。うち五名が馬に騎乗している。裾のほうが擦り切れた薄汚れた衣服や、彼らが持っている使いこまれて刃毀れしている斧、ぎらついた飢えた瞳からして、山賊なのだろうということは見るからにわかることだった。旅人を襲う追剥ぎも人数が集まって組織化していると厄介である。


「とても困った……」


 思わずアルマンダインが呟いてしまうのも無理はない。これは彼に正面突破できる相手ではない。何かしらの奇跡でも起きない限り、彼が身に着けている程度の護身術でどうこうできる数ではないのだ。

 その厄介な集団が出来上がるのを許してしまっている現状については、キルミツ領主であるカルブンクルス家の支配力が足りていないことに原因がある。商売で成り立つキルミツの社会から取りこぼされた者たちが犯罪に走ることを止めきれないのは、見落としがあるからだ。そして対応が遅くなっているから彼らがつけあがる。

 要するに今アルマンダインが山賊に困らされているのは、これまでのカルブンクルス家のやり方に不足する部分があるということだ。彼ら山賊たちも救われなかった者たちと思うとどうにも遣る瀬無い気持ちが湧くが、だからといって悠長に同情を寄せている場合でもなかった。

 連中は通行料を置いてゆけ、と言っている。通行料だけで済みそうな気がしないが、何とかこの場を穏便に切り抜けられぬものか。あまり良い手段が浮かばない。

「あー……見てのとおり、この僕は身一つで、金目のものなんか大して持っていない。せいぜいがこの服のボタンくらいなんだけれども、これでここを通してはくれまいか」

 アルマンダインが服の袖に輝く金のボタンを見せながら言うと、頭領と思しき体格の良い男が首を横に振った。


「その剣と馬も置いてゆけ」


 それは簡単に頷ける条件ではない。どちらも山賊如きに与えて良いものではない――武器を与えるということはこの忌々しい連中に力を与えることと同義である。斧を持った相手に今更剣一本奪われたところで何が変わるというほどでもないだろうが、キルミツ城塞までの長い道のりを丸腰で進めるはずもない。そしてこの場で石榴号を手放すなど、そんなことは剣を手放すよりありえてはならぬことだ。

 アルマンダインが渋る様子を見せると、山賊たちは斧をもって脅しをかけてくる。だがそれに屈するほど、アルマンダインの意思は弱くはなかった。痺れを切らした頭領が一言「やれ」と叫ぶと、他の連中も斧を振り上げて襲いかかってくる。

 護身用の剣を抜きながら、アルマンダインは盛大に溜息をつく。相手の斧をまともに受けられるはずもないので、石榴号の腹を蹴る。石榴号は嘶いてその逞しい脚をもって敵の一撃目をかわす。重い斧の攻撃によって体勢を崩した一人の、防具もろくにつけていない無防備な首を、アルマンダインの剣が上から裂く。まずは一人、どうにかの一人だ。

 しかし一人敵を屠ったところで、まだ圧倒的に数で負けている。むしろ今の反撃によって、山賊どもの怒りを買うことになった。どうにも気が急いているせいか、悪手ばかり選んでしまっている感覚がある。かといってこの状況で敵に背を見せられるわけもない。いかに恐ろしくとも、選んだ道は引き返せない。




「本当に困った……裁判もなしに首を刎ねることになろうとは!」




 だから、それは、ほんの少しの強がりだ。




◆◆◆




 少し時を遡り、アルマンダインが街道に入ったところに、一足遅れて、アルミナたちが到着している。駆け落ちする男女を装うために一頭しか馬を連れていないので、ルベウスが手綱を握り、アルミナは前に乗っている。二人乗りをしている以上あまり速く走らせることもできないが、ひとまずは順調といっていい。

 ルベウスが重い甲冑を好まなかったことが功を奏している。大抵のベルゼアの騎士は重い鉄の甲冑を着込むが、この男は戦場にも軽装で赴くくらいで、今もそれほど重い装備はつけていない。これでもしルベウスが全身甲冑を纏っていたなら、とうの昔に馬がを上げているところだ。

 アルミナの目の調子のほうは、こちらも今のところ良好である。良好というのは、ある程度見え方が思うとおりになる、という意味である。見たいと思えば視界に入る全ての生物の運命を糸として視認できるし、見たくないと思えばそんなものは見ずに済む。

 今のところわかっているのは、運命の糸には赤と黒の二色があるということだ。それぞれの糸の厳密な違いについてはまだわかっていないが、恐らくは赤が幸運を、黒が不運を表しているのではないかという予想は立てている。赤い糸を斬り、黒い糸だけを残した相手が不幸な事故によって死んでしまったことが、アルミナとしては感覚的に納得できるような気がしている。

 皆に同じように絡みついているものではなく、どちらかの糸が偏って多い者もいれば、どちらの糸もほとんど持っていない者もいることも、人それぞれの運命として見れば自然なように感じられた。糸の太さや長さもまちまちである。死んだ者には人であれ動物であれ糸は見えないので、生者にしか糸はないらしい。確かに死人には運命は不要だ。

 ルベウスの糸は、赤く太いものが多い。生命の力強さを感じさせるそれは、魔眼で見る世界の中で一番好ましい。尤も、好ましいからといって不用意に触れることはできないが。万が一その糸を切ってしまって悪いことが起きようものなら、アルミナはそれこそ立ち直れないほどの後悔をすることになる。

 自分の糸は、どうやっても見ることはできない。果たしてそれが良いことか悪いことかわからないが、ルベウスは「見る必要がないほどあなたの未来は明るいのです」と言った。随分と楽観的な解釈ではあるが、この男に胸を張って言われると、そのとおりであるような気もしてくる。




 さて、これまで首尾よく進んできたけれども、ベルヌイユで調達した馬は相当に疲弊してしまっている。次の町では交換しなければならない。ルベウスは「ここからもうしばらくです」と言う。

「この街道を行けばグロシュラという村があります。そこで馬を替え、キルミツ城塞を目指しましょう」

「わかった、そうしよう。ここは一本道なのだな」

 街道は、ちょうど馬車が二台通れるくらいの広さである。決してひらけているとは言い難いが、狭すぎるということもない。

 ルベウス曰く本当ならば森を行く道もあるとのことだが、そちらは土砂で道が塞がれてしまっているという。つまり現状、この街道しか通れる場所がない。

「そろそろベルヌイユの連中が我々がいないことに気が付いたかもしれないな。王都に連絡がつけば、任務放棄と見做されて追手を差し向けられる……ということもありうるか。あるいはアストラムの兵士を始末したことを咎められるやもしれぬ。アレクサンドル殿下はアストラムとの同盟について積極的であるから、それを妨害したと見做されそうだ。命令もないのに大勢殺してしまったからな」

 現時点で、アレクサンドルは幾らでもアルミナを始末するための理由を作ることができる。アストラムの兵士たちは同盟のためにアルミナの身柄を欲していたので、もしかすればアレクサンドルも殺すつもりはないのかもしれないが――ともかく、未だ何一つ解決はしていない。

「追手が来るのなら追い付かれる前に城塞まで行けばいいだけです。たかだか二人を殺すためであれば、追手として部隊を作っても大軍にはならぬでしょうから、城に籠ってしまえば一時しのぎはできます。後のことはそれから考えればよいのです。城塞まで行ってしまえば、東側に抜ける道もあります。まあ、万が一追い付かれでもした場合は、その時はその時というやつです」

「……同胞はらからに剣を向けねばならぬ時がくると思うと嫌だな」

 アレクサンドルの命令に従ってやってくるであろう追手は、王族に仕える兵であり、王族が守るべき民である。アレクサンドルに従う彼らは罪人も外敵でもないのに、敵対せねばならないのは心苦しさがある。

「外敵や賊は幾度となく屠ってきたが、自国の、罪もない民に剣を向けたことは一度たりともなかった。折角母に貰った命だ、死にたくないとはいえ、国のものである私が、生きるために民を傷つけることは果たして道理と言えようか……?」

 切羽詰まった状況に、冷静に考える機会を失っていたけれど、これまで迷いなく戦えたのは相手があからさまに敵対者だったからだということに思い当たる。

 アルミナはベルゼア王国の王女であるが、それはつまり、国のものということでもある。青い目を疎まれて、確かに厄介払いのように死地へばかり送られてきたが、全ては民のためであったはずだ。国のため。それがアルミナを奮い立たせてきたのに、守ってきたはずの民が敵に回ってしまったら、アルミナはどうすればよいのだろう。アルミナ一人の命と、守るべき民の命では、どちらが重く勘定されるというのか。

「では素直に首を差し出すのですか」

「それは……」

 ルベウスの問いに、アルミナは答えるのを一瞬躊躇った。だが、彼の指摘は的確なところを突いている。死にたくなければ今のうちから覚悟を決めておかなければならぬ。




「――まだ、できぬ……な。アレクサンドル殿下が何を成そうとしているのか、見極める必要がある。ベルトラン兄様を死なせたからには、その罪より価値のある王としての在り方を見せていただかなければ。そうだ、私はそのために生きなければならない」




 今はただ、それだけが理由となる。大義名分となるものがあるのなら、アルミナは迷わずに生きてゆける。ベルトランの死は悲しいけれど、それを無意味なものにしないためには、遺されたものが遺志を継いでアレクサンドルを見定めるしかないのだ。

「ふむ。まあ、今はそれでよろしい。あなたが死にたくないと思っているうちは、この私が災厄を全て退けて差し上げます」

 ――だから安心なさい。ルベウスの声色はひどく優しく、聞くものを落ち着かせるような穏やかさがある。これほど穏やかな話し方ができる男が、戦場では鬼神に変わるのだから恐ろしくもあるが、それを従えることの責任はアルミナの気を引き締めてくれた。

 街道の景色はあまり代わり映えがしない。道の両端の崖によって空が切り取られている、そんな風景がずっと続いている。崖の上には木々もちらりと見えるがそれだけだ――が、しばらく馬を進めていくうちに、アルミナは異変に気が付いた。疲労しているというのとはまた別の理由で、馬が何かに反応している。

 よく耳を澄ませて辺りの音を聞こうとすると、微かに、鉄がぶつかるような――アルミナには聞き慣れた音がする。これは剣戟の音ではあるまいか。

「もしかすれば山賊かもしれません。この辺りにはときどきそうした不埒者が現れるので」

「成る程、それなら片付けが必要だ。我々だけでどうにかなる数ならよいが……とにかく。ルベウス、行くぞ」

「どうせ引き返せませんからね。仰せのままに」

 そうしてアルミナたちが馬を進めていった先で見たものは、十数名の山賊らしき身なりの者たちに取り囲まれる黒髪の少年であった。

 歳の頃はアルミナとあまり変わらないか、少し年下であるくらいだろう。黒鹿毛の馬を乗りこなし、すんでのところで山賊たちの攻撃をかわし、あるいは受け流しているが、かなり追い詰められている様子だ。

「あれは――」

「知り合いか?」

「我が甥です。どうやら急いで正解のようだ」

 ルベウスは「手綱をお預けします」と言って馬から飛び降り、槍を持って横入りする。馬上に残されたアルミナは剣戟に怯える馬を宥めつつ、自らも剣を抜く。

「ああ――兄様がおられない。私に命令を下すのは私しかおらぬのだな。であれば、私は私の名において、やれることをしなければな」

 操りやすいように体勢を変えて、アルミナは馬の腹を蹴る。疲れ切っているところに悪いけれども、付き合ってもらわなければ。




 ――アルミナの瞳は今、星彩に輝いている。

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