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 砦に残るものを片付けるには人を呼ばねばならなかったが、アルミナを害する者がどこにいるか知れない。アストラムの兵士たちが言ったことが全て戯言だと言い切れるのなら良いが、アルミナもルベウスもその確証を持てずにいる。よって、ひとまずベルヌイユの街へ戻るが、砦のことは報告せず、二人は身を隠すことにした。

 ベルヌイユは街の名前であると同時にこの地域一帯を差す名前でもある。国境側に城壁がそびえているが、捨てられた砦は城壁の内側にある。かつてはこの砦が最前線だったが、より広く支配権を得たためにこのような状況となっていた。街へ戻るために城壁を見張る兵士の目を潜り抜ける必要がないというのは、アルミナたちにとっては幸いといえよう。

 路銀ならばある。アルミナの味方であるベルトラン王子がせめてこれくらいはと、融通を利かせてくれたからだ。最悪金が足りなければ、何かを売って工面するだけだ。例えば服のボタン一つでも、金細工だからそれなりに価値はつく。アルミナたちも一応は立場のある人間だから、それなりに良いものは身に着けていた。

 二人はまず、手頃な宿を探した。アルミナやルベウスの顔を知っている上流階級の者が使うようなところではなく、自分たちの王の顔もろくに知らぬ庶民のための安宿がよい。国境に近いベルヌイユには多くの宿があり、目的に合ったところを探すのはそう苦ではなかった。

 フードを被って顔をあまり見せないようにしても、金払いさえ良ければ宿で文句をつけられることはなかった。男女の二人組で一つの部屋で寝泊りすると言ったら、宿の主人はいい具合に駆け落ちする恋人と勘違いしてくれたようで、ひとまずは寝場所だけは確保できたという次第である。馬も表に繋いでおくことができたが、駆け落ちする男女という体でいるため、二頭のうち一頭は売って金に換えた。恋人に浚われる若い乙女に乗馬の心得があるというのは不自然だからだ。




 さて、翌日の朝である。報告がないことを訝しんでベルヌイユの役人たちが動きだすまでには、まだ時間がある。一日や二日程度のことなら、砦の攻略に時間が必要なのだと思わせておける。それより経っても戻らなければ調査隊が派遣されることになるだろうが、彼らが行って戻ってくるまでにも猶予がある。街から砦までの距離は馬を使っても往復で一日はかかる。その間に、アルミナたちは情報を集めなければならなかった。

 だが、アルミナが白昼堂々と行動することを、ルベウスが渋った。


「目立ちすぎる」


 一言だけで、充分アルミナにも理解できた。アルミナの目は砦から街へつくまでに、既にいつもどおりに戻っていた――が、いつもどおりであっても青い目というだけで人々は畏怖する。それを隠すためにフードでも被っていれば怪しさはこの上ないし、そこにあまり優しい顔をしているわけではないルベウスが一緒にいれば、否が応でも人目につく。この宿の主人は騙せても、他の全てをも騙しとおせるとは限らない。

「私はあなたをお守りするためにここにいるが、情報を得るためにあなたを連れまわして危険に晒すわけにはいかない。あなたと離れて行動することが最善とは申しませぬが、私は二人で共にいくよりは良いと思う」

 アルミナは「仕方あるまい」と彼の意見を受け入れる他なかった。全て彼の言うとおりで、彼が考える以上に良い策は浮かばず反論の余地がない。迂闊な行動は取れないのだ。何もできないのはもどかしいが、こればかりはどうしようもない。

「では私はここで大人しくしているから、ルベウス、そなたがその分働いてくれ。駆け落ちに必要な新しい馬を調達するのは男の役目だ、全て任せるぞ」

「はいはい、お姫様。万が一恐ろしいことが起きても、せいぜい逃げるなり何なりして生き延びてください」

「案ずるな、私は生き汚いことにかけては自信がある」

「何事もなく待っていてくださることを祈っておりますよ」

 ルベウスは大仰に礼をして、部屋から出ていった。彼の足音が完全に聞こえなくなったところで、アルミナは独り呟いた。


「すごいな、恋人ということにしておくとルベウスの言うことが全部睦言ということで片付けられる。こういう手もあるのだな。今後の参考にしよう」


 いくら身分を隠すためといえど、一般的に王女という立場の者が使う手とは言い難いのだが、その辺りはアルミナの思考にはなかった。

「それにしても、ここでずっと無為に過ごすのはつまらぬものだ。せめて気を紛らわすものでもあればよいが」

 言いながら、アルミナは部屋を物色する。小ぢんまりとした宿だが、居心地は悪くない部屋だ。ベッドの傍にあるチェストも決して高級なものではないが、家具のデザインが統一されているのでとてもしっくりくる感覚がある。

 そのチェストに、一冊の小さな本が仕舞われていることに、アルミナは気が付いた。片手でも持てるような大きさだが、かなり分厚い。

 彼女の目と同じ青い色に染められた表紙には、黒い文字で『ティタニア神話』と書かれていた。




◆◆◆




 アルミナを置いて宿を出たルベウスは、大通りで演説をしている者がいることに気が付いた。

 ベルゼア王国における識字率というのは、この時代においては、あまり高くない。平民には字を学ぶ時間など少なく、何かを学ぶということ自体に金がかかりすぎるのである。それゆえに、何か大勢に知らせなければならないときは、看板などに書いておくよりこのような演説者が語るほうが効率が良いのだった。ルベウスは他の連中に交じって、そのよく響く声に耳を傾けた。

 だが、ルベウスの耳に届いたのは信じられない言葉だった。

「今こそあらたな時代が開かれる時。アレクサンドル殿下に栄光あれ!」

 第二王子の名が、挙げられている。第一王子ベルトランはどうなったのか、途中から聞いていたせいで、いまひとつどういう話だったのか詳細がわからない。適当に近くの聴衆を捕まえて話を聞きだすと、ようやく状況が見えてきた。

 かねてより体調を崩していた国王ホルンフェルスの容体が悪化し、いよいよ死期が近づいている。それについて、ベルトラン王子が国王に毒を盛り、暗殺を図ったという疑いをかけられ、アレクサンドル王子との決闘で命を落としたというのだ。現在、病に臥せる国王に代わってアレクサンドル王子が王宮を取り仕切っており、近々アストラム帝国と同盟を結ぶため、アストラムの重鎮を王都に招くらしい。同盟の話自体は以前から噂があったので不自然なことではないが、どうにも色々なことが一気に進んでいるようだ。

 これまでの数々の功績の評価もあり、次代の王になるのはアレクサンドルで決定だろうという話だ。既に振る舞いが王としてのそれである。

 穏やかなベルトラン王子の性格や立場を思えば、父を暗殺する理由など全く見当たらない。正統な後継であった彼がわざわざ反抗しなければならないような要素がない。疑惑など信憑性の欠片もない――だが、世間では既にそう公表され、既に処断されてしまっている。

 要するに、アルミナが案じていたことが現実になったということだ。恐らくはアレクサンドルか、彼に属する一派がベルトランを陥れたのであろうと察せられた。

 この報せが国境近いベルヌイユに届いている時点でわかることは、アルミナが出発してさほど間を置かず決闘が行われたということだ。王都からベルヌイユまでは馬を速く駆けさせても三日以上かかる。アルミナが王都を出発したのは一週間前のことだから、既に王都では状況が変わっている可能性も高い。




 まずいな、とルベウスは思った。ベルトランはアルミナの庇護者でもあった。その力があってもなお、青い目のアルミナの立場はとても弱かった――ベルトランが死んだということは当然国は揺れ動くことになるが、何よりアルミナの身にもさらなる危機が迫ることとなる。

 かといって、現状でアルミナやルベウスにできることがあるかと問われれば、むしろ迂闊なことをすれば一層不利になるだけだと思われた。アルミナもルベウスも、覇権を取ろうとしているアレクサンドルとは不仲であり、慎重に行動しなければベルトランと同じように陥れられるだけであろう。

 今アルミナが王都に戻ろうとすれば、ベルトランの手先の生き残りとして、かの第一王子をさらに貶めるための――そしてアレクサンドルの正統性を訴えるたための道具に使われてしまうだけだ。

 それならば、なおさらアルミナを王都に近づけさせるわけにはいかなかった。ただでさえ何らかの取引のためにアルミナが使われそうになっている、という怪しい状況であるのに、策もないまま顔を出すことはできない。

 とはいえ無視できる情報でもない。わざわざベルヌイユのような地方でまで演説が行われているくらいだから、そうするようにアレクサンドル一派が裏で手を引いているという可能性も充分にある。王都はすっかりアレクサンドルの色に染まっているのだ。

 このベルヌイユの都市も早く出たほうが良いかもしれない。本来の目的である旅支度のため、ルベウスは足早にその場を去った。

 市場で食糧等の必要なものを買い足しながら、宿に残してきたアルミナを想う。王の娘として生まれながら、戦う力をつけた彼女ならば、万が一何かあっても大抵のことなら対処できると信じてはいるものの、守るべき人から目を離しているというのは不安があった。

 ルベウスが宿へ戻る頃には陽も落ちかけていたが、果たしてアルミナは朝と同じように部屋にいた。特に何ごともなかったのだと、ルベウスが安心して息をつくと、アルミナは海のような青い目を細めて「よく戻ったな」と迎えてくれた。

 その彼女が、何か本を持っているのに気がついてそちらに目をやると、アルミナは「ティタニア神話の物語だよ」と言った。

 ティタニア神話とは、ベルゼア王国を始めとした、この大陸一帯に伝わる古い物語を編纂したものである。現在大陸で主に使われている朱星歴ができあがるよりもずっと昔から言い伝えがあったものを、大系的にまとめたものだ。あくまで民間伝承が中心で、現代に至るまでに伝承が変化している可能性も捨てきれないが、大陸で暮らすものなら一度は聞いたことがある物語が多い。

 主軸としては、かつての古い時代には神や精霊はより身近なもので、人々は彼らと共に暮らしていたが、やがて信仰を忘れて当時栄えたティタニア文明は滅ぶ。その後再び人々が集い、繁栄して現代に至るまで続いているということが語られている。


「そなたが戻るまで暇で仕方がなかったゆえ、三度も読み返してしまったよ。子供の頃に少し習った覚えはあるが、改めて触れてみると新しい発見もあるものだ。神話の時代には青い目の人が沢山いたというのは本当なのかな……」


「あなたの魔眼について何か参考になることでも書いてありましたか」

「参考……になるかわからないが、昔の青い目の人間は精霊と対話することができたという。それが魔眼の能力を指しているのだとすれば、訓練すれば能力の制御ができるということやもしれぬ。まずは私自身がどういうことになっているのか、調べていかなければ」

 彼女は彼女で、自分の魔眼についてある程度道筋を見つけられたようだった。それはよいことだが、ルベウスはこれからベルトランの死について伝えねばならぬ。気が重いことだった。

 だが、だからといって黙っていられることでもなかった。アルミナに対して誠実であることが、騎士としてのルベウスの役割であった。街で聞いたことを報告すると、アルミナは沈痛な面持ちで「ご苦労」と言った。

「惜しい方を亡くした」

「ええ、本当に」

「兄様はお優しい方であった。腹違いの私を、この青い目を厭うこともせず、出立の前、わざわざ私に気を付けてと声をかけてくださった。私は、ずっと兄様に助けられて生きてきたのに、兄様の危機には傍にいることさえできなかった」

 アルミナは、ルベウスに向かって語っているようで、しかし自分の中で感情の整理をしているようであった。色々なことが起きすぎて、冷静になりきれないのだ。語る言葉が震えていた。

「少し、泣きたい気分がする。これから先、弱音を吐いているどころではなくなりそうだから、今だけ……」

「お好きにどうぞ。今は私以外の者はおりませぬゆえ」

 ルベウスが言うと、アルミナは勢いよくルベウスに抱きついた――というよりは、体格に差があるため、頭を押し付けるような形だ。ルベウスからは表情は見えなかったが、漏れ出す嗚咽が痛々しく、せめてもの慰めに彼女の震える背を撫でた。

 夜が明ける前にベルヌイユを出る。ルベウスは何としても、この王女を守り抜かなければならぬ。今はルベウスだけが、彼女の味方であるのだから。

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